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2005年12月 2日 (金)

砂のミラージュ

フジモリ元大統領の帰国事件、そして今回の幼女殺人事件と、このところペルーという国が話題に上る事件が連続している。

両事件の背後にあるものを論評するほど、かの国の歴史風土に精通しているわけではないが、明治政府の移民政策に端を発する、百数十年に及ぶ歴史の因果がほの見える気がして、単に目の前の現象だけでは語れない何かを感じてしまう。

そのペルーに、アルマンド・ロブレス・ゴドイという優れた映画監督がいた。いたと過去形で書いたのは、彼の作品が日本では『みどりの壁』('68年)と『砂のミラージュ』('74年)しか公開されておらず、その後の消息を知らないからだ。

しかし、その二本の映画は突出した傑作であり、とりわけ『砂のミラージュ』は初見から三十年を経た今でも、私の生涯ベスト10に入る印象深い作品である。

主人公の少年は、砂漠に浸食されつつあるさびれた町の、広大な屋敷跡に一人で住んでいる。身寄り頼りのない孤児である彼は、ことあるごとに砂漠の地平線を走る男の幻影(ミラージュ)を見る。「あれは誰だ?」呟く少年の背後を、装身具のすずやかな音を響かせながら、若い女が愁いを含んだ表情で通りすぎていく。

少年が生まれた十数年前、その町は一面のぶどう園が広がる荘園地帯だった。やがて少年の母になる女は、その荘園の地主の娘、そして父となる男は使用人頭の青年。二人の道ならぬ恋は、当然のように、娘の妊娠を知った父親の激怒を買う。

この荘園主、ぶどうの収穫期に集まった人夫たちに、つまみ食いをさせないために終始口笛を吹かせるような男である。そんな強欲ぶりに反発した青年は、人夫たちを主導して、不規則に吹かれていた口笛を一つのメロディに導く。

『インターナショナル』、今では滅多に聴くことのなくなった、あの「♪起て 飢えたる者よ 今ぞ日は近し~」である。恥ずかしながら、当時25才の私はそのシーンに心浮き立ち、思わず涙したことを告白しておきたい。(⌒▽⌒;)

さて、悪の荘園主は、その青年を広大な砂漠のど真ん中に置き去りにし、ここから戻って来れれば娘と添わせてやろうと、無慈悲に去っていく。その非道を知った娘は絶望し、少年を産み落とした後、我が子への遺書を書き記して自ら命を絶つ。

十数年後、緑豊かだった農園地帯は、すっかり砂漠に浸食された廃墟の町へと変わり果てている。かつてそこにたわわに実るぶどう園があったことなど、夢の彼方のような荒廃ぶりである。そして、少年はやがて女の幻影に導かれ自らの出自を知る。

彼が見つめる砂漠を走る男の幻影は、自分の父親であり、すずやかな装身具の音とともに優しく見守る女は、母親その人の幻影であった。

物語の最後、唯一の友人であった隣家の少年はサッカーで身を立てようと決心し、家族とともに首都リマへ旅立っていく。文字通り独りになった少年は、砂漠を走る父親の幻影へ向かって、ゆっくりとしかし確実な足どりで走り出していく──。

後に中南米学を専門とする某大学教授にレクチャーされたことによれば、ペルーの人たちの宗教観では、彼岸は天上にあるのではなく砂漠の向こうにあるのだという。その彼岸に向かって、まずは繁栄の都リマへ移り、後に遠く地球の裏側までやって来た男に憑依した悪魔・鬼畜の正体は何だったのだろうか?

そう言えば二十年ほど前に、この世の春を謳歌していた某若手プロデューサーと、船戸与一の『山猫の夏』をペルーロケ敢行で映画化しよう、主演はもちろんハギワラさん、音楽はエンニオ・モリコーネで決まりだと盛り上がったことがあったが、かの“センデロ・ルミノソ”の脅威の前に、あえなくボツ企画になったことを思い出した……。

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コメント

凄いですね~!30年も前に見てるのに物語の細部まで覚えてるなんて…allcinemaより全然詳しい解説ですよ!私も小娘ながら砂のミラージュ是非みたいんです。何年か前にフィルムセンターで上映もあったようですが…。同監督の「みどりの壁」なら日本でも原題でビデオで売ってるんですけどね……

投稿: | 2006年5月27日 (土) 22時01分

> 名無しさん
いらっしゃいませ。
このコメント欄はニフティのメンテの度に一度リセットされ、クッキーも解除されてしまいます。
お手数ですが、次回はお名前を入力していただければ幸いです。
というか、どこのどなたなのかちょっと気にかかっています。(?_?)
「砂のミラージュ」の時制の語り方は、セルジオ・レオーネの「夕陽のギャングたち」とともに、私に強い影響を与えた作品です。
いつか、その「夕陽のギャングたち」についても語りたいと思っています。

投稿: REと庵 | 2006年5月28日 (日) 08時14分

偶然、検索で見つけました。 丁度【砂の器】も上映した頃でしたよね。 あまり理解できなかったのが、今回サイトを読んで、おぼろげな記憶がつながりました。 幻想の中の美しい女性、その背景の赤い花。 ばらばらの口笛が【インターナショナル】に揃う時の快感。 もう一度、小さな映画館で見たいです。

投稿: グロリア | 2009年2月13日 (金) 02時18分

> グロリアさん

こんな辺境ブログにようこそおいで下さいました。
「砂のミラージュ」は、いわゆる第三世界が生んだ歴史に残る名画だと思います。
NHKのBSあたりでやってくれれば、即永久保存版で録画するのですが、なかなか再会する機会に恵まれず、残念に思っています。

投稿: REと庵 | 2009年2月13日 (金) 08時44分

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