2009年12月 8日 (火)

ついに癌の宣告か?

じつは二週間前にある手術をした。

左手の手の平に黒子(ほくろ)のような異物ができ、心なしか日ごとに大きくなっていくような気がする。触るとかすかに痛むこともあり、地元の整形外科医院へ主治医の紹介状を持って訪れたのが三週間前。

「どうしてもっと早く来なかったんだ」
患部を一瞥したとたんに発せられた、渋面のひと言のあとに、担当医はさらに驚くような診断結果を告知した。

「手の平の黒子は必ず皮膚ガンに進行する。出来たらすぐにとらなければ重大な結果を招きかねないものだ」
「こんなに大きくなるまで放っておいて、悪い予感がする」
「ともかく根こそぎ切除して、患部を病理検査に出す。すべてはその結果を見てからだ」

というわけで、一週間後に手術。
血液さらさらのクスリを常用する身としては、血が止まらなくなったらどうしようなどと要らぬ心配もしたが、何はともあれ無事にオペは終了。
何度か消毒治療に通ったあと、今日、三針縫った傷跡を抜糸。
その際、病理検査の結果を厳かに告げられたというわけだ。

「良性でした。特に心配することはないから、もうしばらく治療に励んでください」

何だよ、さんざん脅かしておいて。
最近、娘の友人がほかならぬ皮膚ガンで早世したばかりで、楽観できないぞと、慢性のB型肝炎に狭心症、さらにガンまで抱えたんじゃシャレにならないよなと、いざと言う場合の覚悟を決めていたのに。

とそんな次第で、ともかくまあ何事もなくひと安心。
という、ここ十数日間のお笑いではあった……。病院

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2009年11月22日 (日)

これより箱根へ

本日、明日と箱根で一泊二日のシナリオ講座合宿。
その講師を務めるべく、只今から湯本へ向けて出発。
紅葉の真っ盛りとはいえ、異常な寒さに震え上がる今日の陽気。
温泉にでも入ってのんびりといきたいところだが、さてどんな首尾になることか。

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2009年9月13日 (日)

検査だけのはずが結局治療(手術)に

かねてから心臓の冠動脈に持病を抱える小生。
今回は10日(木)に入院して11日(金)に手術。
12日(土)の午後にはもう退院と、スケジュール上は予定通りの順調な三日間だった。

で、以下は11日の次第――。

手術台に横たわっていつもどおりにカテーテルが入り、しばらくしたところで「うーん」といううなり声とともに頭上から主治医の声。
「Tさん、前回治療したところが再狭窄を起こしているので、検査だけのつもりだったけどこのまま治療(手術)に入ります」
「……お願いします」

というやりとりから一時間半が経過。
その治療が思ったほどにはうまく進まず、もう一本の血管を今より生かして、そちらの患部は現状のままにとどめておくという、何とも中途半端な施術で部屋を出たころには、心身ともにくたびれて頭がクラクラしていた。

要するに左の冠動脈の、枝分かれしたあたりが難しい狭窄を起こしていて、ステントを入れても思うように血流が回復しない。
で、枝分かれした一本を生かして血流を確保し、もう一本の血管の役割も兼務してもらおうという、手術団の結論だったわけだ。

術後の主治医との面談では、「Tさんの冠動脈は、もうこれ以上治療をしても身体に負担がかかるだけで劇的な改善は望めません。なので、しばらくは現状のままで様子を見ていくことにしましょう」というご託宣。
「えーっと、ということは今回の手術はやってもやらなくても同じだったという?」
「いえ、再狭窄を起こしていた部分は、放っておくと心筋梗塞を起こしていた可能性が高いので、治療は絶対に必要でした」
「でも、その血管は結局回復しなかったんでしょう?」
「ええ、その代わりを枝分かれしたもう一本の血管に担ってもらおうと、作戦を変更して、そちらにステントを入れて元気な血管に戻しておきました」
「つまり、当面狭心症や心筋梗塞の発作が起きる事態は回避されたと……」
「はい、そう思っていただいて結構です」

それにしてもまあ、私の冠動脈には一体いくつのステントが埋め込まれているのだ?
1、2、3、4……うーん、今度定期検診にいったときに聞いてみよう。

というわけで、何となく生煮え状態ではありますが、とりあえず私は元気です。
今日の午後から、ベッド上でじっくりと推敲してきた「某大阪企画」の直し作業に入ることにします。hospital

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2009年8月 8日 (土)

ギラン・バレー症候群

『直子センセの診察日記』(1999年に放映されたTBS系昼帯~大寳智子主演)で、登場人物の一人“さやか”という少女(三輪明日美)が罹った難病が、まさしくこれだった。
当時、舞台となった三河湾の離島、佐久島の診療所医師平松さんと少女にどんな難病を設定するか話し合いながら、最終的に“ギラン・バレー症候群”をチョイスしたことを、昨日のことのように思い出す。
その症状が具体的にどんなものなのかは、シナリオを読めば一目瞭然というわけで、大原麗子さんがどんな病魔にむしばまれていたのを知りたい方のために……。

http://homepage3.nifty.com/osan6/SCENARIO/NAOKO/NAOKO.HTM

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2008年12月 1日 (月)

本末転倒~ぎっくり腰

010 008

先週の何曜日だったか、朝起きて顔を洗おうと洗面台へ向かい、やや前かがみになったところで腰に激痛が走って、そのまま動けなくなった。
持病その1=ぎっくり腰疫病神の、二年ぶりの降臨であった。

以来、デスクへ向かうこともままならず、東京で行われる予定のイベントはすべてキャンセルという、情けない事態が続いている。
早い話、先週の土曜日に三十年ぶりに会う予定だった“映画スターファン倶楽部”の若手メンバーとの邂逅はやむなく欠席。
今日も今日とて、夜に渋谷で行われる予定の“日活ロマンポルノ同窓会”に、ドタキャン欠席という残念な事態になってしまった。

加えて、午前中に予約してある持病その2=肝炎の定期検診も、この腰の状態では病院にたどり着くこと自体が無理で、やはりキャンセル。
とは言え、薬が今日までしか処方されておらず、何がなんでも明日には病院へ行かなければならないという、文字通り“本末転倒”のお笑い種に、ただ脱力する師走の入りではあった。

写真1は、三十数年前に行われた『歌う銀幕スター・夢の狂宴』の宣伝葉書。
イラストは写真2にある通り、今をときめくミステリーの雄、島田荘司大兄。
それにしても、演出、音楽、イラストのビッグネームに加えて出演者の顔ぶれの豪華なこと。
亡き林美雄さんをヘッドに、上記“映画スターファン倶楽部”のメンバーとともに、この比類ないお祭りイベントができたことを、今でも限りなく誇りに思ってる私です。

http://osan6.cocolog-nifty.com/palpunte/2005/06/post_fea3.html

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2008年11月24日 (月)

新KY(漢字が読めない)

踏襲(とうしゅう)=ふしゅう
未曾有(みぞう)=みぞゆう
頻繁(ひんぱん)=はんざつ

総理大臣が読み間違えたという漢字。 読み間違えというより、まるで「ヘキサゴン」のお馬鹿パロディを思わせるお笑いですが。 coldsweats01

羽黒山(はぐろさん)=はねぐろやま
乾隆帝(けんりゅうてい)=かんりゅうてい
旧中山道(きゅうなかせんどう)=いちにちじゅうやまみち

で、上の三つは私の周囲にいる映像関係者が読み間違えた漢字。総理大臣もひどいけど、マスコミ関係者も誤読についてはあまり笑えないと思いますがね。wobbly

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2008年11月12日 (水)

落栗の 座を定めるや 窪溜

井上井月(いのうえせいげつ)は、幕末から明治にかけての漂泊の俳人。
その出自は不詳だが、越後長岡藩の下級武士で、若いころは後に藩を悲劇に追いやることになる藩政、河井継之助と並び称せられた秀才だったという説が有力。

031_2 落栗(おちぐり)の 座を定めるや 窪溜(くぼだまり)
この句は、思うところあって藩を捨て、信濃の国伊那谷に流れ着いた井月が、そこに安住の郷を見いだして詠んだ句だとされる。

写真は伊那市にある、そんな井月を顕彰する句碑。
人によっては、句よりも素晴らしいと評される彼の揮跡が、そのままに再現されている。

032_4その井月を限りなく尊敬したのが、後の漂泊の俳人山頭火。
写真は、そんな山頭火が念願叶って、井月の墓を訪れたときに詠んだ四句を記した句碑で、伊那市の外れ“六道原”という場所で、上の句碑と寄り添うようにひっそりと建っている。

お墓したしくお酒をそそく
お墓撫でさすりつつ はるばるまゐりました
駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね
供えるものとては 野の木瓜の二枝三枝

034_2左の写真は、時代を隔てたその二つの句碑が並ぶ、“六道原”から上記三句目の霊峰“駒ヶ岳”を望んだ一枚。
井月の句には、他に以下のような格調高い作品がある。

若鮎や 背すじゆるさぬ 身のひねり
松よりも 杉に影ある 冬の月
降とまで 人には見せて 花ぐもり
旅人の 我も数なり 花ざかり
何処やらに 鶴(たづ)の声きく 霞かな

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2008年10月 2日 (木)

えずくろしい

「えずくろしい」とは京都の花街(かがい)に伝わる業界用語。
二十歳前後になって、いわゆる「おぼこい」感じが抜けてしまった舞妓ちゃん、はっきり言って可愛くない舞妓ちゃんを形容する言葉です。

「○○ちゃんもすっかりえずくろしゅうならはって。そろそろ芸妓(げいこ)に襟替えの年頃やなあ」という風に使います。
で、じつはNHKの朝ドラ『だんだん』の夢花ちゃんが、まさにそのえずくろしい舞妓さんぶりで、正直初回からちょっと引いています。

化粧の仕方が中途半端で、お白粉の塗りが舞妓にしては薄すぎ、まだメイクの途中にしか見えないのが、違和感バリバリなんですね。
「可愛いなあ」と、実際の舞妓ちゃんを見たときに感じる、あの秘めた大人の喜びが湧いて来ないのは、いまのところの大きな欠陥です。

それから、重箱の隅をつつくようですが、舞妓が二人だけでお座敷を務めるということは、原則的にはありません。
舞妓というのは、あくまで芸妓のお姉さんの添え物的存在で、極端に言えば何もせず、ただお客に舞いを見せればそれでいいのです。

ですから、芸妓さんが一人に舞妓ちゃんが一人、地方(じかた)のお姉さんが一人というのが、ドラマの中にあったお座敷では、最低限の正式な形です。
もちろん、なじみになってくればひいきの舞妓ちゃんだけを呼んで、座敷の外で遊ぶという「ご飯食べ」なども出来ますが、テレビに出ていたお客さんは、そこまでのごひいきさんには見えませんでした。

とは言いながら、『SAYURI』『舞妓Haaaan』と続けざまの偏見映画に屈辱を重ねてきた京都花街が、「祇園甲部」の協力と銘打って、正式な提灯を写すことを許可し、あの「井上流家元の八千代さん」が、舞いの監修にクレジットされているという、別の花街映画を企画している者にとっては、うらやましくも大いに参考になるドラマです。

何と言っても、あの『出雲の阿国』を書いた女性ライターさんの作品だし、初めは不調でもいつか面白くならないわけがない。
それが証拠に、京野ことみちゃんと石田ゆり子ちゃんの芸妓姿は、結構サマになっているじゃないかと、ポジティブな方角を向いて、「だんだん良くなる法華の太鼓」の例えもあることだしと、今しばらく期待を持って、毎朝の楽しみとしてドラマに付き合っていこうと思っています。

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2008年9月17日 (水)

二日遅れの退院

昨日、予定より二日遅れで退院してきた。
48時間遅れの理由は、有体に言って半分成功半分失敗の手術にある。bearing

元より「難手術」を宣告されていたオペだったが、まず手術台に横たわって腕からカテーテルを通そうとしたところ、管がうまく動脈に入ってくれないというハプニングが発生。
急遽足のつけ根から通す方法に変更するということで、手術台の上で剃毛されるという思いがけず屈辱的な事態から始まって、ことは二時間半の長丁場に及んだのだった。

今回貫通させるべき血管は二本、S字カーブの先で枝分かれした、詰まり気味の逆Vの字冠動脈を、両方とも流れが良い状態に回復させること。
ところがこのS字カーブが、予測していた以上に動脈硬化が進行していて、ワイヤそのものが貫通していかないという事態がいきなり発生。

そこで、ダイヤモンドの刃先がついた特殊なドリルで掘削しながら、トンネルを掘るように進むという、第一回目の手術のときに取られたのと同じ方法が、またもや選択された。
そしてその過程で何と、それまでは細々ながら流れていた血管の一本が、ほぼ完全に血流を止めてしまうという、結構な重大事態が起こったのだ。coldsweats01

そこで医師団が選択した方法は、詰まった一本はあえて捨て、残る一本を完璧に近い状態で血流が流れるように原状復帰させること。
その方法は、血管に一部傷がつきながらもほぼ百パーセントに近い状態で成功という結果で、これ以上のオペは患者の身体に負担を強いるという判断の下、「今回はこれぐらいにしておこう」と、二時間半の手術を終わったのだった。

で、その後の血液検査で、CK:クレアチンキナーゼという心臓疾患のときに上昇する値が「640」という高い数値を示し(正常値は57~197)、心筋にダメージが見られるという予後診断が下され、それが回復するまでに二日の期間を要して退院が遅れた次第。
ちなみに、現在は150まで値は下がっているので心配はない。

というわけで、右・左、真ん中という三本の冠動脈の治療が、一年がかりで青息吐息ながらようやく終了。
退院直後は目眩で倒れそうになったりと、やや不安な船出だったが、一夜明けると気力体力ともに充実してすっかり元気になっており、溜まっていた仕事および雑用を徐々にかつ急速に片づけていこうと、張り切っているところなのであります。happy01

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2008年6月30日 (月)

扁額完成間近

080629 昨日、小倉一郎大兄よりメールがあり、かねてから依頼してあった拙宅茶室“杜庵”の扁額が、完成間近まできたとの由。
添付された写真に、思っていたよりずっと本格的な篆刻作業を見て感激することしきり。
いま少し漆を重ね塗りした後、ニ週間ほどで完成ということ。
その折には晴れてこの扁額を掲げ、盛大な祝いの茶会を催すことにしよう。
と張り切ったところで、某「TBS系2Hドラマ」の私的プレビュー大会が、その「第一回目」のイベントになるなと思い至って、心がウキウキしている次第です。scissors

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