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2008年11月 5日 (水)

嫌われ松子の一生

長い間この仕事をやっていて、これは是非自分が脚色したいと手を挙げたものの、第三者が実現させて悔しい思いをした原作がいくつかある。

『愛を乞うひと』――Wプロデューサー、T監督の布陣で原作者にも会って、映画化を熱望する申し込みをしたのだが、結果的に大東宝のブランド力に負け、H監督で映像化された。

出来上がった作品は、私的なコネを利用して東宝の試写室で見せてもらったが、客席のなみいる評論家、芸能リポーターたちが見せる感動の嵐のなかで、私一人だけが「違う、違う……」と内心呟き続けていた。
この原作はこんなグラフィティ風な脚色で、こんな予定調和風な流れの演出をしてはいけない。女三代の血の流れをもっと濃密に描き、原作にあるもっとも大切な部分、すさまじいまでに深い洞察に満ちたラストシーンから逆算して、人間の避けがたい業=原罪の物語として組み立てるべきなのだ。

と、数々の映画賞を総なめにした作品は、いまでも私の心に大いなる違和感を残し、自分だけのありうべき姿を幻の映像としてこの胸にとどめている。

『白夜行』――Oプロデューサーで、大阪Yテレビ十時枠での連続ドラマ化がほぼ内定していたが、さまざまな事情により頓挫。
気がつけば、TBSで映像化されていたという因縁の企画。

この原作には、出版当時二十数社を越える制作会社が、映像化を望む企画書を原作者および出版社に送りつけてきたと聞く。
そのうち、私が書いた企画書(企画意図、十三話の構成案、ラフストーリーを記したもの)が原作者の目に留まり、テレビでの映像化権を獲得することになった。

但しこれには条件があり、まずは映画化を優先したい。テレビ化はその劇場公開が終わってからにしてほしいという、原作者の希望が付いていた。
結果、すったもんだでいつまでも映画化が実現しないあいだに、いつの間にかTBSが漁夫の利を得ていたという笑うに笑えない話。

作品内容は……ひと言で云って私には「幼い」という言葉に集約されるものだった。
これもまた、ありうべきもっとずっとシビアでディープな十三話が、幻の映像として、我が胸にいまもしまわれている作品ではある。

『海猫』――一読驚嘆。どこまでも下降していく女の情念の世界に、すぐさまTテレビのOプロデューサーにコンタクト。

ぜひとも“昼帯”でやりましょう。
『愛を乞うひと』と同様、女三代にわたる血の話で、いかにもTテレビの昼帯のコンセプトにピッタリの、濃い展開が続く大河ドラマです。
何よりも、十分に六十五話をもたせられるだけの、人間ドラマのボリュームに満ちています。 というこちらの話に、「面白い。いけそうだ」とOさんも乗ってくれたのだが、これは残念ながら、原作者のところに話がいく前に立ち消えになってしまった。

で、ご存じの通り、それからしばらくしてM監督のもと、伊東美咲ちゃんの主演で東宝で映画化されたという経緯。
あの大河ドラマを、どうやって二時間の映画の中に収めるのだ。と、あまりにも悔しかったから、いまに至るも映画は観ないままに終わっているというお粗末である。

『嫌われ松子の一生』――発売当初に予感があって、初版本を購入。
思っていた通りの手応えに、すぐさま昼帯関係の某プロダクションのプロデューサーにFAXしたのだが、なしのつぶてのまま時間が過ぎていった企画。

そのうち、これまた東宝で映画化と聞いて思わず脱力しつつも、監督があの『下妻物語』のN氏だと知って、内心の屈折を抑えながら封切り時に鑑賞したのだが……。
いや、これは凄かった。はっきり言ってぶっ飛んだ。

『愛を乞うひと』、『白夜行』、『海猫』――。
それぞれに自分の胸の中にある幻の作品は、現実に映像化されたそれらをはるかに凌駕しているという自信があるが、この『MEMORIES OF MATSUKO』だけは、こちらの予想をはるかに超える異次元の傑作だった。

よく言われる“映像のポップさ”は、ホン屋の私にはある種どうでもいい。
犬死にを犬死にのままに提示し、そのことで深い哀惜の情を増幅させるドラマ。
原作の良質な部分を抽出し、てらいもなくそのテーマに寄り添って物語を語りながら、一方で強烈な作家としての自負にあふれた、優れた表現になっている。
私はひたすら登場人物の喜怒哀楽に心動かされ、物語の劇的なたゆたいに身をまかせながら、何度も不覚の涙を流した。

以前にも書いたが、気概のあるシナリオライターほど原作を否定するところから出発する。 この原作はかなりいい。だが、自分ならこう書く。
同じように、気概のある監督ほどシナリオを否定するところから出発する。
このホンはかなりいい。だが、自分はこの通りには撮らない。
そのめぐりあいが極まったときに、何十本に一本の奇跡的な傑作が生まれる。

映画『嫌われ松子の一生』は、脚本・監督が同一人物なので上記の通りには語れないが、より良い原作とそれをさらに深めたシナリオ、そしてそのホンをさらにもっと深化させた演出と、キャストたちにも本当に幸福な出会いが重なった作品だと思う。
カット割りだけをして、あとは一度のテストに一度のドライリハーサル、そして本番と流れ作業のような演出で作品を撮り上げていく昨今の演出家たちと、それを当然のことと許している局サイド、制作サイドはもって瞑すべしだと考えるがどうだろう?typhoon

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