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2008年11月12日 (水)

落栗の 座を定めるや 窪溜

井上井月(いのうえせいげつ)は、幕末から明治にかけての漂泊の俳人。
その出自は不詳だが、越後長岡藩の下級武士で、若いころは後に藩を悲劇に追いやることになる藩政、河井継之助と並び称せられた秀才だったという説が有力。

031_2 落栗(おちぐり)の 座を定めるや 窪溜(くぼだまり)
この句は、思うところあって藩を捨て、信濃の国伊那谷に流れ着いた井月が、そこに安住の郷を見いだして詠んだ句だとされる。

写真は伊那市にある、そんな井月を顕彰する句碑。
人によっては、句よりも素晴らしいと評される彼の揮跡が、そのままに再現されている。

032_4その井月を限りなく尊敬したのが、後の漂泊の俳人山頭火。
写真は、そんな山頭火が念願叶って、井月の墓を訪れたときに詠んだ四句を記した句碑で、伊那市の外れ“六道原”という場所で、上の句碑と寄り添うようにひっそりと建っている。

お墓したしくお酒をそそく
お墓撫でさすりつつ はるばるまゐりました
駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね
供えるものとては 野の木瓜の二枝三枝

034_2左の写真は、時代を隔てたその二つの句碑が並ぶ、“六道原”から上記三句目の霊峰“駒ヶ岳”を望んだ一枚。
井月の句には、他に以下のような格調高い作品がある。

若鮎や 背すじゆるさぬ 身のひねり
松よりも 杉に影ある 冬の月
降とまで 人には見せて 花ぐもり
旅人の 我も数なり 花ざかり
何処やらに 鶴(たづ)の声きく 霞かな

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コメント

こんばんは

寒くなりましたね。

たまたま読んでいた本の主人公が 伊那谷の山猿と称する信濃一傳流の遣い手で その伊那谷にて生まれた乱戦の技が一見して優雅な太刀捌きなので、どんな場所で会得したのだろう…とタイミング良く近いものを感じました。

まだ、台本を途中までしか拝見出来ていませんが、
お暇と順番が回ってきましたら、
「白愁のとき」をお貸し下さいますか?

confident

投稿: マンブル | 2008年11月19日 (水) 22時21分

> マンブルさん

先ごろのシナハンでは大勢の地元の郷土史家の方々と知り合いになりましたので、信濃一傳流のあれこれについて、次の機会に聞いてみようと思います。

DVDの件、了解しました。
ただいま東北方面を回っていますので、返って来次第連絡いたします。

投稿: REと庵 | 2008年11月20日 (木) 07時03分

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