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2008年11月24日 (月)

新KY(漢字が読めない)

踏襲(とうしゅう)=ふしゅう
未曾有(みぞう)=みぞゆう
頻繁(ひんぱん)=はんざつ

総理大臣が読み間違えたという漢字。 読み間違えというより、まるで「ヘキサゴン」のお馬鹿パロディを思わせるお笑いですが。 coldsweats01

羽黒山(はぐろさん)=はねぐろやま
乾隆帝(けんりゅうてい)=かんりゅうてい
旧中山道(きゅうなかせんどう)=いちにちじゅうやまみち

で、上の三つは私の周囲にいる映像関係者が読み間違えた漢字。総理大臣もひどいけど、マスコミ関係者も誤読についてはあまり笑えないと思いますがね。wobbly

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2008年11月12日 (水)

落栗の 座を定めるや 窪溜

井上井月(いのうえせいげつ)は、幕末から明治にかけての漂泊の俳人。
その出自は不詳だが、越後長岡藩の下級武士で、若いころは後に藩を悲劇に追いやることになる藩政、河井継之助と並び称せられた秀才だったという説が有力。

031_2 落栗(おちぐり)の 座を定めるや 窪溜(くぼだまり)
この句は、思うところあって藩を捨て、信濃の国伊那谷に流れ着いた井月が、そこに安住の郷を見いだして詠んだ句だとされる。

写真は伊那市にある、そんな井月を顕彰する句碑。
人によっては、句よりも素晴らしいと評される彼の揮跡が、そのままに再現されている。

032_4その井月を限りなく尊敬したのが、後の漂泊の俳人山頭火。
写真は、そんな山頭火が念願叶って、井月の墓を訪れたときに詠んだ四句を記した句碑で、伊那市の外れ“六道原”という場所で、上の句碑と寄り添うようにひっそりと建っている。

お墓したしくお酒をそそく
お墓撫でさすりつつ はるばるまゐりました
駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね
供えるものとては 野の木瓜の二枝三枝

034_2左の写真は、時代を隔てたその二つの句碑が並ぶ、“六道原”から上記三句目の霊峰“駒ヶ岳”を望んだ一枚。
井月の句には、他に以下のような格調高い作品がある。

若鮎や 背すじゆるさぬ 身のひねり
松よりも 杉に影ある 冬の月
降とまで 人には見せて 花ぐもり
旅人の 我も数なり 花ざかり
何処やらに 鶴(たづ)の声きく 霞かな

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2008年11月 5日 (水)

嫌われ松子の一生

長い間この仕事をやっていて、これは是非自分が脚色したいと手を挙げたものの、第三者が実現させて悔しい思いをした原作がいくつかある。

『愛を乞うひと』――Wプロデューサー、T監督の布陣で原作者にも会って、映画化を熱望する申し込みをしたのだが、結果的に大東宝のブランド力に負け、H監督で映像化された。

出来上がった作品は、私的なコネを利用して東宝の試写室で見せてもらったが、客席のなみいる評論家、芸能リポーターたちが見せる感動の嵐のなかで、私一人だけが「違う、違う……」と内心呟き続けていた。
この原作はこんなグラフィティ風な脚色で、こんな予定調和風な流れの演出をしてはいけない。女三代の血の流れをもっと濃密に描き、原作にあるもっとも大切な部分、すさまじいまでに深い洞察に満ちたラストシーンから逆算して、人間の避けがたい業=原罪の物語として組み立てるべきなのだ。

と、数々の映画賞を総なめにした作品は、いまでも私の心に大いなる違和感を残し、自分だけのありうべき姿を幻の映像としてこの胸にとどめている。

『白夜行』――Oプロデューサーで、大阪Yテレビ十時枠での連続ドラマ化がほぼ内定していたが、さまざまな事情により頓挫。
気がつけば、TBSで映像化されていたという因縁の企画。

この原作には、出版当時二十数社を越える制作会社が、映像化を望む企画書を原作者および出版社に送りつけてきたと聞く。
そのうち、私が書いた企画書(企画意図、十三話の構成案、ラフストーリーを記したもの)が原作者の目に留まり、テレビでの映像化権を獲得することになった。

但しこれには条件があり、まずは映画化を優先したい。テレビ化はその劇場公開が終わってからにしてほしいという、原作者の希望が付いていた。
結果、すったもんだでいつまでも映画化が実現しないあいだに、いつの間にかTBSが漁夫の利を得ていたという笑うに笑えない話。

作品内容は……ひと言で云って私には「幼い」という言葉に集約されるものだった。
これもまた、ありうべきもっとずっとシビアでディープな十三話が、幻の映像として、我が胸にいまもしまわれている作品ではある。

『海猫』――一読驚嘆。どこまでも下降していく女の情念の世界に、すぐさまTテレビのOプロデューサーにコンタクト。

ぜひとも“昼帯”でやりましょう。
『愛を乞うひと』と同様、女三代にわたる血の話で、いかにもTテレビの昼帯のコンセプトにピッタリの、濃い展開が続く大河ドラマです。
何よりも、十分に六十五話をもたせられるだけの、人間ドラマのボリュームに満ちています。 というこちらの話に、「面白い。いけそうだ」とOさんも乗ってくれたのだが、これは残念ながら、原作者のところに話がいく前に立ち消えになってしまった。

で、ご存じの通り、それからしばらくしてM監督のもと、伊東美咲ちゃんの主演で東宝で映画化されたという経緯。
あの大河ドラマを、どうやって二時間の映画の中に収めるのだ。と、あまりにも悔しかったから、いまに至るも映画は観ないままに終わっているというお粗末である。

『嫌われ松子の一生』――発売当初に予感があって、初版本を購入。
思っていた通りの手応えに、すぐさま昼帯関係の某プロダクションのプロデューサーにFAXしたのだが、なしのつぶてのまま時間が過ぎていった企画。

そのうち、これまた東宝で映画化と聞いて思わず脱力しつつも、監督があの『下妻物語』のN氏だと知って、内心の屈折を抑えながら封切り時に鑑賞したのだが……。
いや、これは凄かった。はっきり言ってぶっ飛んだ。

『愛を乞うひと』、『白夜行』、『海猫』――。
それぞれに自分の胸の中にある幻の作品は、現実に映像化されたそれらをはるかに凌駕しているという自信があるが、この『MEMORIES OF MATSUKO』だけは、こちらの予想をはるかに超える異次元の傑作だった。

よく言われる“映像のポップさ”は、ホン屋の私にはある種どうでもいい。
犬死にを犬死にのままに提示し、そのことで深い哀惜の情を増幅させるドラマ。
原作の良質な部分を抽出し、てらいもなくそのテーマに寄り添って物語を語りながら、一方で強烈な作家としての自負にあふれた、優れた表現になっている。
私はひたすら登場人物の喜怒哀楽に心動かされ、物語の劇的なたゆたいに身をまかせながら、何度も不覚の涙を流した。

以前にも書いたが、気概のあるシナリオライターほど原作を否定するところから出発する。 この原作はかなりいい。だが、自分ならこう書く。
同じように、気概のある監督ほどシナリオを否定するところから出発する。
このホンはかなりいい。だが、自分はこの通りには撮らない。
そのめぐりあいが極まったときに、何十本に一本の奇跡的な傑作が生まれる。

映画『嫌われ松子の一生』は、脚本・監督が同一人物なので上記の通りには語れないが、より良い原作とそれをさらに深めたシナリオ、そしてそのホンをさらにもっと深化させた演出と、キャストたちにも本当に幸福な出会いが重なった作品だと思う。
カット割りだけをして、あとは一度のテストに一度のドライリハーサル、そして本番と流れ作業のような演出で作品を撮り上げていく昨今の演出家たちと、それを当然のことと許している局サイド、制作サイドはもって瞑すべしだと考えるがどうだろう?typhoon

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2008年11月 3日 (月)

篤姫と別姫

長年にわたって国家公務員を務めて退職した、自他ともに認める堅物の知人から、「幽体離脱殺人事件」を観たというメールが届いた。
お前もいい年をして、殺人だサスペンスだと品のないことをやっていないで、NHKの「篤姫」の面白さを見習って勉強し直せ。
といった意味のことが、やわらかい表現でしかしその実きつく書き記してある。

う~ん、「篤姫」はそんなに面白いか?
確かに、三十話あたりの家定との夫婦生活をめぐるくだりまでは、そこまできれいごとで処理するかと突っ込みを入れながらも、根底に流れる「じゃじゃ馬姫の愛と青春の光」譚を楽しく観ることができた。
だが、その家定が死んで以後の展開は、髪を下ろして院号を名乗る身になったという制約もあり、必然的に「板付き芝居」をするしかなくなって、主人公にほとんど動きがないという陥穽にはまり込んでしまっている。

有体に言って、ここ十話ほどの篤姫はただ大奥の畳の上に座っているだけで、ああでもないこうでもないと世の激動に戸惑うばかり。
もちろん、それは立場上仕方のないことで、代わりに幕末を生き抜いた男どものドラマで話を彩るという手法が採られることになる。
だが残念なことに、そこを詳しく描写するにはあまりに現実のドラマが濃すぎて、いかに大河ドラマといえども時間の余裕がない。
勢い、歴史上有名なあの事件この事件を、ダイジェストで追うモンタージュ風な展開になって、芝居が薄いことおびただしい。

と、その割りに昨日の玉木竜馬くんの死などは、これでもかとばかりにおセンチに煽ってくれるから、しつこい演出だなと思わず画面に突っ込んでしまう統一感のなさ。
まあ、ラストに至ってようやく「大奥を守り抜く」ことこそが使命であると、悩める大御台も自らの役割を見つけたようだから、これ以後に咲くであろうヒロインのもうひと花に期待しているところではあるが……。

というところで、もう一人の姫である別姫=虞美人になぞらえたお話、「覇王別姫」を数年ぶりにNHKハイビジョンで鑑賞。
幕末から明治の激動期を描く「篤姫」に対して、こちらは清、中華民国、満州国、第二次世界大戦を経て中華人民共和国、そしてあの文化大革命から70年代へと文字通りの現代中国史を、京劇になぞらえた大河ドラマで描き尽くしてくれる。

同じテーマを持つように見える両作だが、大きな違いは主人公の出自。 今泉島津家という、分家ながら薩摩の大大名の血筋につながる篤姫に対し、娼婦の息子であり、日本で言うところの河原者の生まれである豆子は、天と地ほどに境遇が違う。
最も貧しい者が最も美しい扮装をする。
とは、江戸時代の花魁、松の位の太夫職の女性たちを指した形容だが、レスリー・チャン演じる程蝶衣にもそのたとえが見事なほどに当てはまっている。

加えて、生まれながらに持っていた指の奇形と、もしかすると漢族ではなく満州族の血を引いているのではと思わせる描写が、蝶衣、さらにはチャン・フォンイー演じる小楼の、避けがたい少数民族の屈折を暗示しているような気がする。

そんなアナーキーなタッチに、さらにもう一本鮮やかな横糸を織り込んでいるのが、コン・リーの演じる娼婦菊仙の物語。
「SAYURI」では、それじゃ芸妓じゃなくて夜鷹だろうと、心ある日本人観客をのけ反らせたコン・リーだが、こちらの演技には文句のつけようがない。
その菊仙が紆余曲折、絶望の果てに自殺し、別姫=虞美人の故事に倣って、最後には蝶衣が剣を呑んで自害する。

「虞や虞や汝を如何せん」。後にレスリー・チャンが辿った自殺という運命を思うとき、カンヌのグランプリ作品として、最初に観たときとはまた違う思いがわいてくるのを禁じ得ない。 そんな三時間あまりの鑑賞だった。

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今更ながら峰岸徹さんのこと

峰岸さんとはずいぶん沢山の仕事をした。
初めての仕事は、今はなき「火曜サスペンス劇場」の「狙われた美人キャスター」という回。
若き日の沢田亜矢子さんが主演で、峰岸さんの役はその不実な恋人。
開始早々江波杏子さんに惨殺されるという役で、岩崎宏美さんが歌う「聖母たちのララバイ」が主題歌で流れていたから、正真正銘火サスの初期のころ、私自身まだ三十そこそこの生意気盛りだった時代の話だ。

次に組んだのがいわゆるVシネマ、今をときめく浅田次郎さんの原作で「プリズンホテル」。
峰岸さんの役は、人呼んで“プリズンホテル”の支配人。元チョー一流ホテルの敏腕マネージャーの、誇りある落魄の姿を独特のクサイ演技で熱演してくれた。
人知れず作られた低予算のVシネで、その後テレビで制作されたドラマの陰に隠れて、歴史に埋もれてしまった感はあるが、個人的にはそのテレビドラマをはるかに凌駕する佳作だったと自負している。

三番目にやった仕事が、東海テレビの昼帯「愛のことば」。
下ネタの国から下ネタを広めに来たような無頼派カメラマン。
軽薄にしてその実は人生の達人という難しい役回りの男を、これまた独特のクサイ演技で、全65話中の大半の回で忘れられない存在感をにじませてくれた。

「プリズンホテル」ロケ現場の長野県某所で、夜を徹して酒盛りをして盛り上がった、あの人懐っこい笑顔を思い出す。合掌……。

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