2008年11月 5日 (水)

嫌われ松子の一生

長い間この仕事をやっていて、これは是非自分が脚色したいと手を挙げたものの、第三者が実現させて悔しい思いをした原作がいくつかある。

『愛を乞うひと』――Wプロデューサー、T監督の布陣で原作者にも会って、映画化を熱望する申し込みをしたのだが、結果的に大東宝のブランド力に負け、H監督で映像化された。

出来上がった作品は、私的なコネを利用して東宝の試写室で見せてもらったが、客席のなみいる評論家、芸能リポーターたちが見せる感動の嵐のなかで、私一人だけが「違う、違う……」と内心呟き続けていた。
この原作はこんなグラフィティ風な脚色で、こんな予定調和風な流れの演出をしてはいけない。女三代の血の流れをもっと濃密に描き、原作にあるもっとも大切な部分、すさまじいまでに深い洞察に満ちたラストシーンから逆算して、人間の避けがたい業=原罪の物語として組み立てるべきなのだ。

と、数々の映画賞を総なめにした作品は、いまでも私の心に大いなる違和感を残し、自分だけのありうべき姿を幻の映像としてこの胸にとどめている。

『白夜行』――Oプロデューサーで、大阪Yテレビ十時枠での連続ドラマ化がほぼ内定していたが、さまざまな事情により頓挫。
気がつけば、TBSで映像化されていたという因縁の企画。

この原作には、出版当時二十数社を越える制作会社が、映像化を望む企画書を原作者および出版社に送りつけてきたと聞く。
そのうち、私が書いた企画書(企画意図、十三話の構成案、ラフストーリーを記したもの)が原作者の目に留まり、テレビでの映像化権を獲得することになった。

但しこれには条件があり、まずは映画化を優先したい。テレビ化はその劇場公開が終わってからにしてほしいという、原作者の希望が付いていた。
結果、すったもんだでいつまでも映画化が実現しないあいだに、いつの間にかTBSが漁夫の利を得ていたという笑うに笑えない話。

作品内容は……ひと言で云って私には「幼い」という言葉に集約されるものだった。
これもまた、ありうべきもっとずっとシビアでディープな十三話が、幻の映像として、我が胸にいまもしまわれている作品ではある。

『海猫』――一読驚嘆。どこまでも下降していく女の情念の世界に、すぐさまTテレビのOプロデューサーにコンタクト。

ぜひとも“昼帯”でやりましょう。
『愛を乞うひと』と同様、女三代にわたる血の話で、いかにもTテレビの昼帯のコンセプトにピッタリの、濃い展開が続く大河ドラマです。
何よりも、十分に六十五話をもたせられるだけの、人間ドラマのボリュームに満ちています。 というこちらの話に、「面白い。いけそうだ」とOさんも乗ってくれたのだが、これは残念ながら、原作者のところに話がいく前に立ち消えになってしまった。

で、ご存じの通り、それからしばらくしてM監督のもと、伊東美咲ちゃんの主演で東宝で映画化されたという経緯。
あの大河ドラマを、どうやって二時間の映画の中に収めるのだ。と、あまりにも悔しかったから、いまに至るも映画は観ないままに終わっているというお粗末である。

『嫌われ松子の一生』――発売当初に予感があって、初版本を購入。
思っていた通りの手応えに、すぐさま昼帯関係の某プロダクションのプロデューサーにFAXしたのだが、なしのつぶてのまま時間が過ぎていった企画。

そのうち、これまた東宝で映画化と聞いて思わず脱力しつつも、監督があの『下妻物語』のN氏だと知って、内心の屈折を抑えながら封切り時に鑑賞したのだが……。
いや、これは凄かった。はっきり言ってぶっ飛んだ。

『愛を乞うひと』、『白夜行』、『海猫』――。
それぞれに自分の胸の中にある幻の作品は、現実に映像化されたそれらをはるかに凌駕しているという自信があるが、この『MEMORIES OF MATSUKO』だけは、こちらの予想をはるかに超える異次元の傑作だった。

よく言われる“映像のポップさ”は、ホン屋の私にはある種どうでもいい。
犬死にを犬死にのままに提示し、そのことで深い哀惜の情を増幅させるドラマ。
原作の良質な部分を抽出し、てらいもなくそのテーマに寄り添って物語を語りながら、一方で強烈な作家としての自負にあふれた、優れた表現になっている。
私はひたすら登場人物の喜怒哀楽に心動かされ、物語の劇的なたゆたいに身をまかせながら、何度も不覚の涙を流した。

以前にも書いたが、気概のあるシナリオライターほど原作を否定するところから出発する。 この原作はかなりいい。だが、自分ならこう書く。
同じように、気概のある監督ほどシナリオを否定するところから出発する。
このホンはかなりいい。だが、自分はこの通りには撮らない。
そのめぐりあいが極まったときに、何十本に一本の奇跡的な傑作が生まれる。

映画『嫌われ松子の一生』は、脚本・監督が同一人物なので上記の通りには語れないが、より良い原作とそれをさらに深めたシナリオ、そしてそのホンをさらにもっと深化させた演出と、キャストたちにも本当に幸福な出会いが重なった作品だと思う。
カット割りだけをして、あとは一度のテストに一度のドライリハーサル、そして本番と流れ作業のような演出で作品を撮り上げていく昨今の演出家たちと、それを当然のことと許している局サイド、制作サイドはもって瞑すべしだと考えるがどうだろう?typhoon

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年11月 3日 (月)

篤姫と別姫

長年にわたって国家公務員を務めて退職した、自他ともに認める堅物の知人から、「幽体離脱殺人事件」を観たというメールが届いた。
お前もいい年をして、殺人だサスペンスだと品のないことをやっていないで、NHKの「篤姫」の面白さを見習って勉強し直せ。
といった意味のことが、やわらかい表現でしかしその実きつく書き記してある。

う~ん、「篤姫」はそんなに面白いか?
確かに、三十話あたりの家定との夫婦生活をめぐるくだりまでは、そこまできれいごとで処理するかと突っ込みを入れながらも、根底に流れる「じゃじゃ馬姫の愛と青春の光」譚を楽しく観ることができた。
だが、その家定が死んで以後の展開は、髪を下ろして院号を名乗る身になったという制約もあり、必然的に「板付き芝居」をするしかなくなって、主人公にほとんど動きがないという陥穽にはまり込んでしまっている。

有体に言って、ここ十話ほどの篤姫はただ大奥の畳の上に座っているだけで、ああでもないこうでもないと世の激動に戸惑うばかり。
もちろん、それは立場上仕方のないことで、代わりに幕末を生き抜いた男どものドラマで話を彩るという手法が採られることになる。
だが残念なことに、そこを詳しく描写するにはあまりに現実のドラマが濃すぎて、いかに大河ドラマといえども時間の余裕がない。
勢い、歴史上有名なあの事件この事件を、ダイジェストで追うモンタージュ風な展開になって、芝居が薄いことおびただしい。

と、その割りに昨日の玉木竜馬くんの死などは、これでもかとばかりにおセンチに煽ってくれるから、しつこい演出だなと思わず画面に突っ込んでしまう統一感のなさ。
まあ、ラストに至ってようやく「大奥を守り抜く」ことこそが使命であると、悩める大御台も自らの役割を見つけたようだから、これ以後に咲くであろうヒロインのもうひと花に期待しているところではあるが……。

というところで、もう一人の姫である別姫=虞美人になぞらえたお話、「覇王別姫」を数年ぶりにNHKハイビジョンで鑑賞。
幕末から明治の激動期を描く「篤姫」に対して、こちらは清、中華民国、満州国、第二次世界大戦を経て中華人民共和国、そしてあの文化大革命から70年代へと文字通りの現代中国史を、京劇になぞらえた大河ドラマで描き尽くしてくれる。

同じテーマを持つように見える両作だが、大きな違いは主人公の出自。 今泉島津家という、分家ながら薩摩の大大名の血筋につながる篤姫に対し、娼婦の息子であり、日本で言うところの河原者の生まれである豆子は、天と地ほどに境遇が違う。
最も貧しい者が最も美しい扮装をする。
とは、江戸時代の花魁、松の位の太夫職の女性たちを指した形容だが、レスリー・チャン演じる程蝶衣にもそのたとえが見事なほどに当てはまっている。

加えて、生まれながらに持っていた指の奇形と、もしかすると漢族ではなく満州族の血を引いているのではと思わせる描写が、蝶衣、さらにはチャン・フォンイー演じる小楼の、避けがたい少数民族の屈折を暗示しているような気がする。

そんなアナーキーなタッチに、さらにもう一本鮮やかな横糸を織り込んでいるのが、コン・リーの演じる娼婦菊仙の物語。
「SAYURI」では、それじゃ芸妓じゃなくて夜鷹だろうと、心ある日本人観客をのけ反らせたコン・リーだが、こちらの演技には文句のつけようがない。
その菊仙が紆余曲折、絶望の果てに自殺し、別姫=虞美人の故事に倣って、最後には蝶衣が剣を呑んで自害する。

「虞や虞や汝を如何せん」。後にレスリー・チャンが辿った自殺という運命を思うとき、カンヌのグランプリ作品として、最初に観たときとはまた違う思いがわいてくるのを禁じ得ない。 そんな三時間あまりの鑑賞だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今更ながら峰岸徹さんのこと

峰岸さんとはずいぶん沢山の仕事をした。
初めての仕事は、今はなき「火曜サスペンス劇場」の「狙われた美人キャスター」という回。
若き日の沢田亜矢子さんが主演で、峰岸さんの役はその不実な恋人。
開始早々江波杏子さんに惨殺されるという役で、岩崎宏美さんが歌う「聖母たちのララバイ」が主題歌で流れていたから、正真正銘火サスの初期のころ、私自身まだ三十そこそこの生意気盛りだった時代の話だ。

次に組んだのがいわゆるVシネマ、今をときめく浅田次郎さんの原作で「プリズンホテル」。
峰岸さんの役は、人呼んで“プリズンホテル”の支配人。元チョー一流ホテルの敏腕マネージャーの、誇りある落魄の姿を独特のクサイ演技で熱演してくれた。
人知れず作られた低予算のVシネで、その後テレビで制作されたドラマの陰に隠れて、歴史に埋もれてしまった感はあるが、個人的にはそのテレビドラマをはるかに凌駕する佳作だったと自負している。

三番目にやった仕事が、東海テレビの昼帯「愛のことば」。
下ネタの国から下ネタを広めに来たような無頼派カメラマン。
軽薄にしてその実は人生の達人という難しい役回りの男を、これまた独特のクサイ演技で、全65話中の大半の回で忘れられない存在感をにじませてくれた。

「プリズンホテル」ロケ現場の長野県某所で、夜を徹して酒盛りをして盛り上がった、あの人懐っこい笑顔を思い出す。合掌……。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年10月 9日 (木)

白愁のとき~緒形拳さん

緒形拳さんとは一本だけだが印象深い仕事をした。

1996年のTBS月曜ドラマスペシャル『白愁のとき』。
夏樹静子さんの原作で、共演は黒木瞳さん、藤田敏八カントク、酒井美紀ちゃん。演出は大山勝美さんという豪華布陣で、確かその年のギャラクシー賞奨励賞を受賞した作品だった。

その折りに緑山のスタジオで緒形さんを紹介され、少しだけ話を交わした記憶がある。
その頃の緒形さんはホンにウルサイ役者さんというのが定説で、シナリオに自分で手を入れてセリフを書き直すという噂を何度も聞いていた。
しかし、この『白愁のとき』に関してはほとんど何の注文も出さず、ほぼホンの通りに芝居をしてくれたことが、誇らしくも嬉しかったことを今でも鮮明に憶えている。

そのシナリオは、原作では脇役の存在でしかない不動産屋を主人公に改変するという、原作者の激怒を買いかねない脚色を施したものだったが、幸いにもシナリオライター出身の夏樹さんが、広い心で「どうぞご自由に」と許可をしてくれた。
そして、ある種破天荒なキャラクターを持った、そんな映像ドラマ上の新主人公像を、緒形さんは見事な芝居で演じきってくれたのだった。

やや品性を欠く言い方で恐縮だが、「やっぱり高いギャラを持っていく役者さんだけのことはある」と、黒木瞳さんのこれまた見事な読解力に裏打ちされた芝居とともに、自分がかかわった作品の中でも忘れられない一本になっている。
掛け値なしのホンモノ、誰の目から見ても稀代の名優だった緒形さんと、たとえ一本だけでもそんなクオリティの高い仕事ができたことを誇りに思いつつ、合掌……。
http://homepage3.nifty.com/osan6/SCENARIO/HAKUSYU.HTM

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

本日放映です

『警視庁三係吉敷竹史 シリーズ#4 幽体離脱殺人事件』

原作:島田荘司    脚本:牡丹亭と庵   演出:千葉行利

出演:鹿賀丈史  相田翔子  田畑智子  中村綾  賀集利樹  夏八木勲

月曜ゴールデン枠  TBS系全国ネット  21:00~22:54

『寝台特急はやぶさ 60分の1秒の壁』、『灰の迷宮』、『北の夕鶴 3分の2の殺人』に続く第四作は、風光明媚な伊勢志摩が舞台です。

話題の相田翔子さんが、幽体離脱した自分が犯した殺人事件に混乱する女性を、文字通りの体当たりで熱演しています。

第五作につなげるためにも、一定の数字を稼がなければいけません。

島田荘司ファンも、鹿賀丈史ファンも、単に通りがかっただけだという方も、それぞれの視点でお楽しみ願えればと、ご笑覧をよろしくお願いいたします。tv

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

新作二本オンエア予告

1. 『シュラバッ!』

  10月4日(土)昼14:00~15:24
  全国TBS系ネット(スペシャルドラマ枠)

  出演:野際陽子 安達祐実 松田美由紀 紺野まひる 阿知波悟美 
  脚本:イケタニマサオ
  演出:小森耕太郎
 
昨年の昼帯『熱血ニセ家族』でプロデューサー兼演出を担当した、畏友小森耕太郎選手が手がけた最新作です。
ワンシュチエーションのどたばたコメディーという話ですが、詳しくはCBC(中部日本放送)のホームページ http://hicbc.com/tv/syuraba/ でどうぞ。

2. 『警視庁三係・吉敷竹史シリーズ#4 幽体離脱殺人事件』

  10月6日(月)夜21:00~22:54
  全国TBS系ネット(月曜ゴールデン枠)

  出演:鹿賀丈史 相田翔子 田畑智子 中村綾 賀集利樹 夏八木勲
  原作:島田荘司 脚本:私め
  演出:千葉行利

三年前に始まったシリーズの四作目。今回はまるで幽体離脱でもしたかのように、もう一人の自分が殺人を犯すという不可解なお話。
すでに原作を読んでいる方も未読だという方も、それぞれの視点で楽しめるドラマに仕上がっていると思います。
さらにシリーズを続けていくために、一人でも多くの視聴者に観ていただいて、第五作目につなげたいと期しています。参考URL http://www.tbs.co.jp/getsugol/

以上両作品、よろしくご高覧のほどをお願いいたします。sign02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月12日 (火)

新作オンエア日決定

10月6日(月) 午後9時~10時54分 TBS系全国ネット

月曜ゴールデン
警視庁三係 吉敷竹史シリーズ#4 『幽体離脱殺人事件』

原作:島田荘司
脚本:私め
プロデュース&演出:千葉行利

出演:鹿賀丈史 田畑智子 賀集利樹 伊吹吾郎 相田翔子 中村綾 金田明夫 夏八木勲 私め(後ろ姿のうどん屋の客) その他

何とかシリーズ四作目までこぎ着けました。
五作目、六作目と続け、最終的にあの傑作『奇想、天を動かす』の映像化を実現したいと熱望しています。まだ一カ月以上先の話ですが、よろしくご高覧のほどを……。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年4月 5日 (土)

幻のキャンディーズ引退映画

昨日は“キャンディーズ”が普通の女の子に戻ってから三十年の記念日だったそうで、朝からワイドショーがかまびすしくドキュメントを流している。

それにつけても思い出すのは、まさにその“キャンディーズ”の引退映画を企画して、壮絶に討ち死にした三十年前の出来事だ。

≪さよならキャンディーズ≫

三十年前のその昔、駆け出しの若造ライターが企画したまぼろしの“キャンディーズ”引退記念映画は、次のような作品になるはずだった。

光り輝く銀河系の一角に、オリオンの三つ星にそっくりの、ラン星、スー星、ミキ星という三連星がありました。

ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃんの三人はそれぞれ、その星の女王様になる運命をもって生まれてきた、王家の子孫たちでした。

そして、“キャンディーズ”というグループ名で地球へ留学し、アイドルの日々を送っていた彼女たちに、それぞれの星へ帰って女王様の地位に就く日が迫ってきます。

三人は別れを惜しみ、各地で引退コンサートを催しながら日本を縦断していきます。

しかし、彼女たちはまだ知らなかったのです。

ラン、スー、ミキの三つ星は、いまや悪の帝王が支配する植民星として、暴政と貧苦にあえぎ続ける惨状に陥っているということを。

その悪の帝王が、国民的人気を誇る三人の帰還をジャマしようと、次々に地球上へ刺客を送り込んできます。

例えばそれは、偽キャンディーズの派遣です。

「♪もうすぐ春ですね~」と、男の子たちを誘う彼女らは、ハメルンの笛吹きのように、ぞろぞろとついてくるファンの男の子たちを、海に沈めて全滅させてしまいます。

ラン、スー、ミキの三人は、そんな悪者たちをものの見事に退治しながら、クライマックスの後楽園ラストコンサートへ向けて疾走していきます。

映画のラストは、五万人の観客たちに撮影への協力をお願いして、彼らがいっせいに夜空へ向けて手を振るなかでの、三人の旅立ちです。

そこに当時の昭和天皇やニクソン大統領、果ては独裁者アミンまでもが手を振るありとあらゆる記録フィルムが、延々とモンタージュされ、文字どおり世界中が“さよならキャンディーズ”と別れを惜しむなかを、このひとつの時代の終わりを告げるドラマは、異様な感動とともにエンディングを迎えるのです。

ちょっとした映画好きの人なら、すぐにビートルズの『ヤア!ヤア!ヤア!』や『HELP』を連想することと思う。

そう、この作品は“キャンディーズ”の引退コンサートを追いながら、随所にフィクションをはさむ手法を駆使して、日本映画にスラップスティック・コメディの革命を起こしてやろうという気概にあふれた、けっこうマジな企画だったのだ。

監督は松竹出身でありながら、もっとも大船調メロドラマの線から遠い作品を作り続け、アンチ男はつらいよ派の根強い支持を獲得していた前田陽一さん(故人)。

大学を出て間もない若造がホラ半分に提案した企画に、その監督が即座に大乗りして、じつを言うとこの話はけっこう実現間近まで進んだのだ。

だが、映像化されていれば、おそらくは日本の喜劇映画のエポックになったであろうこの企画は、ホンにかかろうかという直前、「アイドルものは当たらない」という、上層部の信じられない一言でボツになった。

そして、そう言い放った当人のいる松竹はその後大ピンチに陥り、配給部門の松竹富士はついに解散の憂き目をみた。

アイドルものが当たらないんじゃなくて、外れていたのはあなた方……の、と、今ごろ言ってもイタチのなんとかみたいなもんか。

グチはみっともないと重々承知の上で、今になってもやっぱり空しい──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月21日 (月)

改めて本日放映です

警視庁三係・吉敷竹史シリーズ#3 「北の夕鶴2/3の殺人」

原作:島田荘司 脚本:小生&澤田昌久
出演:鹿賀丈史 余貴美子 田畑智子 浜田学 水木薫 夏八木勲他
1月21日(月) 午後9時~10時54分 TBS系全国ネット

昼帯の執筆で忙殺されたり、思いがけない病を得て入院したりと、前二作ほど全面的にホンに関わることが出来なかったライターとしては、さまざまに忸怩たる思いのある作品ですが、とにかく多くの方に観ていただいて四作目につなげなければいけません。

「ら抜き言葉殺人事件」、そして「奇想天を動かす」の映像化のためにも、よろしくご高覧のほどをお願い申し上げます。m(._.)m

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008年1月16日 (水)

最新作放映のお知らせ

警視庁三係・吉敷竹史シリーズ#3 「北の夕鶴2/3の殺人」

原作:島田荘司 脚本:小生&澤田昌久
出演:鹿賀丈史 余貴美子 田畑智子 浜田学 水木薫 夏八木勲他
1月21日(月) 午後9時~10時54分 TBS系全国ネット

一作目の「寝台特急はやぶさ1/60秒の殺人」、二作目の「灰の迷宮」で語られてきた、吉敷の元妻通子の謎めいた過去。
その謎が明らかになる回です。
前作から二年ぶりの放映になり、前話との連続で観ることが難しい展開になってしまいましたが、単独で観てもギリギリ成立する作品に仕上げたつもりです。
裏は「薔薇の花がどうした……」とかいう、強敵のSMAPドラマです。
第四作につなげるためにも、よろしく数字アップにご協力をお願いいたします。

ちなみに今週のオンエア、「月曜ゴールデン(泉ピン子)」10.6%。「薔薇のない花屋」22.4%でした。
う~ん、案の定TBSは急降下だな……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月29日 (月)

本日よりオンエア開始

12月の28日まで全45回、月~金曜の放映です。

よろしくご高覧のほどをお願いいたします。m(_ _)m

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年10月25日 (木)

第一週五話分完パケを観る

昨日、名古屋方面より待望の第一週完パケのDVDが届き、さっそく新調の42型HVワイドテレビの画面で鑑賞してみる。

一週目から情報を盛り込みすぎたかもとか、ボーッと観ている視聴者にはちと難解な部分があるかもとか、ホンの上の反省がいくつか脳裏をよぎっていくが、一言でいえば面白い。

別の言い方をするなら、圧倒的に濃い。

「七人の侍」もどきに、九人のニセ家族が集まってくるまでの、波瀾万丈のエピソードが、文字通り息継ぐ暇もなく迫ってくる。

この濃さ、このテンポは、一度はまるとおそらく病みつきになる。

そんなことを感じながら、大変楽しく二時間半近くの視聴を終わった。

早く二週目以降の続きが観たい。

誰もがそう思う、新機軸の娯楽作が生まれそうな予感が強くしている。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年10月20日 (土)

制作記者発表次第

昨日は午後イチに、会見会場の信濃町明治記念館に到着。
控室に入ると、すでに“熱血ニセ家族”を構成する役者さん、そして主題歌「歌いながら夜を往け!」を歌う“上々颱風”の皆さん方が勢ぞろいしている。
そのメンバーで、記者会見の前に第一話のプレビューを行う。
全員が初めての視聴で、上々颱風・白崎映美さんが出てきたと言ってはバンドのメンバーが笑い、私めが町内会長役で出てきたといっては、スタッフ・キャストの皆さんに受ける。

作品の出来もなかなかで、これから始まる熱血ドラマの予感に満ちた、わくわくする仕上がりになっている。
特に毎回流れるタイトルバックは、昼帯なのに夜のシーン多用という凝りに凝った演出で、“上々颱風”の歌とともに話題になること必定と見た。

その後、会見場に場所を移して、まずは“上々颱風”の生演奏によるテーマ曲の発表。
ボーカルの白崎さん、リーダーの紅龍氏、ドラムの渡野辺マント氏、ベースの西村直樹氏がそれぞれドラマに出演している経緯もあって、撮影中の裏話に盛り上がる。
というわけで、ただで“上々颱風”のライブを鑑賞するという至福のときを過ごして、メインキャストの皆さんとともにステージに上げられる。

プロデューサーの小森氏に続いて、昼帯は大道芸に似ているなどとわけの分からないあいさつをして、おいしい部分は役者さんたちに託す。
それぞれの家族の方々から、ホンが面白いと過分のお褒めをいただき汗顔の至り。
その後、白崎さんのソロライブに向かう一行と別れて家路につく。

家に帰ってパソコンを開くと、CBCのホームページが大幅にリニューアルされている。
http://hicbc.com/tv/drama30/nisekazoku/index.htm
さっそくGREEの会員になって、ひそかに応援サイトのメンバーに名を連ねる。 (笑)
さあ、来週からは三十秒バージョンの予告編、そしていよいよオンエアの開始だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月18日 (木)

明日は制作発表

Nekketsu新作ドラマ「熱血ニセ家族」の制作記者発表が、明日いよいよ行われる。同時に謎のウェブの仕掛け(?)なども始動して、本格的にオンエアへ向けた態勢がスタートしていくことになる。

昨日はその仕掛けの一端で、どういうわけかあの“直子センセ”と再会してきた。さて、どんな仕儀になることか。楽しみなような不安なような、いつもながら落ち着かない気分だ……。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月20日 (木)

歌いながら夜を往け!

次回TBS系昼の帯ドラマ『熱血ニセ家族』の主題歌。

歌は“上々颱風”で、すでに各ライブで披露されている模様。

私の手元に届いているラフミックス版も、軽いノリながら深い世界を歌った内容で、「歌いながら夜を往け!」とは何とドラマのテーマとピッタリ合ったタイトルかと感心することしきり。参考:http://mandi.blog.ocn.ne.jp/shangshang/

なお第一話冒頭直後からいきなり、ボーカル白崎映美さんのご出演。

続いて第五話には紅龍、渡野辺マント、西村直樹三氏の、大笑い寸劇出演があり、すでに収録も終わっているとのうわさで、こちらも楽しみなことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年9月14日 (金)

新作昼帯撮影中

http://hicbc.com/tv/drama30/nisekazoku/index.htm

天涯孤独のヒロイン陽子(須藤温子)http://blog.dena.ne.jp/sudo/

が、ひょんなきっかけから死んだ祖母とウリ二つの老婆(馬渕晴子)と知り合い、その老婆が住む大邸宅をアジトに、ニセの大家族を作っていくお話。

出演はほかに、ニセの母親に朝加真由美、ニセの父親に小倉一郎、ニセの姉に冨樫真、ニセの妹に彩月貴央(http://blogs.yahoo.co.jp/love2cha1202)他総勢九人のわけありニセ家族。
悪役立ち退き執行官に下條アトム、特別出演に直子センセ、ご無沙汰教子さん等、思わずニヤリのキャスティングもある。
主題歌は上々颱風。メンバーのドラマ出演というおまけもついている。

詳しい情報は適宜名古屋方面その他から発表される予定なので、その都度告知します。
まずはよろしくお願いいたします。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2007年9月12日 (水)

本日クランクイン

Y・Tシリーズ第三作が、本日北海道は釧路にてクランクイン。

昼帯の執筆を終わった途端、待っていたように狭心症の発作に襲われたのが、ちょうど一カ月前。

その後心筋梗塞まで一秒の難手術を終えて、何とかラストシーンまで書いてはみたが、まだ満足できる段階ではないところで時間切れ。

どこまでのクオリティの作品に仕上がるか、怖いような楽しみなような奇妙な気分の朝だ。

一方の昼帯は撮影快調といううわさ。

明日には各方面への情報が解禁されるので、詳しいことが発表できる予定。

来週早々、病み上がりの名古屋へ行って、メインスタッフ・キャストの皆さん方と生きて再び会えた喜びをかみしめるつもりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 7日 (金)

新ドラマ発表解禁は…

来週13日の木曜日となっております。

すでに撮影はたけなわ、面白いドラマに仕上がりつつあるようですので、一週間後の発表をどうぞお楽しみに。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 3日 (金)

ついに終わった

今年の一月から書き継いできた脚本がついに完成。

エンドマークを書くことができた。

と思ったら、もう次の仕事でどうしようもなく忙殺されている。

疲れているのは確かだが、そうも言っていられない状況だ。(笑)

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2007年3月28日 (水)

四週目進行中

ただいま四週目にかかったところ。

スケジュールはほぼ予定にそって進み、ホンの出来も今のところ悪くない。(と思う)

そんななか、今日は九州から従姉妹夫妻が訪れて束の間の茶会。

茶室“と庵”の土壁のもとになった、熊本の旧実家で子供時代を一緒にすごした親族たちで、いつもとはまた趣の違う団らんのときがもてそうだ。

で、明日からはまた地獄の執筆生活が始まっていくことになる。(⌒▽⌒;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月27日 (土)

第一週脱稿

五話分を一昨日脱稿。と言っても第一稿で、まだ打ち合わせも終わっておらず、決定稿にするまでのあと一山が残っているのだが……。

四十五話分の五話、いまのところ集中力は途切れずに進行中というところか。今日からは第二週目のハコ作りにかかることになる。

それにしてもあと四十話、目がくらむほどに先は長い。。。( °O °;)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年1月 3日 (水)

六尺の大イタチと義経のしゃれこうべ

昔の見世物小屋には公認のインチキがあふれていた。

六尺といえば約180センチ。それだけの大きさのイタチがいるというのだから、間違いなくギネス級だ。というわけで、木戸銭を払って小屋のなかへ誘い込まれる。

と、壁に六尺の木戸が立てかけてあり、真ん中にニワトリの血が塗ってある。

これ即ち、「六尺の大イタチ」という大ペテンだ。

また、義経のしゃれこうべが陳列してあるという惹句に釣られて、中に入ってみる。

なるほど人のものらしいしゃれこうべが置いてあるが、義経にしては少し小さい気がする。これは子供の頭蓋骨じゃないかと詰めよると、返ってきた答えが……。

「さよう、これは義経がまだ牛若丸だったころのしゃれこうべ」

昨夜観た「世界記録工場」とかいう正月の特番が、まさにこの「六尺の大イタチ」と「義経のしゃれこうべ」を地で行く、一大ペテン番組だった。

出だし、女子ソフトボールピッチャーの球を打てるかどうかの趣向は、それなりに面白く見始めたのだが、これをまた引っ張ること引っ張ること。

なみいる強者どもが、上野選手の投じるライズボール、チェンジアップにことごとく玉砕したあと、最後の牙城・亀梨くんがさもヒットを打ったように後半へ楽しみを残す。

さらには、ロッテのキャッチャー里崎選手が、上空二百数十メートルから落下してくる球を受けられるかどうかで、また引っ張る引っ張る。

挙げ句の果てに、「捕った、捕った!」の連呼のあとに落球のオチがつくズッコケ。

亀梨くんの引っ張りも、ものの見事に空振り三振という、竜頭蛇尾の結末でチョン。

これは、ハッキリいって電波を使った詐欺じゃないかと茫然自失。いや、球を捕れなかった、打てなかったという結果を問題にしているのではない。ここまで堂々と看板倒れをやられると、もはやシャレの領域を超えていると言いたいのだ。

騙したもの勝ちの風潮は、今年も年始から全開で走り始めている。数字を獲るためなら何でもする、品だの格だの知ったことではないという、スタッフのしたり顔が画面の後ろにかいま見えて、新年早々不快な番組を見てしまったなと後悔している。(~_~;)

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年12月27日 (水)

それぞれの最終話

のだめカンタービレ:

うーん、まとめに入ってしまったね。

登場人物たちがこれまでのドラマを回想して、かつての自己啓発セミナーのように涙に暮れ合っても、見る側は白けてしまう。

ここ二・三回、のだめのエピソードをメインに据えだしてから、俄然面白くなり、やっぱり上野樹里ちゃんはただ者ではないと唸っていたのだが、ちと残念……。

役者魂:

こっちもまとめに入ってしまったねえ。

日本のテレビドラマで、ニール・サイモン風の都会派コメディがどう成立するか。毎週楽しみに観続けてきたのだが、視聴者の理解を得るより以前に、各登場人物に食い足りなさが残ってしまったのが、何とも惜しい連ドラだった。

今期のドラマでは、一番好みのタイプだったんだけどな……。

春のワルツ:

おっと、これはまだストーリー半ばを過ぎたあたり、最終回はまだ先の話だった。

何にしても、若者たちの恋愛が幼い高校生のようで、もっと大人になれよと歯噛みする回数が増えてきた。韓流ドラマがすべてそうだとは思わないが……。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006年12月 2日 (土)

三丁目の夕日

ノスタルジーとは自己のアイデンティティを形成した時代、場所、空間への回帰である。

従って、純粋に過去を懐かしむことではなく、現在へもその糸は連続してつながっていなければならない。つまり、その描かれた時代から今を照射する視点がない限り、一個の表現としては画竜点睛を欠いているということだ。

戦後間もなくに生まれ、昭和という時代に自己を形成してきた身には、この映画に描かれた時代は、過去というより今に連なる現実だという側面を持つ。

「明日も明後日も、五十年後も夕焼けはキレイだ」「そうだといいな」。ラストシークエンスのセリフの掛け合いに、わずかに今を照射する視点の片鱗が感じられるが、この映画と同時代に、あの「仁義なき戦い」の世界も存在していたのだと思うと、その製作姿勢の違いは一目瞭然だと感じるが、大ヒット作に無粋な感想というものだろうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

春のワルツ#7

業界では俗に、「覗き見と立ち聞きは下手なドラマの典型」と言われるが、昨夜の回はまさにその二つの羅列。

それにプラスして、ベタな「すれ違い」、「勘違い」という要素が加わり、誤解が誤解を呼ぶ安い展開が続いていく。

いい加減に気が付けよという不燃感もともかく、何より、恋模様を繰り広げる主人公たちが年齢の割りに幼い印象を与えるのが痛い。

もう少し大人になればと、観ている内に気持ちがいらつく。ちょっと飽きてきたかな……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月29日 (水)

役者魂#7

よく出来た昼帯だ。と、誤解のないように付け加えておくが、純粋にほめ言葉である。

ややステレオタイプな家族ドラマの体裁を残しながらも、それぞれの登場人物たちに幾層かの綾と陰影をつけ、的確なセリフで喜怒哀楽を描いていく手法は、さすがにヒット作を連発したスタッフの手仕事だと感心させられる。

お世辞抜きに、今期一番のグレードを誇るドラマだと思う。

惜しむらくは数字が低迷していることと、当代随一のシェークスピア役者だという設定のキャストに、必要不可欠なカリスマ性が感じられないこと。

かつてシェークスピア劇をパロディで演じ、いまは芸能界に魂を売った役者上がりの社長の方が、はるかに存在感を示しているあたりに、第一候補をキャスティング出来なかった弊害が現われている気がするのは、私だけだろうか?

ともあれ、かつて「少年少女文学全集」で涙した「リア王」の悲劇が、これ以後どんな形で蘇るのか、来週以降も楽しみに付き合っていきたいと期待している。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月22日 (水)

ルキノ・クマシロ・ビスコンティ

一昨日のNHKBSで、「ドキュメント・ルキノ・ビスコンティ」を観ていて、生前の神代辰己カントクが、ビスコンティの話をよくしていたことを思い出した。

とりわけお気に入りは「ルードウィヒ・神々の黄昏」で、「恋文」を書いているときにも「離婚しない女」を書いているときにも、“主人公の孤独”というテーマになると、必ずこの映画のヘルムート・バーガーの話になった。

「ああいう、全宇宙の孤独を一身に背負ったような、そんな絵が欲しいんだ」。こうして、街角に独りたたずむハギワラさん、無為にプールを泳ぐハギワラさんのシーンなどが出来上がったのだが、さてその意図は十分に観客に伝わったのか。

今年はそのビスコンティが生誕して百年、神代さんが逝って十一年の年にあたるのだなと思っていたら、今朝になってロバート・アルトマン監督死去の報が入ってきた。享年81歳、「マッシュ」「バード・シット」「ナッシュビル」「ザ・プレイヤー」「プレタポルテ」等々、どれもなみなみならぬ影響を受けた、傑作映画ばかりだったなあ……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月19日 (日)

蒼き狼と東京タワーとピンク・フロイド

テレビ朝日系列で、「謎の英雄伝説SP-チンギス・ハン史上最大の帝国-800年目の真実」と題された特番を視聴。

800年目の真実と大きく出た割りには、殆どが既知の事実の羅列で、格別な目新しさはなく、モンゴル高原の見はるかす広大なパノラマを楽しむにとどまる。

続いて、鳴り物入りの大作ドラマ、「東京タワー」をフジテレビ系にて視聴。

いいものを作りたいという製作者たちの心意気は買うが、結果的にいい人たちばかりが出てくるドラマには、どこか上澄みだけをすくって、底に沈殿した汚泥は捨てましたという深みに欠ける姿勢がほの見える。

あの母親と息子の無私の関係は、むしろ祖母と孫の関わりのなかで成立するもので、現実の母子関係にはもっともつれた濃い血の愛憎があるのではないか。

早い話が、母親のガン発病は、ダメ息子とダメ亭主の不行跡から来るストレスが原因だろうと、無用のツッコミを入れてしまいたくなる。

このキレイなドラマに乗せられてはいけない、ここにはいくつかの真実があるが、いくつかの嘘もある、と警戒するヒネクレ者の視聴者の血がざわめくのだ。

結局、もっとも惹きつけられたのは、最後にNHKのBSで視聴した、「黄金の洋楽ライブ・ピンク・フロイド1994英国ライブ」の映像だった。

三十年前、東京都体育館で接した、アルバム発売前の「狂気」の初演。その再現が、どこからどこまでピンク・フロイドでしかないステージングのなかで、蘇ってきた。

子供時代の髪の毛の長さが違うとか、半ズボンもあんなにぴっちりスマートじゃなかったとか、貧乏自慢ならオレの方がもっと悲惨だぞとか、言わずもがなの無粋なツッコミを入れながら観るより、D・ギルモアや、N・メイスンの老け顔を見ている方が、はるかに居心地がいいというのは、もうそういう世代なのだと居直るしかない。( ̄^ ̄)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月17日 (金)

春のワルツ#6

二人のピアニストがいる。一人は「のだめカンタービレ」の千秋真一、そしてもう一人がこの「春のワルツ」のユン・ジェハ。

テクニック重視から楽しまなきゃに変わりつつある千秋と、情念どっぷりの演奏を繰り広げるジェハの対比は、そのまま両作品のコンセプトの違いでもある。

そして、「のだめ……」を観ては、「楽しまなきゃも結構だけど、基礎がきちんと出来てからにしてよね」と言わずもがなの無粋な説教をたれ、

「春の……」を観ては、「そんなに苦しそうな顔をして演奏したんじゃ、誰も楽しんでくれないよ」と、無責任なツッコミを入れているオヤジ視聴者は私です。(^0_0^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年11月15日 (水)

役者魂#5

ぎっくり腰再発につき、集中出来ず。

今期の連続ドラマのなかでは、もっとも好みに近い作品だが、いまいちテンションが上がらない原因は、ホンにあるのか某キャスティングにあるのか?

いずれにしても、自分のことを「わし」と呼ぶ年配者には、宮尾登美子さんの小説に出てくる方言を除いて、実生活では出会ったことがないのだが……。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

のだめカンタービレ#4

四話目にして、初めて理屈抜きに楽しめた回。

宇宙空間にまで飛躍するコタツのギャグも心地よく、何より久しぶりに上野樹里ちゃんのピアノを弾く姿が見られたことに満足した。

基本はお約束のスポ根ものパターン、主役は“のだめ”ではなく“千秋”なのだと思い定めれば、ずいぶんと観やすい作品であることにようやく気づく。

とは言え、個人的には上野樹里ちゃんの外ハネヘアスタイルと、ピアノを演奏するときの恍惚とした表情に魅入られて、もう少し彼女をメインに据えたストーリー展開にならないものかと、アイドルおたく的不満を感じているのだが……。(笑)

なお、昨日のメインテーマになっていた、ベートーベンの第7交響曲については、当ブログのごひいきザジ氏による、「アレグロ・コンブリオ」と題した卓抜な論考があるので、そちらも参考にしていただきたい。(ザジさん、無断リンクご容赦 m(_ _)m)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

信長の棺

脚本長坂秀佳、監督三村晴彦という名前につられて、原作は未読ながら鑑賞。

かたや三十年前の怪作「怪傑ズバット」の頃から注目していた異能派ライター、かたや加藤泰監督との因縁浅からぬ、当代一流の職人監督。加えて原作はベストセラーの時代劇ミステリーとくれば、いやが上にも期待は高まるところだが……。

うーん、はっきり言って消化不良。

これはいいかもと、ワクワクしながら対していた前半だったが、話が後半に差しかかるに従って次第に尻すぼみ、竜頭蛇尾の感を深くしながら観終わった。

いきなり突飛な例だが、たとえば島田荘司の「奇想天を動かす」ほどの、壮大な大嘘をついてほしかったというのが、正直な感想。やや理に落ちた、スケール感に乏しい謎解きを含めて、どことなくダイジェスト風の印象しかなかったのが残念だった。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2006年11月 5日 (日)

魂萌え!#3

その昔、キャンディーズのランちゃんを愛人に、スーちゃんを妹に、ミキちゃんを奥さんにとか、日本人の女性をメイドに、フランス人の女性を愛人に、イギリス人の女性を女房にするのが理想だとか、そんなたとえ話が流行したことがあった。

愛人と妻、二つの愛情のあわいでヤニさがってノーテンキに暮らしたい。出来ることならその二人の女同士、気心が知れていればなお最高だ。とは、おそらく古今東西すべての男たちが抱いてきた、究極の願いだろうと思われる。

そんなありうべくもない夢が、女性作家の手で(ある程度)実現されている結末に、驚きつつ微苦笑させられた。尤も、そこは当代一流の豪腕作家のこと、「まったく、男というのはしょうもない生き物だわ」という、明らかな余裕をもった視点からの結論で、「えらい済まんことです」と、男の端くれとしては頭を垂れるしかない。

というわけで、桐野夏生にしてはややおとなしいラストに、はぐらかされた思いを覚えながら、同時に男どものだらしなさに悲しい共感を覚えた三週間であった。面白いドラマから先に終わっていく寂しさが、一夜明けてひたひたと……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 4日 (土)

天王寺とセーラー服

わが心の大阪メロディー:

上田正樹の“ダンディ大阪ブルース”姿勢には、さほど心惹かれた記憶がなく、昨夜の彼の歌にも相変わらずだなという印象しか持たなかった。

いや、ネガティブ・キャンペーンを張ろうというわけではなく、木村充揮と大西ユカリが歌う『天王寺』のあまりの素晴らしさに、瞠目したということを言いたかったのだ。

“憂歌団”のリードボーカルに、売り出しの“新世界”お姐さん。この濃いキャラ二人組がレイ・チャールズの『ジョージア・オン・マイ・マインド』ばりの歌唱力で、「♪俺ら(あたし)のふるさと 天王寺~」と、浪花こぶしの効いた唄を歌いあげる。

いや~、一刻も早くユカリ姐さんのニューアルバムを手に入れんと、さかなさんやいちろうさん、mizugameさんに怒られると、反省しきりの一曲ではあった。

セーラー服と機関銃#4:

事前に観たのが、NHKBS「シネマの扉」の“監督イーストウッドの魅力”。“憂歌団と新世界”のデュエットに続いて、紛れもない“本物”が放つオーラを実感した後で、さて本日のメインイベントとブラウン管に対したのだが……。

どうしようもない薄っぺらさに、今さらながら“ニセモノ”を体感してリタイア。

せめて“ホンモノのニセモノ”を作ってやるというくらいの気概を見せてくれれば、まだ付き合う気も起きるのだが、今どき“表の世界”と“裏の世界”などという、ノーテンキな線引きをして恬として恥じないドラマ作りに接すると、「あんたら、何も考えてないんだね」と、さすがの人格者オヤジも怒り心頭に発してしまう。

炯眼のテレビおたく、ナンシー・関が生きていたら、このダルなドラマをどう酷評しただろうと、むなしい想像をしながらリモコンをオフにした、一日の終わりではあった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年11月 3日 (金)

春のワルツ#5

メロドラマの王道は“すれ違い”にあるという定義どおり、ものの見事に“すれ違い”の連続が描かれた回だった。

但し、主人公のチェハ(スホ)とウニョンはまだ対立している段階なので、“すれ違い”の悲しさが、伝説の名作『君の名は』ほどには沁みないが……。

もう一つ目立つのが、やはりメロドラマに不可欠な要素とされる、“小道具”の多用。過去と現在をつなぐ貝殻細工、ピアノ曲「愛しのクレメンタイン」、そして痛々しいトラウマを象徴するたい焼き……と、情緒纏綿とした小道具が節目ごとに強調されていく。

惜しむらくは、大人のチェハの“回想”ドラマ形式が主になって、身も蓋もない回顧シーンの積み重ねが、ストーリー進行を停滞させる枷になってきたことだ。

全二十話と聞くから、話はまだ四分の一を過ぎたばかり。おそらくは“メロドラマ”の王道を歩む、堂々たる“愛の物語”がこの先展開されていくのだろうが、今のところ、主人公たちが愛し合ってはいけない“タブー”がまだ描かれていない。

教科書どおりにいけば、その“タブー”(枷・障害とも言う)が、これ以降の重要なモチーフになってくるはずだ。さて、そこにはどんなサプライズが用意されているのか。余計な先入観なしに、残り十五話をまったりと楽しんでみたいと思っている。(^0_0^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月31日 (火)

のだめカンタービレ#3

“カンタービレ”とは、確か“歌うように”という意味のイタリア語だったと記憶する。

“歌うように”というより、むしろ“ギャグるように”ドラマが進んでいるのは、なるべく原作のテイストを活かそうという、作り手たちの意図の表れか。

相変わらずストーリー性が薄いのは、その原作をコラージュしたエピソード集的な作りが影響しているのだろう。それでも若い観客がついてくるのなら、結果オーライかもしれないが、「セーラー服と機関銃」同様、数字が急降下していくような予感も……。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2006年10月29日 (日)

魂萌え!#2

「悲劇がどん詰まれば喜劇になる」、とは誰の言葉だったか。昨夜は、ヒロイン高畑淳子の悲喜劇まぜこぜ自由自在芝居に、何度も吹きだした。

今村昌平監督の『赤い殺意』で、「どうせ死ぬんだ」と、首を吊る前にめしを腹一杯かきこんだ春川ますみ。あの芝居と共通する視点をもった、重喜劇というところか。(重喜劇というくくり分けは個人的に好きではないが)

先週の説明くささが嘘のように消えた、的確なセリフの連続は、原作の力に負うところが大きいのだろう。人間洞察も、虚実皮膜のツボをきちんと押さえて達者。

たとえば「セーラー服」や「カンタービレ」に対するときのような、どこかむず痒い居心地の悪さがないのは、ハッキリと団塊さんたちをターゲットに据えた企画のゆえか。

映画の方のヒロイン役、風吹ジュンも秀逸な演技で、観客の視線を釘付けにしていると聞く。こちらも、いつか機会を作って観てみたいと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月28日 (土)

セーラー服と機関銃#3

テイストはライトコメディだが、基本のテーマはベタな東映任侠映画というところか。

日陰に咲く花のように、ひっそりと生きている任侠組織。いわば運命共同体を標榜する時代後れの組に、「世の中ゼニと権力や」の悪逆非道な巨大組織が介入してくる。

彼らの押す横車、重なる理不尽の数々に、辛抱我慢のくびきが外れ、ついに主人公の怒りが爆発して殴り込みの道行きとなる。

折りしも、そんな作品群の代表格であった健さんが、文化功労賞を受賞した日に、いささかノスタルジックな気分にひたらせてくれる任侠テイストドラマ(不良性感度の薄さは、本家と比べるべくもないが)に遭遇したのも、時代のめぐり合わせというものか。

面白うてやがて悲しきのドラマツルギーを、この先どこまで深い志で描いてくれるのか。

あまりの分かりやすさに、これが当世風なのだと過度な期待はまず捨てて、ヒロイン星泉はやっぱり薬師丸ひろ子じゃなきゃなどと、ありがちな野暮も抑え込み、残りの展開を虚心坦懐に楽しんでみたいと思っている。

と、読む人が読むと、やっぱり“皮肉”にとられてしまうんだろうな。。。。(⌒▽⌒;)

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2006年10月25日 (水)

機関銃・カンタービレ・魂それぞれの#2

『セーラー服と機関銃』#2: 14.2%

そのタイトルからして、「ドラマ作りの基本はまず、相反するものを同じ坩堝の中に投げ込むことである」、という鉄則の普遍を強く実感させてくれる。

いまこの企画をやることの意味や、リアリティについて言い出すとキリがないが、基本はファンタジーの作りに目をつり上げても大人げない。

しばらくは、このユルイ展開を楽しみなさいということか。

『のだめカンタービレ』#2: 16.1%

おそらくは、原作のタッチに近い作りになっているのだろう。

突然劇画チックにカリカチュアライズされたりする演出に、さほどの違和感はないが、ストーリー展開には大いに疑問が残る。

四十五分を費やして、結局のところ玉木くんが望みどおりの指揮をやることになりましたという結末にたどり着くだけでは、いかにもドラマが薄い。

相変わらず、役者たちの滑舌がハッキリしないのと、合コン好きのドイツ人指揮者の濃すぎるキャラには、#1同様何とかならないものかと苦笑させられた。

『役者魂』#2: 8.4%

一番楽しみにしていた第二週の放映だが、先行するテレ東の「なんでも鑑定団」で、久方ぶりの“黒楽茶碗”の本物発見シーンに接し、二千万円という高額鑑定とともに、そのあまりの美しさに驚嘆しているうちつい見逃してしまった。

掛け値なしの“本物”を鑑賞するという魅力には、さしもの鳴り物入りドラマも勝てず、観ることができたのは来週の予告だけというお粗末。

シェークスピア劇ほどまでに認知されていれば別なのだろうが、こういうある種“楽屋受け”的な印象を与えてしまうドラマが、幅広く受け入れられるのはなかなかしんどいだろうなと思う。今週の数字はどれくらいを稼いだのか?(さらに下がってしまった)

あとは明日夜の「春のワルツ」#4と、土曜日の「魂萌え」#2だが、さて……。( °- °)

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2006年10月22日 (日)

魂萌え!#1

桐野夏生の小説は、そのペンネームでの第一作「顔に降りかかる雨」以来、「天使に見捨てられた夜」、「水の眠り灰の夢」と、新刊が出るたびに興味深く読み継いできたが、確か第五作目にあたる「OUT」でいきなり挫折した。

全編を貫く“血の臭い”に圧倒され、女の“情念”というよりはむしろ“生理”と表現した方がいい、濃密な空気にむせ返りながら読み終えた記憶がある。

各方面でのあまりの絶賛ぶりに、ついにオレの審美眼も白内障を患ったかと自信を喪失し、当時ポン女の国文に通っていた文学少女の姪っこに、若い世代の忌憚ない感想を求めたのも、いまとなっては懐かしい思い出だ。

ちなみに彼女の感想は、「気持ち悪い」という一言に集約され、ああ、オレと同じ読者もいるのだと、妙に安堵したのだった。(~_~;)

その後、直木賞を獲った「柔らかな頬」だけは後学のためにと買い求めたが、やはり同じ読後感しかなく、以来彼女の小説からは遠ざかっている。

まあ、人にはおのずから得手不得手というものがあり、彼女の“女の生理”が前面ににじみ出てくる小説は、年を経て脂っ気の抜けたオヤジには不得意だということで、桐野夏生ファンにはご容赦を願いたい。

というわけで、昨夜はNHK土曜ドラマの「魂萌え!」を原作未読のまま視聴してみた。

全三回と聞くドラマの、序破急にあたる序の部分だけを見て、すべてを語るのはフェアではないだろうから、きちんとした感想は二週間後に書こうと思うが……。

今のところは、この説明ゼリフの羅列は何とかならないのかとか、登場人物のキャラクターが単一的で、どこか記号が芝居をしている印象だなとか、おお、ところどころいいセリフもあるぞとか、内面のモノローグ芝居は、往年の向田邦子のエピゴーネンかな(失礼)とか、そんなあれこれを思いめぐらせながら対峙しつつ、高畑淳子さんはツボにはまって生き生きと演じているなと好感を持った、とだけ言っておこう。(⌒▽⌒;)

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006年10月20日 (金)

春のワルツ#3

ものすごいベタドラマだ。( °O °;)

最近の日本のテレビでは、お笑い芸人たちがパロディとして、バラエティ化しているようなクサイ設定を、照れもせず堂々と謳い上げている。

ひと昔前なら、「あり得ない」の一言でチャンネルを替えたはずの私が、三週目も続けて観たのは、ドラマを観ながら“ツッコミ”を入れる快感を覚えたからなのか。

それとも、『安寿と厨子王』を思わせる悲劇の予感に、「そんなはずはない」と否定しながら、じつは心のどこかで惹かれているからなのか。

まるまる二週間を“回想シーン”にあてるという、それこそ日本のテレビではあり得ない手法は、おそらく一週間で二話を放映するという、韓国ドラマが編み出した独自のノウハウなのだろう。(レオーネばりの平行した二つの話と解釈すべき?)

いずれにしても、長ーい過去語りは来週もまだ終わらず、延々と続くようだが、主人公たちの悲しい因果がどう現在のドラマに結びついていくのか……。

謎をはらんだ展開に、来週もまたチャンネルを合わせてしまうんだろうな。w(゜o゜)w

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年10月18日 (水)

機関銃・カンタービレ・魂

『セーラー服と機関銃#1』:17.3%

「ごくせん」の成功に倣ってのホン作りと演出がほの見えるが、残念ながらそこまでアナーキーになりきれず、どっちつかずのお行儀の良いドラマになっている。ヒロインののっぺり顔が、ストーリーの進行に従ってどう凛と変貌するかが課題。

『のだめカンタービレ#1』:18.2%

オヤジ世代には、話よりも前にまず役者たちの滑舌の悪さが耳につく。セリフが聞き取れない箇所が散見され、イライラ感が募る。とは言え、後半になるに従って展開の妙が増し、来週に期待を抱かせる。上野樹里はまた化けそうな予感。

『役者魂#1』:11.4%

冒頭から、ニール・サイモンの都会派コメディを彷彿とさせる快調さ。ストーリーはまるで違うが、舞台劇風の洒落たセリフと、登場人物たちのキャラクター描写に、「グッバイ・ガール」を思い出す。どこまで深化していくかが楽しみな、今期一番の期待作だが、「嫌われ松子の一生(8.8%)」に続いて、異常に数字が低いのが気にかかる……。

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2006年10月13日 (金)

春のワルツ

『嫌われ松子の一生』は、ヒロインのキャスティングが違うだろうと初めから敬遠。『Dr.コトー』も、かつて同じテーマのドラマで視聴率不振の屈辱を味わった身としては、心穏やかに観ることが出来ずスルー。

で、対したのが、先週第一話を観てしまった韓流ドラマの『春のワルツ』(笑)。今さら言うまでもなく、あの『冬のソナタ』監督の“四季シリーズ”の一作だ。

第一話は、いきなりウイーンロケからザルツブルグに話が飛ぶという豪華さで、デザイナーのヒロインとピアニストの恋人(!)をめぐる因縁が、ベタドラマの極みのような展開を見せてそれなりに面白かったのだが、昨夜の第二話はうーん……。

一時間の全編にわたって、回想が続くのは正直退屈、最後はかなり飽きてきた。来週の予告をみても、まだ主人公二人の少年少女時代のエピソードが、ファンタジー風に語られるようで、ストーリーが前に進んで行ってくれない不安が残る。

これならあと一二週はスルーしても大丈夫、話が現代に戻った頃合いを見計らって復帰するのが得策かなと思う。というわけで、今夜は『セーラー服と機関銃』の初回スペシャルのオンエア。こちらはヒロインが誰に限らず、ちょっと観てみたい。

それにしても、若い頃に多少なりとも携わった企画が、次々にリメイクされる現状は、当時の映画に熱中していた子供たちが第一線に躍り出て、「あの夢をもう一度」と、自らの手でロマンの再生を企んでいるからなのか。

もはや時代が一巡りしたということだけは、確かなようだ……。w(゜o゜)w

| | コメント (8) | トラックバック (3)

2006年10月12日 (木)

笠原御大の床柱

ごく最近、某コメント欄に書いたことだが、備忘録として本文に転載しておく。

京都東山の古刹、高台寺のそばに石塀小路と呼ばれる一画がある。その中心に位置するのが、「田舎亭」という老舗旅館で、東映京都の仕事をしているライターが、ひと頃よくカンヅメにされていた。(但し、ベテランに限る(笑))

階段を上がったその二階の一室に、「笠原和夫の床柱」と名付けられた柱があった。文机に向かいながら、柱に寄りかかって苦吟する笠原さんが、無意識に後頭部をガツンガツンとぶつける。いつの間にか、そのあとが黒ずんだ脂の染みになって残ったという、壮絶な伝説を残すしろものである。

『仁義なき戦いシリーズ』、『県警対組織暴力』、『やくざの墓場・くちなしの花』などの傑作群は、すべてその「笠原和夫の床柱」に後頭部をぶつける苦悶から生まれたと言っても、過言ではない。

若いころ、その「田舎亭」に笠原さんの陣中見舞いに訪れて、くだんの床柱をしかと目撃した。「徹底的に取材をしろ」、「頭で書くな、足で書け」、「映画は飛躍だ」、「あいさつを書くな、日記になるな」……。数々の教えがいまも脳裏をよぎる。

「田舎亭」はいまも石塀小路の一画に、往時のたたずまいを残したままひっそりと建っている。あの頃ほんの小さな子供だった娘さんが、女将として立派に切り盛りしていると聞いたが、鮮烈な印象を残したあの床柱はまだ残っているのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

ムッシュの訃報

田中登監督が亡くなった。享年69歳。

死因は大動脈瘤解離、ストレスが最大の誘因だと聞くその病名に、最近の田中さんが抱えていたであろう鬱屈を感じるのは、私だけだろうか?

フランス映画を思わせる流麗かつ華麗な演出ぶりに、日活関係者から“ムッシュ”と呼ばれ親しまれていた、お洒落な監督だった。

『牝猫たちの夜』、『(秘)女郎責め地獄』、『(秘)色情めす市場』、『実録阿部定』……そうそうたるロマンポルノの傑作群がたちまち思い浮かぶ。

中川梨絵さんに会えば、ああこの人は「責め地獄」で障子を抱えて荒野をさまよった女優さんだと思い、芹明香さんに会えば、ああこの人は「めす市場」で弟をこんにゃくで慰めた女優さんだと思い、宮下順子さんに会えば、ああこの人は「阿部定」で「外の光が邪魔なのよ」と妖艶につぶやいた女優さんだと思う。

それほどに、鮮烈な映像の数々を当時の映画青年に与え続けた監督だった。

その名声を聞いたやくざ映画の重鎮プロデューサー、俊藤浩滋さんが彼を東映京都に招聘して撮ったのが、『神戸国際ギャング』だった。

高倉健、菅原文太という二大俳優の共演で話題を呼んだ大作で、私も太秦の撮影所に陣中見舞いに行った記憶がある。

この作品は、「何でポルノ監督がうちのスターさんのシャシンを」と不平をもらす人々によって、終始トラブルに見舞われたが、後年ロマンポルノ出身の監督たちが日本映画を席巻していく嚆矢になったという意味で、長く記憶にとどめるべき作品だと思う。

そしてほぼ一年後、今度は東映東京に呼ばれて撮ったのが、『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』という映画だった。プロデューサーはその頃京都から東京の企画部長に転身したばかりで、後に盟友鈴木則文監督と『トラック野郎シリーズ』の大ヒットを飛ばすことになる天尾完次さん。ホンを書いたのは……誰だったか。(謎笑)

そのあたりの顛末はすでに書いたことがあるので、こことか、こことか、こことかで。

田中さんは若いころにお子さんを亡くしている。『(秘)色情めす市場』で通天閣の天辺から生きたにわとりを飛ばせた直後のことで、「あの殺生がいけなかったのかな」と私の前で悔いたエピソードを鮮明に憶えている。

そのスタイリッシュな演出手法とは裏腹に、同じく若いころ我が子を事故で亡くした関本郁夫監督と、子供の話をしては涙する人情家でもあった。

今ごろ先に逝った我が子と、彼岸で再会して笑っておられるのだろうか。合掌……。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

笠原御大の警句(2)

お前に才能があるなら、締め切りを延ばして今夜は寝ろ。
才能がないのなら、これから徹夜をして締め切りだけでも守れ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年10月 3日 (火)

笠原御大の警句

加藤泰監督の草むしり伝説を書いていて、思い出したことがある。
「緋牡丹博徒・お竜参上」等で加藤さんと組んだ、故笠原和夫大ライターが生前私に語ったアフォリズム。

大成するライターは、若いころ例外なく早書きである。
だが、年を経てもまだ早書きのライターには、才能のかけらもない…。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年10月 2日 (月)

加藤泰監督の草むしり伝説

故加藤泰監督は、仕事がないときにひたすら庭の草むしりをして、無聊を慰めていたという、いまも関係者の間で語られる伝説がある。

その衣鉢を継いだわけではないが、今年の夏はよく草むしりに勤しんだ。

格差社会の拡大が叫ばれる昨今、一部売れっ子たちを除いて、映像関係に従事する者の生活は、いよいよ困窮の度合いを深めつつあるようだ。

映画関係者で自殺した者はいないという、いい加減さを笑い飛ばすような言い伝えも今は昔、ぽつぽつと聞く斯界の連中の訃報のなかに、自殺の二文字が混じることも多くなってきた。(Nよ、Kよ、何で……)

加藤泰監督は晩年、ろうそくの一盛りのように立て続けの大きな仕事をして逝った。

早い・安い・上手いが売り文句だったかつての若手も、遅い・高い・うざいの姥桜に変貌し(笑)、一線の若手プロデューサーたちからは敬遠される身となったが、加藤さんの故事に倣うべく、まだ一花・二花をと今日もワープロに向かう一日だ。ヽ(´▽`)/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月 1日 (日)

『直子センセ…』のスタッフと再会する

昨日は新宿某所で、『直子センセの診察日記』プロデューサーのT氏、K氏、O氏という懐かしいお三方と再会。

T氏、K氏とはオンエア以来七年ぶりの顔合わせになり、あのときはああだったこうだったと懐旧談、反省談にひとしきり花が咲く。

なぜこのメンバーが集合したかについては、その内キチンと書ける…かな?(⌒▽⌒;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月29日 (金)

秋のシナリオ合宿(2)

地味な講師陣のぶん、申し込み者がまだ予定の人数に達していない由。あらためて前項をペーストしますので、なにぶんよろしくお願いします。ヽ(´▽`)/

特別講座 秋のシナリオ合宿 (協力:フィルムコミッションあしがら)

とき  10月14日(土)・15日(日)(一泊二日)

ところ 市内旅館

講師  山田耕大さん 高田純さん 中野顕彰さん(日本シナリオ作家協会員)

日程  14日 10:00 開講式および基調講義 13:00 課題作品指導
     15日 8:00 付近散策 個別添削指導 13:00 シナリオの個別指導

費用  15,000円(宿泊費、食事代など) 宿泊しない場合は10,000円

申込方法 10月5日(木)までに電話で

問い合わせ・申込先 日本シナリオ作家協会 ℡ 03-3584-1901

受講者は「大伴昌司賞」への応募資格を得るという噂もある。何かの新しい出会いが生まれるかもしれない。興味のある方はぜひご参加を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月25日 (月)

六連発愚連隊

二十代の後半、今よりまだずっと若かった頃に書いたシナリオだ。

1970年代の京都を舞台に、六人のチンピラたちが弾けまくり、自滅していく悲喜劇。当時のB級大好き映画青年が、東映やくざ映画へのオマージュを捧げ、同時にアンチテーゼを提示するという、渾身の思いを込めたホンだった。

いろいろあって結局映画にはならなかったが、先日『夕陽のギャングたち』を観ていて、このホンを書いていた時の心境がフラッシュバックする瞬間があった。

ドラマのラスト、ある者は国に帰り、ある者は臆病風に吹かれて逃走した果てに、残った三人のチンピラが対立する組へ殴り込みをかけることになる。

と言っても、そこはアンチヒーローたる主人公たち、事前に警察へ電話して、殴り込んだという既成事実を作った上ですぐに逮捕され、刑務所から戻ってきたところで、所属する組に厚遇されるための箔をつけようと画策する。

しかし、彼らをはめて殴り込みに向かわせる幹部同様、警察もまた狸である。吹けば飛ぶようなチンピラたちの命などどうでもいい。両者を戦わせるだけ戦わせて、生き残った者だけをパクればいいという程度にしか考えていない。

いつまでも来ない警察に恐怖が頂点に達し、一人のチンピラは失意の果てに自爆して命を絶つ。その死にざまに怒りが沸騰した主人公は、自暴自棄の特攻を試み、虫けらのように射殺される。そして、生き残った一人は失禁寸前で表に逃げ出す。

その目の前に、とっくに到着していた機動隊の盾がズラリと並んで待っている。「来とったんか!」尻を散弾で射抜かれながら、チンピラはそのまま前のめりに倒れ伏す。

自爆シーンの破壊美狙い、同志の裏切りとその悲劇的な落とし前、ついに思いを遂げることなく散った者たちの無念等々。どのシークエンスをとっても、あの『夕陽のギャングたち』のような映画が作りたいという、当時の映画青年の渇望が詰まっている。

あのシナリオが映像化されていれば、今ごろ……。いや、尊敬する大シナリオライターの言によれば、「映画はホンだけ書いて映像にならないのが一番だ」とも言うから、幻の作品のままで良かったのだという、韜晦した結論になるのかな。ヽ(´▽`)/

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月22日 (金)

夕陽のギャングたちON AIR

出来れば日本公開時のバージョンで再会したかったが、それでも往時の感動はいささかも色あせず、何度も胸を揺さぶられながら観終わった。

「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」は映像の力で見せる映画だが、「DUCK YOUR SUCKER」には、それに圧倒的なドラマの力が加わっている。

自分がいかにこの映画に影響され、同じような文体の作品を作ろうとしてきたかを再確認させられた、至福の二時間三十五分だった。(⌒▽⌒;)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年9月20日 (水)

ONCE UPON A TIME IN AMERICA

1984年度のキネマ旬報ベスト10、洋画部門第一位にこの映画が選出されたとき、選考委員たちに猛烈な違和感を覚えたことを思い出す。

あの大傑作、『夕陽のギャングたち』には見向きもしなかったあんた方が、今ごろになってセルジオ・レオーネ礼賛とは笑わせてくれる。『昔々アメリカで……』は、確かにレオーネ渾身の力作だが、同じテーマを扱った映画は過去にもあった。

イタリア移民とユダヤ移民の違いはあるが、『ゴッド・ファーザー』などはその典型だ。いやむしろ、パート2、パート3と進んで、移民社会の深部までえぐり取っていったコッポラの視点の方が、やや情緒に流れた『ONCE UPON……』より優れていた。

何より、この作品がベストワンじゃ、『夕陽のギャングたち』の立つ瀬がないだろうというのが、正直な気持ちだった。映画評論家を名乗るのなら、世の趨勢に流されることなく、透徹な視点でキチンと作品を評価しろよという苛立ちか。

その『ONCE UPON……』を、じつに二十年ぶりにBSで再見した。開巻劈頭、有名なアヘン窟のシーンが流れ始めるや、あまりにも堂々たる語り口に瞬時で圧倒される。これはチンマリと19インチ標準で観ている場合ではないと、あわてて階下に下り、リビングの32インチワイド画面に性根を入れて対峙する。

最低限に抑えられたセリフ、時にケレン味たっぷりに、時に静謐の極みにと、自在にうねるメリハリある映像と演出、そして“レオーネアップ”と称される、独特の匂いがただよう超度アップ。ロバート・デニーロの恍惚の表情にエンドタイトルが流れるまでの四時間を、片時も目を離すことなく、釘付けになりながら観終わった。

スゴイ。レオーネはやっぱり本物だ……。が、同時にその四時間は、かつてこの映画に関して覚えた不満を、再確認した四時間でもあった。

長丁場の割りに、話が狭い世界に収斂していく印象があり、“映画”でしか味わえないあの気持ちのいい拡がり=高揚感がないのだ。ラストシークエンスの落ちも、二時間サスペンスでスレてしまった目には、格別のどんでん返しとも思えず、驚きとともに胸を締めつけられる、真の名作のみが持つカタルシスにあと一歩及ばない。

有体に言って、やっぱり『夕陽のギャングたち』の方が面白い。と、贅沢な不満であることは重々承知の上で、このベストワン作品に先駆けること十数年、初日の渋谷パンテオンでわずか十数人の観客しか入らず、不勉強な評論家諸氏にものの見事に黙殺された大傑作、文句なしの本物、同じセルジオ・レオーネ監督の『夕陽のギャングたち』に再会する瞬間を、今からワクワクしながら待っている──。

『夕陽のギャングたち』(1971年・イタリア映画)
主演:ジェームズ・コバーン、ロッド・スタイガー
音楽:エンニオ・モリコーネ 監督:セルジオ・レオーネ

明日9月21日午後8時より、NHKBS2でオンエア。未見の方は必見の名作。V(^0^)

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2006年9月19日 (火)

秋のシナリオ合宿

神奈川県の西の外れにある、小さな市の広報誌で次のような予告記事を見つけた。

特別講座 秋のシナリオ合宿 (協力:フィルムコミッションあしがら)

とき  10月14日(土)・15日(日)(一泊二日)

ところ 市内旅館

講師  山田耕大さん 高田純さん 中野顕彰さん(日本シナリオ作家協会員)

日程  14日 10:00 開講式および基調講義 13:00 課題作品指導
     15日 8:00 付近散策 個別添削指導 13:00 シナリオの個別指導

費用  15,000円(宿泊費、食事代など) 宿泊しない場合は10,000円

申込方法 10月5日(木)までに電話で

問い合わせ・申込先 日本シナリオ作家協会 ℡ 03-3584-1901

うん? 真ん中の講師は……。と、戯れ言はともかく、優秀作品は「月刊シナリオ誌」に掲載されるという噂もある。地味な講師陣だが、なかなかに滋味はある。何かの新しい出会いが生まれるかもしれない。興味のある方はぜひご参加を。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年8月29日 (火)

映画の嘘@雨月物語

NHKのBS2で、久しぶりに『雨月物語』(溝口健二監督)を鑑賞。

宮川一夫のカメラは文句なしに素晴らしい。伊藤熹朔の美術にも目を瞠る。京マチ子の妖艶な能舞い風演技には、何度観てもうっとりさせられる。

が、残念ながら映画の出来には、今回もイマイチの感を抱いた。巨匠と評される川口松太郎、依田義賢のシナリオだが、どうしてこんなに説明のセリフばかりが羅列されるのだろうと、首をかしげるシーンがいくつもあった。

自分ならもっと感情のセリフにもっていく。例えば……と、僣越ながら大先輩のシナリオを胸の内で添削しながら鑑賞するという、じつに不健全な見方をしてしまった。

ところで、このギョーカイには「映画の嘘」という言葉がある。よく考えれば辻褄が合っていないが、メリハリ・テンポ・ドラマ的昂揚などの観点から、それで良しとされる嘘をつく手法で、「ここは“映画の嘘”で乗り切ろう」という風に言い回す。

例えば、板付きの長いシーンがある。手練の監督、巧者の俳優なら緊迫した場面を作り上げるだろうが、多くの場合は途中でだれて絵がもたない。そんなとき、シーンをいきなりオープンに飛ばして動きをつけ、会話の続きをさせることがある。

狭い部屋の中から、俯瞰で街を見下ろす丘の上へ。静から動へ。当然、移動する間にも話の続きはあったはずで、つながりとしてはおかしなシーンだ。が、映画関係者はその移動の道中を「敷居をまたぐ」と称し、だれるシーンの典型として敬遠する。

つまり、「映画の嘘」として描かない。

もう一つの「映画の嘘」の代表は、ご存じ人の死に際しての描写だ。

古来、何千何万という死が映画のなかで語られてきたが、そのほとんどすべてが、甚だしい「映画の嘘」に彩られている。あんなに長々と遺言を喋って、がくっと息絶えるなど、医学的には絶対にあり得ないはずだが、この手法はもう「映画の嘘」の普遍として、誰も抵抗を感じないほどの市民権を得ている。

かく言う私も、『恋文』という映画で臨終を宣告された高橋恵子が、一瞬だけ息を吹き返して倍賞美津子に微笑を送るという、あり得ないシーンを書いて、九州大学医学部の学生さんに、「あれはちょっと……」と釘を刺された経験がある。(~_~;)

さて、話を『雨月物語』に戻すと、それらの嘘とは微妙に違う、「エッ?」と首をかしげるくだりがあった。森雅之が登り窯で陶器を焼いているさなか、戦に巻き込まれて、窯を放置したまま一旦安全な場所に逃亡するシークエンス。

その騒動が終わって家に戻ってくると、窯の火が消えている。「しまった……」というセリフの後、失意に襲われながら窯を開けると、意外なことに名品の数々が出来上がっている。森は嬉々として、焼き上がった陶器を取り出していく。

問題は、その焼き物を取り出す際の演出だ。時制とセリフから考えて、窯の火が落ちてからそう日数は経っていないと思われる。我が吐息楼には“なんちゃって陶芸窯”があるので、よく分かるのだが、この時期の陶器はまだ余熱がおびただしく、素手で持てることは絶対にない。あんな真似をすれば、たちまち大火傷間違いなしである。

深作欣二監督の名作、『仁義なき戦い』のラスト近くに似たようなシーンがある。謀殺された松方弘樹の火葬場に、なだれ込んできたヒットマンたち。その惨劇のなかで、地面に落ちて割れた骨壺から、上げられたばかりの骨片が転がり出る。

慌てて拾い集めようとする配下が、思わず「熱ッ!」と叫んで放り出す。その焼けるように熱い骨片を、血がにじむほどに握り締め、かつての盟友の無念と不条理への怒りを募らす菅原文太。いまも目に焼きついている、鮮烈な名シーンだ。

巨匠溝口健二監督にして、何故そんなポカをやったのか。せめて袖口か何かで包み持ちながら、「熱い、熱い! 出来た、出来た!」てな具合に狂喜乱舞する主人公が映っていればと、画面の陶器同様ちょっと冷えた気持ちになった鑑賞ではあった。

ところで、今回の溝口特集の楽しみは、『SAYURI』からさかのぼること七十年、同様に祇園界隈の激怒を買い、「溝口という監督さんには、二度と白川の橋は渡らせまへん」とまで言わせたと伝えられる、『祇園の姉妹』を観ることである。

『SAYURI』とは違って、巷間高い評価を得ながら、舞台となった花街の人々には癒しがたい疵を与えたと聞くこの映画。どんなめぐりあわせか、祇園を舞台にした映画を企画している今、未見なだけにドキドキとしながら放映を待っている。(^○^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年7月25日 (火)

Pというスポンサー(2)

名古屋の企業であること、同族会社であること、非上場であること……。

いずれも今回初めて知った事実だが、先日も触れたとおり、現場泣かせの高ビーなスポンサーであることはあまねく知られていた。

一連の、世間様に対する面従腹背な態度を見ていると、ああ、こういう社風だからこその無理難題だったのかと、妙に納得させられるものがある。

ここぞとばかりに叩きまくるマスコミの姿勢に、長年屈折した思いを抱かされてきた現場の、怨念にも似た何かを感じるのは私だけだろうか?? ( °O °;)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年6月30日 (金)

人斬り五郎の歌(『無頼シリーズ』より)

一  やくざの胸は  なぜに淋しい
    流浪の果ての  虫ケラに
    心をゆるす  仲間(ダチ)もなく
    黒匕首ひとつ  にぎりしめ
    男が咲かす  死に花は
    花なら赤い   彼岸花

二  俺しか知らぬ  無頼の心
    匕首できざんだ  お前の名
    うつろな胸の  片すみに
    想いを今も  抱きながら
    夕陽の果てに  燃えあがる
    明日と呼べる日が   いつか来る

渡哲也主演の日活映画『無頼シリーズ』は、1968年から69年にかけて立て続けに六作が作られ、後のニューアクションの先駆けとなった記念碑的作品である。

監督は舛田利雄、江崎実生、小沢啓一と三人のベテラン&新人(もちろん当時の)が担当しているが、脚本はすべて池上金男さん。現在は池宮彰一郎と名を変え、時代小説の分野で活躍する、尊敬すべき大先輩である。

一匹狼のアウトロー藤川五郎(渡哲也・元東声会幹部藤田五郎氏がモデル)が、組織の犠牲となって抹殺された者たちのために、単身ドスを呑んで立ち上がる。

ラストシーンは必ず、ぼろぼろに傷ついた五郎がよろめくようにさまよい歩く定番。その第四作『人斬り五郎』以降に流れるのが、上記の「人斬り五郎の歌」だった。

無頼のやくざでありながら、かたくなに組織に属することを拒否し、一般社会と塀の中を往復する男。「人斬り五郎」と恐れられ、過去の古傷に引きずられながらも、己の矜持を貫こうともがく五郎。

しかし、最後には導かれるようにテロリズムの淵へ沈み込み、凶暴なドスをかざさざるを得なくなる、理不尽なものへの大いなる怒り。

やくざ映画の体裁を取りながら、差別される者の鬱勃とした怨念を抱える無頼派の、孤独な青春のさすらいを描いたという意味で、独特の様式美に貫かれていた東映任侠映画とは、明らかに一線を画すアナーキーな作品群だった。

今はシロガネーゼたちが跳梁するノーテンキな界隈で、当時ゲバ棒を振るっていたなまえっち氏やalohaboy氏には、とりわけ沁みたことだろうと推測する由縁である。

蛇足だが、そのなまえっち氏のmixi自己紹介欄に、好きな映画の一本として『夕陽のギャングたち』が挙げられているのを発見して、思わずほくそ笑んだ。氏は忘れているかもしれないが、この映画の素晴らしさを喧伝し、彼を渋谷の(今はない)全線座に引っ張っていったのは、ほかならぬこの私だったのだから……。(^_^X)

おっと、もう一点。当ブログのごひいきさんの一人「人斬り五郎」氏は、残念ながら渡哲也氏とは別人だが、なまえっち氏の後続ランナーとも言うべき、若き物書きさんである。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2006年6月29日 (木)

なかなかづくし採録(2)

3月31日の稿で、故神代辰己監督の傑作ロマンポルノ『濡れた欲情』の劇中で歌われた春歌、『なかなかづくし』の歌詞を採録した。

恐らくはその稿を読んだのだろう、昨日「Boe」氏と名乗る方が、『歌う銀幕スター夢の狂宴』の折りに、高橋明さんが歌ったその歌詞を全編にわたって採録し、私のホームページの「BBS」に掲載してくれた。

ごひいきさん方は先刻ご承知のことだが、『桃色吐息楼』と名付けられた我がホームページは、もう長い間ほとんど休眠状態を続けている。

コアな神代ファンのみならず、ある種の映画好きの方々にとっても、一級資料の価値を持つ投稿であり、もっと多くの人の目に触れるためにとこちらへ転載させていただくことにした。「Boe」さんには、改めてこの場を借りてお礼を申し上げます。

♪え~ なかなかなんけ なかなんけ
 なかなかづくしと 出かけよか

 こりゃ 夜空にゃお星もなかなんけ
 ふところ財布はなかなんけ
 こりゃ 中身は何にもなかなんけ
 おなごにゃ金玉なかなんけ
 こりゃ 俺とお前のなかなんけ
 はらめた仲でもなかなんけ
 こりゃ 親に叱られ泣かなんけ
 家を飛び出す仲なんけ
 
 こりゃ なかなかなんけ なかなんけ
 なかなかづくしは なかなか長いじゃないかいな

 ここらでネエチャン 借り受けて
 真ん中づくしと 出かけよか

 こりゃ 頭の真ん中 皿がある
 顔の真ん中 鼻がある
 こりゃ 足の真ん中ひざがある
 背中の真ん中背骨ある
 こりゃ お腹の真ん中 へそがある

 へそ下三寸 下がったところに
 結構なお寺が 三景勝

 一のお寺が 毛羽(けば)願寺
 二のお寺が 実(さね)願寺で
 三のお寺が 穴(あな)願寺

 穴願寺には 粋な鉢巻き キリリと締めた坊さんが
 出たり入ったり 入ったり出たり する内に
 ありがた涙を ポ~タポ~タ~と

 ほりゃ~ よいとよいやまっか~ どっこいさ~のせ~

 あ~ さては この場の娘衆よ(あ~どしたい)
 きょうびの男を持つなれば
 桶屋男え持ちなされ
 桶屋男を持ったなら 
 一生の会得よ これ娘さん
 足で絡んで手でしめて
 指の先にはつばをつけ
 そこじゃそこじゃと底たたく

 ほりゃ~ よいとよいやまっか~ どっこいさ~のせ~
 
 あ~ それも嫌とおゆいなら(あ~どしたい)
 大工男をもちなされ
 大工男え持ったなら
 一生の会得 これ娘さん
 マイホームの一つや二つはただで建つ
 
 ほりゃ~ としたまいた(?)芸者なら何でせなんだ~
 
 あ~ それも嫌とおゆいなら(あ~どしたい)
 音頭取り男を持ちなされ
 音頭取り男え持ったなら
 一生の会得よ これ娘さん
 毎日音頭がただ聴ける
 
 ほりゃ~ よいとよいやまっか~ どっこいさ~のせ~

 あ~ 今のは全部ウソじゃいな(あ~どしたい)
 音頭取り男をもったなら
 一生の不幸よ これ娘さん
 所帯持つにもかいしょは無いし
 駆け落ちするにも金は無し

 ほりゃ~ たらいに水汲んで金玉冷やせ~

 あ~ もうちょっと もうちょっとと思ったけど(あ~どしたい)
 上手で長いのは良いけれど
 下手で長いのはご退屈
 後なる大先生もお待ちかねじゃ
 三度に一度はこちらを向いてうなづいて
 どっこいさ~のかけ声でちょいとかわる
 
 よいとよいやまっか~ どっこいさ~のせ~♪

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年6月 3日 (土)

夕陽のギャングたち

マイ・フェイバリット・ムービーその9。主演:ジェームス・コバーン、ロッド・スタイガー。監督セルジオ・レオーネ。1972年イタリア映画(英語バージョンあり)。

この映画は大変不幸な公開のされ方をした。鳴り物入りで封切られた某大作映画がコケて打ち切られ、何の前宣伝もないまま急遽前倒しで公開されたのだ。

私はこの作品を、渋谷のパンテオンという広大な劇場で観たのだが、初日にも関わらず観客はわずか十人ほど。泥縄的対策による不入りの連鎖で、わずか一週間の興行でこちらもたちまち打ち切りになってしまった記憶がある。

だが、そんな事情とはまったく無関係に、この映画は身震いするほどの傑作だった。後に公開され、同じレオーネ監督の代表作と評される『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など、はるかに凌ぐ快作だったとハッキリ断言しておく。

物語は元 IRAの闘士、爆薬のプロにして革命の夢にも愛する女性との愛にも敗れた、苦い過去を持つ男(ジェームス・コバーン)と、がさつの国からがさつを広めに来たような、強面の山賊の親分(ロッド・スタイガー)という、二人の男の友情を軸に進む。

むろん、この二大性格俳優が演じるキャラクターのこと、単なる友情ばなしで済むはずはない。山賊の親分は爆薬のプロである相方を利用して、銀行強盗による一攫千金を企んでいるし、元革命の闘士はそんな相方の欲得ずくを計算して、叶わなかった若き日の夢を実現しようとひそかに企んでいる。

いわばお互いの打算から始まった関係が、次第に本物の友情へと深化していく過程。そして、その間にはさまれる爆薬のプロの苦渋に満ちた過去。オープニングからしばらく何の脈絡も感じさせないエピソードの羅列が、名手エンニオ・モリコーネの流麗な音楽にのせて、ぐいぐいとつながっていく見事さには舌を巻かされる。

前半は、人生落ちこぼれのダメ男同士の珍道中コメディとみせておいて、物語は後半に至るや、メキシコ革命のシリアスな状況の中へ素手でもぐり込んでいく。

ジェームス・コバーンのいたずら心に乗せられて、知らぬ間に革命の英雄に祭り上げられていく、ロッド・スタイガーのとぼけた悪党ぶりは、あの傑作『夜の大捜査線』のチョイ悪田舎署長をしのぐ名演だし、コバーン演じる筋金入りの革命の闘士が、自爆することで自らの生に終わりを告げる“クサさ”にも、大いに乗せられた。

半端ではない大コケを記録したこの映画、初見から何年経っても観たという人物にめぐり合えず、長いあいだ寂しい思いをしてきたのだが、ひょんなきっかけから(今はない名画座)渋谷の全線座で上映されることになり、当時のGFと勇躍観に行ったことも、今となってはちょっとほろ苦の思い出になってしまった。(#^_^#)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月28日 (日)

電車男MOVIE版

スカパーにて鑑賞。このドラマはテレビ版も数回観たが、何と言っても、抜群に面白いのはネットでのやりとりを記した過去ログに尽きる。

玉石混淆の書き込みが混じったなかから、ピュアなものだけを取り出して映像化するから、よくも悪くも破綻のないきれいな物語になってしまう。

冒頭に「True Love Story」と銘打たれているように、この映画には悪意というものがほとんど存在しない。テレビ版とはそこがもっとも違うところで、その分美しく観終わることが出来る、一種の夢物語というところだろうか。

昔、所属していた「メリエス」という事務所で、『七人のおたく』という映画を作った。それぞれの道のおたくたちが結集して、悪を懲らしめるストーリーで、その精神は石田衣良氏の最近作『アキハバラ@Deep』などにも引き継がれている。

さまざまの紆余曲折を経て、ついに“愛”を獲得した彼らが、これからどんな戦いを繰り広げていくのか。かつて限りないおたくの先駆者だったと自認する者として、彼らをどこまでも応援していきたいと思っている。V(^0^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月27日 (土)

待てば海路の日和あり?

テレビの2Hドラマの不調が目立っている。

日テレでは「火サス」が打ち切られ、「ドラマコンプレックス」に替わって数カ月。時に一桁の視聴率を記録するという、超低空飛行が続いている。

TBSは「月ミス」を「月曜ゴールデン」と改名し、イメージの一新を図っているが、何せ50本のストックを抱えており、新作の撮影はずっと止まったままである。

フジの「金曜エンタ」は、企画によって数字の凹凸が激しく、唯一安定している感のあるテレ朝「土ワイ」にも、残念ながら一時ほどの勢いはない。

テレビ東京の「水ミス9」に至っては、視聴率が10パーセントを超えればまあ合格点かという、あまり有り難くない評価が定着している。

サスペンスものが飽きられてきたからというのが、業界の主な原因分析のようだが、私は必ずしもそうは思っていない。要は面白い企画を面白く作って、毎週水準作を連発していけば、おのずから数字はついてくるはずなのだ。

と、作り手の端くれに位置する者としては、まだノーテンキにそう信じているのだが、キー局や電通、博報堂的にはそんな簡単な問題やおまへんでと、一笑に付されてしまうのだろう。待てば海路の日和は……まだ来ない。o(><;)(;><)o

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月20日 (土)

ああ軍歌

マイ・フェイバリット・ムービーその8。出演:フランキー堺、財津一郎、北林谷栄、大村崑他。原作:早坂暁、監督:前田陽一。1970年松竹映画。

1975年の夏頃だったと記憶するが、当時築地にあった松竹本社の地下の試写室で、私は前田監督と肩を並べて三本立ての映画を観た。

『にっぽんぱらだいす』、『進め!ジャガーズ・敵前上陸』そして『喜劇・ああ軍歌』。若手プロデューサの佐藤正さんが、私だけのためにお膳立てをしてくれた、コアな前田陽一ファンには垂涎ものの豪華ラインナップ至福の上映会だった。

「下手だなあ」上映が終わると同時に、含羞の人らしく呟いた前田さんのひと言を、今でも昨日のことのように思い出すが、何、下手どころかいずれも極め付きの大傑作、中でも初めて観た『ああ軍歌』の印象は、ただただ強烈の一言に尽きた。

フランキー堺と財津一郎は、戦死者を祀る御魂神社で、遺族たちを案内するインチキ商売をやっている。その二人が、ある日一人の老婆と知り合う。北林谷栄扮するこの婆さん、戦死した息子が脱走兵の汚名を着せられ、神社に祀られないことを不満に思って、その御霊を(個人的に)祀るために上京してきた人物である。

じつはフランキーと財津は、戦時中に前線で戦わされることを恐れて、精神病者を装い、野戦病院に入院して生き長らえたという、屈折した過去を持つ。

その二人の最も屈辱的だった記憶。それはニセ精神病を疑う軍医によって、敵機グラマンの機銃掃射が浴びせられる中を、「炭坑節」のメロディにのせて踊らされた、悪夢のような出来事である。二人はニセキチガイであることを見破られないために、雨あられと弾丸が降り注ぐ野っ原で、ひたすらノーテンキに踊り続ける。

文字どおり、狂気の光景が繰り広げられる輪の真ん中で、二宮金次郎の扮装をした兵士が、一人で漢詩を朗読し続ける。しかし、ついに正気が勝ったその二等兵は、恐怖のあまり脱兎のごとく逃走する。次の瞬間、彼の上に機銃掃射が降り注ぐ。

「海ゆかば みずく屍~」流れる軍歌をバックに、大村崑扮するニセ精神病兵は、スローモーションで息絶える。音楽はそのままに回想が明けると、そこは現代の皇居前広場。行き交う車の流れを涙とともに見つめる戦友、フランキーと財津の姿がある。その戦没者こそ、ほかならぬ北林さんの一人息子だったのだ。

そして、終戦記念の八月十五日。老婆と二人の生き残り日本兵は、何者かへの復讐を胸に秘め、御魂神社の賽銭を盗むべく敢然と行動に出る。というわけで、以下は上記の試写会のあとに、前田さんが私に語ったことの要約である。

ラスト近くで、靖国神社へ泥棒しに婆さんたちが行進していくところ。ただ夜明けの土手を歩くだけのシーンなんだけど、「我が大君に召されたる~」と、『出征兵士を送る歌』を三番までフルコーラスで流したんだ。

北林の婆さんの、個人的怨みつらみが炸裂した瞬間だから、それだけで充分にもつんだよ。無数の日の丸の小旗がうち振られるイメージを、歩く婆さんたちのアップに何度もはさんだりしてね。そして歌は突然『愛国行進曲』に変わる。

「この日、八月十五日」のテロップにかぶって、自衛隊のジェット機が空を飛び、婦人部隊が神社へ参拝に来る。なぜかハダシの柔道部員や白衣の宗教集団もやって来る。こうしてシーンが動いてくると、ギャグや歌や感情移入やらが渾然と噛み合ってきて、マジメかフマジメか、自分でも定かではない恍惚の境に入ってくるんだ。

賽銭泥棒が見事成功というときに、銀行の現金輸送車が来て危機に陥るが、そのとき東京中にサイレンが鳴って、財津さんがとっさに「黙祷!」と叫ぶ。すると、境内の全員が弾かれたように黙祷する。脚本にはなかった設定なんだけど……。

日本中が黙祷している。京都でも、万博の会場でも、原爆ドームの下でも。動物園の猿も黙祷している。川崎のトルコの女も、スペシャルの手を止めてね。ここで国歌『君が代』が劇的に高まるわけだ。なぜだか、ぼくの映画はそうなってしまうんだよ。

戦争の狂気を描いた映画なら、コッポラの『地獄の黙示録』。ニセ精神病者の屈折を描いた映画なら、ミロス・フォアマンの『カッコーの巣の上で』。

と、世間の評価はその後一致していくのだが、それよりはるか以前に、そんな両テーマを戦慄的な鮮やかさで描いた作品が、日本映画にもあったことを、十全に評価されないまま逝った天才・前田陽一という監督、そして彼を応援し続けた夭折のプロデューサー・佐藤正さんのために、声を大にして主張しておきたい──。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年5月15日 (月)

マチベン@LAST

平成の『レ・ミゼラブル』か、はたまた『岩窟王』か。一時はそんな期待を抱かせた問題作も、残念ながらやや竜頭蛇尾の感で終わってしまった。

一度目は冤罪による無実の懲役、二度目は同じ冤罪でありながらも、確信犯としての懲役刑を受けた老人。愛する孫娘を守るためであると同時に、我が身をおとしめた司法に対する復讐を画していたという斬新なテーマ。

どこまでも深く掘り下げられるはずの物語が、最後の最後で、悪い意味での通俗から脱しきれないままエンディングを迎えたことが惜しくてならない。

第五話、第六話に不可欠なシーンが欠如していること、あるいはあっても決定的に描写が不足していること。その二点がもっとも主要な原因だと思われる。

具体的に言うなら、まず孫娘の心情。正当防衛とはいえ、人ひとりを殺してしまった少女の内面は、もっと複雑に錯綜しているのではないか。殺人を犯したことは苦しい。ましてやその罪を背負って、祖父は自ら獄中の人となったのだ。

その時点ではベストだと思えた選択も、時が過ぎれば間違いであったことが分かる。因果のひずみが次第に大きくなってくる。この物語は、そのひずみが壊れる寸前の人間関係を、精密に描き尽くすべきものではないのか。

有体に言って、そんな少女の苦悩がいま一つ胸に迫って来ない。幾重にも重なっているはずの彼女の苦しみが、単色にしか見えないのは、周りの大人たちもそんな心情に思いを致すことが出来ていないからだ。

少女に苦悩を与えているのは、ほかならぬ祖父の老懲役囚であり、殺人の原因を作った母親その人である。この母親にもまた、愛する娘のために父親に罪をかぶせることを決意した瞬間があったはずだ。しかし、いわば最低の男との不倫に溺れてしまった女の末路にしては、彼女が自らを罰しているとは思えない。

登場人物中、もっとも原罪を背負っているはずの本人が、父のため娘のために何をなそうとしているのかが描かれないから、彼女が卑怯にすら見えてしまう。娘と母、母と祖父、そしてその三者。三つの人間関係は、シーンとして描写されてはいるが、いずれも感情のうねりが本音の沸点まで達していないがために、最後のヒロインと老懲役囚との法廷対決という、もっとも重要なシーンに有機的につながっていかない。

そして、老懲役囚の慟哭。彼には対峙する女弁護士の何が響き、何が刺さったのか。それは「私には殺意がありました」という懺悔などではなく、「あなたの選択は間違っていました」という、呵責ない、しかし本質をえぐる指摘ではないのか。そして「私はもっと間違っていました」という、主人公の衷心からの自己批判では……。

むろん、その要素は込められてはいる。そこが先日来の『白夜行』や、まして『輪舞曲』などという凡百のドラマとは、はっきり一線を画すところだ。だが惜しいかな、ラストの詰めで洞察が究極まで行き渡らず、計算を誤ったとしか思えない。予定調和の典型のような、心通うマチベン事務所のシーンを作る時間があったのなら、そこを省いてでも、もっとも重要な人間関係のうねりを描き尽くすべきだったと思う。

とは言え、一本の芯を貫く骨太のドラマを核心に据え、毎回の事件にそのテーマをリンクさせながら、終幕へと導いていった手腕は見事なものだった。毎週楽しみにしていたドラマが終わって、さて来週からは一転、プロデューサーに義理のある『ギャルサー』でも観てみるかと、ひそかに寂しさを紛らわせている。(~_~;)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年5月13日 (土)

マイ・フェイバリット・ムービーその7。1982年トルコ映画。監督:ユルマス・ギュネイ。

フェイバリットと形容するのは憚られるほど、重い内容の作品だが、80年代に観た映画の中で、もっともインパクトを与えられた一本である。

自身もクルド族出身であるギュネイ監督が、獄中で脚本を書き、逃亡の後完成させたこの映画は、1980年秋、トルコ領内の島に浮かぶ刑務所で、五日間だけの仮出所を許された、五人のクルド人受刑者たちの出獄シーンから始まる。

婚約者と再会した男は、意に反して盛り上がらない逢瀬に失望して、何と売春宿に駆け込む。にもかかわらず婚約者には「他の男と口をきくな、外に出るな、自分に従え」と拘束を当然のこととし、婚約者の女性もそれにうなずく。

妻に対して「お前の兄の死は、私のせいだ」と懺悔した男は、その家族に恨まれ、子供を連れて村を出奔せざるを得ない。列車で逃亡する夫婦が、お互いを求め合ってトイレでことに及ぶシーンの、官能の極まりを体現するような激しさ。だが二人は結局、兄の復讐に燃える弟の手によって射殺されてしまう。

もう一人の男の妻は、夫が入獄中に不貞を働き、わずかな食料と水を与えられるだけの罰を受けて、鎖に繋がれていた。その妻を、夫は家名を汚した咎で殺さなければならない。それがクルドの民の間に連綿と受け継がれてきた不文律なのだ。

裏切られながらも、なお愛する者を殺さねばならない理不尽を背負い、夫は衰弱しきった妻を極寒の雪山へ連れ出す。その途上で妻は許しを請いながら凍死する。

兄を亡くしゲリラになることを決意した男には、愛する女性がいる。が、クルドの社会では既婚者の兄が死んだ際には、独身の弟がその妻と結婚しなければならない。パルチザンとなり、クルドの自由のために戦おうとする男もそんな因習を否定できない。

本国トルコでは、クルド人差別やその他の要因が重なって、長い間上映禁止だったと聞くこの映画。1980年代を描いているという事実を、時として忘れてしまうほどに強烈な民族の掟、男女の戒律を表わしていて、ひたすら瞠目させられた。

ユダヤの民は長い流浪の果てに、曲がりなりにもイスラエルという国を得た。だがクルドの民は、歴史上ほんの短い期間を除いて、今も自分たちの国を持っていない。

映画『路』を観て、遅まきながらその事実を知ってからもう四半世紀近くが経つが、この民族問題が解決することはなく、トルコのみならず、イラン、イラク問題を語るときに、今でも避けては通れない中東の刃であることは、付け加えるまでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月10日 (水)

博士の異常な愛情

マイ・フェイバリット・ムービーその6。出演:ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、監督:スタンリー・キューブリック。1963年アメリカ映画。

正確なタイトルは、『博士の異常な愛情~または私はいかにして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか』。映画史上二番目に長いと言われる題名である。

ちなみに最も長い映画のタイトルは、1968年のイギリス映画(ATG配給)、ピーター・ブルック監督の『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』──。

『博士の……』は、冒頭いきなり、アメリカ空軍の司令官が精神に異常をきたし、全核搭載機に(当時の)ソ連への水爆投下を命令するシーンから始まる。

もし一発でも、ソ連領土で核爆弾が炸裂すれば、たちまち報復の連鎖が起こって、地球は十数度分もの壊滅的打撃を受け、文字どおり人類は絶滅する。

あわてて全機が呼び戻されるが、たまたま通信不能状態に陥っていた一機だけが、命令遂行のために一路共産主義の牙城へ向かって驀進し続けていく。

ピーター・セラーズの一人三役、ナチス出身のパラノイア風科学者、気弱なアメリカ大統領、無能な空軍大佐の演じわけも見事だが、何と言ってもラストシーン、まるでロデオ気取りで水爆にまたがり、奇声をあげながらソビエト上空にダイビングしていく、スリム・ピケンズ演じるキング・コング機長が秀逸。

かくして一個の水爆の炸裂を機に、全地球上に核のきのこ雲がわき上がり、華麗な花のように咲き誇っていく。「♪We meet again someday~」女性ボーカルによる陽気なワルツが、シニカルさの極致を表わす鳥肌モノの名シーンだ。

『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』等、綺羅星のような名作群を輩出しているキューブリック監督だが、彼のイギリス人らしいアイロニーが結実した、最も私好みの作品である。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年5月 8日 (月)

マチベン#5

話が本筋真っ只中に突入して、にわかに快調さが戻る。

冤罪で無期懲役の身に甘んじる老人にジャン・バルジャン、その娘にファンティーヌ、孫娘にコゼットをイメージするのは、いささか牽強付会かもしれないが、『レ・ミゼラブル』とどこか共鳴する悲劇を思わせて、胸がつまるような一時間だった。

冤罪の背景となる事件がやや単純に過ぎる点(来週の最終回でもう一つひねりがあることを望む)や、主人公の“殺人未遂”が結局巻き込まれ型だった点(ここは豪腕で主観の殺意にまでもっていって欲しかった)などに、構成力の不足を感じるが、今どきのテレビドラマでここまで生一本にやれば、十分に合格点だ。

但し、ヒロインの周囲の男どもがみせる大人未満キャラは、相も変わらずいい人過ぎて恥ずかしいと、男目線から見た不満を表明しておきたい。(^_^メ)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月 3日 (水)

まぼろしの市街戦#2

Maboroshi ネットを検索したところ、アメリカ版のポスターを見つけたので貼り付けます。左端で黄色い日傘をさした、チュチュ姿の美少女が、ザジさんごひいきのジュヌビエーブ・ビジョルドです。

これだけでも、その可愛さは十分に伝わって来ます。。。(#^_^#)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 2日 (火)

まぼろしの市街戦

マイ・フェイバリット・ムービーその5。主演アラン・ベイツ、ジュヌビエーブ・ビジョルド、監督フィリップ・ド・ブロカ。1967年フランス映画(英語バージョンもあり)。

『リオの男』『カトマンズの男』『おかしなおかしな大冒険』など、スラップスティックの雄として知られるド・ブロカ監督だが、これはもう何から何まで私好みの映画。

そして、いつかこんな映画を創るのが夢だと望みながら、挫折を繰り返しつつ未だに果たせないでいる、傑作の国から名作を広めに来たような逸品である。

第一次大戦下の、パリ北方にある小さな村。敗走するドイツ軍が、その村の教会に置き土産の時限爆弾を仕掛けていく。イギリス軍の通信兵プランビックは、たまたまフランス語が話せるという理由だけで、村への潜入と爆弾の撤去を命じられる。

伝令役の伝書鳩を提げて、村へ斥候に入ったプランビックは、そこで一種異様な光景を目撃する。住民たちはとっくの昔に逃走し、もぬけの殻になった村の中で、まるでカーニバルのように陽気な祝祭が繰り広げられていたのだ。

サーカスの動物たち、ライオンや熊や象が往来を闊歩し、着飾った軍人や司祭、貴族や娼婦たちが自由気ままに笑いさざめいている。それは、村人たちに打ち捨てられた精神病院の患者たちが、病室から外へ出てきて遊んでいる姿だった。

プランビックはそんな彼らから“王”としての待遇を受け、若い娼婦コクリコの深い愛を受ける。(綱渡りのロープを伝って来る彼女の、鮮やかな登場シーン!)

その奇妙だが純粋な世界の外側では、ドイツ軍とイギリス軍の戦いが再燃する。時限爆弾が不発のまま、“打ち上げ花火”に取って代わり、教会の鐘の音とともに華々しく打ち上がるのと前後して、両軍は至近距離から撃ち合い全滅する。

この世は狂っている。病院へ帰ろう。外の世界の狂気に呆れた患者たちは、揃って精神病院へと帰っていく。その中には、軍服を脱ぎ捨てて全裸になった主人公が、白い伝書鳩=平和の象徴を提げて門をくぐる姿も混じっていた。

諧謔、戯作、遊びの精神の中にただよう、透徹したリリシズム。ド・ブロカ監督とのコンビで知られる、ダニエル・ブーランジェのシナリオが光る、永遠の傑作だ。

もうずいぶん前のことになるが、『唐獅子株式会社』の映画化が俎上に上ったとき、この映画を教科書に、日本の喜劇映画に革命をと意気込んで渾身のホンを書きながら、ついに映像化のならなかった過去が、ちょっと苦く思い起こされる……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月30日 (日)

マチベン#4

男同士を描くと、この女性ライターの力はやや落ちる。今回は演出もそれを補うことが出来ず、これまでの四話中ではもっともクオリティが落ちる作品になった。

むろん、毎回一定の水準を保っていることを前提にしての話だが、珍しく違和感を抱かせるシーンやセリフがいくつかあった。

先ずは肝心の、主人公が何故この裁判を引き受けるかの動機づけが弱い。安楽死を望む人物の訴えが裁判で通ることは、現在の日本では恐らく100パーセントない。にもかかわらず代理人を引き受けるのは、それが安楽死問題に一石を投じる礎になると判断してのことなのだろう。ならば、どうして非公開の審尋にするのか?

その詰めが足りないから、どうしても言い訳が必要になってくる。正論を吐く青年弁護士に答える主人公の論理が、いつも以上の強弁にしか聞こえないのは、彼女にも(ひいては作り手にも)その論理に自信がないからではないのか?

何よりも、安楽死を望む原告の胸底にある心情が弱い。なさぬ仲の娘に看取られて死にたい。だが、癌が脳に転移しているため、精神に錯乱をきたしてみっもない一面を見せてしまう最期を恐れる。だからその前に安楽死を望むという論理は、いかにも甘えであり、わがままのそしりを受けても仕方がない。

身も蓋もない言い方だが、イヤなら転院すればいいのだ。

もちろん、その矛盾は死を間近に控えた人物の自家撞着であり、そのことを非難するつもりはない。問題はそれを指摘すべき、かつての親友=ジュリー所長のスタンスだ。最初はサリー訴人の代理をヒロインに任せるのもいいだろう。それだけの屈託が過去にあったのだという描写も、きちんと押さえられている。

だが、「やはり自分が弁論をやる」という意志は、彼本人の内心から出た決意でなければならない。断じて、ヒロインから諭されて決断するものではない。それが男同士の付き合いというものであり、役者が立つということでもある。

「人間にはゴメンと謝って死ぬタイプと、ありがとうと感謝して死ぬ二つのタイプがある。自分はありがとうと言って死にたい」。そう述懐するかつての親友に、昔と少しも変わらない馬鹿だと毒づくジュリー所長。ありがとうと不敵に返すサリー原告。

いつもなら、綱渡りでギリギリ成立する決めゼリフも、今回はやや足元がおぼつかず、かろうじてロープから落ちずに済んだだけに思えたのは、因縁を抱える男二人の確執が、情緒に逃げて究極まで検証されなかったからではないのか。

それにしても、弁護士同士が「先生」と呼び合うのは、リアリティを追求してのことなのだろうとは思うが、マチベン事務所「えびす堂」の個性派弁護士たちには、「さん」付けの呼称の方がはるかに似合うと感じるのは、私だけだろうか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月29日 (土)

テキサスの五人の仲間

マイ・フェイバリット・ムービーその4。主演ヘンリー・フォンダ、ジョアン・ウッドワード、監督フィルダー・クック。1965年・アメリカ映画。

若い頃に映画とマルクスに狂わないヤツは馬鹿だ。今は通用しなくなったアフォリズムを地で行くように、好きな映画というと、十代・二十代の青二才の頃に観た作品に集中してしまうようで、我ながら苦笑してしまう。

で、この後年の『スティング』に多大な影響を与えたといわれる、コン・ムービー、フェイク・ムービーの大傑作も、我が青春の輝けるめぐりあいの一本である。

舞台は19世紀末、テキサスのある田舎町。その街のホテルに、テキサス中の富豪たちが集結して、年に一度の大ポーカー大会が開かれる。

離婚裁判をキャンセルして駆けつける野心家の青年弁護士、娘の結婚式を放り出して参加する大牧場主、牛の仲買で財をなした成り金商人、そして悪徳葬儀屋と高利貸し。いずれも一癖も二癖もある、五人のトンデモ道楽者たちである。

青天井、賭け金の上限なしというハチャメチャなルールに沸くその町へ、偶然通りかかるのが、ヘンリーとジョアンの夫婦と一粒種の男の子。全財産を懐に、小さな牧場を営むため西部へ移住する途中の家族連れである。

いかにも善良な家庭人を思わせる風貌の亭主だが、この男にはただ一つ重大な欠点がある。賭け事、とりわけポーカーに目がないのだ。

見たこともない高額レートで繰り広げられている博打大会に、彼は矢も盾もたまらなくなり、馬車の修理で席を外した妻の目を盗んで参加してしまう。この辺、サスペンス映画の趣で、やめろやめろとドキドキさせておいて……。

結果は当然、海千山千の男どもにかもられてスッテンテン。だが、全財産を失いかけた最後の局面で、ついに勝負のときがやって来る。五人の悪党どもにも、それぞれ妙手がそろった様子だが、ヘンリーの手元には、どうやら見たこともない高い手が配られた気配がある。(映画ではその手札は一度も写されない)

しかし、悲しいかなヘンリーにはもう持ち金がない。ここが勝負どきと見た五人の悪党どもは、それぞれに賭け金をつり上げてくる。絶妙の手を持ちながら、ヘンリーは下りざるを得ない局面に立たされる。絶体絶命の危機、十年にわたって爪に灯をともすようにして貯め続けた全財産が、一瞬にしてゼロになってしまう……。

何も知らない妻が戻ってきたとき、彼は持病の心臓発作を起こして倒れ、彼女に後を託して病院へ担ぎ込まれる。悲嘆に暮れる妻だが、一瞬の後、気丈にも自分が勝負を替わると申し出る。ポーカーの知識など一片もないが、夫がこの手で勝負しろと言い残して行った以上、その言葉を信頼して夫の意志を受け継ぐと。

「さあ、どうすればいいんです?」

あきれ返った五人の男たちは、そっちの持ち金が底をついている以上、もう打つ手はない、気の毒だがご主人は勝負に負けて全財産を失ったのだと、冷厳な事実を告げる。では、お金があれば勝負は続けられるのですね? 分かりました、これからお金を借りてきます。言い放つ妻は、高然と顔を上げて銀行へ向かう。

応対に出た支店長は、冷淡な態度で「担保もない飛び込みの客に貸す金はない」と、妻を追い返そうとする。「担保はこれです」、次の瞬間妻が差し出したのは、何と夫が託した五枚の手札である。「ポーカーのルールは知りません。でも、夫がこの手で勝負をしろと言うんです。だから、きっといい手なんだと思います。この手を担保にお金を貸していただけませんか」崇高なまでに美しく、決然とした妻の表情。

その手を見つめる支店長の顔色が変わる。「私は四十年間この町で人に金を貸してきたが、これほど確かな担保を提供されたのは初めてだ。いくらでも貸しましょう」

それは、テキサスの悪党どもが完膚無きまでに敗北を喫した瞬間だった。

だが、五人の道楽者たちの胸は不思議なほど爽やかである。青年弁護士は最高のレディに会った感慨を胸に、紳士たれという誇りを取り戻す。悪徳商人は夫を信頼する女心に打たれ、長い間別居していた妻の元へ帰っていく。

そして牧場主は自宅へ取って返すや、娘の婚約者にあんな性格ブスではなく、真のレディを探せと言い含め、かつて失った夢と冒険の世界へ青年を送り出す。奇跡のように爽やかで、類まれなカタルシスをもたらす大団円……。

夫婦愛、家族愛、良質の人間ドラマで観る者を感動させたこの物語は、しかしそれで終わりではない。映画のラストシーンでは、別の“五人の仲間”がそろって、せしめた賭け金を山分けしていく。夫役のヘンリー、妻役のジョアン、息子役のジャッキー、そして何と銀行の支店長と、担ぎ込まれた病院の町医者の五人。

その五人の誰もが、あの純粋だった人間性のかけらも持ち合わせていない。ジョアンに至っては、派手めの化粧に蓮っ葉な物言いの、まるで別人の悪女ぶりである。

そう、じつは彼らこそが、この大嘘の大芝居を企んで、まんまと大金をだまし取った稀代の詐欺師たち、真の意味での『テキサスの五人の仲間』だったという、トンデモどんでん返しの一席ではあったのだ──。ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月28日 (金)

関の弥太っぺ#3

(承前)弥太郎が向かう先は、十年前に縁あって命を助けた少女、お小夜が箱入り娘として大切に育てられている旅荘、“沢井屋”である。

その裏庭には、手入れの行き届いたむくげの生け垣が、今を盛りと咲き誇っている。十年前、少女を助けたときにも咲いていたあの桃色の花々だ。

その生け垣は弥太郎が棲む無宿者の世界と、匂い立つように美しく成長したお小夜が棲む世界を隔てる、境界線でもある。弥太郎は満開のむくげの花ごしに、箱田の森介は旅に出て、二度とここへは戻って来ないと告げる。

邪恋の果てに、無理無体を言って苦しめた男から解放させてくれた、目の前の男がかつて自分を助けた人物だとは、お小夜は気付かない。斬った張ったの渡世を重ねるうちに、あまりにすさんだ弥太郎の風貌がそれをさせないのだ。

二人はむくげの生け垣を挟んで、しばし語り合う。この家にしばらく逗留していってほしい。無邪気にそう告げるお小夜に、弥太郎は何故そんなことを言うのだと訊く。だって、旅人さんを見ていると、他人のように思えないんですもの。微笑で答えるお小夜の表情に、弥太郎は薄幸なまま死んだ妹の面影を重ねる。

私はどこにいても、いつ障子の陰からドスが飛び出すか分からない渡世人です。そんなことをしては、お店に迷惑がかかります。それに暮れ六つに大事な用のある身、これから行かなくちゃならないところがある。大事な用? どこにいくのですか?

妹のところに行くかもしれません。それだけが私のたった一つの望みです。死を賭した果たし合いを控えた弥太郎の、覚悟の一言が観る者の胸に迫る。だが、むろんお小夜にその本当に意味するところは分からない。妹さんが羨ましい……。

目を伏せて寂しげに呟くお小夜に、抑えていた弥太郎の思いが一瞬わき上がる。

「お小夜さん」名乗ってもいない自分の名前を呼ばれて、お小夜はふと目を上げる。

「この娑婆には辛いこと、苦しいことがたくさんある。だが、忘れることだ。忘れて日が暮れりゃ、また明日になる」。それは十年前、父親を殺されて悲嘆に暮れていた少女に、命の恩人がかけてくれた忘れられない言葉である。

「旅人さん……?」お小夜の目が驚愕に見開かれる。弥太郎はそんなお小夜から目を逸らし、夕焼けの空を見上げて呟く。「ああ、明日も天気か……」「旅人さん!」目の前の男の本当の正体をお小夜が知った瞬間、弥太郎は身を翻して去る。

ラストは暮れ六つの鐘が鳴るなかを、村外れの二本松へ向かう弥太郎をうしろ姿で捉えた、極端にローアングルの画面だ。鐘の音はまるで弔鐘のように響き、道端には真っ赤な彼岸花が数輪咲いている。遠景の正面に立って、必殺の気合いで仁王立つのは、助五郎一家が放った刺客たちだ。

弥太郎は小さな木橋を渡って、その彼岸へと足を踏み入れる。ポーンと宙に放り投げられた三度笠が、二度と弥太郎は此岸へ戻って来ないことを暗示して、この今も色あせない股旅映画の傑作は終焉を告げるのである──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月27日 (木)

関の弥太っぺ#2

(承前)二つ目の名場面はその直後、いきなり土砂降りの雨の中で繰り広げられる剣戟戦に、“十年後”というタイトルがかぶるシーンから始まる。

博徒・飯岡の助五郎一家と、笹川の繁蔵一家の縄張り争いである。その助五郎一家に一宿一飯の草鞋を脱いでいたのが、十年後の弥太郎。一人戦いの輪から外れて、居酒屋で待つ弥太っぺの元へ、三下たちが加勢を乞いに駆けつける。

そのアップになる弥太郎の表情が、観る者をすくませる。左の頬一面に走る凄惨な刀傷と、暗い翳りを帯びてすさみきった目の色。数限りなく、斬った張ったの修羅場をくぐってきたであろう弥太郎の変貌を、一瞬で表す見事なカットだ。

そんな斬り合いの場で、弥太郎は自分を兄貴分と慕う箱田の森介と、老侠客の田毎の才兵衛の二人が、対立する一家に加勢している姿と再会する。仲間同士で切り合う愚を嫌った弥太郎は、なじる助五郎一家の幹部を叩き斬り、その場から逃走する。こうして渡世の掟を破った弥太郎は、恨みを買って追われる身となる。

その田毎の才兵衛(月形龍之介好演!)の口から、弥太郎は十年前に助けた少女、お小夜がすっかり成人し、命の恩人に会いたがっているという噂を聞く。しかし、渡世の垢がこびりついた身で、堅気の世界に暮らす者へ自分がその当人だと名乗り出る気はさらさらない。亡き妹に似たあのときの少女が、幸せであればそれでいい。

だが、悲劇はそのお小夜をめぐって起きる。生活に困窮した箱田の森介が、命の恩人を騙って(金銭目的で)彼女の元へ乗り込んだ挙げ句、一目惚れして恋に狂ってしまったのである。渡世人らしい不器用さで、ただお小夜の愛を獲得しようと強談判を繰り返す森介の狼藉ぶりが、やがて弥太郎の耳に入ってくる。

そんな森介を町外れの森の中へ呼び出した弥太郎は、自分が十年前にお小夜を助けた本人であることを告げ、今すぐに町を去るよう説得する。しかし邪恋に身を焦がす森介は聞く耳を持たない。血迷って抜刀し、憎悪の表情で切りかかる弟分を、弥太郎は止むなく斬って捨てる。「兄貴……」呟いて絶命する森介が哀しい。

世の理に絶望して、一人孤独にさまよう弥太郎の前に、助五郎一家の刺客たちが立ちふさがる。弥太郎はその瞬間、死を覚悟する。だが、その前に行くところがある。弥太郎は数刻後の果たし合いを約束して、お小夜の元へ向かう……。

と、ここから伝説となった最高の見せ場、今も好事家の間で語り継がれる三つ目の名場面が展開されるのだが、長くなったのでまた明日の稿に。(^^ゞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月26日 (水)

関の弥太っぺ#1

マイ・フェイバリット・ムービーその3。長谷川伸原作のこの股旅小説は、全部で七回映像化されているが、断然光るのは1963年の東映映画。

関の弥太郎に言わずと知れた中村錦之助(後に萬屋と改名)、ヒロインお小夜に十朱幸代、箱田の森介に木村功、そして監督は“将軍”と呼ばれた山下耕作。

公開当時、まだ九州の片田舎の中学生だった私は、残念ながらリアルタイムでは観ておらず、長い間まぼろしの名画として名のみを聞く作品だった。とりわけ、70年代の初期のころ、一緒に仕事をしていた佐々木マキ氏(知る人ぞ知る!)に、その名シーンの数々をレクチャーされ、未見の悔しさに歯噛みしたことを思い出す。

そんなある日、京都の名画座“京一会館”で、『股旅映画三名作選』と銘打った興行が打たれることを聞き込んだ。ラインナップは加藤泰監督の『遊侠一匹』、マキノ雅弘監督他のオムニバス『股旅三人』、そして『関の弥太っぺ』山下監督バージョン。

いずれも観たくて観たくてたまらなかった、珠玉のラインナップである。まだビデオの普及も、ましてDVDなどかけらもない時代のこと、この機会を逃してなるものかと、友人の軽=ホンダZ(懐かしい!)を借りて、徹夜で東名を下った。

朝ぼらけの京都に着いて、まず立ち寄ったのが、今出川通り寺町に出来たばかりの“ほんやら洞”という喫茶店。その店の経営者の一人であるHさんの妹、通称“パセリ”が根城だった原宿から京都に移って、店の手伝いをしていたのだ。

どうせならと、その“パセリ”ちゃんを誘って、京都のデートと洒落込んだわけである。ちなみに、“ほんやら洞”はいまも同所に健在で、京都発の文化を全国に向けて発信し続けている。(参考URL:http://honyarado.cool.ne.jp/

さて、本論の『関の弥太っぺ』だが、これは泣いた。大げさでなく滂沱の涙を流して、横の席のヒッピーおねいちゃんと二人で泣きまくった。切ない。哀しい。何より胸に痛い。その後、何回となく観返すことになるこの映画だが、何度観ても同じシーンで泣けるのは、それが単なる感傷をあおる安っぽい作りになっていないからだ。

語るべき名シーンはいくつもあるが、以下にその内でも極め付きの三場面を記す。

一つ目は、弥太郎が幼い頃生き別れになった妹の消息を探り当てるシーン。場末の女郎屋で、妹の同輩だった女(岩崎加根子さんが絶品!)を探し出した弥太郎が、色仕掛けで迫る女にたじろぎながらも、座敷に上がって話を聞くくだりだ。

シネスコの画面下手に、ポツンと浮かぶ二人の姿が映し出される。そこにだけ照明が当てられ、他の画面はひたすら暗い。蓮っ葉な物言いを静かな口調に変えた女の口から、弥太郎はやがて、妹が病を得てすでに死んでいた事実を知る。

カメラは微速度でそんな二人にズームインしていく。そのカメラが、長い女の話に寄り添うようにズームし切った瞬間、弥太郎の激情が爆発する。幸薄く死んだ妹が、生き別れになった兄をいかに自慢していたか。怒りとも哀惜ともつかぬ感情で、文字どおり号泣する弥太郎の姿に、その妹の墓標がオーバーラップする。

カメラが同じゆっくりとした速度で、今度はワンカットのままズームアウトしていく。物言わぬ妹の墓に向かって、切々と思いを訴えていく兄。と、カメラが引ききった画面の上手に、あの同輩の女郎がたたずんで寂しく嗚咽している。

五分間にわたる長いシーンを、たったの二カットで見せきる凄まじいテクニックだ。

※と、ここまで書いたところで、とてもじゃないが一回の原稿では思いを並べ切れないことを悟る。というわけで、以下は明日の稿にということで……。(^-^)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月25日 (火)

約束

マイ・フェイバリット・ムービーその2。俳優萩原健一の主演映画には、数々の傑作・問題作・衝撃作があり、その内の何本かには私も関わっているが、年に五百本の映画を観ていた時代にリアル体験して、将来この世界で飯を食うのだと決意させた、私にとっての最も重要な作品がこの『約束』である。

当時ハギワラさんは二十代前半のバリバリ、無遠慮で不躾で、しかし誰よりも孤独な不良青年を、彼以外には考えられないほどの繊細さで、スクリーン上に体現した。(じつは初期の段階では他のスターさんが演じるという話だったのだが……)

その青年・中原朗は、冬の日本海を北上する特急列車の座席で、寡黙な年上の女性と乗り合わせる。岸恵子演じるヒロイン、松宮蛍子は夫殺しの女囚、模範囚として一日だけの仮釈放をもらい、新潟にある母親の墓へ詣でる途中である。

出会いはぎこちなく、しかし急速に惹かれあっていく男女の内面が、極端に少ないセリフと流麗な音楽、何よりフォトジェニックな映像にのせて、流れるように進んでいく。

そして、やがて訪れる激情がほとばしる瞬間。落石事故で途中停車した電車から抜け出した二人は、一瞬すべてを捨てて逃避行に入ることを決断する。だが、模範囚である女にその決断は重すぎる。二年後の今日、懲役が明けて出所した日に、二人で語り合ったあの海沿いの公園で待っている。それが私たちの約束……。

二年後。いつまで待っても男は来ない。女は青年が刑務所の前で別れた直後に、かつて犯した罪によって逮捕されたことを知らない。約束は果たされることなく、寒風の吹き抜ける公園で孤独にたたずむ女の横顔を凝視して、映画は寂しく終わる。

ポスターには載っていないが、じつはこの映画には原作がある。と言うか、リメイク作品といった方が正確かもしれない。キム・ジホンというシナリオライターが脚本を書き、イ・マンヒ監督が演出をした、『晩秋』(1966年)という韓国映画。

その裏事情は『約束』公開後しばらく公表されず、しばらくして風の噂で、オリジナル作品ではなかったという事実を知った時には、少なからずショックだった思い出があるが、韓流映画ブームが喧伝されるよりはるか以前に作られていた、この名のみ聞く名作をいつか観てみたいと思いながら、未だに果たせないままでいる。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年4月24日 (月)

けんかえれじい

マイ・フェイバリット・ムービー。ベストワンだとか最感動作だとか言うなら、他にも上位に位置する作品はあるが、もっとも多感な少年時代に、もっともインパクトを与えられた日本映画という意味で、この作品にかなうものはない。

旧池袋文芸坐で観た『けんかえれじい』、銀座並木座で観た『けんかえれじい』、鈴木清順さんと話した『けんかえれじい』、松尾嘉代さんと話した『けんかえれじい』、恋人だと信じていた女性と一緒に観た『けんかえれじい』……。

さまざまな『けんかえれじい』を、恐らく五十回を超える回数観ている。一時期は、冒頭の女学生の通学シーンから、ラストの226事件下の東京へ向かう列車のシーンまで、すべてのカットを空で言えるほどのめり込んでいた作品だった。

脚本新藤兼人の名前に拍手、続く高橋英樹、浅野順子のクレジット、松尾嘉代、川津祐介、野呂圭介の名前に拍手、そして監督鈴木清順のクレジットに最も大きな拍手。ドラマが始まったら始まったで、桜の散るあのシーン、雪の降りしきるあのシーン、北一輝が登場するあのシーンと、映画青年たちの拍手と掛け声がひきも切らない。

ドグマ、スノッブ、そんな一言で片づけるのは簡単だが、大向こうを気取った映画おたくたちが棲息する、そんな空間があの頃にはそこここに存在していた。そして、当時ちまたでは彼らを揶揄して、こんな言葉が囁かれていたことを思い出す。

「二十代で映画とマルクスに狂わないヤツは馬鹿だ。だが三十代になっても、まだ映画とマルクスに狂っているヤツはもっと馬鹿だ」……。o(><;)(;><)o

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年4月23日 (日)

マチベン#3

よく出来たドラマの条件として、話が常に前へ進んでいくこと、そして登場人物たちの人間関係が、ドラスティックに変化していくことの二点が挙げられる。

もちろん、他にも切れ味鋭いセリフや、屋内の板付き芝居からいきなり動きのあるオープンな空間への飛躍、静と動を交錯させたいわゆる半間の芝居等々、いくつもの要素がからんでいいドラマは出来上がるのだが、それらはすべて、上の二点が満足されれば必然的に付いてくるものであるとも言える。

第三話目にして、いよいよこのドラマは只者ではない正体を現わしてきた。端正な脚本と抑制された演技、そして的確な演出が相乗効果をもたらして、コクのある見応え十分なドラマを、前回・前々回にも増して堪能させてもらった。

冤罪を甘受し、死刑になることで愛した男との心中を目論む女。悪女であることを矜持にして、じつは手ひどく自分を裏切っていた男との愛をまっとうしようと願う女。その心情を理解しながら、真実を世間にさらそうと対峙する主人公の女弁護士。

二人の女の対決が、一見ぶっきらぼうにも思えるセリフのやりとりの中から、次第に真実へと迫っていく劇的な展開は、まことにもって見事というほかない。

二十年ほど前のことになるか、じつはこの話と似たコンセプトの映画を作ろうと、第一稿まで書いた企画がある。赤いフェアレディZに乗って複数の女性を誘拐し、身代金略取を企てながら殺害した男女の、現実にあった事件を下敷きにしたものだ。

その主犯であった女Mは死刑の判決が確定し、共犯の男Kは長い裁判闘争の果てに、無罪を勝ち取って釈放された。戦後の日本、あるいは日本海側と太平洋側の格差の縮図を表すような事件で、特に主犯の女Mの隠された心情が私には沁みた。

女は愛した男と一緒に死刑になることで、絶望的なほど暗かった自分の人生に、幕を引きたかったのではないか。その形を変えた無理心中のために、事件とはほとんど無関係の男を、計画的に殺人の共犯者に仕立て上げたのではないか……。

少なくとも、私にはそう解釈するしかない複雑に錯綜した事件だった。

事件の下敷きにあるものは違うが、両者に共通するのは一人の男を愛しながら、結果的には自分を裏切っていた相手に対する、女の屈折した愛の表現である。愚かだと切って捨てるのは簡単だが、この愚かさこそが人間の普遍であると私は共感する。

ラストシーンで主人公の女弁護士は、死刑から二十年に減刑された元美容師の被告に向かって、「二十年後、出所してきたらまた美容師に戻ってください。私、髪を切ってもらいに行きますから」と、面会室の仕切り越しに語りかける。

直前まで、真っ向勝負の剛速球を投げていたヒロインが、最後にひょいと投じた彼女らしいクセ球で、突飛なたとえだが、往年の東映任侠映画の決めゼリフに一脈通じるリリシズムを感じさせて、なかなかに好ましい。

惜しむらくはそれを受ける女囚が、万感胸に迫って頭を下げてしまうことで、ここはあくまで悪女らしく、あの不敵な笑いを取り戻し、「あんたがこっちに来たら、もっと早く切ってあげられるんだけど」とか、「切ってあげてもいいけど、そのきつい顔に似合うかどうかは保証しないわよ」とか、憎まれ口の一つも叩いてほしかった。

と、そんな風に思うのは、昔から勝気な女性に惹かれてしまう傾向があった私の、単なる好みの問題なのだろうか……。(⌒▽⌒;)

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2006年4月17日 (月)

マチベン#2(2)

ごひいき“まんねん”さんのブログによると、某小説家が『マチベン』を評して、「あまりにひどい脚本で呆れてしまう」とこき下ろしているらしい。

寡聞にして、その小説家が誰なのかは知らないが、「あまりにひどい脚本」とは何を指しているのか? と首をかしげても、具体論についての言及はないとのこと。

私にとっての「あまりにひどい脚本」と言えば、最近の例では『輪舞曲(론도)』にトドメを刺す。思いつきのエピソードの羅列、人間洞察の極端な不足、チープなパターンセリフの連続、最低限の整合性すらないその場凌ぎのストーリー展開……。

あの偽ドラマについての批判ならいくらでも連帯するが、『マチベン』の酷評には、いささかの異議を申し立てなければならない。

某小説家さんは、何が気に入らないのだろう? ヒロインが嫌い? 確かに好悪の分かれる人物像ではある。すっぴん(に近いメーク)に地味めのパンツスーツ姿ながら、隠しきれない女の生理が内側からにじみ出るキャラクター。

しかし、時に似合わない生硬な演説が鼻につく瞬間があるとは言え、彼女の勝気で誇り高い女性としてのキャラクターは、きちんと描き込まれている。「女は一人でもいろんな女」とは、連城三紀彦さんの小説の一節だが、その勝気の裏に見え隠れする屈折についても、彼女の過去を匂わせることで巧みな伏線が張られている。

何よりも、ドラマはまだ二話を終えたばかりで、ヒロインの全体像が明らかにされているわけではない。恐らく彼女は、これ以後も「いろんな女」の多面性を、私たちに見せていくはずだ。そうでなければ、仮にも弁護士ともあろう者が、殺人未遂の罪に問われることなどあり得ない。(キャスティングの好悪はこの際別問題…(^^ゞ)

男どもが魅力に欠ける? 確かにそう言えなくもない。女性ライターが書くホンに概して言えることだが、女を描く視点に比して男を描くテクニックは一段劣る。まあ、逆もまた真なりだから大きなことは言えないが、ゲスト俳優の高校教師も、レギュラーの所長もエリート青年弁護士も、残念ながら類型の域をいま一歩はみ出していない。

いい人、正義漢、不器用な生き下手の面のみが前に出て、それぞれの屈託を背負いながらも、ヒロインや高校教師の妻ほどには複雑な人間性が露出して来ない。

ハッキリ言って、皆んなが情けない。今のところ批評家の領域にとどまっている所長、とてもハーバードのロースクール出身とは思えない、お人好しで世間知らずの青年弁護士、そしてあまりにも融通のきかない大人未満の教育者。

ああ、もう一人忘れていた。かつてヒロインの婚約者であったという、酷薄の国から酷薄を広めに来たような冷徹検事……。

だが、それでも凡百のテレビドラマが描く男像より、このドラマの中の男たちはよほどしっかりしている。単色イメージながら、それぞれに原色の色合いを放っている。あとはホンを書いている女性ライターが、どれだけ彼らに恋を出来るかにかかっている。

ここ数年、昼の帯ドラマという特殊な世界に関わって、私のテレビドラマに対する考えは少し変わった。テレビドラマとは即ち大道芸である。そんな風に思うのだ。

国立劇場でやる公演より、青天井の下・通行人たちを前に演じる公演の方が、数倍難しい。私は大道芸人を尊敬する。ある狂言師が語っていた言葉だが、まさにその通り。金を払って公演を観る目的で集まる客と、無目的に往来を行き交う通行人たちの足を止めさせ、幾ばくかの対価まで支払わせる大道芸の違いは明白だ。

電話がかかってくる、セールスマンが訪れる、子供がぐずって泣く。トイレを我慢するシチュエーションではないし、風呂に入る順番もある。そんなさまざまな外的要因に囲まれた気まぐれな視聴者の目を、画面に釘付けにさせるには並外れた腕が要求される。見かけはあざとく、しかし本論はどこまでもディープに……。

某小説家氏が、何をしてそこまで「ひどい脚本」だと貶すのか、じつはさっぱり理解出来ないのだが、少なくとも私は、このドラマの女性ライターは適度なあざとさとその裏に隠された“表現”との調合を心得た、数少ない才能の一人だと思っている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月16日 (日)

マチベン#2

鋭いセリフの連発に、ワクワクするような興奮を味わわせてもらった。

自分の失態にクドクドと言い訳を繰り返すエリート弁護士に、「短く結論を言え」と苛立つヒロイン。間髪を入れず返ってくる、「すみませんでした」のひと言。

離婚係争中の亭主を悪しざまにののしっていた妻が、夫の逮捕を知った途端、「あの人はどうしようもないクズだけど、人に迷惑をかけることだけは絶対にしない」と擁護し、ハッと我に返るや、「かばってるわけじゃありませんよ」とエクスキューズするひと言。

何気ないようでありながら、各登場人物のキャラクターをたったひと言で表す、洞察力のこもった高等テクニックだ。上手い。この女性ライターには才能がある。

一話目ではややぶつ切りの感が拭えなかった演出が、流れるように小気味よいテンポを帯び、二話目にしてすでに傑作の予感を色濃く漂わせている。

拙作の昼帯で「ハッキリ言って」の口癖フレーズを連発し、大いに笑わせてくれた大倉孝二選手が、『西遊記』のコメディリリーフ的老師とも違う、愚直なまでに生真面目な高校教師を演じて、ドラマにぐっと厚みを持たせてくれる。

単発読み切りの背景に据えられた、骨太の骨格をなすエピソードが、早くも人間関係に変化をもたらして、ぐいぐいと前に進んでいく手法が観る者を瞠目させる。

「やっとお会い出来ました」「これが最後の逢瀬です」……。

恐らくは、最終話に至ってすべてが明かされるであろう某冤罪事件の「美しい嘘」。ヒロインが殺人未遂の罪に問われた事件の真相を、細部まで練られた深みのあるセリフを楽しみながら、じっくりと見つめてみたいと思っている──。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年4月13日 (木)

男はつらいよ・寅次郎忘れな草

浅丘ルリ子が演じる、リリーという名のマドンナに初めて会ったのは、1973年夏、新宿松竹のスクリーン上でのことだった。

当時、『男はつらいよ』シリーズに関しては批判的立場をとっていた私だったが、この作品には手もなくはまった。簡単に言えば、それまでのお嬢様・お姫様キャラクターとは一線を画す、等身大のマドンナに惚れたということだ。

網走のさびれた漁港で、うしろ姿の寅次郎とリリーが語り合う出会いのシーンに、デラシネの無常観をみて涙したことを、三十年以上が経った今もよく憶えている。

あの独断と偏見を誇る、『映画芸術』のベストテンにその作品を挙げて、以来二度と選考の依頼が来なくなったのも、苦笑とともに思い出す昔話だ。(~_~;)

で、昨夜その作品を再見するつもりで、『寅さん映画ファン投票ベストテン』と称した、“BS2”にチャンネルを合わせてみた。

何か印象が違う……。こんなに説教臭い映画っだか? と、首をかしげたところですぐに気が付いた。あ、これはリリーの二作目『寅次郎相合い傘』の方だった。

そうそう、どういうわけか北海道ロケに同行して、監督に怖いもの知らずの『男はつらいよ』批判を吹きかけ、ムッとされたあの作品だ。うん、青函連絡船で函館まで渡るシーンのカメラ横に、ロケ見物で立っていた覚えが確かにある。

渥美清さんとも、生涯でたった一度だけ長い話をしたあの映画だ。生意気な若造に、渥美さんが本音を語ってくれたとは思えないが、歴代のマドンナ=女優さんについて、いろいろと思うところを聞き出した貴重な体験だった。

今夜はファン投票第二位として、『寅次郎夕焼け小焼け』(芸者役の太地喜和子さんがマドンナだった)をやるようで、これもまた好きな作品ではあるが、私のなかでは断トツ一位の『寅次郎忘れな草』、果たして何位だったのだろうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月11日 (火)

マチベン#1(2)と赤い奇跡#2

江角マキコという女優を初めて観たのは、1995年の是枝裕和監督第一回作品、『幻の光』でのことだったと記憶する。

徹頭徹尾フルショットの引きの画面で、ワンカットたりともアップの表情を捉えない、確信犯的映像の連なりにやや苛立ちを覚えながら、ヌードはキレイだけど下手な女優だなあと苦笑したのを、何故だか今でもよく憶えている。(~_~;)

その後のいわゆるトレンディドラマ系は、好み上スルーすることが多く、今回は久しぶりの彼女の芝居との再会になった。

相変わらず下手だなあと思う。が、さすがのキャリアが、それをヘタウマの領域にまで高めていることに感心する。テンポを無視した、独特なぶつ切りの台詞回しが、このヒロインのキャラクターなのかと錯覚させてしまうあたりに、それがほの見える。

何より、役者さんに不可欠の眼力が備わっていることが、この女優の強みである。色気もくそもない、すっぴんに近い顔をさらしながら、鋭い眼光で相手を圧倒する存在感は、新境地を狙う彼女の意気込みを示しているようで、素直に好感が持てる。

同じNHKで放映された、『出雲の阿国』で体当たりの演技を披露した菊川怜と同様、ホンに乗れば役者は化けるという好例のように思う。

で、もう一本のドラマが昨夜チラリとだけ覗いて、あまりの稚拙さに迷いもなく“富士山の四季”特番に、チャンネルを替えてしまったリメイク大映ドラマ。

『下妻物語』ではあれほど生き生きと名演を見せた深田恭子が、何とも目を覆いたくなるようなキャラクターを演じている。前作・前々作の“赤いシリーズ”リメイクのあまりの不評に、TBSが急遽企画替えまでして臨んだ起死回生作も、#1、9・3パーセントの数字では、はっきり轟沈と断じざるを得ない。

「つまらないホンに出ると役者が下手に見えるからイヤだ」。この欄にも何度か書いた覚えがあるが、かつて女優の水木薫さんが私に言った言葉である。その言葉どおり、とんでもないドラマに関わってしまったなと臍をかみつつ、芝居をしている役者さん、あるいは絵を作っている演出家さんを時折見かける気がする。

玉石混淆のドラマ群のなかに、きらりと光る原石を発見するには、観る側にも真贋を見抜くそれなりの審美眼が要求されるようである。w(゜o゜)w

※ちなみに昨夜の数字は更に下がって、8・3パーセント(!)だったそうな……。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年4月10日 (月)

マチベン#1

今四半期は時間にまかせて、テレビドラマを多数視聴している。

『出雲の阿国』、『白夜行』、『輪舞曲』。いずれも全話を欠かさず観たが、そのどれもに共通するのが、女性ライターの手になるドラマだということだった。

そして一昨日から始まった、NHK土曜ドラマ『マチベン』の#1。これもまた、当代随一の売れっ子女性ライターが書いたドラマである。

その第一印象をひと言で言えば、ようやく真打ち登場というところか。単なる売れっ子にとどまらない、きちんとした実力がこのライターには備わっている。

冒頭、いきなり被告席に立つヒロインの弁護士と、それを糾弾する検事。罪状は何と殺人未遂である。能面のような無表情で、事件について語ることを拒むヒロインに、わけあり風の担当弁護士は、決然として無罪を主張する。

アバンタイトルが終わると、物語の時制は一年前に戻り、そのヒロインと担当弁護士が対立し和解するきっかけになった、主筋の事件の顛末が語られていく。

事件そのものの仕掛けが単純で、こんな簡単な謎をどうして警察が見破れなかったのだと思わせるのが残念だし、むしろ捜査側はその裏にある真実を見抜きながら、知らん顔を決め込んでいたと描いた方が、それを暴くヒロインのキャラを更に際立たせただろうとも思うのだが、ともあれ第一話を観るだけでも、このドラマが描こうとしているのは、もっとスケールの大きな人間ドラマであることが、十分に予感できる。

着手金ゼロを謳うマチベン事務所。元薬局の建物を改造したそのオフィスで、飄々と依頼人たちへの処方箋を調剤する所長は、どうやら何かの事件で懲戒処分を受けて、落魄の身をかこつかつての辣腕弁護士(裁判官?)らしい。

その下で働くヒロインは、東京地検特捜部の出身。彼女にはある大きな事件での誤捜査に携わった屈折があるらしく、ヤメ検になったいきさつもそのあたりにあることが、さりげなく匂わされる。(東京拘置所で彼女からの手紙を読む初老の被告……)

そして彼女と激しく対立する地検の検事は、かつての特捜部時代の同僚。ややステレオタイプながら、ヒロインとの喜怒哀楽を交えた過去が匂い、かつその冷徹な捜査手法が何らかの齟齬をもたらして、彼女の今があることが何となく推測できる。

もう一人の青年弁護士はハーバードのロースクール出身。元最高裁判事を父に持つエリート中のエリート。いかにもお坊ちゃん育ちのお人好しぶりが、この弁護士さん大丈夫かいという心配をもたらすが、なに、回が進めばみるみる成長していくことだろう。何より、冒頭で罪に問われたヒロインに、敢然と“無罪”を宣告していた彼なのだから。

ついでに言えば、彼の父親の元最高裁判事も、ジュリー所長に引導を渡した本人である裏事情が見え隠れして、このままでは済まないという伏線にもなっている。

力のあるライターが書いたドラマは、人間描写がしっかりしているぶん観ていて楽しい。『白夜行』は結果的にペケ、『輪舞曲』はもっとペケの駄目ドラマだった。『出雲の阿国』は群を抜いて面白かったが、これは原作と演出の力に負うところが大きかった。

久しぶりに見る、実力を兼ね備えた女性ライターの力作を、この先各登場人物たちがどんな風に一話の伏線を敷衍して変化していくのかを主眼に、その重層的な展開に着目しながら、来週以降も観続けてみようと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 6日 (木)

葬式無用、戒名不要

小田急線鶴川の駅を降り、新宿に向かって右側に折れると緑山のスタジオ。その同じ交差点を左に折れた、小高い丘の上に『武相荘(ぶあいそう)』はある。

白洲次郎、正子夫妻が生涯を過ごした家作で、我が吐息楼に茶室を建てる際、大いにコンセプトを参考にさせてもらった日本建築だ。

その白洲次郎氏の軌跡をたどった番組を、昨夜のNHKで視聴。近年は妻の正子さんの方が脚光を浴び、意外に実像が知られていない氏だが、半端ではない傑物ぶりが活写されて、息をのむような45分間のドキュメントだった。

戦前のイギリスに留学し、若き日にベントレーを乗り回してヨーロッパを一周した、正しい意味でのインテリを具現していた人物。

戦中の日本軍部の所業に幻滅し、「僕は農業をやる」と宣言して隠棲していた氏が、吉田茂に請われて戦後日本政府の一翼に参加するくだりは、あの劉備玄徳に三顧の礼を尽くして迎えられた、諸葛亮孔明の故事を彷彿とさせる。

天皇からの贈り物をぞんざいに扱うマッカーサー元帥を、礼儀しらずだと一喝したエピソード。押しつけの憲法草案を精一杯の抵抗を示しながら和訳し、その顛末を報告した公文書に、「今に見ていろ」と涙しながら書き記したエピソード。

そして、サンフランシスコ講和条約締結の際に、吉田茂の演説草稿を英語で書いた外務省官僚に激怒し、「独立国同士が結ぶ条約の演説を、相手の国の言葉でやるとは何事か!」と、巻紙16メートルにおよぶ墨書の日本語に書き直させたエピソード。どれもが胸のすくような快男児(死語?)ぶりである。

あまりの硬骨漢ぶりに恐れをなした某官庁から、スパイ代わりに送り込まれた若手官僚が、たちまち「この人についていこう」と決意したと語る証言に胸を打たれ、何故だかまたあの『武相荘』を訪ねてみたい気にさせられた。

『葬式無用、戒名不要』、“風の男”と称される本物が書いた不朽の遺言書は、まだあの『武相荘』の一画に“無愛想”に展示されているのだろうか? (~_~;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月 5日 (水)

NHKスペシャル・ドキュメント北朝鮮#3

三日間を通じて最も強く感じたのは、北朝鮮という国の異様なまでのしたたかさだった。

自らも傷つくことを覚悟で、刀の刃の上で交渉を展開する。元米高官がそんな風に比喩していたが、まさにその通り。驚くべきことは、かの唯一の超大国アメリカですら、彼らのその戦略に乗せられ、何度も妥協という名の煮え湯を飲まされていることだ。

で、改めて、これほどのしたたかなネゴシエーターたちを相手にしている、我が政府の軟弱さに思いを致して暗然としてしまう。

連中は自分たちが欲しいものを手に入れるまで、決して弱みを見せようとはしない。

その欲しいものとは、ズバリ経済援助であり、それにともなう国交正常化である。現にかの国の機を見るに敏な人々は、すでに国交正常化後の日本企業の進出を折り込み済みで、着々と受け入れ態勢を整えつつあるのだと聞く。

38度線からソウルは遠くない。我々が動けばソウルは火の海になる。ほとんど脅迫罪にも問われかねない言辞を、外交交渉という公の場で堂々と弄する相手に、我が政府の隠された本音の戦略とはどんなものなのだろう。

不愉快な相手だが、我々はその相手と交渉をしなければならないのだ……。元米高官が自嘲するように呟いた最後のコメントが、今朝もまだ耳に残っている。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年4月 4日 (火)

NHKスペシャル・ドキュメント北朝鮮#2

12・2%と、ノンフィクション番組にしては数字が好調だった#1に続いての視聴。今回の目玉は、初めて公の場にコメントを寄せた旧東ドイツ高官たちの証言である。

社会主義体制の元での権力の世襲という、前代未聞の思惑を巧みにカモフラージュするために、“党中央”という聞き慣れない言葉を生み出した背景。

そして、ソウル五輪を開催することになった、同胞隣国への嫉妬から発したラングーン事件と大韓航空機爆破事件などの裏事情が、世界を股に掛けた綿密な取材の結果をともなって、異様な説得力のもとに語られる。

ほとんど何の主観も混じらない、BGMもSEも排した淡々とした描写が、ドキュメンタリーとは即ち取材であるという、スタッフの無言の矜持を表しているようだ。

惜しむらくは、対象となっている人物の人間性が浮かび上がって来ず、二人の父子が記号のようにしか感じられないことだが、そのあたりは今日の#3でフォローされるのだろうか。いずれにしても、核の脅威を描く今夜もまた必見の番組である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 3日 (月)

NHKスペシャル・ドキュメント北朝鮮#1

三夜連続放送の第一回目は、金日成の軌跡を追って進む。

抗日パルチザンの一部隊長に過ぎなかった金日成が、ソビエト政府の策謀によって虚構の英雄に祭り上げられ、国内派、親中国派、そして何よりの後ろ楯であった親ソ連派を粛清しながら、次第に個人崇拝の主体思想を作り上げていく過程が、生存している証人たちの貴重な証言の元に明らかにされていく。

語られていることに格別のスクープはないが、さすがNHKらしく、その綿密な取材と裏付け調査の腰の据わり方は尋常ではない。平壌にはじまり、モスクワ、カザフスタン、ソウル、そしてアメリカへと世界をめぐるカメラは、その同じレンズで、彼が自らをカリスマ化させるために仕組んだ、捏造写真のからくりまでも暴いていく。

元ソ連高官が語る、「北朝鮮はいつも我々の頭痛の種だった」という述懐、そしてプエブロ号事件で煮え湯をのまされた元アメリカ高官の、「あれが連中の瀬戸際外交の始まりだった」という証言が、かの国の現在の強硬姿勢に見事にオーバーラップしてくる。

第二回目の今夜は、共産主義体制の元では例を見ない、世襲の後継者金正日の誕生をめぐる顛末が描かれる。東西の冷戦が終わり、旧東側の関係者たちが口を開き始めた今、どんな歴史的証言が飛び出すのか、今夜も見てみようと思っている。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月31日 (金)

なかなかづくし採録

昨夜は命日から一カ月遅れの、神代辰己を偲ぶ会が新宿某所で行われた。

新宿某所とは、かつてクマさんや故三浦朗プロデューサー、製作プロ“メリエス”の元社長山田耕大や荒井晴彦(シナリオライター)、それに私などが日夜卓を囲んでいたマージャン荘、“Y”の女将さんが経営する居酒屋である。

肺ガンの手術から生還した田中収プロデューサー、人斬り五郎さんお気に入りの『マッドポリス』をはじめ数々の名作ドラマで知られる、元日テレの山口剛プロデューサー。そして神代組には欠かせないスタッフ、スクリプターの白鳥あかねさんや助監督の鴨田好史、加藤文彦、さらには“Y”の娘さんと結婚した山田耕大などが集って、一年に一度の賑やかな夜を過ごすことが出来た。

中でも、神代組の重要なキャストであった高橋明さんに、二年越しで会えたことが何よりの喜びだった。故林美雄と企画し、明さんも出演した『歌う銀幕スター・夢の狂宴』の思い出などを語るうちに、かの名作『濡れた欲情』のなかで歌われた猥歌、“なかなかづくし”の正確な歌詞を教えてもらう僥倖を得たのだ。

以下にその歌詞を採録して、故神代辰己監督十一回忌へのはなむけとしたい。

♪え~ なかなかなんけ なかなんけ
 なかなかづくしと 出かけよか
 なかなかづくしは なかなか長いじゃないかいな

 ここらでネエチャン 借り受けて
 真ん中づくしと 出かけよか

 頭の真ん中 皿がある
 顔の真ん中 鼻がある
 お腹の真ん中 へそがある

 へそ下三寸 下がったところに
 結構なお寺が 三景勝

 一のお寺が 毛羽(けば)願寺
 二のお寺が 実(さね)願寺
 三のお寺が 穴(あな)願寺

 穴願寺には 粋な鉢巻き キリリと締めた坊さんが
 出たり入ったり 入ったり出たり する内に
 ありがた涙を ポ~タポ~タ~と

 ヨーイと 宵から寝て 七つも八つも サ~♪(深すぎる……。o(^^o) (o^^o) (o^^)o ♪)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月27日 (月)

론도@LAST

모순 투성이의 드라마가, 겨우 끝났다.

마지막 끝까지, 믿을 수 없는 전개의 연속으로, 완전하게 몹시 질려 버렸다.

「もうやめろよ。楽になれよ……」

MOKOMICHI 선수가 토하는 그 대사가, 작자들의 혼란을 나타내고 있는 것 같고, 웃음거리하면서도, 불쌍한 느낌마저 해 버렸다.

작자들은, 정말로 괴로웠을 것이다.

出来ることなら、悪役宋は稀代の悪役らしく娘の情になんかほだされたりせずに、

빨리 ENTER·KEY를 누르고, 이 썩어 버린 일본을, 오히려 완부 없는 것까지 붕괴하도록 해 주면 좋았다.

「CHEAP THRILL」──。

매주 매주, 그런 말을 생각해 냈다고 하면, JANIS·JOPLIN에 실례인 것일까....(~_~;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月25日 (土)

ピンクのカーテン・DVD化

去年の10月から、『日活名作ロマンシリーズ』と名付けられて、かつてのロマンポルノ作品が続々とDVD化されている。

その第三弾15本中の一本として、昨日『ピンクのカーテン』見本盤が届いた。

キレイだ……絵が。クリアだ……音が。大胆だ……美保純ちゃんが。(⌒▽⌒;)

拙作ではあと、『ブルーレイン大阪』と『闇に抱かれて』の二本が発売されるとある。何より嬉しいのは、不評と不入りの屈辱的な記憶を残すのみで、作品的には忘れ去られていた感のある、『ブルーレイン……』をDVDで再見できることだ。

大上瑠利子姐さんに、あの名唱“大阪で生まれた女”をBGMで使わせてほしいと申し込んで、ポルノ映画にはちょっとと断られた、ほろ苦エピソードを思い出す。

かつてサーカスのテントに暮らし、今は大阪のミニクラブで小ママを務めるヒロイン、その愛人だった無頼派のカメラマン、そんな男を慕うサーカスの若い女芸人。てな設定をポルノ映画で、しかも八代亜紀が歌う主題歌に乗せて作ったのだから、不入りも不評もむべなるかなと、今ごろになってよく分かるのだが……。ヾ(@⌒▽⌒@)ノ♪

まあ、興味があるという奇特なごひいきさんがおられたら、こっちは六月発売だそうですから、歴史の谷間に埋もれた作品を、話の種にぜひご覧になってください。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年3月20日 (月)

今週もツッコミどころ満載で…

もはやイチイチあげつらうのも徒労を感じるほどの惨状だが、昨夜はその中でも最大最悪の誤謬を犯してくれた。

日本を批判するのは構わない。日本人平和ぼけ論もある意味正鵠を得ている。

しかし、それを何故外国人に設定した日本人俳優の口を借りて語らせたのか。しかもそうしたのなら何故、もう一人の外国人に設定された日本人の俳優に、別の立場での反論をさせなかったのか。(電話のやりとりじゃディベートは無理?)

そのセリフを書いているのは日本人のライターであり、そうさせたのは日本人のスタッフである。テーマを語るというより、無自覚な分だけ始末に悪い阿諛追従を見て、激しい違和感を抱いたのは私だけではないはずだ。

そんな程度の安い作り手たちに、したり顔で“日本の未来への警告”やとか、説教なんかされたないわ。。。あ、론도#10の感想でした。(ΘoΘ;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月17日 (金)

白夜行#10

先々週あたりはほぼ原作に忠実なタッチで、分かりやすい展開になったなと、好意的に観ていたが、先週の後半からはさらに、その原作を離れた独自の『白夜行』になってきて、昨夜の回は完全に独立した映像ドラマとしての趣を呈していた。

笹垣も亮司の母も、図書館司書も薬剤師の女も、それぞれに切なく、なぜもっと早くからこの視点を加えたドラマにしなかったのだろうと歯噛みする。

ともあれ、笹垣こそ主人公二人の最も濃密な理解者であるべきだという、かつて書いた私の中のテーマは、鮮やかな形でドラマに結実してきた。

今となっては、やや性急に中間総括をし過ぎたと自己批判しなければならない上記の稿だが、前半の違和感ただよう混乱を経て、主人公たちとともに苦闘しながらここまでのグレードに高めてきたスタッフ・キャストに、素直に拍手を送りたいと思う。

来週の最終回が楽しみだ……。( °- °)

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2006年3月13日 (月)

ある仮説を立ててみた

但し、何の根拠もない仮説で、関係者からはまったく的外れだと笑い飛ばされる可能性が大きい、想像上の産物であることを初めに断っておく。

このドラマの脚本は、複数の人物が書いているのではないか?

ライター名は一貫して、一人の女性だけがクレジットされている。しかし、一人の脚本家が書き継いできたにしては、あまりに整合性に欠けるというのがその理由である。

もはや荒唐無稽すら通り越した、昼帯も真っ青のベタで無茶な展開は、ひたすらその場凌ぎの連続で、際限のない迷路にはまり込んでしまっている。

恐らくは、先ずキャスティングありきだった。日本で最も名前を知られた外国女優の招聘に成功し、人気の男優の共演を得た段階で、ドラマのヒットは約束された。

ストーリーの骨格も、単なるトレンディ・ドラマの枠を超えた、ノアール・アクション+恋愛劇という狙いで、スケール感ただよう見せ場の連続が期待できる。

その女優の名声を一気に高めた海外ドラマは、若い女性ライターを起用したのが成功の一因だった。アクション描写には多少の不安が残るが、こちらも同じ若い女性ライターを起用して、斬新なセリフと細やかな展開に期待をしよう。

だが、ある段階からその女性ライターが、プロデューサー主導のホン作りについていけなくなった。ストーリー・テリングの妙は無視、先ずシーンごとに奇抜な設定と、あり得ない飛躍を要求されたライターは、たちまち混乱の極みに達した。

有体に言って、主人公たちの心情が理解できない。共感も出来ないまま、ひたすらこう書けと強制される。強制と言って悪ければ、制作者としての思いの丈を表明される。だが誠実なライターに、理解できない人物が書ける道理はない。

そこで、もう一人の陰の人物が手を入れることになる。それはクレジットに名前を記すには問題の多い人物である。何故なら、その人物の本業は別にあり、もし脚本に名前を連ねれば、現場が混乱していることを示す明白な証拠になるからだ。

しかし、ドラマには全体を見渡す俯瞰の目とともに、ディテールを重ねてリアリティを形成していく、虫瞰の目が不可欠だということをこの直し手は知らない。いや、知ってはいるのだろうが、それをやっている時間もテクニックもない。

こうして矛盾だらけの、連続性も整合性も情感も吹き飛んだ、ラビリンス・ドラマの一丁上がり(まだ終わってはいないが)という悲喜劇が生じてしまった。

と、あくまでも根拠のない推理に基づいた仮説であることを、再度断った上で……。そうとでも考えないと、まったく理解不能なドラマだと痛感した#9ではあった。(◎-◎)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月12日 (日)

恋愛小説家

見逃していたアカデミー賞受賞作品をようやくBSで鑑賞。

その著作とは裏腹に、潔癖症で毒舌家の恋愛小説作家。病弱の息子を抱え、しがないウェイトレス稼業で糊口をしのぐシングルマザー。才能にあふれながらも、生活力に欠けるゲイの絵描き。そして、神経症気味なその飼い犬。

よくも悪くも典型的なハリウッド風キャラクターたちが繰り広げる、ウェルメイドなコメディに二時間あまりを微苦笑しながら観終わる。

このジャンルのハリウッド映画を観ていつも感じるのは、つくづく気障なセリフがサマになる羨ましさだ。ジャック・ニコルソンの歯の浮くような愛のセリフが、綱渡りの細いロープの上で見事に成立する演技には、素直に拍手を送らざるを得ない。

かつて、調布方面の撮影所で作られた某映画で、次のようなセリフを書いたことがあった。高級外車に乗って登場した主人公と、準ヒロインの会話である。

「うわ、ジャガー!」
「本当はタイガーが欲しかったんだが、魔法瓶しか売ってなくてね」

ノッて書いた決めゼリフも、日本映画の場合はオヤジギャグ風なクサいパロディとしてしか映らない。そんな事実を実感した、苦い記憶である。

尤も、以前には『眠狂四郎』の市川雷蔵や、『浮雲』の森雅之、『紅の流れ星』、『東京流れ者』の渡哲也など、気障なセリフが似合う日本映画もあったのだが……。今、そんなスクリーンサイズのセリフを語って、絵になる俳優はいるのだろうか?

と、そんな由無し言を思わせる一方、セリフとはこういう風に書くものだと刺激させてくれる、まるで教科書のように隙のない佳作ではあった。\(^o^)/

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月11日 (土)

白夜行#9

このドラマの正式なタイトルを初めて書いた気がする。(笑)

今から七年前、東野圭吾氏の初版本が発刊された直後に、原作者および出版社には映画もしくはテレビの映像化権申し込みが殺到した。

噂で知る限り、その数は二十数社を超えたはずであり、ほかならぬ私が関係する某制作プロダクションも、一翼に名を連ねていた。

最も初期にはT社の劇場用映画として、次には関西のキー局Yテレビの連続ドラマとして実現しかけ、さまざまな事情から頓挫した経緯を持つ企画なのである。

つまり、今回のテレビドラマ化の背景にはそんな二十数社の思いが連なっている。本当は自分たちがやりたかったのだという、ある種背後霊のような思いを、今回の制作者たちは好むと好まざるとに関わらず背負っているわけだ。

その関係者の一人として、当然のように私の見る目も厳しくなる。違うという思いは、作り手の性として、自分ならこうしたのにという歯がゆさにつながっていく。いささか気負った言い方をすれば、あるべきドラマとして完成していない悔しさである。

しかし、今週の第9話を観て私のそんなもやもや感は払拭された。面白い! と言っておかしければ、切ない……。何より、大人のドラマになってきた。武田鉄矢、八千草薫両ベテランの心情が、ようやく主人公二人と融合してうねっていた。

恐らくはライター、演出家、プロデューサー、そして各俳優のなかで、一気に登場人物たちが音を立てて動き出したのだろう。それぞれが何をなすべきか、何を演じるべきかを理解して、その意志が命じるままに動いている心地好さを初めて感じた。

雪穂と亮司による義母殺しは、原作のなかでも最も痛切なエピソードの一つだが、それを超える緊張感をはらんで描写されていたと思う。笹垣刑事(探偵)が語る、二人の心情代弁も原作のテーマを最大限に活かして、正鵠を得ている。

そう、このドラマはもっと早い段階から、主人公二人の主観だけではない、今回のような他者の視点、あらゆる意味での彼らの理解者たちからの視点をまじえて、双方向の主観によって語られるべきだったのだ。

あと二話を残すだけのところまで来て、ようやく本領を発揮し始めた物語。多くの関係者たちが第一話を観て落胆し、二度と見ないと顔を背けたドラマに、一人くらいは最後まで見届けようと(嫉妬を抑えながら)ここまで対峙し続けてきた。

この調子で残りの回を乗り切って、平成版『罪と罰』を誇り高くかつ鋭く語り尽くしてほしいと、かつてこの原作を映像化したかった者として心底から願っている──。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月 9日 (木)

智子姐さん@相棒

やや久しぶりに新作で接した智子姐さんは、やっぱり犯人役だった。(~_~;)

懐かしいひとみオネイちゃんの姿に加えて、殺される製作部長は私をこの世界に引き込むきっかけを作ってくれた谷本一さん、その親友役を演じていたのが、やはり日活ロマンポルノで一緒に仕事をした西田健さん──。

それぞれに因縁のある役者さんたちの、元気そうな顔を見れたのが嬉しかった。

作品の出来は……来週の最終回予告がかなり期待を抱かせてくれるものだった。というところかな……。 ヾ(@⌒▽⌒@)ノ♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月 3日 (金)

白の字#8

なあ、雪穂……。

亮司のあのベタなナレーションは、彼のいまわの際の長い心情吐露なんだよね。

「いつ死んでもいいと思ったんだ」。二度も三度も繰り返された昨夜の告白は、第一話の冒頭で亮司が命を落とす、あのシーンへとかかっているんだよね。

それは当然ラストシーンに重なってくるはずだから、つまり彼の遺言でもあるんだよね。

なあ、雪穂……。

先週あたりから、ほぼ原作を踏襲した展開になってきて、ずいぶん観やすくなったと思うんだ。心理描写も以前よりずっと丁寧になった気がするしさ。

でも、二人が悪の道に堕ちていけばいくほど、反比例して言い訳が目立つのはどうしてなのか。きっとライターさんもプロデューサーさんもとても善い人で、雪穂と亮司がやっていることは、いけないことだと信じてるからなんだろうな。

根っこのところで、二人を可哀相だと決めている。けどよく考えると、それって高見から見下ろしてるってことなんじゃないだろうか。「免罪符」、「もう一度太陽の下を歩く」ってセリフがよく出てくるけど、その視点から出た言葉だと思うんだ。

この同情すべき二人を、燦々と太陽が降り注ぐ温かい日常に引き上げてやる。それが作り手たちの願う幸せなんだろうね。でも僕は思うんだ。そうじゃなくて、このドラマは二人が歩いている白夜まで降りていかなくちゃいけないんじゃないかって。

雪穂と亮司が言い訳すればするほど、彼らが小さく見えるのが寂しい。

なあ、雪穂……。

僕には作者たちが、惨めだなと憐れむだけで、じつは二人の奥底に在る中芯に少しも寄り添っていないように感じられるんだ。だって、彼らを引き上げてやりたい日常は、ただひたすら微温的だし、何よりこんなに腐ってるんだぜ。

だからこそ、亮司は取り込まれることを拒んで死に、雪穂はその価値紊乱者の栄光を背負いつつ、白夜の世界で誇り高く生き抜いていくことを決意する。この原作を映像化するということは、二人がそのラストへ向かって同行していくことだと思うんだ。

あと三回? 四回? 「いつやめてもいいんだ」と思いながらも、僕は昨日まで全話を欠かさずに観てきた。こうなったら最後まできちんと付き合うつもりだから、(何度も言うようだけど)薄いお涙ちょうだいの純愛劇じゃなくて、この偽物の世の中に鉄槌を下す、真正のピカレスクロマンを見せてほしいんだよ。o(^^o) (o^^o) (o^^)o ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月27日 (月)

론도#7

그 두 명이야말로 부모와 자식이다. 나의 예상은 맞고 있었다.

그러나, 그 이외에, 이 드라마로 재미있다고 생각하는 곳은 거의 없다.

마치, 뎃셍을 하는 힘이 없는 화가가, 백호의 대작에 도전하고 있는 것 같다.

이것을 정말로, 세계를 향해 팔고 있는 것이라면, 매우 부끄럽다.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月24日 (金)

白の字#7

BSでフェリーニの『甘い生活』を観はじめたら止まらなくなり、この際『白の字』はスルーしてもいいかと迷いつつ、冒頭だけでもとチャンネルを合わせる。

ところが、今回はなかなかに出来がいい。何よりセリフがハッキリと聞き取れる。これはどうしたことだと引き込まれている内に、つい最後まで観てしまった。

ようやく、本当にようやく主人公二人の“ピカレスクロマン”が形になってきた。恐らくはホンをやっと理解出来た役者たちが、乗って演技をし始めたのだろう。

セリフがきちんと聞き取れるのも、腹(あるいは心)の底から感情をともなった発声が出来ている証拠だ。そう、二人ともそうやってどんどんワルになっていけばいい。

頼むから、もう元のイジイジグジグジの“悩めるいい人”に戻らないで、高然と顔を上げたまま、この腐った世の中への復讐を敢行していってほしい。

あ、それと出来れば、決めゼリフのつもりなのだろう、あの肝心なシーンになると多用される、自己陶酔型のセリフをもっと突き詰めた表現にして……。o(^o^)o!

で、その後再びチャンネルを元に戻すと、映画はあのあまりにも有名な、頽廃の極みの乱痴気パーティシーンへと差しかかっていた。あとは祭りのあとの虚脱感を抱えた一行が、海辺で大魚を見るラストシーンまで一気呵成の展開だ。

もう何度観たか分からない『甘い生活』だが、つくづく映画史に残る傑作だと思う。やっぱりこっちの方がはるかに本物だなと、言わずもがなの認識を新たにしながら、未明に起き出してもう一つの本物、女子フィギュアの決勝を堪能した昨夜ではあった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月20日 (月)

론도#6

ジウ姫の父親は橋爪功サンであるという、第一話目で読んだ予感がまだ生きている。と言うか、着々とその方向へ向かいつつある気がする。

いまやその結末だけを確かめるために、毎週意地になって対している感のあるこのドラマ。昨夜の回で、初めて来週も観ようという気になったのは、それなりに盛り上がってきたということなのか。(⌒▽⌒;)

それにしても、フツー“謎が謎を呼ぶ”という形容は肯定的に使われる語句の筈だが、こうも“謎に謎が重なる”展開ばかりを見せられると、整合性を無視した粗っぽい描写が目立つ分、観ている方にはフラストレーションが溜まって仕方がない。

伏線のはり方が単純に下手糞(或いは不親切)で、視聴者にあれこれ推理する材料を与えない作りは、時にあり得ない飛躍と省略を見せて配慮に欠ける。と思うのだが、作り手たちは今ごろ視聴者の混乱を見て楽しんでいるのだろうな。

그것이, 조금 분하다…… w(˚o˚) w

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年2月18日 (土)

出雲の阿国@LAST

阿国最終回を視聴。ちょっと話を急ぎすぎた感あり。あの大長編の原作を、六話完結で語るにはやはり無理があったのかもしれない。

だが、そこは最終回らしくロケが多用されて、特に阿国、伝介、お松の三人が、落魄の身となって川の土堤を流れていくシーンの美しさに胸がつまった。

地元でもほとんど忘れ去られていた、この歌舞伎の祖を見事に蘇らせたのが、ドラマの原作になった有吉佐和子の『出雲の阿国』上下巻だったと記憶する。

すべての登場人物が有機的に絡んでいき、格調のあるセリフと、人間感情のうねりが一つとして無駄を感じさせない。小説とはこういうものだと思い知らせてくれた名作の味は、今回の映像ドラマにも断片的ながら的確に表現されていた。

地元では不評と聞く、斐伊川の河原で孤独死する阿国の最期の描写が、いいものから早く終わっていくという感慨とともに、哀惜の念を伴って胸に響いた。

その畢生の名作を、三十年ぶりに読み返してみようかと、本棚を探してみたのだが……ない。『香華』『華岡青洲の妻』『針女』『一の糸』『不信のとき』『海暗』『芝桜』『美っつい庵主さん』『助左衛門四代記』『開幕ベルは華やかに』『仮縫』『三婆』等々、彼女の小説はいくらでも並んでいるのに、肝心の『出雲の阿国』だけが見つからない。

誰かに貸したのか、それとも古本屋にでも売ったのか……思い出せない。でも、読みたい。買い直すべきか、それとももう一回本棚を仔細に点検してみるべきか。(・_・ゞ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月13日 (月)

론도#5

「つまらないホンに出ると役者が下手に見えるからイヤだ」。かつて私にそうぼやいたのは女優のMさんだった。うん、分かる。(~_~;)

必殺「あんたに俺の何が分かる」。この手あかのついたセリフが出てくると、そのドラマはペケだ。そう断じたのは、ライターのTさんだった。(^_^X)

話題の「回る」ドラマが、昨夜の回でついに“ネタ”の領域にまで逝ってしまった。某深夜テレビの“××ドラマのネタ”を観せられている感覚が失笑を誘う。(^m^)

TBS는 무엇을 생각하고 있는 것일까? 좀 더 성실하게 만들어 주세요. (` ´)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月12日 (日)

わが父・溥傑 ラストエンペラーの弟・波乱の生涯

教育テレビETV特集のアンコール放送。90分たっぷりの鬼気迫るドキュメントに、何度も襟を正した。このところ襟を正したり瞠目したり、快哉を叫んだりと気分がハイに傾いているように自省するが、しかしこの番組もまた紛れもない本物だった。

満州国皇帝・宣統帝溥儀、ラストエンペラーの呼び名で知られるこの人物の、一つ違いの弟・愛新覚羅溥傑。番組はその溥傑の次女、今は西宮に住まう福永嫮生(こせい)さんが、父の故郷旧満州を訪ねる軌跡を追って進んでいく。

まず嫮生さんの話す日本語が、まるで昔の松竹映画、それも小津安二郎作品の原節子を思わせて、どこまでもやわらかく心地好い。だが淡々としたその口調が語る内容、訪れる土地にまつわるエピソードは、あまりに過酷で時として言葉を失う。

わずか五才のときの父親との別れ、終戦時の母・浩(ひろ・嵯峨侯爵家の長女)との大陸放浪、姉慧生(えいせい)との再会、その姉の自死(世に言う天城山心中)、16年ぶりの父親との再会、母親の中国永住と自身の日本へ残る選択……。

ロシア軍に抗し、自分への盾となって射殺されていった従者たち。60年ぶりに訪れたその現場で、じっと無言のまま合掌する嫮生さんの姿に、それまで何を大げさなと敬遠していた、“流転の王妃”という浩への冠詞が初めて理解できた気がした。

ところで、この満州族の王統・愛新覚羅家には、もう一人私の興味を引く人物がいる。

本名・愛新覚羅顕玗(けんし)、中国名・金壁輝(べっき)、溥儀の近しい血族にあたる粛親王の娘で、日本名を川島芳子と名乗る女性。そう、あの“東洋のマタハリ”と呼ばれ、歴史の徒花のように咲いて散った“男装の麗人”である。

彼女には、さまざまなスキャンダルが今も囁かれる。最期は国家反逆の罪で銃殺刑に処せられ、刑場の露と消えた女スパイ。その常時携帯していた拳銃が、あの浜口雄幸を狙撃したテロリスト、佐郷屋留雄が使用した拳銃であったという逸話は、歴史の暗部に横たわるどろりとした情念を感じさせ、寒けがするほどである。

もうずいぶん以前のことになるが、伊藤俊也監督・松坂慶子主演で、この川島芳子の一代記を映像化する企画が持ち上がり、彼女の人生を調査したことがある。結局その企画が実ることはなかったが、今でも面白い話になるはずだと、機会があるごとに彼女のテンション高い人生を追い続けている私なのである。。。(^_^X)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年2月 7日 (火)

『Million Doller Baby』、『白夜行』のナレーション比較論

スカパーのPPVで、『ミリオン・ダラー・ベイビー』をじっくりと鑑賞。

この映画がどれほどの傑作であるかは、マスコミ・ミニコミ・ネットを問わずさんざん語り尽くされていることでもあり、今さら屋上屋を重ねる賛辞を並べようとは思わない。どこまでも深く、重い主題に胸が痛くなるほど打たれたとだけ述べておく。

で、話は唐突に『白夜行』(テレビドラマ版)へ飛ぶ。

このドラマは主人公・亮司のナレーションで進んでいく。ことあるごとに彼は「このとき自分はこう思った」あるいは「あのときの自分たちの気持ちはああだった」と並べ立て、話はその通りに主人公の男女の主観で進行していく。

以前の稿にも書いたが、原作のネガの部分をポジに起こして語るという方法論を選択した結果、作者たちが行き着いた当然の手法と思える。

だが、よくも悪くも作者たちが“いい人”であるために、その亮司のナレーションはいつも言い訳の域を出ない。やや皮肉な言い方をすれば、「俺たち、こうするしか仕方がなかったのだ」という、善の側に立ったスタンスを崩しきれていないのだ。

どうやら、作者たちはその心情によって視聴者の涙を誘おうと狙っている節があるが、どっこい、言い訳と自己正当化に思い入れるほど観客はヤワじゃない。暗く狭いトンネル、しかも出口の見えない隘路に、好んで入る人間はいない。殻に閉じこもるばかりの主人公に付き合いきれないというのが、視聴率急降下の原因だと分析する。

人は『セカチュー』の“甘さ”には騙されても、『白夜行』の“辛さ”には騙されない。このドラマの作者たちは、出発点でその本質を見誤ったのではないだろうか。

さて、もう一方の『ミリオン・ダラー・ベイビー』。この作品も、基本的にナレーションで進行していく。語り手はスクラップと呼ばれる老黒人、長年主人公フランキーに寄り添ってきた盟友で、演じるのは今さら形容詞など不要のM・フリーマンである。

じつは、このナレーションには絶妙の仕掛けがある。ラストシーンに至って、それまでのすべてが、親友フランキーの(絶縁状態にある)娘に宛てた手紙の文面であったことが分かるのだ。未見の人にはネタばれを承知で書くが、C・イーストウッド(監督・制作・音楽も兼ねる)扮するフランキーは、映画の後半で殺人を犯す。殺人といってきつければ、愛する(擬似)娘のために尊厳死をほどこす。

「モ・クシュラ」……「愛する者よ、お前は私の血だ」

そんな男のギリギリの選択にかけた真情を、「君の父親はそういう男だった」と、淡々としかし溢れるような哀惜の情をもって、スクラップ老人は語る。

『ミリオン……』『白夜行』両作品の、ナレーションに込められたテーマの違いはあまりにも明白である。“悪”の側に立つ人間、自らの意思で“堕ちていく”人間たちに、言い訳はいらない。持って回ったような理屈・自己正当化もいらない。

彼らはただ確信犯として、悪に手を染め堕ちていけばいい。その奥底にある真情を補完するのは、彼らと対立しながらも、その心情を最もよく理解する者であるべきだ。

『ミリオン……』におけるM・フリーマンの役割は、的確にその解答を示している。

結論を言う。『白夜行』におけるナレーションは、笹垣刑事が担うべき役割だった。亮司と雪穂が犯す犯罪に、十数年(原作では二十数年)にわたって伴走してきた笹垣こそ、彼らの犯罪を最も憎み、かつその真情を正確に理解している人物だからである。

残念ながら、武田鉄矢扮する刑事に、これまでのところそんな陰影は感じられない。彼もまた、平成という時代を主人公たちとともに生きてきた人物であることを思うとき、時代と寝ることを選択した男女の屈折は、この刑事にこそ最もしみるはずなのにと、歯噛みしながら画面に対しても、今さら無い物ねだりというものなのだろうか……。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年2月 6日 (月)

론도#4

히로인의 자매의 부친은, 하시즈메시에 틀림없다고 하는 예감이, 다르다고 말해지고, 일순간 실망 했다.

그러나, 그 예감에게는 아직 가능성이 있다. 그것을 알아 안심했다.

주인공들의 사랑은, 마치 고교생의 사랑을 보는 것 같고, 어째서 이렇게 어리겠지라고 생각한다.

좀 더, 빨리 이야기가 전개해 주지 않을까 생각한다.

언제까지나, 같은 이야기가 계속 되고 있는 느낌이 들고, 재미없다.다음 주도, 이런 터치로 이야기가 전개된다면, 이제 더이상, 보고 싶지 않게 될지도 모르다.

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年1月30日 (月)

론도#3

베테랑 이쿠노씨에게 연출이 바뀌었다.

동시에 드라마의 분위기까지가 바뀌어 놀랐다.

「미안해요, 나에게는 당신들이 표현하려고 생각하고 있는 것을 모르는거야」(@_@)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年1月28日 (土)

五条大橋の千成瓢箪

ローアングルに据えられたカメラの正面、夕景の五条大橋の向こうから、ゆっくりと千成瓢箪のお輿がわき上がってくる。むろん、秀吉一行の行列である。

ここが正念場と思い定めた三九郎が、渾身の鼓を打ち始める。呼応する阿国らが、右手に鈴、左手に扇という艶姿で、今に伝わる「倭文」を彷彿とさせる舞いを舞う。

出雲の阿国が相変わらず快調だ。人の愚かさに共感し、深い洞察力を持って描いている点(原作の功績か?)で、今クール一番の収穫であるといって間違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月27日 (金)

白の字#3

このドラマのスタッフはエライなと感心することがある。第一話から徹底して、原作のネガの部分をポジに焼き直すという姿勢を貫いているからだ。

つまり、原作には描かれていない雪穂と亮司の主観から、ドラマを構築し直しているという点。それは必然的に、オリジナルに近い作品を撮ることにつながっていく。

むろん、ネガよりポジに焼かれた写真の方がはるかに見やすいし、分かりやすい。映像化にあたって、スタッフがそういうコンセプトを採用したことにも異議はない。原作に込められた観念を、具体的な心象にして見せるという批評。自分たちは敢えて難しい道を選んでいるのだという、映像屋としての信念があるのだろう。

但し、原作と映像は別ものですからという、ありがちな解説に与する気は、今回に限ってない。原作のテーマは、幼くして父殺し母殺しに手を染めた少年と少女が、絶望のベクトルを反転させて時代と寝ることを選択し、陰画と陽画の一対をモザイクしながら、“悪”の頂点を極めていく、日本論を背景に据えたピカレスクロマンである。

そこを外してしまうと、この原作を映像化する意味はない。セカチューの売れっ子コンビなら、敢えてこんな“悪”をテーマにした企画を選ばなくとも、他にいくらでも純愛企画があったでしょうにということになりかねない。

というわけで、主人公たちのイジケぶりに苛々していたのだが、昨夜のラストに至って、ようやく二人は“悪”の執行者への決意を固めてくれた。さあ、いよいよ物語が始まるぞと期待しつつも、ふとすでに三分の一の分量が過ぎていることに気付く。

来週の予告では、またぞろ雪穂に不信を抱く亮司が描写されているようで、二人を確信犯と読む私には、正直不安な予感が募るのだが、ここは純愛だの善なる者の懊悩などはスパッと切り捨てて、透徹な“悪”のドラマを見せて欲しいと熱望する。え? だったら裏の黒の字の方を観なさい? なるほど……。( °O °;)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月21日 (土)

出雲の阿国#2

先週の第一回目は、主演の女優さんに偏見を持ちながら、素材に惹かれてブラウン管に対したが、これはもしかしたら掘り出し物だぞと姿勢を改めた。というわけで、第二回目の昨日も『出雲の阿国』にチャンネルを合わせる。

もちろん、主演の女優さん(タレント?)を手放しで誉めるわけにはいかない。何より、彼女には“阿国”役に必要不可欠な“色気・セクシーさ”が欠けている。すっぴん芝居で気概を見せ、“傾く(かぶく)女”のアナーキーな心情を懸命に演じてはいるが、ほかにいくらでも女優はいただろうにと、政治的な背景すら裏読みしてしまう。

だが、時としてそれを忘れさせるほどドラマは面白い。有吉佐和子の原作は上下二卷の大長編だが、それをナレーションつなぎでうまくダイジェストして、“阿国”という女の多岐にわたる内面と、秀吉統治下の大坂(大阪)・京都を、腰の据わった時代考証とともにきっちりと描こうとする姿勢が、画面の中から伝わってくる。

当楼ごひいきの目利きの方々には、楼主何をトチ狂ったと、一部異論もあることだろうと推測する(笑)。が、物語はいよいよ“歌舞伎”の発祥地京都へ移り、やがて四条河原のデカダンな“かぶき踊り”のくだりへと差しかかっていく。

嫉妬、欲望、悦楽、絶望、悲哀……原作通りならあらゆる喜怒哀楽のてんこ盛りだ。

茶屋女、風呂女、遊女たちを巻き込んで、一気に国中を席巻していく“風紀紊乱”の嵐がこれからどう描かれるのか、来週も楽しみに観てみようと思っている。(#^_^#)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年1月16日 (月)

今夜のドラマには私も出演しています。(#^_^#)

昨夜の日韓共同ドラマは、アクション+メロドラマ+ファッショナブル映像のごった煮状態で、“ロンド”というよりも“カデンツァ”の連続といった趣でした。

とは言え、ベタな展開が存外に面白く、『白夜行』も本来はこのキャスティングくらいの年令なのだよなとか、ジウ姫姉妹の父親は悪役橋爪功さんの可能性が高いなとか(あの唐突とも思える流暢なハングル!)、そうなると竹之内選手との障害がさらに宿命を帯びて盛り上がるなとか、塩見三省・岡本麗の夫婦コンビはツボだなとか……。

そんな埒もないことを考えながら、最後まで愉しく観終わることが出来ました。尤も、数日前から原因不明の眩暈に悩まされている家人は、ますます目が回ってきたと、あの登場人物以上に動き回るカメラワークに不平を漏らしていましたが。

ところで、↑の橋爪さんの息子・遼くんも出演している2Hドラマが今夜放映されます。

TBS系・月曜ミステリー劇場『警視庁三係・吉敷竹史シリーズ#2 灰の迷宮』

原作:島田荘司 出演:鹿賀丈史、余貴美子、星野真里、温水洋一、夏八木勲

午後9時きっかりからのオンエア、冒頭3分すぎあたり“行列ができるラーメン屋”のシーンに、店の前に並ぶお客の役で私めもチラリと出演しております。(笑)

『西遊記』も『スマスマ』も来週また放映されますが、『灰の迷宮』は今夜限りの打ち上げ花火です。シリーズ第3作につなげるためにも、ぜひご笑覧ください。V(^0^)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年1月11日 (水)

♪テレビってやつが また一つ分からなくなってきた♪

#1、29.2%。……絶句。

いいのか? クオリティにおいては確実に勝っていたと思う戌年年頭ドラマ(不満はいくつもあるが)は、#1が17.0%、#2が16.8%だったと聞くのに……。

余勢をかって世界数カ国でオンエア? 『SAYURI』の屈辱の裏返しにならないか?

まあ、そんな裏で警部の14.8%は大健闘なのだろうが、来週の主人公は警部補へと階級が一つ下がることでもあり、マジかよとレイニーウッドの↑替え歌なんぞを自虐的に歌いたい心境。♪ I CAN’T UNDERSTAND.....♪w(゜o゜)w

今日は他に書こうと思っていた稿があるのだが、うーん……と再び絶句。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年1月10日 (火)

西遊記#1と某次週2H予告

ふかっちゃんの玄奘三蔵は剃髪姿が妙に可愛く、その本気度には素直に好感が持てるが、やはり夏目雅子と思い比べてしまうのは、三蔵法師を演じる女優の宿命か。

それにしても、香取悟空はどうしてあんなに怒鳴りまくるのだろう。w(゜o゜)w

新解釈の西遊記を世に問いたいというコンセプトは、かろうじて理解出来る。だが、ここはやはりオーソドックスに、火焔山に閉じ込められる孫悟空のエピソードから始め、一気に“五百年後”へ時制を飛ばした、師弟の出会いへと順を踏んでいかなければ、玄奘も悟空もどんなキャラクターなのやらちっともつかめず、あれじゃただのお人好しのブッディストと粗忽な猿にしか見えないと心配になってしまうのだが……。

てな感想を抱きながら、隣の若いチャンネルへ切り換えると、十津川警部シリーズのラスト2ロールほどが映し出されている。佐藤藍子チャンのどんぐり眼が、綱渡りのような愁嘆場を演じて瞑られると間もなく、突然来週の予告が始まった。

おお、画面が美しい。やはり二分の一のビデオに落とされたプレビュー版とは、クオリティが違うぞと感動しつつ、いよいよ来週かと気の引き締まった瞬間ではあった。(^_^X)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2005年12月18日 (日)

MEMOIRS OF A GEISHA#2

(承前)水揚げの儀式は、祇園甲部をはじめとする五花街(他に祇園東、先斗町、宮川町、上七軒)でも、一昔前までは確かにあった。

舞妓が年頃を迎え、相応の色香を漂わせはじめると、誰からともなく芸妓への襟替えの話が持ち上がってくる。つまり、旦那がつくということである。その旦那と初夜の契りを結ぶのが、いわゆる水揚げの儀式ということになる。

旦那とは即ちパトロンのことと思われがちだが、必ずしもそうではないケースもある。特定の旦那を持ちたくないという芸妓の水揚げには、その儀式専門の旦那がつくこともあったらしい。西陣あたりの呉服屋の楽隠居がその任に当たり、何人もの舞妓のバージンを破った話が、今も生き証人の口から語られる。

だが、それも過去の話。今は舞妓であれ芸妓であれ、恋愛は原則的に自由である。公認の恋人を持ち、たまさかの休日にはジーンズ姿でデートを楽しむ舞妓や芸妓の姿が、京都の町では散見されるようになった。まさに隔世の感というか……。

で、映画中に描かれる、さゆりの水揚げをめぐるエピソードである。

じつは五花街の人々が最も怒りを表明しているのが、このシーンである。さゆりの処女を高く売るために、置屋の女将と姉さん芸者が、権謀術数の限りを尽くして金持ち連中の間を奔走する姿が、はなはだしく花街のイメージを傷つけるということで、一時は上映差し止めの訴訟を起こす準備さえ行われたと聞く。

過去において、水揚げの習慣は確かにあった。その場で、少なくない金銭がやりとりされたこともまた事実だ。しかし、女を商品としてセリにかけることなど断じてなかったと。

よく、芸者は左褄をとると言われる。左褄とは着物の褄(裾の両端)を左手でとること。こうすれば着物の合わせ目が右になり、男の手が入りにくくなる。芸は売るが身は売らないという、芸妓の矜恃がそこに表れているわけだ。(ちなみに遊女は右手で褄をとる。花嫁も同じく右手で褄をとる。(~_~;))

辻褄が合うという言葉の語源も……と、今はそんな話をしているのではなかった。(笑)

ことほど左様に、この映画には事実誤認に基づく描写が数多い。たとえ半世紀以上前の話だからというエクスキューズがあったにしても、現在の花街に生きる人々の心証を著しく傷つけたことに変わりはない。しかも始末に悪いのは、その傷つきに若い観客の殆どが、毛ほども思い至っていないということだ。(ё_ё)

ハリウッドが描く日本なんてこんなもんさという達観もあるだろう。しかし、この映画の監督はスピルバーグの降板に始まって、さまざまの有為転変を重ね、じつに四人目の演出家が撮った作品だという事実もある。それぞれの監督が降板した裏には、アメリカ映画が日本を描くという難しいテーマに対する煩悶があったと聞く。

いくら娯楽の殿堂だとは言え、向こうの監督たちにもそれくらいの作家魂はある。だが、最後に名乗りを上げたオポチュニストの監督は、効率よく撮るために先ず、早く着られる着物のデザインを指示した。各シーンに異を唱える(日本人)スタッフにも、これが自分のイメージなのだと、殆ど聞く耳を持たなかったともいう。

つまり、ハリウッドが描く日本なんてこんなもんさという中でも、最悪のこんなもんさの映画が出来上がったということだ。それから思えば、『ラスト・サムライ』の渡辺謙、真田広之両俳優の何と端然としていたことか。(真田氏の茶事に臨む所作!)

何も変わらないから選挙になんか行かない、と斜に構えているうちに、悪貨はどんどん良貨を駆逐して、気が付けば取り返しのつかない事態に陥っているのだと、いささか場違いな結論を胸に、他山の石としたい映画ではあった──。

※最後に、これじゃまるで夜鷹だなと思いながらも、コン・リーの射すくめるような眼力に圧倒され、桃井かおり姐さんのヒール芝居に、大いに受けたことを付記しておく。(^_^X)

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2005年12月17日 (土)

MEMOIRS OF A GEISHA

祇園界隈でこの映画の評判はすこぶる悪い。いや、悪いというより殆ど激怒に近く、二度とこの種の映画の撮影には協力しないと決議されたという話も聞く。

昨日の毎日新聞の夕刊などを読むと、ハリウッド流の“JAPAN”“GEISHA”を描いた作品だと思えば、笑って許せるという趣旨の批評が書いてあり、皆んなが苦笑しながらもまあいいかという感じで観ている節が窺える。

しかし、問題はそう簡単ではない。私には、この作品が京都五花街に生きる人々にとって、許すことの出来ない犯罪性を含んでいることが良く理解出来る。

それは巷で言われる、チャン・ツィイー、コン・リーらの外国人女優によって日本人女性が演じられているという違和感ではなく、ひとえに“花街”(劇中では“はなまち”と呼ばれているが、京都では“かがい”と読むのが正解)の描き方にかかっている。

舞台は昭和初期の設定になっていること故、確かに身売りがあった時代の話である。貧困を脱する手段として、娘を売る話は当時の日本にはいくらでもあった。現に水上勉氏の小説には、いくつもそんな悲劇を描いた作品がある。

だが、現在の京都花街にそんな話はない。ないというより、“苦界”に身を沈めるというステレオタイプなイメージを払拭することに、この数十年、花街の人々は心を砕いてきた。その努力を踏みにじられ、さまざまのご託を並べながらも、結局“フジヤマ・ゲイシャ”の域を一歩も出ない物語に、怒り心頭に発したことは想像に難くない。

加えて、この作品に描かれる芸者像は、ほとんど目茶苦茶といってもいい領域に達している。半だらと呼ばれる仕込みの舞妓から、正式に店だしの舞妓へ昇進し、数年を経て襟替えの芸妓に昇進する。そんな最低限の約束事すらこの映画には描かれていない。早い話が、舞妓の衣装も芸妓の衣装も味噌くそ(・_・ゞで、割れしのぶもおふくもあらばこそ、髪型に至ってはどこの国のヘアメイクだと目を剥いてしまう。

特に五花街の人々にとって許せないのは、踊りの描写だろう。“女紅場学園”を模した学校で、舞妓・芸妓とおぼしき女たちが踊りの修練をするシーンが幾つか出てくるが、これはもう、祇園界隈での踊りという概念からあまりにかけ離れていて絶句する代物だ。

明治以来、彼女らが舞う踊りは“井上流”一派に限られている。この踊りは能の動きに想を得た、深く腰を落として舞う姿勢が特徴である。「おいど(お尻)落として」、井上八千代師が口を酸っぱくして指導する姿を、私は何度もドキュメンタリーで観た記憶がある。その井上流とはまったくの別物、棒のように突っ立ったまま扇子ひらひらの振り付けをやられたのでは、関係者ならずとも唖然とするしかない。

あの“アシモ君”のパラパラの方が、よっぽど基礎を習得した美しい舞を見せてくれる。

しかも、そのBGMたるや何と“津軽三味線”なのである。他のテーマの作品なら、そんなコラボレーションも興味を惹くかもしれないが、少なくとも昭和の初期の祇園で、そういう光景は絶対にあり得ない。その上、舞い方と地方(じかた・演奏専門の芸妓)が一緒くたに描かれているときては、このスタッフ撮影にあたってお座敷遊びの勉強もしなかったのかと言いたくなる。o(><;)(;><)o

もう一つ、この映画には踊りについての犯罪的な描写がある。最大の見せ場の一つにもなっている、チャン・ツィイーの“都をどり”を模したシーン。ソロをとる彼女が足につけている履物が、何と“花魁道中”の高下駄なのである。差別的に解釈されるのは本意ではないが、本来“芸妓”と“遊女”はまったく似て非なる存在である。

祇園で一番と称される売れっ子芸妓が、大名相手の太夫職とは言え、遊女の高下駄を履いて踊ることなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。「芸者は芸を売るもの、身体を売るものではない」という、スタッフのエクスキューズを表すセリフを吐きながら、一方で見せるこの無茶な考証はそもそもどうしたことなのか。

さて、もう一つの重要なファクターが“水揚げ”の儀式について……。

と、ここまで書いたところで東京に出て行く時間が迫って来た。他にも述べておかなければいけないことが幾つかある。映画自体への批評も含めて、続きは明日にでもということで、同じジャンルのテーマを扱った某企画の打ち合わせに出かけてきます。(~_~;)

| | コメント (9) | トラックバック (4)

2005年12月 6日 (火)

オンエア日(仮)決定φ(.. )

1月16日(月)21時~TBS系全国ネット。

予想していたより二カ月近くも早まったのは、それだけ出来がいいと判断された証左なのだろうが、その分、裏は慎吾ちゃんとふかっちゃんの『西遊記』第二話目と、強力(と思われる)番組がそびえ立つことになる。

あまりに数字が取れないと、シリーズ三作目は露と消える定めだから、ここは一つごひいきさん方のお力を借りて、15%以上を目指したいと切望する。

何とぞよろしくお願いをいたします。。。m(__)m o(><;)(;><)o (~_~;)

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2005年12月 3日 (土)

砂のミラージュ#2

b f e 昨日の『砂のミラージュ』稿に、思いがけない反応の私信をいただいた。

是非とも観てみたいという希望に、あちこちネットを検索してみたのだが……。

たまにフィルムセンターで上映している以外は、やはり圧倒的に情報が少ない。

ならば、せめて画像だけでもと、手元のライブラリーをひっくり返してアップしてみた。75年6月上旬号の“キネマ旬報”特集からのコピペであることを断った上で、めくるめくような映像美の一端を味わってほしいなと──。(・_・ゞ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年12月 2日 (金)

砂のミラージュ

フジモリ元大統領の帰国事件、そして今回の幼女殺人事件と、このところペルーという国が話題に上る事件が連続している。

両事件の背後にあるものを論評するほど、かの国の歴史風土に精通しているわけではないが、明治政府の移民政策に端を発する、百数十年に及ぶ歴史の因果がほの見える気がして、単に目の前の現象だけでは語れない何かを感じてしまう。

そのペルーに、アルマンド・ロブレス・ゴドイという優れた映画監督がいた。いたと過去形で書いたのは、彼の作品が日本では『みどりの壁』('68年)と『砂のミラージュ』('74年)しか公開されておらず、その後の消息を知らないからだ。

しかし、その二本の映画は突出した傑作であり、とりわけ『砂のミラージュ』は初見から三十年を経た今でも、私の生涯ベスト10に入る印象深い作品である。

主人公の少年は、砂漠に浸食されつつあるさびれた町の、広大な屋敷跡に一人で住んでいる。身寄り頼りのない孤児である彼は、ことあるごとに砂漠の地平線を走る男の幻影(ミラージュ)を見る。「あれは誰だ?」呟く少年の背後を、装身具のすずやかな音を響かせながら、若い女が愁いを含んだ表情で通りすぎていく。

少年が生まれた十数年前、その町は一面のぶどう園が広がる荘園地帯だった。やがて少年の母になる女は、その荘園の地主の娘、そして父となる男は使用人頭の青年。二人の道ならぬ恋は、当然のように、娘の妊娠を知った父親の激怒を買う。

この荘園主、ぶどうの収穫期に集まった人夫たちに、つまみ食いをさせないために終始口笛を吹かせるような男である。そんな強欲ぶりに反発した青年は、人夫たちを主導して、不規則に吹かれていた口笛を一つのメロディに導く。

『インターナショナル』、今では滅多に聴くことのなくなった、あの「♪起て 飢えたる者よ 今ぞ日は近し~」である。恥ずかしながら、当時25才の私はそのシーンに心浮き立ち、思わず涙したことを告白しておきたい。(⌒▽⌒;)

さて、悪の荘園主は、その青年を広大な砂漠のど真ん中に置き去りにし、ここから戻って来れれば娘と添わせてやろうと、無慈悲に去っていく。その非道を知った娘は絶望し、少年を産み落とした後、我が子への遺書を書き記して自ら命を絶つ。

十数年後、緑豊かだった農園地帯は、すっかり砂漠に浸食された廃墟の町へと変わり果てている。かつてそこにたわわに実るぶどう園があったことなど、夢の彼方のような荒廃ぶりである。そして、少年はやがて女の幻影に導かれ自らの出自を知る。

彼が見つめる砂漠を走る男の幻影は、自分の父親であり、すずやかな装身具の音とともに優しく見守る女は、母親その人の幻影であった。

物語の最後、唯一の友人であった隣家の少年はサッカーで身を立てようと決心し、家族とともに首都リマへ旅立っていく。文字通り独りになった少年は、砂漠を走る父親の幻影へ向かって、ゆっくりとしかし確実な足どりで走り出していく──。

後に中南米学を専門とする某大学教授にレクチャーされたことによれば、ペルーの人たちの宗教観では、彼岸は天上にあるのではなく砂漠の向こうにあるのだという。その彼岸に向かって、まずは繁栄の都リマへ移り、後に遠く地球の裏側までやって来た男に憑依した悪魔・鬼畜の正体は何だったのだろうか?

そう言えば二十年ほど前に、この世の春を謳歌していた某若手プロデューサーと、船戸与一の『山猫の夏』をペルーロケ敢行で映画化しよう、主演はもちろんハギワラさん、音楽はエンニオ・モリコーネで決まりだと盛り上がったことがあったが、かの“センデロ・ルミノソ”の脅威の前に、あえなくボツ企画になったことを思い出した……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年11月26日 (土)

法王庁の避妊法

hooh 時代が昭和から平成に移ろうという頃だったから、今から17年ほど前、日テレの“水曜グランドロマン”という枠で、『法王庁の避妊法』と題された2Hドラマをやった。その名の通り、かのオギノ式避妊法の生みの親となった、荻野久作博士の半生を追ったドラマである。

主役は鹿賀丈史さん、私も彼もまだお互い三十代ぎりぎりに引っかかっていた年令だったと思う。それが証拠に、鹿賀さんの当時のスチール写真の若いこと。

産婦人科の医師が主役であるというドラマの性格上、“メンス”だ“月経”だ“交接”だ“セクス”だと、ブラウン管内で堂々とアブナイせりふを連発出来る心地好さに、ホン屋の私も鹿賀さんも大乗りだったことを面はゆく思い出す。

busさて、それから十数年。五十の坂をとっくに越えた二人が、再び相まみえたのが、TBSの“月曜ミステリー劇場”。左の写真はそのシリーズ第2作のワンショット、原作者ファンなら直ちにあの作品のあの場面だと見抜くに違いない某シーンである。

まだ出来上がりの評判が聞こえて来ない段階で、不安な感じもあるが、個人的にはまた鹿賀さんといい仕事ができたという充実感がある。数カ月先のことではあるが、O・Aの折りには是非ご高覧の上、腹蔵のない批評を聞かせていただきたいと思う。

但し、それをもってシリーズが打ち切りになるような致命傷だけは避けて…。(⌒▽⌒;)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2005年11月19日 (土)

新作の完パケを観る

1先月クランクアップした新作の完パケが届き、さっそく観てみる。いつもながら長いホンを書いてしまった分、カット部分が目立ち、あのセリフがなくなったのか、あのシーンはやっぱり切ったのかと、かなり主観的にしか観れないのはホン屋の性か。

とは言え、我が出演シーンは刈り込みながらも残してあり、一緒にエキストラした小学校の担任の先生には申し訳がついたと安堵する。(⌒▽⌒;)

尺の都合で、オーバーフロー10分以上をカットせざるを得なかった分、テンポが出たと見るのか、ニュアンスが薄まったと見るのかは、それぞれの立場によると思うが、ゲストヒロインの乙女ちゃんも、原作のイメージからするとやや幼い感じは否めないものの、薄幸のホステスを懸命に演じていてまずは合格点。

ホンの段階でもっと切っておくべきだった、あそこのシーンはああすればもっと良くなったのにと、反省の数々はしっかり胸に刻んで、次の作品に生かしたいと期しているが、それにはオンエアで一定の数字を稼がなければならず……。w(゜o゜)w

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2005年11月15日 (火)

予告編 '76・小川プロ第二期への出発

スポーツニッポン新聞“キャンバスNOW” '75年10月6日拙稿より抜粋採録

山形県上山市は、周りをすべて山に囲まれた、人口四万足らずの小都市である。そのほぼ中央に位置する上山駅から、車で二十数分、やがて平地も山にかかろうかという村落の一画に、<小川プロ>のスタッフは一家を構えて居住している。

「小川プロの歴史も、もう八年になろうとしているんです。創立当時学生だった若いスタッフも、それだけ年をとってきた。中には子供が小学校へ入ろうなんていう人間も出てくるわけで、結局今までのように何となくそれぞれの女房に頼って生活をするということに、決定的な限界が見えてきたんだね」

「つまりそういう意味では、こういう形態の生活をはじめることは、極めて自然の成り行きでもあったわけです。もっとも女房持ちは全員、土下座してこれまでの不明を詫びなくちゃいけなかったんだけどね」(小川紳介監督談)

上山には、以前からそういった形での村落共同体を営んでいる詩人のグループがあり(注:真壁仁氏の主宰)、そのメンバーの人たちが移転に際しての仲介の労をとったのだという。但し、<共同体などという大げさな組織ではない>というのが、スタッフ全員の実感ではあるようなのだが──。

とは言うものの、小川さんとは岩波映画時代からの同胞である、土本典昭監督の言葉を借りるなら、「見知らぬ外国、見知らぬ日本の土地に行ったときに、いつでも“お前はここで生き、ここで死ぬとしたら……?”という設問を下して、その土地がよくも悪くも、因縁の地としてかかわることを、まず第一の義とする」ことを、一つのテーゼとして活動し続けてきた一団のことである。

当然のように、この地方都市に彼ら独特の積極的なコミットを持ち始めていた。まず、彼らは他の村人たちと同様に農耕生活をはじめることによって、一つの没入を図っている。今年が初めての収穫だったが、米十俵を得たという。

次に彼らは、市の清掃事業に携わることによって、地方都市との密着度を深めようとしている。二日から三日に一度は、清掃車に乗って颯爽と(?)市中を走り回り、ごみ収集に勤しんでいる若いスタッフの姿が見られる。

そして彼らの底知れぬバイタリティは、何とその間にも一本の映画を作り上げてしまったのだ。『クリーンセンター訪問記』というタイトルの短編がそれである。

いくら“可燃性ごみ”と“不燃性ごみ”を区別して捨てるように広報して回っても、いっさい実行しようとしない“良識派市民”の二面性があますところなく暴露されている、興味深い<聞き取り>フィルムである。

さらにその視点は、自らも清掃者であるスタッフたちによって、より疎外された人間としての立場に明確に据えられており、この二点に立脚しつつ、彼らは絶えず<全国自主上映>を目指しての旅を続けている。

「映画というのは、作ってしまえばそれでオシマイというわけじゃないんですよ。それをどこかの会場に持って行って、お客を集める、そしてスクリーンに写し出す。そのエンドマークが出てきたときに、初めて映画は完全に完成する」

「例えばどこかの地方へ上映に行く……なるほど会場は立派ですよ。でもその音響効果のまずさ、スクリーンのゆがみ、映写機の老朽化……と設備の貧困には驚くべきものがある。そんな中で、我々の映画をどうやって上映していくのか? それも映画作りの重要な要素なんじゃないのかな」(小川監督)

こうして、小川プロ独自の<字幕>を多用したドキュメンタリー作りが始まったのだという。音声がダメだから、ナレーションでカバーしようとする。それもスピーカーの不備でハッキリ観客に聞き取れない。ならば<字幕>で読ませるしかない。

「自然と一体化することが、人間の本来であるとすれば、それは<手の労働>によってもたらされるものでしょう。“三里塚”のシリーズを撮っていて、農民の人たちが鉄塔を組み立てていくあの素早さに惹かれたね。それとあの人たちが稲を刈っていると、腰に赤とんぼが止まる。ボクらにはこれが止まらないんだよ」

「それが<手>なんだよね。例えば砦を作るための穴を掘るとき、誰が学者に教えを乞うだろうか。やっぱり炭鉱夫の人たちに聞きに行くでしょう。ボクらが撮りたいのはまさにその部分だね。そこから初めて、何かが始まるんだろうし……」(小川監督)

小川プロは、来年早々再び『どっこい!人間節』の続編を撮るべく、横浜寿町への住み込みを敢行し、同時に<三里塚>への拘りも持続させ続けていくのだという。今、東北の一地方都市を起点にして、76年の映画への胎動が始まろうとしている──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月 9日 (水)

理由

日本のベストセラー作家は二つの人種に分類される。宮部みゆきとその他だ。

うろ覚えの意訳だが、そんな意味のことを喝破したのは大沢在昌氏だったと記憶する。

かく言う私も、そのデビュー作である『我らが隣人の犯罪』や『パーフェクト・ブルー』の頃から、彼女の著書のほとんどを購っては読み継いできている。(ちなみに初期の作品で最も好きなのは、断然『スナーク狩り』だ)

その彼女が直木賞を受賞した『理由』には、発刊直後から映像化の依頼が殺到し、私が知る某巨匠も原作者の承諾を得ようと奔走していたが、数十社が門前に列をなしたという申し込みから、的を射止めたのは大林宣彦監督だった。

kioku3902今から二十数年前、大林さんは私が現場監督を務めるアマチュア野球チーム、“TOKYO・フィルメックス”の総監督だった。

左の写真は、その一試合のあとに撮った懐かしいショットである。

列の中には、大島渚監督の『東京戦争戦後秘話』に主演し、あまりのドグマな映画青年役に、「(高倉)健さん、こいつらを叩き斬ってくれ!」と観客席から野次を飛ばされた後藤和夫をはじめ、後に名を成したそうそうたる映画人が写っているが、当時はこれら自主映画畑の青年たちにとって、大林さんは教祖のような存在だった。

あらゆる実験的手法を16ミリ映画のフィルムに定着させ、マイナーな世界から次第にメジャーな世界に知られるようになっていった大林さんは、東宝映画の『ハウス』でブレークし、角川映画の『転校生』、『時をかける少女』を経て、尾道三部作の最終作『さびしんぼう』でその地位を揺るぎないものにした。

そんな大林さんのアバンギャルドな演出が、徐々にかつ急速な変容を見せていった最終到達点は、『青春デンデケデケデケ』あたりだったろうか。

よけいな作為を弄さず、あるがままに素直に撮る。その演出姿勢はやがて、「原作の通りに撮る」という一種の哲学に傾いていった気がする。

『理由』は、現在のそんな大林さんの真骨頂を示した傑作だと思う。あの複雑に入り組んだ原作を、一定の時間内に語り尽くすには、この方法を選ぶのがベター(ベストとは言い切れない)だ。何より、コアな原作者ファンにも付け入る隙を与えない。

というわけで、昨夜の日テレバージョンも興味深く観させてもらった。原作と映像の幸福な融合がそこにはあったと言っても、決して褒めすぎではないと思う。

但し……。

お前もその手法を踏襲するのかと問われれば、原作を超える脚本、脚本を超える演出こそが映画の真の姿であると、教条主義的な信念を表明するしかないのだが。(~_~;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月 8日 (火)

深追い

暗く長いトンネルがある。しかもこのトンネル、とてつもなく幅が狭い。月ミスで昨夜オンエアされた『深追い』は、終始そんな印象を抱かせるドラマだった。

早くこの闇を抜けだしたいと、手さぐりで必死に前へ進むのだが、窮屈で息苦しい閉塞感は果てることがなく、いくら進んでも出口の明かりが見えて来ない。

閉所恐怖のパニックに陥るのを避けようと、主人公は常に自らの立場を独り言(ナレーション)で確認する。そうしないと、自分がどこへ向かって進んでいるのか、拠り所を失ってしまう。そんな恐れに取りつかれているかのようだ。

この類のドラマは、作る側も苦しいだろうが観る側も正直辛い。その辛さが切なさにつながればそれでいいのだが、残念ながら最後までそのカタルシスはなかった。

月ミスの横山秀夫サスペンスは、いつも水準以上の志ある秀作を世に問い続けているが、時として人間のデスペレートな側面を強調するあまり、それとは表裏の関係をなすセクシャルな一面を描ききれないまま終わるきらいがある。

特に昨日の回は、登場人物の描写がそろって単一で、窮屈なキャラクターがそのままに演じる生硬な人間関係が、針の穴に糸を通すようなストレスを覚えさせた。

相米(慎二)組チーフ助監督のころから、将来の大器としてその演出力を期待されていた榎戸耕史監督の、一層の奮起を次回作には期待したいと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月 6日 (日)

大西ユカリとスウィング・ガールズ

大西ユカリ:OK!今まで知らなかった私がバカでした。

明日、町へ出たついでに手に入るだけの彼女のCDを買い求めます。

特に『昭和残唱』、“八月の濡れた砂”、“釜山港へ帰れ”、“かもめ”、“ざんげの値打ちもない”等々、そのラインナップを見るだけですでに傑作の予感が。ヽ(´▽`)/

スウィング・ガールズ:じつはこの映画、信頼する某氏があまり高く評価していないということもあって、観る機会を逸していた。

繰り出されるギャグがチマチマしていて、総合的な面白みに欠けるというのが、その主な論点だったのだが、いや中々面白い作品ではないかと、今回ばかりは氏の審美眼を疑ったというのが正直な感想だ。

“茶色の小瓶”、“ムーンライト・セレナーデ”、“シング・シング・シング”等、スタンダードなスウィングがひたすら耳に心地好く、サッチモ、ルイ・アームストロングの“WHAT'S A WONDERFUL WORLD”が流れるシーンのパロディ精神には大いに笑わせてもらった。

フォーク・デュオ“♪号泣してもいいですか”の皮肉には、フォーク嫌いの身が腹をよじりながら溜飲を下げたし、昔、トランペットをかじったオヤジの目から見ても、各楽器の指づかいはきちんとしていて、本物を感じさせる。

チマチマしていると評されたギャグも、随所にスラップ・スティック的な要素が込められていて、よく勉強しているなとむしろ好感を持ったほどである。

まあ、もともと『刑事ジョン・ブック 目撃者』に見られるような、皆んなが一緒に何かをする映画に弱いという、私の恥ずかしい弱点も手伝っているのかもしれないが、このコギャルたちを応援せずして、誰を応援するのだという気にさせてしまうところは、さすが企画の“アルタミラ・ピクチャーズ”というべきか。

むろん、例によって不満を言いだせば幾つかがたちどころに挙げられるのだが、この種のエンタメ作品にそれは野暮というものだと、笑い過ごして今度はきちんとノーカット版のDVDを見直してみようと思っている。。。o(^o^)o!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年10月31日 (月)

ア・ホーマンス~優作選手の死・採録

1989年11月6日、優作選手の突然の訃報はスポーツニッポン文化部記者の河原和邦からの電話によってもたらされた。

不覚にして彼が病に倒れていたことも入院していたことも知らず、ただ絶句するしかなかった。スポニチの用件は、生前の優作選手と交流のあった者としてなにかコメントが欲しいというものだったが、口ごもるのみで結局は丸山昇一(彼と最も親しかった脚本家)を推薦してお断りした。

優作選手とは某角川映画で一本仕事をしたきり、それも正式にはクレジットされていないゴーストライターだったのだが、プライベートには一時期親密な交流があった。

渋谷の『門』という、ひたすら日活アクション映画の主題歌だけが流れている業界人御用達のスナックで、私はよく彼に呼び出されて会った。

『あの映画観たか?』、『深作欣二も神代辰巳もスゴイよな』、『で、お前はどうして俺のドラマを書かないんだ』

酔うほどに座ってくる目で私にからみ、最後は決まって側にいる誰かに殴りかかって止められるという、いささか物騒な日々だったことを今さらながらに思い出す。

当時からテレビを見る習慣に乏しかった私には、松田優作という役者はGパンと呼ばれる刑事のイメージでも、まして三つ揃いに身を包んだ優男とのコンビを売り物にした刑事のそれでもなかった。

私にとっての松田優作とは、日活映画『あばよダチ公』の心優しき反逆青年であり、ATG映画『竜馬暗殺』の混乱したテロリスト志願の青年であった。

優作選手には、いかにそれが既成の枠を突き破った奔放なイメージを伴った役柄であっても、究極、体制側にいる人間を演じることは似合わなかった。

彼に似合うのはただ一つ、心優しきアウトロー像だった。

引かれ者が内包する荒々しいナイーブさと、アナーキーな笑い……。それは日活ニューアクション時代に、主に渡哲也と原田芳雄によって演じられてきた、あの時代の疎外者たちの生きざまに通じる何かと同じものだった。

『腹が立ってくるんだよ、一つのことやってると』、『その最中にもう空転し始めて、なにか違うものが欲しくなってくるんだ』

『それでいろんなものをやってみる。そしてまた腹を立てて違うものをやってみる』、『結局、そういうふうにやりながら自分のなかで供給しあってるということなんだよな』

そんな述懐を何度聞いたか分からない。その役者としての激しい姿勢は、ついに死ぬまで変わらなかったのではないかと思う。

そう言えば、彼はよく役者になる以前の少年時代を口にすることがあった。

私の記憶が正しければ、彼は十代の大部分を山口県の下関で過ごしている。近所には『エビス座』という芝居小屋があった。彼はおひねりや大根などが客席と舞台を飛び交うその小屋で、初めて見世物を意識した。

大江美智子一座を見終わった後、近所のお姉さんに連れられて銭湯へ行く。そのときめきが自分の役者としての原点だと、何度も私に語ってくれたことを思い出す。

そして、それはやがて日活アクション映画への偏執的愛好へと移っていく。中学時代には石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、それら無国籍アクション全盛時の作品を、ほとんど全部観たとことあるごとに豪語していた。

高校以後、その嗜好は西村潔監督を頂点とする東宝アクション映画群へとシフトを変えていく。『死ぬにはまだ早い』が、確かその頃の大のお気に入りだったはずだ。

さらに後年、それは自らがその場、つまり客席と対峙する空間に位置していないことへのイラダチに変わっていったような気がする。

『ショーケンがね、よく言うんだ。東映の実録映画なんか観てると、どうして自分がそこにいないのか無性に腹が立ってきて、スクリーンを引き破りたくなるってね……俺もそうだったんだよ』──要するに松田優作という男、どこからどこまで徹底的に見世物指向の役者だったのである。

某角川映画の初号試写が終わって現像所の庭に出てくると、主演の女優YからもN監督からも離れて、優作選手がポツンとたたずんでいた。

どうだったと聞くと、『ちょっと期待外れだった』と不機嫌そうにつぶやく。長いあいだの念願が叶って、ようやく当代一流の若手監督Nと組んだ意気込みが、空回りしてしまった悔しさがその表情ににじみ出ていた。

ところが、それから数週間後、今度は渋谷の大劇場での超満員試写会で会った優作選手は、一転してことのほかご機嫌だった。

『二度目に観たらすげえ面白かった。やっぱりNはいいよ』

どんなときにも本音を隠せない、ひたむきにまっすぐな役者。毀誉褒貶かまびすしい中で、それが嘘偽りのない、松田優作という役者のピュアな本質だったと思う。

――ジ・エンド、それはスラップスティックな俺とお前の追っかけっこの、ラストシーンのストップモーション。こうやっていつも冗談をやってないと、何だか生きていけないんじゃないかという気がしてネエ!―― ≪1975年・F企画ルート7公演・『ささがわの繁蔵』(作・松田優作)より≫

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年10月30日 (日)

ハギワラさんの弔辞・採録

神(くま)さん、イヤ師匠、友人達は皆さん神さん、神さんと慕い、慕われていましたね。

しかし私は……私にとってたった一人の大切な、大切な師匠でした。

師匠が長い間危険な状態であることは、もちろん知っておりましたが、現実にこうして直面しますと、 やはり悲しくてどうしようもなく、寂しい思いでいっぱいです。

師匠が病気になったのは今から十二年前だったと思います。

一緒に仕事をした映画『もどり川』でしたね。

あの映画はとてもハードで、クランクアップと同時に師匠は入院し、病気と闘うことになりました。しかし病気と闘いながらも、映画に対する意欲と情熱を燃やしつづけ、常に新作を作りつづけました。

その中には私が出演した映画『恋文』、『離婚しない女』がありました。

そのころの師匠は完全とは言えませんが、確実に元気を取り戻し、日に日に快方に向かい私たちは安心しておりました。

ただ、煙草を少し減らせばなと心配はしておりましたが。

思えば師匠とは長いお付き合いでしたし、もう二十年以上になりますか?

師匠と出会ったころの私は映画というものが分からず、いや、何も知らず……知らなかった! と言うのが本当でしょう。

もちろん今でも映画とは何か? と結論は出ておりません。

神代師匠は、私たち若い役者にやさしく、しかも一つ一つ根気よくていねいに教えてくれました。また特に出来の悪い私には辛抱強くあきらめず、映画に対する心がけや、人に対する思いやりを…… それと役者が与えられた役に対するコダワリも、多くを師匠に私は学びました。

私は迷い、詰まりながらも少しずつではありますが、師匠の教えが理解できるようになっていきました。すると今度は、少しレベルの高い教えがありました。

師匠は私に、ある仕事でこう言った!

「お前は遠回りするぞ、今のままでは」と。

妥協しろと言うのか? と私は思った。

しかし師匠はそうではなく、妥協しているようで妥協しないこと。

「ただマインドがなければそれはまずいということだ」

決してあいまいでなく、常に自分に厳しく、仮に条件が悪くともとことんヤリ抜く姿はとても逞しく思いました。

あの細い身体のどこに、あのパワーがあるのかと。

私はある時、もちろん師匠の仕事でしたが、役者として大事な役がこなせず、当然ですが悩み、苦しみ、 大きな壁にぶつかった時、師匠がやって来た。

私の投げやりな姿を感じ取り、しばらく見ては必ずこう言いました。

「ねえ、何かない。ねえ、何か」

「う~ん、どうした?」

「ねえッ、ねえハギワラさん……ほらほら何かないの」

ニッコリ笑って、真っ黒な歯をムキだしにしてタバコをふかして、靴磨きしながら私の様子を見て、 「何フテてんだ、フテた姿に感心してるヒマはないんだヨ」と言われた。

私も負けずに靴磨きもいいけど、歯ぐらい磨けと言い返すと、 「オウ、元気になったか。その調子、その調子だヨ! 萩原さん、ノッてきたかい!」とニッコリ笑った。

笑った師匠のあの顔も、ボサボサのあの髪も、懐かしいあの咳も……もう聞けなくなったのかと思うと……。私たち役者は、神代師匠に学ぶことがまだまだ沢山あったのですが、とても残念でなりません。

これからは少しでも師匠から学んだことを、次の世代の監督や役者たちに伝えることが出来るような役者になります。

神代師匠のご冥福をお祈りし、これを弔辞といたします。……サヨウナラ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005年10月19日 (水)

A LABYRINTH OF ASH #3

ash 昨日は最新作2Hクランクアップの日。

早朝の八王子ロケから撮影が開始された。

最初の録りは行列の出来るラーメン屋さんのシーン。

鹿賀丈史さん扮するY刑事が、好物のラーメンのために行列しているところへ、賀集利樹さんのK刑事から事件の一報が入って、食いそこなうというエピソード。

どういうわけか、私は小学校のときの担任の先生と、その行列に並ぶ客の役で出演。

光文社の編集者穴井さん、プロデューサーの千葉選手とともに、鹿賀さんの傍らに並んで小芝居をする。(笑)

次のシーンとのつながり上、本来はピーカンに晴れている設定なのだが、このところの天候不順は一向に収まらず、小雨のなかをままよと撮影強行。

続いて国立方面に場所を移し、ここからは所轄署での捜査会議のシーン。

真中瞳さんのA刑事、伊吹吾郎さんのA班長も加わって、総勢三十人ほどが会議をする準モブシーンが、さまざまにカメラポジションを替えて収録されていく。

一度撮影というものを見てみたい、出来ればエキストラ役で出演もしてみたい。

かねてから私にそう言っていた担任のT先生(現在70才の女性)を、いい機会だからと誘ったところ、すっかり大乗りで出演を終え、主なキャストの皆さんと笑顔で写真に収まってもらったのは、何よりの恩師孝行であった。

というわけで、バス一台を燃やし、大規模な鹿児島ロケを敢行した撮影は無事終了。

これから仕上げにかかって、来月あたまには完パケが出来上がる段取りだ。放映は来年の春ごろという仮予定だが、今から楽しみなことではある。。。V(^0^)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年10月17日 (月)

キートン映画のギャグ採録#13

『キートンの機関車』(26年)

G84=機関車運転手のキートン、貨車に備え付けの大砲から、命を狙われるはめになる。それに対抗するため、キートンはその大砲に向かって、燃料の薪を一本力任せに投げつけるのである。

G85=その大砲が破裂する瞬間、キートンの乗り込んだ機関車はちょうどカーブに差しかかっていて、弾は間一髪横をすり抜けていき、さらに前を走っていた悪漢どもの列車の、最後尾に命中する。

G86=機関車に乗り込んだキートンの女房、“もっと薪をくれ!”と叫ぶ亭主に、どんどん薪を渡すが、中に節穴のある薪を見つけ、しばらく見つめてから“役に立たないわ!”とばかりに投げ捨てる。

『カレッジ・ライフ』(27年)

G87=学友たちに胴上げされたキートン、その頂点で持っていたコウモリをパッと開く。と、そこから画面は突如スローモーションになって、彼はゆっくりと下に落ちていく。

このギャグには、放り上げられたキートンが覗き込む窓のなかで、たまたま着替えをしている女性がいて、大いに怒るというオチがついている。

G88=レストランでアルバイト中のキートン、床にずっこけるが、後方回転でパッと立ち上がる。手に持ったカップの中の紅茶は、一滴もこぼれていない。

G89=体育大学に入学したキートン、ランニング姿も勇ましく百メートルを走るが、途中で子供二人に難なく追い抜かれてしまう。

※走ることを身上としたキートンが、自らその逆手を取っていて笑えた。

G90=カメラに向かって、正面から勢い良く槍を投げたキートン。ややあって、槍はカメラの上方から降ってきて、ストンとその目の前に刺さる。何と、キートンとカメラの位置は十メートルほどしか離れていない至近距離なのに……。

G91=ボート(エイト)のコックスに選ばれたキートン、運悪く舵を外してしまうが、急いでそれを自分のお尻に巻き付け、船尾にしがみついて責務をまっとう……見事にチームを優勝に導く──。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2005年10月14日 (金)

セブン・チャンス&ゴー・ウエスト(25年)

キートン映画のギャグ採録#12

『セブン・チャンス』は私が初めて観たキートン映画。

恋人の元へ、あらゆる障害を乗り越えてひた走るキートン。その彼の莫大な財産を狙って、後を追ってくる七万人の花嫁候補群の怒濤のような進軍──。

G75=そんな彼女たちの行き着くところ、何一つ被害を受けないものはない。完成したばかりのレンガの壁は、花嫁候補群が通りすぎると、跡形もなくなくなっている。

G76=フットボールの試合中の屈強な男たち、花嫁候補群が通りすぎて行った後では、全員がノサレていて、担架で運ばれる。

G77=隊列を組んで行進中の制服警官たち、襲いくる女どもに恐れをなして、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

G78=一人の花嫁候補者が、足を滑らせてマンホールに落ちてしまう。と、穴の中から大勢の労務者たちが飛び出してきて、はるか彼方に逃げていく。

G79=女たちが通り去った後のトウモロコシ畑、悪夢のように何もかもがなくなっている。

G80=二階の女性にプロポーズの手紙を渡すキートン、しばらくするとビリビリと破られた紙吹雪が舞い落ちてくる。

“愛されているが、愛してはいない男に対する女の仕打ちほど、残酷なものはない”(サマセット・モーム)──。

『ゴー・ウェスト』

G81=真っ赤な悪魔の服を着たキートン、街の中を全速で駆け抜ける。と、後ろからは何千頭という牛が追ってくる。

小説家ホレイシオ・アルジャーの“GO・WEST!”という言葉を思い出したキートン、迷うことなく西部行きを決意する。

この単純思考は、その後のキートン作品にも脈々と生き続けている。この『GO・WEST!』からじつに四十年を隔てて製作された『キートンの線路工夫』(65年)=遺作=の冒頭でも、ロンドンはテームズ川の橋の上で、広げた新聞の“SEE CANADA NOW!”の大広告を見た老キートンは、迷うことなく川に飛び込み、はるか海を渡ってカナダへとやって来るのである。

G82=愛する牝牛に角がないため、苛められているのを見かねたキートン、飾り物の鹿の角をつけてやる。

G83=同じく愛する牝牛の胴体に、焼きゴテを押すに忍びないキートン、シャボンをたっぷり塗り付けて、ヒゲソリで烙印を刻み込んでやる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月13日 (木)

海底王キートン(24年)

キートン映画のギャグ採録#11

70年代のごく初頭に、日テレ系で『ゲバゲバ90分』という番組があった。

言葉や情といった要素に頼らず、ひたすら動きに立脚したギャグを90分間連発するという番組で、白状すると、私の物書き人生の出発点はそこにある。

当時在籍していた大学の落語研究会に、すでに学生作家として活躍していた松原敏春さん(故人)がいて、この二年先輩のアシスタントで、毎週の単ギャグを書いたのが初めての仕事だったのだ。

と言っても、まだハタチそこそこの若造が書いたギャグが採用される確率は、格段に低かった。何より、日テレには井原高忠さんという雲の上の存在のような大プロデューサーが君臨しており、この人の持つ『NG』という判子が捺されて、原稿が返って来るたびに、己の才能のなさを指弾された気がして落胆したものだ。

「(メインライターの一人である)井上ひさしさんの書くものはこんなに面白いのに、あなたたちがお書きになるギャグは、どうしてこうも下らないんでしょうねえ」、独特の粘る口調で食らったお目玉がトラウマになって、私は今でも井上ひさしさんに大きなコンプレックスを持っている。(~_~;)

この番組には、ほかにも喰始、井上頌一、下山啓……といった後年名を成すそうそうたるメンバーが、ギャグライターとして参画していたのだが、そのあたりの話はいずれ稿を改めるとして、そんな若手の教科書になったのが、スラップスティックコメディの数々、とりわけマルクス兄弟、バスター・キートンが作った映画群だった。

G69=巨船ナビゲーター号で、漂流中のキートンと恋人キャサリン。近くを航行する船を見つけて大喜び、さっそくSOS旗を揚げようとするキートン。だが、キャサリンがもっと派手な旗がいいと言い張るので、別のドエラク派手なヤツを揚げる。

その旗を見た船長、「ありゃ、伝染病の発生だ」と叫んで、一目散に逃げていく。

G70=「おやすみ」の挨拶をするキートンとキャサリン。実際には肩に手を触れているだけなのに、向こうに映った影の二人は熱いキスを交わしている。

G71=故障個所修理のため、海底へ潜るはめになったキートン。慣れない潜水服を着込んで、最後に潜水帽をかぶるが、煙草をくわえたままだったので、煙が充満して大きくむせてしまう。

G72=海中の工事で手が汚れてしまったキートン、水中でバケツに水を汲み、おもむろに手を洗うと、ハンカチで手を拭いてそれから水を捨てる。

G73=同じく海中で工事中のキートンのお尻に、大海老が食いつく。キートン、その海老をつかむや、そのハサミで修理用の針金をちょん切る。

G74=海中で、一匹のカジキマグロを捕らえたキートン、ちょうどやって来たもう一匹にフェンシングを挑む。武器はもちろん、魚の鼻先に備え付けのノコギリである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月12日 (水)

いつか誰かが殺される

いきなり不穏なタイトルだが、一昔前に一世を風靡した角川映画の一本である。

原作は赤川次郎、主演は渡辺典子、監督は崔洋一、そしてホンは私という布陣。数ある角川映画の話題作に埋もれ、あまり顧みられることのない一作だが、ゴマメの歯ぎしり風に言うなら、心ある少数派の間で「十年早かった」と評される作品である。

じつは、先日放映された大映ドラマ、『赤い運命』を三夜連続で観ている際に、しきりにこの映画のことが思い出された。多少の気恥ずかしさをこらえて言えば、テーマ性にある共通したものを感じたからである。

物語の背景は、ズバリお台場。それも今のように殷賑をきわめる前、バブル絶頂期直前の広大な空き地だったベイエリアだ。

そのお台場近辺を根城に活躍しているのが、いわゆる発展途上国と称される国々から集ってきた無国籍集団。趙烈豪、通称レッツゴーくんをはじめとするこの一団が、生業にしているのがいわゆる偽ブランド。本物の偽物を標榜するこのグループに、ひょんなきっかけから、ヒロインの少女がからんでいくというコンセプトだった。

その他にも、当時はまだ珍しかったコンピューターおたくの少年を配したり、日本の社会に巣くうスパイ天国ぶりを背景に据えたりしたのだが、原作とはあまりに違うテイストに、前述したように殆ど理解されることはなかった。

中でも、最も観客の理解の外だったのが、ヒロインの父親の出自をめぐるエピソード。斉藤晴彦さん演じるこの父親は、日本人の母親とモンゴル人の父親の間に生まれたハーフである。そしてヒロインは、その事実を一人の老女の口から知っていく。

加藤治子さんが演じたこの大ブルジョワの老女は、かつて大陸に渡って有為転変を重ねた、元馬賊芸者である。王道楽土、五族協和のスローガンに胸ふくらませ、朋友とともに満州へ渡った彼女は、やがてモンゴル人の馬賊の長との恋に落ちる。

しかし、その馬賊の長が愛していたのは、もう一人の朋友であった。それが後にヒロインの祖母となる人物。そして二人の間に生まれた男の子は、残留孤児のはしりとして単身日本に帰国し、やがてそこで恋をしてヒロインの父親となる。

「ビー・チャムドゥ・ヘイル・テイ」、父親から教えてもらったモンゴル語で、愛の告白をするヒロインに、沖縄出身の青年は「わんにん、やーがすちゃーさ」と、やはり愛の言葉で応える。己のアイデンティティを込めた一瞬のふれあいの後、偽ブランドの摘発から逃れるために、無国籍者の集団たちはそれぞれの場所へと散開していく。

こんな小難しい話を、モンゴルという国名も満州という固有名詞もいっさい使わず、殆ど何の説明もなしに展開させるのだから、「何これ、全然原作と違うじゃん」とか「こんな映画早回しして、早く“麻雀放浪記”をやれ」と、観客にまぎれて座った渋谷東映のシートの周辺で、不興げに呟いていたあのOLやサラリーマン風観客の思いもむべなるかなと、今さらながらに反省させられる次第である。(~_~;)

ところで、角川映画といえば、薬師丸ひろ子ちゃん主演の作品をもう一本書いた。しかしその映画に、私の名前は共同脚本のもう一人とともにクレジットされていない。あるのは、未だに面識のないメインライター一人の名前だけである。

なぜそんなことになっているのか。そのあたりの事情については、業界の一部では密かに知られた話だし、ネット上にはその裏話を明らかにしてあるサイトもあると聞く(私は未見だが……)。今となっては、もう含むところは何もないが、当時は若造なりにちょっとムッとしたという、懐かしい昔語りではあった。。。ヽ(´▽`)/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年10月11日 (火)

探偵学入門(24年)

キートン映画のギャグ採録#10

連発する単ギャグ群のほかに、三つの大きな見せ場がある。

<1>夢の分身のキートンが映画のなかに迷い込み、シーン代わりに翻弄されるシーン。

<2>名探偵に扮したキートンが、天才技のビリヤードを展開するシーン。

<3>オートバイのハンドルに腰掛けたキートンが、さまざまの危機を切り抜けるシーン。

以下、順番に出来るだけ忠実に再現してみる。

G63=映画のスクリーンのなかに紛れ込んでしまったキートン、ちょうどシーンに映っている家の階段を上り、ドアを開けようとするが開かない。諦めて階段を降りようとする。

と、突然シーンが変わって、彼はその家の庭にある椅子の上に立っている。それに気付かず足を踏み出そうとしたキートン、当然のことに足を踏み外してずっこける。

その椅子に腰を下ろそうとしたキートン……またもやシーンが変わって、街の大通りになったので、車の大群のなかにしりもちをついてしまう。

あわてて車をよけたキートン、通行人とぶつかりそうになりながら反対側へ歩きだすと、またもやシーンが変わって、断崖絶壁になる。

驚いて踏み出した足を引っ込めるキートン。

崖の下にいるライオン、驚いて後ろを見るとそこにもライオン。

恐る恐る画面の奥へ歩き去るキートン。

砂漠のくぼんだ穴ぼこのなかで、懸命に前に進もうとしているキートン。やっとその無駄な努力に気が付いて、穴から這い出そうとする。と、間一髪、その後ろを列車が通りすぎていく。シーンはいつの間にか、鉄道線路の上に変わっていたのだ。

一安心と、穴の横の盛り土の上に座って頬杖をつくキートン。と、またもやシーンが変わって、今度は大海原にぽつんと浮かぶ岩礁の上に座っている。

肝を潰したキートン、大慌てで海に飛び込むと、またもやシーンは変わって大雪原……もろに雪のなかに頭から突き刺さる。

やっとの思いで雪から抜け出したキートン、横の木に手をついて寄り掛かろうとするが、シーンは元の庭へと戻っていて、何も支えるものがなく、結局ずっこけてしまう。

G64=ポケット・ビリヤードに挑むキートン名探偵。その13番の玉は、悪漢たちによって爆弾とすり替えられている。

だが、キートンの玉突きはまさに天才的。この13番にはかすりもしないまま、縦にカーブし、奇妙にジャンプしと、見事に競技を終えてしまう。

このシーンは、まったくカットを割っていない驚くべき妙技である。また、この13番の玉は、後に悪漢どもをやっつける重要な武器の伏線にもなっている。

G65=オートバイで橋の上をひた走るキートン。その目の前の橋が10メートルほど途切れている。あわやと思うその瞬間、折りよく橋と同じ高さのコンテナ・トラックが通りかかって、バイクはその屋根の上をひょいと通り抜け、危機を脱する。

なお橋の上をひた走るキートン。だが今度は正真正銘、目の前の橋が途切れ、ついに一巻の終わりか……と、その時、なぜか橋は横に倒れ、キートンは無事に地上へ着地して、つつがなくオートバイ行を続けていく。

またこの映画には、明らかにキートンがボードビル時代に身につけたと思われる、手品芸が二つ使用されている。

G66=悪漢から追われたキートン、窓に立てかけてあった円い輪に飛び込むと、何という早変わり、窓の外には何食わぬ顔で女装のキートンが立っている。

G67=袋小路に追い詰められたキートン、前に立っている物売りのおばさんのトランクに飛び込む。と、不思議や、その姿はかき消すようになくなり、悪漢どもは大いに驚く。

G68=金庫のダイヤルを操作し、扉を開けるキートン。と、なぜかその向こうは街の通りになっていて、キートン、ニコリともせずにスタスタと歩いて行ってしまう──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月10日 (月)

荒武者キートン(23年)

キートン映画のギャグ採録(改題)#9

『キートンの探偵学入門』、『キートンの機関車』、『カレッジ・ライフ』とともに、彼の長編の最高傑作。そのおおらかさ、スケール、ギャグの量の豊富なこと、すべてにおいて言うことなしの喜劇である。時にキートン27才!

G57=故郷に向かう汽車“ロケット号”、じつにゆっくり線路を進んでいくが、気が付くといつの間にか道路の上を走っている。

G58=ロケット号の行く手の線路、極端にジグザグのノコギリ状になっているが、列車はそれをものともせず、上になり下に沈みしながら悠然と走っていく。

G59=のんきに走るロケット号に、突如ホームレスが石を投げつける。応戦する機関士は燃料の薪を投げ返す。なおも石を投げるホームレス、なおも薪を投げ返す機関士。その汽車が去ると、ホームレスはおもむろに投げ捨てられた薪を拾い集めて去っていく。これから夕食でも作るのだろう。

G60=ロケット号の行く手にロバが一頭、立ちふさがる。大の男が二人がかりで退けようとするが、びくとも動かない。思いあぐねた機関士と助手、線路を手で横に移動して、汽車はロバの側を無事通り抜けていく。

G61=仇敵の青年(キートンの恋人の兄)とともに、断崖絶壁を真っ逆さま。水中に転落したキートン、水中で額に手をかざして遠くを見るお得意のアクションをする。

G62=大瀑布の中空、間一髪、腰にくくりつけられた命綱で安全を保っているキートンのところへ、恋人が流されてきた。

前は怒濤のようにたけり狂う巨大な滝。10メートル、5メートル、3メートル……愛する女性は、滝に向かってぐんぐん迫ってくる。

懸命に、彼女に手を伸ばそうとするキートン。だが、すべては空しい。1メートル、50センチ……絶体絶命! 女はなすすべもなく滝壺に向かって落ちていく。

と、キートン、空中ブランコの要領で、落ちていく恋人に飛びつき、その両手をしっかりと握る。そしてその反動で、横の岩場に無事着地する。

まったく唖然とするギャグで、ここまでくると果たしてギャグと呼んでいいものかどうか。

いずれにしても、後年のジャッキー・チェンやブルース・ウィリスなどに代表される、体を張ったアクション映画群に、多大な影響を与えた嚆矢の一作であることは間違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 9日 (日)

ささやかな出演履歴

こんな仕事をしていると、たまにエキストラに駆り出されることがある。

業界用語でいう“内トラ”というやつで、主に経費節約の名目でノーギャラ出演をさせられるのだ。早い話、テレビの2Hで現場整理の制服警官をやっているのは助監督、クラブのホステスA、Bを演じているのはアシスタントプロデューサーやメイクさん、呑み屋のオヤジはうるさ型の古スタッフあたりだと思ってまず間違いない。

少し意味合いは違うが、ヒチコック監督のお遊びワンカット出演はあまりにも有名だし、神代映画に顔を出す、カメラマンの姫田真佐久さんも毎回笑わせてくれた。

で、自分はどんな作品に写っているのだろうと、戯れに思い出してみた。(~_~;)

『喜劇・女の泣きどころ』~松竹大船撮影所に他の用事で行った折り、太地喜和子さんが演じるストリップのかぶりつき観客として座席に着かされた。

『ピンクのカーテン』~第一作冒頭、池袋の街を歩く美保純ちゃんの脇を、颯爽と(?)走りすぎていく、SUZUKI・GSXに乗ったバイクのライダー。

『ダブルベッド』~同じく池袋の街で、大谷直子さんをナンパする若者。セリフあり。監督の藤田敏八さんに、「お前、芝居上手いな」と褒められた。(笑)

『恋文』~ハギワラさんと高橋恵子さんの結婚式のシーンで、倍賞美津子さんの後ろにいる白衣の医者役。このシーンにはプロデューサーの三浦さんや、制作のKさんなども写っているが、興を削がれることはなはだしいと、知人たちには不評だった。

『リボルバー』~手塚理美さん演じる、クラブのママと話をしている客。『ダブルベッド』の好演に直々の声掛かりで、藤田敏八カントクの映画に二度目の出演。(^^ゞ

『スイートホーム殺人事件』~火曜サスペンス・六月の花嫁。鈴木京香さん演じる、手タレのヒロインのCM撮影監督役。結構セリフがあったが、下手を実感。

『木村家の人びと』~主人公の鹿賀丈史、桃井かおりさん夫妻の息子が通う小学校で、算数を教える担任の教師役。幾ばくかの出演料をもらった記憶あり。

『愛のことば』~東海テレビ・昼の帯ドラマ。メインセットの一つの喫茶店で、病に倒れる寸前の峰岸徹さんを発見する客。「マスター」と、一言のみのセリフ。

そして、現在撮影中の某2Hドラマ。(来週撮影の予定で待機中)

ほかにもあったかもしれないが、もはや記憶の彼方だ。

あ、そう言えば、後年になってパキさんが拙作『白愁のとき』(TBS系水曜・大山勝美演出)に出演してくれ、「『ダブルベッド』と『リボルバー』のときのお返しだ。但し、お前よりずっと芝居は上手いだろう」と笑っていたことを思い出した……。(^_^X)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 7日 (金)

赤い運命・第三話

何人かの人物のことが脳裏をよぎる。

奥崎謙三、山口二矢、永山則夫……このドラマの(オリジナルシリーズ)作者たちの頭には、間違いなくそれらの人物の名前があったと思う。

船越英一郎演じる男は、南方ならぬ満州(&シベリア)帰りの奥崎謙三であり、筒井康隆(怪演!)演じる右翼の大物を狙う彼は、攻守ところを替えた山口二矢であると言っても、あながちうがち過ぎの見方ではないと思うがどうだろう。

佐々木守氏をはじめとする、’60年安保世代が作ったドラマを、まさにその年代に生まれた後続の世代がリメイクする。演じるのは、さらにその後に生まれた若い世代。そしてそれを観る私は、’70年安保真っ只中に学生だったオヤジ。

’70年代のオンエア時には、確かにテーマがあったこのドラマを、いまリメイクすることの意味は何か? 一作目の『赤い疑惑』からの反省なのか、冒頭とラストにその現代がエピソードとして加えられてはいる。しかしそれも申し訳程度で、描かれる六十年の時空のつながりのなかで、しっかりとドラマにリンクしているとは言い難い。

幸い、今回のスタッフの何人かとは一緒に仕事をしている仲だ。今度会ったときに、どういう心算でこのドラマを作ったのか、きちんと聞いてみたいと思っている──。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年10月 6日 (木)

赤い運命・第二話

NHKではブラジル移民、TBS系では王道楽土の満州移民と、期せずして同時間帯に昭和論・戦後論をテーマに据えたドラマが並んだ。

『赤い運命』というドラマを見るのは初めてだが、思いがけない主題の深さに正直驚いている。大映ドラマ侮るべからずで、今さらながら己の不勉強を恥じるしかない。

と言っても、打たれているのは現在放映中のドラマにではなく、そこから透けて見えるオリジナルのシリーズについてである。(Kさんゴメン・(^^ゞ)

戦争、天災、復讐、冤罪、血と水、生と死、嫉妬、悪意、矜恃、そして愛(^^;)と、文字通りごった煮の通俗のなかに、看過できない鋭角的なテーマがほの見えるのは、オリジナルライターのトップに佐々木守氏の名前があるからなのか?

『日本春歌考』、『絞死刑』、『儀式』、『夏の妹』等の大島渚作品、あるいは若松孝二監督の『聖母観音大菩薩』の脚本がただちに思い浮かぶ氏が、増村保造監督らとともに、いわゆる大映ドラマに関わっていたことは知っていた。

知ってはいたが、この種のドラマには接点がないと、食わず嫌いを気取っていた自分がいる。遅まき(過ぎ)ながら、これはスカパーでやっている当時のシリーズを、真剣に見直してみなければと自己批判を余儀なくされた昨夜の回ではあった。

というわけで、立ち聞き三連発などやや中だるみ感のあった第二話を凌駕して、まだ観ぬオリジナルを超える、今夜の最終回のクオリティに期待している。(^_^X)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年10月 5日 (水)

赤い運命・第一話

演出のKさんは、このところ大忙しだ。

NHKの夜ドラ『火消し屋小町』、TBSの月ミス『寝台特急はやぶさ・1/60秒の壁』、そして夜ドラに戻って『愛と青春のブギウギ』に続き、最新作の大映ドラマ『赤い運命』。そして今は、再び月ミスの某シリーズ二作目を撮っている。

その『赤い運命』、第一話を視聴した限り、さすがに売れっ子らしい手堅い演出で見せてくれる。身も蓋もない言い方をすれば、一作目の『赤い疑惑』よりずっと良い。

相変わらずダイジェスト版の域を出ず、その隙間を説明のナレーションで補う手法は、決して肯けるものではないが、分かりやすさを追求すればあの方法しかないのだろう。その上で、一作目の思い入れ過剰の語りからずっと抑制した、石坂浩二さんのナレーションである種の品を保たせているのにまず好感が持てる。

俳優陣も悪くない。一作目の某父親役のように、目を剥いて怒鳴りっぱなしの直線芝居で辟易させる役者は見当たらず、船越英一郎さんのくささスレスレを意識した演技も、却って巧者ぶりを醸しだしてギリギリ成立している。

ヒロインの孤児院時代の親友の、豹変ぶりの裏にある心理掘り下げ(あるいは演技力の問題か?)、検事の父と記憶喪失の母の、やや淡白にすぎる内面の葛藤、いきなりステレオタイプの様相を呈する脇役の描き方などに、隔靴掻痒の感が残るが、序破急の序の段階で判断を下されては、スタッフ・キャストとも本意ではないだろう。

ともかくも、二話目も観たいと思わせてくれたその演出力に付き合って、今ごろ某南国の空の下で次回作の撮影に勤しんでいるはずのKさんに、当該ライターとしてのエールを送りながら、今夜もブラウン管に対してみようと思っている。(^_^X)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 3日 (月)

四畳半襖の裏張り

『神代辰巳カントクのこと#4』

「俺は映画も上手いが、麻雀はもっと上手い」

そう豪語する神代さんとは、何十戦、何百戦と麻雀に付き合わされた。

場所は主に“福屋旅館”の離れと、新宿末広亭の斜め向かいにあった“よしだ”という雀荘。メンバーはその時々によって違ったが、固定していたのは佐治乾、荒井晴彦、斉藤博らのライター組、黒澤満、、三浦朗、山田耕大らのプロデューサー組。

藤田敏八、西村昭五郎らの監督組、そして森本レオ、萩尾みどりといった俳優組の人たちだった。強豪、弱者とりまぜたそれらのメンバーに混じって、神代さんは冒頭の言葉通りによく勝ち、私はよく負けた。有体に言って、吸い上げられた金額は十万や二十万では利かないはずだ。

そうそう、吸い上げられたと言えば、高橋伴明選手に聞いたいかにものエピソードがあった。彼が若松孝二さんの主宰する、“若松プロ”に助監督で入った頃、毎月月末になると幾ばくかの給料が渡された。すると若松さんが助監督一同を麻雀に誘う。そして、一夜が明ける頃にはほとんどすべての給与が巻き上げられていた。

何のことはない、体のいいただ働きをさせられていたようなものだ。「俺はあれで鍛えられて、麻雀が強くなったんだよ」とは、後年私からなけなしの生活費をむしり取っていった高橋選手のひと言であった。(ё_ё)

その麻雀を、神代さんは斉藤武市監督の元で覚えたのだという。小林旭主演の不朽のエンターテインメント、『渡り鳥シリーズ』でクマさんが長くチーフ助監督を務めていたことは、神代ファンなら周知の事実である。

「斉藤組は午後の三時くらいになると撮影が終わる。後はスタッフ・キャスト揃っての麻雀大会。俺は斉藤組で映画を愉しく遊びながら撮るコツを、蔵原(惟繕)組で死ぬほど真剣に映画に取り組む、両極端の姿勢を学んだんだ」

そんなひと言を、私も後年『河内のオッサンの唄』という映画で斉藤監督と組んで、身をもって実感したのだから、縁は異なものというか……。

その神代さんに義理立てしたわけでもないが、近ごろは雀卓を囲むことも滅多になくなった。フの数え方も点数の数え方も心もとなくなっている。当楼のごひいきさんでは、ザジさんあたりが雀豪の風格を持っているようだ。いつかお手合わせをと願っているが、持病をもつこの身に果たして往年の集中力は残っているのだろうか???

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年10月 1日 (土)

秘太刀・馬の骨

毎日新聞のテレビコラムによれば、昨今の志ある映像プロデューサーは、藤沢周平と横山秀夫の原作映像化にしのぎを削っているのだという。

こんなご時世だからこそ、“人の矜恃”とでもいうべきものをテーマに据えた、両作家の作品を世に問いたいということなのだろう。

現に、横山シリーズ生みの親であるTBSのKプロデューサーが、かつて私に「あのシリーズは、数字よりもクオリティの高さを目指しています」と、ハッキリ口にしたことがあった。先日の沢口靖子主演作品も、その気概通りに現場の意気軒昂ぶりを示す2Hに仕上がっていたようだ。(残念ながら所用で見逃してしまったが……)

で、一方の藤沢周平原作『秘太刀・馬の骨』である。

二話目を観終わったところで、団子のくし刺し的なメリハリのない展開になるのではと危惧を抱いたが、結果的にその恐れは杞憂に終わった。

ひと言で言えば、このシリーズは演出の勝利だったと思う。メインディレクターとセカンドディレクターの方法論の違いが如実に分かるきらいはあったが、鈴木清順ばりの虚実皮膜をいくケレン味たっぷりの演出と、それを後押しする木村威夫ばりのアバンギャルドな美術が、毎回観る者の目を愉しませてくれた。

昨日の最終回でも、『刺青一代』や『東京流れ者』を思わせて変幻自在に切り替わる照明や、『けんかえれじい』を想起させる花びらのシーン、そして書き割りの山にホリゾントの夕景が映え、主人公の思いをこだまにして返すシーン──。

そんな耽美とは裏腹の、冒頭手持ちカメラの不安定な画面の揺れ、何よりついに正体を現した“秘太刀・馬の骨”にトドメを刺す、数々の工夫をこらした殺陣と、随所に演出家&スタッフの創意と遊びが感じられて、なかなかに心地好かった。

と、先ずは賛辞を贈ったところで苦言を少々。(~_~;)

シナリオ的には、いくつかの弱点が見られたというのが、正直な感想である。その何よりの証拠が昨日の回、クライマックスの“馬の骨”のシーンが終わった後、ラスト十五分の展開がいかにも冗長で、思うほど胸に迫って来なかったこと。

それぞれの登場人物の内面にあるものを、的確に描写しきれないまま来た結果、ああいう説明的なシーンになってしまったのではないか? ドラマがうまく有機的につながるとき、ラスト近くでの余計なセリフは一切不要になるはずだ。

あるいは一話ごとの面白さを追求するあまり、全六話を通じての俯瞰の構成に失敗したのか。ほとんど伏線のないまま、唐突に語られるエピソードが散見され、そのために説明的なセリフを書かざるを得ない、自縄自縛に陥った形跡が見て取れた。

と、いつもの悪い癖で無用のことを書いてしまったが、前述した通り、凡百のドラマに比してクオリティは高く、前作『蝉しぐれ』とは間逆の二枚目半芝居で大乗りぶりを示してくれた内野聖陽さんをはじめ、横山シリーズの顔でもある段田安則さんの安定した脇役芝居、カリカチュアライズした悪家老の造形で笑わせてくれた近藤正臣さんらには、愉しませてもらいましたと素直に拍手を送っておきたい。V(^0^)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2005年9月30日 (金)

悶絶どんでん返し

『神代辰巳カントクのこと#3』

中央線の中野駅、南口を出て駅のそば、目の前に立つ丸井の脇を抜けて、少し行った突き当たりに『福屋旅館』はあった。

神楽坂の『和可菜』、銀座の『熱海荘』、荻窪の『藤美』、京都の『田舎亭』などとともに、ライター旅館として、斯界では知らない者のいない有名な宿だった。

その『福屋』で、私は通算一年以上を神代さんと過ごした。『恋文』『離婚しない女』『殺意の団欒』と、三本のホンを書くために文字通り寝食を共にしたのである。

先ずは一人で籠もっていた私が第一稿を書き上げて、印刷が上がると直しの打ち合わせのために、『福屋』のもう一部屋が押さえられる。そして、クマさんが参加して来ることから、カンヅメ生活パート2が始まりを告げていく。

もちろん、一旦自宅に戻った私も、リフレッシュしたあと着替えの類を手にして、新たな気持ちで宿に入り直すのだが、その際クマさんは手ぶらなのが常だった。

旅行カバンなどという、面倒なものはいっさい持っていない。手にしているのは、最新号の『海燕』一冊だけ。埴谷雄高の大長編連載、『死霊』を読むために、その文芸誌だけは何があっても手放すことがなかったのだ。

こうして、ファーストシーンから文字通り一行ずつについての検証が開始される。

「このト書きはどういう意味だ」、「このセリフはどんな気持ちで書いたんだ」

何しろ、相手は大尊敬する映画の神様である。最初のうち、私はそう聞かれるたびにダメ出しをされている気がして、ただしどろもどろの答えを返していた。

しかし、ある時そうではないことが分かって驚いた。「そうか、それで分かった。じゃあそういう風に撮るから、もっと気持ちが伝わるように書いてくれ」──。

私の母と同年齢の巨匠は、20才以上も歳の違う若造に、まったく同じ地平に立って対していたのである。そのフレキシブルなスタンスは、例えば「準備稿はTさんが思うように書いたんだから、次は僕が思うように書き直してよ」と、理屈にも何にもなっていない注文で私を唖然とさせた、某監督の頑迷さとほとんど対極にあるものだ。

とは言っても、その貪欲な演出姿勢はまったく他に例を見ない。これまでにも何度か触れ、また他の神代組関係者も口をそろえるように、「何かないか」、「もっとないか」の注文が際限なく繰り返され、容易なことではOKが出ない。

こちらのエキスを絞り出すだけ絞り出して、ようやく合意に至り、夜を徹して書き直した原稿を、翌日になると「昨日のところだけど、もっと何かないか」と、部屋に入ってきた途端いとも簡単にひっくり返されることも再三だった。

後年、テレビ界の名匠としてつとに知られるH監督と仕事をしたときのこと、スタッフの一人が「Hさん、しつこいでしょう。あれで大抵のホン屋さんが逃げ出すんですよ。Tさん、よく最後まで付き合いましたね」と感心して言ってきたことがあったが、「は?」と実感なく応えてしまったほど、クマさんの粘りは他の監督を圧していた。

さて、そうこうしている内に、着替えを持ってきていない神代さんのパンツは、次第に汚れが目立ってくる。旅館へ入ったが最後、浴衣姿の着たきり雀になるその格好は、打ち合わせをしている間に自然に前がはだけ、見たくもないものが見えるのだ。

「汚いなあ。後でパンツ買ってくるから、替えてくださいよ」と顔をしかめる私に苦笑するクマさんは、「これでどうだ、キレイになっただろう」と、トイレから戻ってくるなり下着姿を開陳する。聞けば、裏返しに履き替えたのだというから、どうしてこんな男があれほどモテるのだと、ため息の一つも出ようというものだ。

そんなこんなの一週間がすぎる頃、その口から「T、今日は生理休暇にしよう」という言葉が出てくる。そして翌日の再会時間を約すると、クマさんはどこへともなく飄然と消えていく。生理休暇と言われても、何処といって行くあてのない私は、仕方なく着替えの洗濯物をもって自分の家へ帰ることになる。(笑)

翌日旅館に戻ってきた神代さんのパンツは、どういうわけかいつもキレイになっていたのだが、あれは誰に洗ってもらっていたのだろうか??? ( °~ °)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月29日 (木)

バスター・キートン論#8

kea4 『恋愛三代記』(1923年作品)

ここからがキートン映画の長編時代になる。

但し、待望の長編を作れるということで、やや張り切りすぎたのか、ハッキリ言って(珍しくも)失敗作である。

原始時代、ローマ時代、現代と話が同時進行していくアイデアは面白いが、その時代、時代の描写の最後にくる“オチ”が、いま一つ決まっていないので、時代が変わっても次の笑いを呼ばないのだ。

この映画には、前半で後半の見せ場を作るための伏線を張るという、キートン映画のその後のパターンがすでに現れているが、散発するギャグが鋭角性と連鎖性に欠け、有機的につながっていかないのが、大きな弱点になっている。

ところで、ギャグに欠かせないものとして、“パロディ”という分野がある。

一頃のパラマウント映画『珍道中』シリーズを嚆矢に、ウッディ・アレンの『ボギー! 俺も男だ』がハンフリー・ボガートの『カサブランカ』を、日活映画『牛乳屋フランキー』(中平康監督)が『太陽の季節』を、ピーター・ポグダノビッチの『おかしなおかしな大追跡』がやはり『カサブランカ』をパロディにしていて、大いに笑わせてくれた。

比較的最近では、チャーリー・シーンがこのパロディ映画を得意にしていたが、他にこんな作品がという例があれば、碩学の方にご教示願いたい。

そう言えば、昔フジテレビ系で放映され、時代が二十年早すぎたと評されたアバンギャルドな学園ドラマ、『探偵同盟』で、あの名作『マルタの鷹』のパロディ、佐渡島産の金で作った鷹の彫刻をめぐるドタバタ、その名も『おけさの鷹』という話を書いたが、悲しいほどに注目されなかった……と、これはまた別の話。(笑)

というわけで、この『恋愛三代記』もパロディ映画なのだそうである。

もとになった映画はD・W・グリフィス監督の『イントレランス』(1916年)──。業界用語で言う“イントレ”(俯瞰で撮影する際に用いる組み合わせ自在の台)の語源になったという、あまりにも有名な古典だが、ここまで旧くなるとさすがに私も観ていない。

従って、どこがどうパロディになっているのか判らないのが情けないのだが……。

G52:ローマ時代のキートン、太陽にかざして腕時計を見る。この時代に腕時計が?と見るや、それはバンドで巻き付けた日時計である。

G53:レストランでカニ料理を注文したキートン、懐から出した葉巻の吸い口を、そのカニのはさみでちょん切る。(このパターンのもっと面白いギャグが、『海底王』に出てくるので、その時に紹介したい)

G54:(原始時代)恋敵と決闘するはめになったキートン、石に遺書を書きつけることにする。代筆の美人彫り師に短く一言を切り出すと、彼女は長々と石に文句を刻み込んでいく。次いで今度は長々とよどみない思いを告げると、女はたった一言だけを石に刻む。

G55:DAWN(夜明け)のスーパーに続いて、山から太陽がビューンと跳ね上がる。

G56:フットボールのトライ寸前、恋敵に頭から押し倒されてしまったキートン、両足にボールをはさんで、見事トライを貫徹する。(タイミング・ギャグの傑作)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月28日 (水)

A LABYRINTH OF ASH

つい先日決定稿を上げたと思ったら、早くも明後日にクランクインが迫ってきた。

鹿賀丈史さん、余貴美子さん、真中瞳さん、賀集利樹さん、小倉久寛さん、夏八木勲さんらのレギュラー陣に加えて、今回は伊吹吾郎さんが捜査班に加わる。

そしてゲストの一人が懐かしい朝加真由美さん。彼女とは日活ロッポニカ路線の第一弾『メロドラマ』をきっかけに、火サスの『星座伝説殺人事件』、さらには痛恨の病気降板をせざるを得なかった昼帯、『永遠の君へ』で一緒に仕事をした縁がある。

もう一人の懐かしいキャストが高林由紀子さん。あの“直子センセ”のお母さんが、夏八木さんの奥さん役で出演してくれる。直子センセファミリーとしては、テレ東の2H『ミイラが呼んでいる』の水木薫さん、織本順吉さんに次いでの嬉しい再会だ。

今回は原作者のS氏とともに、私もラーメン屋の行列客としてエキストラ出演する予定になっている。それぞれの方たちとの邂逅が、今から楽しみなことである。o(^o^)o!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年9月25日 (日)

バスター・キートン論#7

kea3 『鍛冶屋』(1922年)

ギャグには、ごく大雑把に言って四つのパターンがある。

<1>誇張ギャグ(ホラギャグ)  <2>価値転換ギャグ  <3>ナンセンスギャグ(不条理ギャグ)  <4>アクションギャグ(動きのギャグ)

その各々の代表的なギャグを、短編『鍛冶屋』から拾ってみる。

G46:片方の車輪を外した乗用車。鍛冶屋のキートン、そのバンパーに小さな風船をつけると、車はうまくバランスをとって宙に浮き、ジャッキの力を借りることなく、キートンは仕事を続ける。(誇張ギャグ)

※このギャグには、連鎖して次のようなオチがついている。

G47:その風船を、パチンコで狙っている悪たれ小僧、狙いを定めて発射! 玉は見事命中、風船は『パン!』と音をたてて(サイレント映画だから本当は音はしないのだが)破裂し、車体は重量感たっぷりにガクンと傾いてしまう。そして、後は押せども引けどもビクともしない。

次は価値転換のギャグ。

G48:ピカピカの新車の横で、大ポンコツの乗用車の修理をしているキートン、オイルタンクやエンジンを取り外しては後ろの新車の方に放るので、くだんの新車はメチャメチャに壊れてしまう。

この『価値転換』のギャグこそは、すべてのドタバタ喜劇の重要なモチーフである『破壊』により多くつながっていて、『狂気』の世界を生み出していく元になっている。

スラップスティックは『狂気性』が多ければ多いほど面白い。

で、お次はその『狂気』の『ナンセンスギャグ』……。

G49:いま何時だと、自慢の懐中時計を取り出したキートン、ところがどうやら故障らしい。そこで我がキートン、やおらその時計を“火”の中に突っ込み、真っ赤に焼き上がったところを取り出して、今度は“水”の中にジュッとつけ、タガネでチョイチョイと突っ付く。と、不思議や、時計は正常に戻っている。

もう一つ、ナンセンスな単ギャグ。

G50:力自慢のキートン、画面に向かって力こぶを作って見せるが、そのコブがあまりに大きくふくれ上がるので、心配になって針でつつくと、パチンと破裂してしまう。

次にアクション(動き)のギャグ。

これは言うまでもなく、役者の肉体の動きそのものが演じる芸(ギャグ)であり、この種のギャグをどれだけ連発しうるかということが、その芸人の価値をはかる一つの重要な指標になる。

身体が敏捷であること……これこそはコメディアン、アクションスターを問わず、すべて役者としての必須条件である。その意味において、旅回りのボードビル一座出身であるキートンほど偉大な役者は、そう大勢はいない。

『荒武者キートン』の大瀑布での奮戦、『探偵学入門』での壮大なオートバイ行、『セブン・チャンス』での野を越え山を越えの大爆走、『カレッジ・ライフ』での見事な陸上競技の腕、『蒸気船』での大暴風雨との戦い……。

これらのシチュエーションの中には、それこそ数えきれないほどの、アクション・ギャグがギッシリ詰まっていて、キートンの面目、まさにここに極まれりという感があるのだが(このアクション・ギャグの数々こそが、真にキートン永遠の生命である!)、それらは後述するとして、それよりいささかスケールは落ちるものの、かなり傑作なタイミング・ギャグを一つ紹介しておこう。

G51:暴れ馬に乗った若婦人が助けを求めている現場に通りかかった鍛冶屋のキートン、張り切って、モノの見事に馬を取り押さえる。

婦人は何度もお礼を言いながら、キートンに幾らかの礼金を包むが、彼はフンとばかりにその金を横の干し草の山に捨ててしまう。かっこよく決まったと思いきや、婦人が見えなくなった途端、キートンは瞬時にその山に飛び込んで、金を探す。

そのタイミングはまったく絶妙で、これがたとえ0・1秒狂ったとしても、こうはおかしくならなかっただろうと思わせる。すべてギャグは、タイミング(間)とテンポの良否が、その生命を決すると言っても過言ではない。

というところで、短編映画への論考は終わり。

これ以後はいよいよキートンの長編映画時代へとなっていくのだが、その詳細についてはまた稿を改めて、詳しく触れることにしていきたい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月24日 (土)

バスター・キートン論#6

kea2 『船出』(1921年)

完成なった愛船の進水式──。

G31:気取って、舳先をコーラのビンで叩いた女房……ところが、ビンは割れずに、かえって舳先のほうが傷ついてしまう。

怒ったキートン、トンカチでコーラのビンを割ってから、おもむろに進水する。

G32:だがせっかく作り上げた愛船は、そのまま浮かぶ瀬もなく、ものの見事に沈んで行ってしまう。船長キートンのポカンとした顔!

G33:水中に落ちた息子を助けるため、海中に敢然と飛び込もうとしたキートン、思い止まって水の温度を計り、大丈夫と判断してから飛び込む。

G34:船の壁にかけた大海原の絵から、突然水が吹き出す。釘が一本抜けて、そこから水が漏れだしたのであった。

この危機を脱しようとした、キートンのとった措置が傑作。

G35:吹き出して、弧を描きながら船底に漏れていく水の行き先を確かめたキートン、その水の落下地点、すなわち船底に、ドリルで穴をあける。そこから水を船外に出そうというのである。だが当然、その穴からは船底の海水が前にも増す勢いで吹き上げてきて、彼の愛船内はメチャクチャの騒ぎになる。

私は、ナンセンス・ギャグの最高峰はマルクス兄弟、ハーポ・マルクスの何でも出てくるコートに止めを刺すと思っているが、(ハーポがコートから出した金魚鉢には、満々と水がたたえてあって、ちゃんと金魚までが泳いでいた!)このキートン・ギャグのナンセンスな飛躍は、それに勝るとも劣らないものだ。

※そのマルクス兄弟に、ほかならぬキートンがギャグを提供していたと、こるりこさんからご指摘をいただいた。(感謝)

G36:嵐の外界を視察しようとキートン、大嵐の中にロウソクをかざして出かける。(このロウソクがなかなか消えない不思議!)

G37:遠くを見ようとかっこよく構えた望遠鏡、嵐に臆したか、ぐにゃりと曲がってしまう。

G38:グルグル回りだした船体に、靴を床に釘で固定して一安心……と思いきや、逆さになったまま船が固定してしまうので、船底から宙づりになってしまう。

『キートンの白人酋長』(1921年)

ナンセンス・ギャグの極みをひとつ……。

G39:蝶の採取のため、インディアン部落にまぎれ込んだキートン、必死に捕虫網をあやつるが、目標の蝶はヒラリヒラリ、蝶のごとくに身をかわす。頭に来たキートン、鼻先で飛び回る蝶を手でぶん殴る。

『警官騒動』(1922年作品)

映画の歴史が始まったころから、警官という存在は格好の餌食になっていたようだ。

権力側のもっとも親しみやすい(?)象徴であるこの制服集団は、古来、多くの作家たちによって戯画化され、徹底的に痛めつけられてきた。

彼らがスクリーンに登場するのは、極論すれば、カリカチュアライズされた権力の手先としての時だけであり、キートン映画ももちろんその例にもれない。

G40:交通整理中の警官、たまたま引っ越し馬車で通りかかったキートンが、方向指示器がわりに出した、ボクシングのグラブでノックアウトされてしまう。

フラフラと立ち上がった警官は、意識が朦朧としたまま無茶苦茶な交通整理をするので、たちまち周りの交通は大混乱をきたしてしまう。

G41:警官のパレードに紛れ込んでしまったキートンの馬車に、テロリストが火のついた爆弾を放る。たまたまタバコの火を探していたキートン、得たりとばかりに導火線で火をつけて、そのまま後ろに放り投げる。

次の瞬間、大音響とともに爆発する爆弾、その煙幕が晴れた後にはボロボロになった警官たちが、右往左往している。

この他に、いかにもキートンらしい破壊趣味のギャグが一つ……。

G42:引っ越し荷物の中に、どうしてもトランクに入りきれない大きな花瓶がある。キートン、迷わずこの花瓶をトランクに入れ、上から粉々にたたき割ると、何食わぬ顔でその蓋を閉める。

G43:首尾よく警官の大群を留置場に押し込めて、外から鍵をかけたキートン、ちょうどそこを通りかかった市長の娘に色目を使うが、あっさり無視され、落胆の挙げ句、再び鍵を開けて、自ら留置場の人となる。

その後に続くエンドマークは、墓石に刻んだ『THE END』の文字である。そして、墓石のアップで終わる作品が、キートンの映画にはもう一編ある。

『カレッジ・ライフ』──。

G44:画面に向かっているキートン夫妻、新妻は赤ん坊を抱いている。

画面に向かっているキートン夫妻、子供は成長し、二人ともそれなりに老いている。

画面に向かっているキートンと妻、ヨボヨボの老人に成り果てている。

そのシニカルな醒めようは、たとえばジョン・ブアマン監督の『未来惑星ザルドス』のラストシーン(↑と同じシチュエーションで、ショーン・コネリーとシャーロット・ランプリングが老いていく)を、はるか数十年前に先取りしたアバンギャルドな感性だった。

そんなシニカルな視点、そしてナンセンスな飛躍、それを裏打ちする肉体の圧倒的存在感……これらがスラップスティックには、必要不可欠の条件だ。

喜劇の三大王として知られるチャップリン、キートン、ロイドの三人が放つコメディは、隅から隅までこの条件を満たしていた。

高層ビルの時計塔に、必死にしがみついていたロイド。

フライパンで殴られて、ヒラヒラと踊りながら倒れていったチャップリン。

そして、『恋愛三代記』でのキートン。

G45:バルコニーの上の愛する女に、歌を捧げていたキートンの上に、花瓶が落ちてきて命中する。キートン、手に持ったハープを演奏しながら踊るように倒れていく。

オートバイから水たまりに落ちるシーンのスタントを、自ら買って出たというキートン。

給水口の猛烈な水圧のために、首の骨を折っていたと伝えられるキートン(『探偵学入門』)……そのどれもが失われてしまった、役者たちの肉体的献身性を偲ばせるエピソード、そしてシーンばかりである──。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年9月23日 (金)

かぶりつき人生

『神代辰巳カントクのこと#2』

神代さんは助監督のころ、いささかの揶揄を込めて「旦那さま」と呼ばれていた。

島崎雪子という当時の大女優と結婚し、田園調布の邸宅に住まう身で、撮影所のスタッフが電話をかけるとお手伝いさんが出てきて、「旦那さまはただいまお出かけです」などと受け答えすることから付けられたあだ名だった。

その大スターとの結婚生活が何年続いたのか、ともかく十年はもたずに破綻したはずだが、後年『離婚しない女』という映画のホンを書いているときに、ロケハンから帰って来たクマさんが、珍しくその島崎さんの話を切り出したことがあった。

釧路空港のロビーで飛行機待ちをしているときのこと、ふとテレビを観ると成瀬巳喜男監督の名作、『めし』がオンエアされていた。『めし』には主人公夫婦の間にさざ波を立てる家出娘として、若いころの島崎雪子さんがサブ主役で出演している。

「あ、キレイだなと思ったよ」

そして、上述の「旦那さま」の話を冗談まじりに告白したのであった。

これはいい機会だと、次の奥さんのことも質問してみた。次の奥さんとは、クマさんの監督第一作『かぶりつき人生』でヒロインを演じた、殿岡ハツエさんである。

殿岡さんは当時、日劇ミュージックホールのトップスターとして、知る人ぞ知るヌードダンサー、『かぶりつき人生』での設定もそれらしくストリッパーの役であった。

当然のように、その結婚式には日劇MHの名だたる踊り子さんたちが、大挙して押しかけた。中でも殿岡さんとトップを競う、某ダンサーのあいさつがふるっていた。

仲間たちの間で、この結婚は何年もつかという賭けがなされている。自分の勘では、せいぜい持ってまあ一年。早ければ半年で別れることになるかもしれない。それまではともかくお幸せに。爆笑の中であいさつはそう結ばれた。

「一年半もったよ」

そして次の奥さんが、最期まで連れ添ったY子さんになる。

「その父親に初めて会ったとき、俺より年下だったのには参った」

あのクマさんの女房になるような人だから、Y子さんもまた強烈な個性をもった女性だが、クマさんがしみじみと語るY子さん像には、私が知らない側面が含まれていた。

「血のつながっていない孫(母親は島崎さんとの間にもうけた娘のRさん)を、猫可愛がりするんだ。あの姿を見てると、こりゃ一生もんだなと思ってしまう」──。

巷間、神代さんは女の達人だとよく言われる。その作品に描かれる濃密な女性像、そして上述の華々しい女性遍歴を見ると、確かにそうだと頷ける。

しかし、当の本人がそんな風に自覚していたフシはまったくない。

「俺がいい女だなと思うと、必ずパキ(藤田敏八カントク)が先に口説き落としてるんだ。パキに勝った女は、今までに一人しかいない」──確かに、パキさんは自分でもよく憶えていないという女性遍歴を繰り返した人ではあったが……。(笑)

「俺は自分の方から女に別れようと言ったことは一度もない。付き合い始めて何カ月か経つと、“あなたの考えていることが分からない”というセリフが、女の口から出てくる。そうすると、ああそろそろ終わりだなと思うんだ。その通りで、やがて女の方が俺をふって去って行く。そんなことの繰り返しだよ」

含羞の人らしい自己韜晦だと笑えるが、まあ一面真理をついているような気もするところが、クマさんのもつ“ダメ男”の魅力を表しているのかもしれない。

「三十になったらやろう」

神代さん得意の、若い女の子口説きの必殺フレーズを、私も一時期借用していたことがある。「クマちゃーん、三十になったよお!」、某大女優はある日撮影所で、そう叫んでクマさんに飛びついてきたと聞くが、とんとそういう体験がないのが、『神代学校落第生』と自称せざるを得ない所以なのだと、不肖の弟子は自分を嗤うしかない。ヽ(´▽`)/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月21日 (水)

バスター・キートン論#5

kea1 『化け物屋敷』(1921年作品)

ところはニューヨーク。1920年初頭。好景気にわくウォール街。

ファースト・ナショナル・バンクに運転手付きの高級車で出勤するのは、平の出納係、キートンである。

G24:出勤したキートン、カウンターのドアをまったく無視して、あたかもそれが当然であるかのように高い仕切りをよじ登り、向こう側にある自分の職場へ入っていく。

この短編にも、さまざまな傑作ギャグが詰め込まれているが、注目すべきは、キートン映画には比較的少ない“連ギャグ”が多用されていることである。

後年、ディズニーの『フラパー』で展開された、跳躍グツの巻き起こす連ギャグや、『ヘルプ!』でのドーバー海峡を横断しようとする男の連ギャグなどが持っている、連鎖しエスカレートする抱腹絶倒のナンセンスさは、いまだ映画青年期(少年期)の20年代喜劇には、それほど多用されていない。

むしろ、この時期のスラップスティックは、単ギャグの連発と、それに伴う連鎖ギャグ、そしてパターンの追っかけ、パイ投げが主流を占めていた。

キートン映画もその例にもれず、初期のアーバックル時代のパイ投げ、キートン・プロ時代の追っかけ、単ギャグの連発、それに伴う破壊性と狂気性が、一つの大きな見せ場になっている。

そんななかで、この『化け物屋敷』の階段を使っての連ギャグは、タイミングの絶妙さと発想の巧みさで、非常に高度なギャグになっている珍しい例である。

私の記憶するキートン映画“連ギャグ”の傑作は、この他に『荒武者キートン』に一つあるだけだ。

G25:悪漢の上司が侵入者除けに作った化け物屋敷に紛れ込んでしまったキートン、広間の中央階段を登ろうとするたびに仕掛け階段の段が消えて、滑り台のようになり下に滑り落ちてしまう。

G26:さんざんG25の辛酸をなめた後に、今度は大勢のお化けに追っかけられるはめに陥ったキートン、あわてて二階の方から階段を降りようとすると、また段が消えそうなので横の手すりにつかまって注意深く滑り降りるが、最後の二段ぐらいの所でしりもちをついてしまう。

と、何とその二段だけがパッと消えてしまって、階下に激突し、結局キートン青年、このお化け屋敷の魔手から逃れられない。

そしてついにこの狂気の連ギャグは、ラスト近くになって、数多いキートン・ギャグのなかでもベストに数えられる大ギャグへと発展していく。

G27:孤軍奮闘の甲斐なく、ノックダウンされて仮死状態に陥ったキートン、その分身がはるか天上、天国への階段を登り詰めていくが、前世の宿縁か、門番に天国入りを拒否される。

哀れキートンは、またもや段の消えた階段から真っ逆様に、地上へ向かって落ちていく。だが……悲劇はそれだけにとどまらない。

G28:地上へ着いた安堵も束の間、なおもキートンはらせん型の滑り台を地下世界へと落ち込んでいく。

落ちる……落ちる……着いたところは……もちろん、地獄!である。

G29:ここでも悪魔の使者は、キートンに意地悪をする。尻っぺたを槍でつつかれて悲鳴を上げるキートン、あまりの悲しさに目が覚めると、自分のお尻が燃えさかるストーブに密着していたのである。

なお、もう一つの連ギャグの傑作は『荒武者キートン』の次のようなシーンだ。

G30:仇敵一家の兄弟に追いかけられて、逃げる途中のキートン、とある家の前で、夫から蹴飛ばされ、荒々しく首を絞められている哀れな女房(?)に出くわす。

同情したナイト、キートンが女房を助けようとすると、その女、『邪魔しないで!』とばかりに、キートンを蹴飛ばす。

逃避行の後、再びくだんの家の前に差しかかったキートン、そこでは相変わらず女房が首を絞められている。関わり合いはゴメンとばかりに、その側をソロリソロリと通り抜けようとしたキートン、再び女房に蹴飛ばされてしゅんとなる。

この連ギャグ、チャップリンの『街の灯』の酒場で男と女の狂気ダンスを止めようとした酔漢チャーリーのギャグと、発想が似ているが、キートンの方が暴力的で面白い。

ドタバタの行き着くところ、破壊(暴力)とナンセンス(飛躍)である──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月19日 (月)

泥の木がじゃあめいているんだね

kuma 『神代辰巳カントクのこと#1』

神代作品の上映を企図したある映画祭が、市の教育委員会の横やりで中止の決断に至ったという報道がマスコミを賑わした。

その出来事について思うところを書こうと思い、関係するHPをいくつか覗いてみたのだが、精読しているうちに、どうしてだかあまり熱くなるのも面はゆい気がしてきて、ここは『別個に進んで一緒に撃つ』という、あのスタンスだなと、自分を韜晦しているというのが正直なところだ。

かつて、私自身の経験で次のようなことがあった。

某シナリオ講座で講師を務めたとき、日活ロマンポルノとはこんな風に志を持った映画なのだという意味を込めて、ある作品を教室で上映したことがあった。

三十数人の受講生たちのなかで、ロマンポルノを観たことがあるという者が一人だか二人だかしかいなかったことに愕然とし、言葉を失った結果である。おいおい、これから映画・テレビを目指そうという者が、それは幾らなんでも不勉強だぞと……。

で、いきなり官能の極みを描写した作品では、無用の衝撃を与えるかもしれないと、上映作にはロマンポルノのなかでも比較的ソフトなタッチのものを選んだ。(神代作品ではなく、入門編と言っても良い明朗ポルノ(それも自作・(^^ゞ)だったと嗤っておこう)

にもかかわらず、上映途中である女性受講生が退席するなりこう抗議した。

「これって、セクハラですよ」

思ってもいなかった反応に、私の方が衝撃を受けてしまった。その女性、トレンディドラマ寄りではあるが、洞察力のあるいいホンを書く受講生だったからである。

もう一つ、以下のような経験がある。

某昼の帯ドラマで、女性のあそこに統一した日本語を造ろうと奮闘する、若きヒロインの物語を書いたときのこと。

日本国中で、地域により二百超の女性器の呼称がありながら、すべてが隠微なイメージにとらわれていて、口に出すのが憚られるのは何故か。私は春の風のように爽やかな、堂々と口に出して言える、そんな固有名詞を作りたい。

そう主張するヒロインが、孤軍奮闘するストーリーだったのだが、このドラマに対するバッシングもまた尋常ではないものがあった。

「昼間から何をふざけたことをやってるんだ」

「聞くに堪えないセリフの羅列。即刻打ち切りを要求する」

こちらとしてはふざけているつもりも、聞くに堪えないセリフを書いているつもりもなく、むしろ形而下の事象を形而上的に語っているつもりなのだが、まあ有体に言って、理屈抜きの『拒絶反応』というやつが波のように打ち寄せてきたという……。

そんな時間帯にそんな話をやる方が間違っていると言われれば、その通りですと頭を垂れるしかないのだが、ことほど左様に人の下半身を語ることは難しい。

とは言え、ここまで生き残ってきた人類が、本質的普遍的に尋常ならざる“スケベ”であることは間違いない。そののべつまくなしのリビドーゆえに、今も増殖を続けているのだから、人間を語る上で“スケベ”は避けて通ることの出来ないテーマだというのが、ささやかながら私の持論でもある。

その“スケベ”を掘り下げて、余すところなくさらけ出してくれた神代さん。今回のニュースに触発されたわけではないが、彼の作品に多数主演したハギワラさんの言葉を借りるなら、『神代学校落第生』の一人として、そろそろ私の知る神代辰巳のことを語る時期が来たのかなという気がしている。

ところで、青森県といえば寺山修司、三上寛、太宰治、長部日出雄、淡谷のり子、高橋竹山と、そうそうたる情念の芸術家たちを生み出した土地柄。いかに、合併をめぐる主導権争いが云々と言っても、どうしてこんなことになるのか──。

※ちなみに『泥の木がじゃあめいているんだね』は、神代さんが若いころに書いた未映像化シナリオ作品のタイトルです。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2005年9月15日 (木)

バスター・キートン論#4

kea4『スケアクロウ』(1920年)

青年キートンとロバーツの住む家には、部屋が一つしかない。

この狭苦しい部屋を最大限に利用する二人のギャグが、ファーストシーンから息つく暇もなく展開されて、度肝を抜かせられる。

G19:朝のひととき、のんびりとプレーヤーでレコードを聴いていたキートン、突如、何を思ったかレコード盤を取り外し、プレーヤーにチューブをつなぐ。

と、プレーヤーは何とガスコンロに早変わりする。

G20:料金式のガスメーターに、糸に吊るしたコインを入れたキートン、ガスが出始めるや、コインをそのまま糸でつり上げてしまう。身につまされる生活の知恵!

これはチャップリンお得意の貧乏ギャグ、たとえば『黄金狂時代』の靴のステーキのシーンや、『犬の生活』での盗み食いシーンと、同じくらい笑えるギャグだ。

と同時に、キートンのほうが悲惨ではないし、おおらかで好感がもてる。

その後の、ヒモを使った食事の連発ギャグは前述したとおり。

G21:食事を終えた二人、そのままテーブルの上部をかかえて持っていき、部屋の隅の床を踏んでテーブルをひっくり返し、床下に残飯を落とす。何と、食器類はすべてテーブルに固定してあったのだ。

と……床下にはなぜかブタがいて、得たりとばかりに残飯を漁る。

次にそのテーブルを壁にかけると、ロッカーからシャワーを取り出し、二人は張り切って食器を洗う。

洗い終わった卓を壁にかけ、ヒモを引くと、板は反転し『WHAT IS HOME WITHOUT MOTHER!』(母はなくとも楽しい我が家!)と書いてある面が出てくる。

食卓の上にぶら下がっている調味料を吊るしたヒモを元に戻すと、入れ代わりに上から電灯が下がってくる。

食卓の真ん中を押すと、反転して花が出てくる。きれいに生けられたその花には、立派な花瓶までもがついている。ただし、引力の法則に逆らって花瓶に水が入っていたかどうかは明らかでない。

つづいて、部屋の隅の備え付けバスを二回転すると底が現れ、ソファに変身する。

そのバスタブに入っていたお湯が、そのまま庭にこぼれて水たまりを作っており、そこではアヒルの親子がのんびりと泳いでいる。

さらに、ベッドの枕カバーを外すと、そのままクッションになり、ロバーツがそのクッションを利用してソファで一服する。

キートンが自分のベッドを『ヨイショ!』と立てると、何とその裏がピアノになっている。

キートンはそのピアノをひとしきり、ポロンポロンと弾いて遊んでから、おもむろに仕事へ出かけていく。

特許庁も顔負けの、壮大な連発ギャグではある。

G22:外出したキートン、突き当たりの垣根を左右に分けると、垣根がV字型に開く。アコーデオン式の垣根になっているのである。何というナンセンス!

G23:川を飛び越えて渡ろうとしたキートン、自信がないので、やおら逆立ちで川を渡っていく。(足で歩いて渡ればいいものを……。いったい、こういうバカバカしい発想はどこから出てくるのだ?)

ちなみにキートン映画のギャグ・ライターを紹介しておくと、クライド・ブルックマン、ジャン・ハベッツ、ジョセフ・ミッチェル……そして、言わずと知れたバスター・キートン。

この四人によって、かの壮大な宇宙ギャグ群の大半は生み出されたのである。

傑作スラップスティックの陰には、必ず優秀なギャグ・ライターたちのパワーが作用していた。日本映画でギャグ・ライターという仕事が本当の意味で確立される日は、いったいいつのことになるのだろう……?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月14日 (水)

バスター・キートン論#3

kea3『マイホーム』(1920年作品)

スラップスティックスには不可欠の、破壊趣味を満載した傑作短編で、決してハッピーエンドではないところがキートン主演第1作として、なかなかに興味深い。

G13:新郎キートンと新婦シビル・シーリーは、伯父から組み立て式の家をもらうが、この容器が何となく棺桶を思わせて、二人の行く末を暗示している。

G14:そのマイホーム組み立てマニュアルの順番を、恋敵のハンクが書き換えてしまうので、出来上がった家はこの世のものとは思えない奇妙奇天烈なものになる。その家の窓はスイスのケーブルカーのように斜めに傾き、洗面台が外壁についているのだ。

お次は、映倫、税関も顔負けの爆笑ギャグである。

G15:何とか新装なったマイホームで、新婦はお風呂に入っていた。ところがどうしたはずみか、彼女は石?を床に滑らせてしまうのだ。あわてて拾おうとした彼女が、一瞬カメラの方をにらむと、途端に大きな手がレンズをふさいで、新婦はヌードを見られぬまま落としたものを拾うことができる。

映画の歴史で、一番初めにヌードを披露したのが誰かは知らないが、このシビル・シーリーなどはもっとも早いうちの一人だったのだろう。

何しろ、今から85年も昔の話なのだから……。

さて、13日の金曜日に催された新築パーティの日、外は大嵐になった。

その大暴風雨に家がグルグル回りだして、パーティはめちゃくちゃになる。

G16:外に飛びだしたキートン、家の周りをグルグル走り回るが、いかんせん家自体がグルグル回っているので、同じところで足踏みをしているだけである。

結局、敷地の間違いで家を移動しなければならなくなった夫妻、酒樽を床にねじ込んで、ヨイショとばかりにT型フォードで家を引っ張ってきたが、運悪く鉄道線路の上で立ち往生してしまう。自動車教習所ならば、すぐに発煙筒を焚けと教えるところだが。

G17:押しても引いてもビクともしないマイホーム、途方に暮れる二人に、汽車がこま落としでグングンと迫ってくる。

最後の抵抗もいまは虚しい。すべてを諦めた二人が線路の外に避難すると、間一髪、汽車は家の横を何事もなかったようにすり抜けていく。

何とその鉄道は複線で、汽車はマイホームが引っかかっているのとは反対側の線路を走っていたのである。

だが、ホッとしたのも束の間、本当の悪夢はその後からやってくる。

G18:ヤレヤレと一安心の二人、家へ近寄ろうとした途端に、今度は反対側から汽車が激突して、正真正銘今度こそマイホームは木っ端みじんに砕け散る。

粉みじんになった我が家に『売り家』の立て札を残して去る二人の後ろ姿は、同じ構図でもチャップリンの『モダン・タイムス』とは大きく趣を異にしていた。

希望にあふれていたチャップリンに比べ、キートンにはこれからも大いなる悪夢が待ち伏せている。

85年以前、すでに一人の偉大なコメディアンの世界観と時代感は閉塞されていた。

たとえば、翌年に製作された短編『船出』のラスト・シーンはこうである。

大漂流の末、ようやく足のつく浅瀬にたどりついたキートンと妻子の三人、まっ暗闇の陸地に上がっていく。

『ここはどこかしら?』、妻がいぶかる。『知るもんか!』、英語のダジャレを一発かまして、わがキートンはドンドンその闇に向かって歩いていく。

何が待ち受けているか分からない、その闇に向かってだ……。不気味な暗闇から察して、ここには『キング・コング』のような怪獣がいるに違いない。

何ともシュールで、ブラックなエンディングだった──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月13日 (火)

バスター・キートン論#2

kea2『 アーバックルとのコンビ』

ロスコー・アーバックルの短編『デブ君』シリーズに顔を出している脇役キートンを、偶然にも私は四本、観る機会に恵まれた。

そのどの作品でもキートンはすでに、アクロバット的大道芸を鮮やかに駆使していて、アーバックルの思いがけなくよく動く“ファッティ”な肉体と、核になって展開される『パイ投げ』の面白さとともに、十分楽しませてくれる。

たとえば、キートンのデビュー作『デブ君の女装』(17年)の中に、後年の大ギャグ『蒸気船』の“倒れかかる大壁”のもとになっているギャグがある。

G1:アーバックルの破壊趣味の犠牲になったキートンの上に、壊れた家の壁面が倒れかかってくる。だが、キートン先生は偶然にも、開いていたガラス窓の来る位置に立っていたので、その恐るべき家壁は、キートンの身体をスルリと抜けてしまう。

もっとも、この家壁はそれから11年後にキートンが『蒸気船』で見せたあの2トンの壁の倒れザマに比べれば、まだ四分の一くらいの迫力しかないのだが……。

G2:大暴風雨の中を逃げ回るキートンの上に、風で崩れた屋敷が襲いかかってくるが、偶然にも開いていた窓のおかげで、間一髪、キートンは押しつぶされずにすむ。

つまり、大砂塵とともに倒れかかってきた壁が、地面に激突したあともキートンは、ちょうど窓があった位置にポカンと突っ立っているのである。

素晴らしくも戦慄すべきこの場面を撮影するにあたって、さしものキートン映画のスタッフもあまりの危険に猛反対。

技術監督のフレッド・ガブリーとキートン自身の主張のみによって強行された一回こっきりの本番は、カメラマンのJ・デブロー・ジェニングスと、バート・ハインズがスイッチを入れたあとは、被写体にそっぽを向いたまま行われたという逸話が残っている。

この、間一髪ギャグがキートンはよほどお気に入りだったと見えて、短編『鍛冶屋』の中にも次のようなギャグを使っている。

G3:鍛冶屋の巨大な主人が手に持った車のドアを振り上げて、キートンに殴りかかるが、ドアの窓ガラスが開いていたので、キートンの身体はスルリと抜けてしまう。

キートン映画には、こうした一編一編の作品を超えて、随所に同じギャグの焼き直しがよく出てくる。キートン自身が、何よりそれらのギャグを愛していたからだろう。

彼のよく使ったギャグに、こんなナンセンスなものがある。

G4:海の中に落ちてアップアップしているわが子を助けようと、キートン、浮輪を海中に投げ込むのだが、この浮輪、何とブクブクと海中に沈んでしまう。(『船出』)

G5:父親の持ち舟、老朽ジャクソン号に乗り込んだキートン、とたんに蹴つまずいて、救命浮輪を海中に落としてしまう。と、この浮輪、何ともだらしなく海中に沈んで行ってしまう。(『蒸気船』)

G6:(G4のつづき)愛船を停止させようと、キートン、水中に勢いよくイカリを投げ込むが、なぜかこのイカリ、ポカンと海面に浮かんでしまって用をなさない。(『船出』)

G7:巨大な潜水服に身を包んだキートン、恋人のためにゴロンと海に横になると、不思議や、身体がポカンと海上に浮いて、救命ボートの代わりになる。(『海底王』)

また、彼はヒモやロープを使ったメカニックなギャグが好みでもあったようで、『スケアクロウ』、『海底王』、『蒸気船』で次のようなギャグを連続して使用している。

G8:キートンとロバーツが座ったテーブルの中空には、塩、コショウ、ソース、砂糖、エトセトラのビンがすべてヒモに吊るしてあって、二人はそれを互いに振り子のようにして、うまく手渡しながら食事を終える。(このシーンのキートンとロバーツの、息の合った演技は絶品である)(『スケアクロウ』)

G9:巨船ナビゲーター号に二人きりのキートンと恋人キャサリン。キャサリンが台所に下がっているヒモを引くと、金具に取り付けられたマッチが下がってきて自動発火し、ストーブのたきつけ紙に点火する。(『海底王』)

G10:水中を漂流している檻のなかで救助を求めている父親を助けようと、キートン、我が父の持ち船ジャクソン号機関室のいろいろなレバーにロープを引っかけ、甲板に戻ってくるや、そのロープの一本をぐいと引っ張る。

と、物理学の法則が、誰もいない機関室のレバーをロープで動かし、推進板が回りだして、船が進み出す。。

また、背景や前景だけが変わるというギャグも、キートンのお好みだったようで……。

G11:恋人メリーにプロポーズしようと車に乗り込んだキートン、画面は、はやる彼の気持ちを察してか、背景だけが変わって、車はそのままの格好でメリーの家に着いている。(『セブン・チャンス』)

G12:ホレイシオ・アルジャー(小説家)の“GO WEST”という言葉に従って、西部行きの汽車に乗り込んだキートン、その手に持ったパンが、そのままの姿勢で消えてなくなると、そこはもう西部だった。(『ゴー・ウェスト!』)

このように、作品を超えた連ギャグの展開するのが、キートン映画の一つの特徴であるわけだが、さていかに脈絡なく展開するのがギャグの真骨頂であるとはいえ、これではあまりに脈絡がなさすぎる。

ここからは、しばらく作品ごとに若干の解説を加えつつ、彼のギャグの数々を分析していくことにしようと思う──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月10日 (土)

バスター・キートン論#1

kea1『展開される“宇宙ギャグ”』(前HPより転載)

いきなりの突飛な譬えだが、チャップリンは寄席芸人にたとえれば、円生であり、キートンは志ん生である。

元々パントマイム出身のチャップリンと、アクロバット出身のキートンのギャグは、同じスクリーン上の笑いでも些か趣を異にしている。

チャップリン・ギャグは一言で言えば『密室ギャグ』、キートン・ギャグは『宇宙ギャグ』であり、二人のギャグ・スケールは、その空間規模に於いて大きな違いを見せる。

彼ら二人の至芸といわれる、各映画の名場面を比べてみよう。

『街の灯』の四角いロープに囲まれたなかで展開するボクシング。

『モダン・タイムス』でのローラースケート・シーン。

『黄金狂時代』でのパンのダンス、クツのステーキの場面。

『ライムライト』でのノミの芸。

『独裁者』での地球儀の踊り、床屋のひげそりシーン。

これら後世に語り継がれるべき名シーンは、すべて一定の空間、密室内で展開されるパントマイム芸であった。

チャップリンの芸は本質的に、閉鎖された空間で展開される密室ギャグである。

だからこそ、たとえば『黄金狂時代』で、山小屋が崖の下に落ちていったり、『独裁者』でヒンケルの行進に合わせて“ミロのビーナス”や、ロダンの“考える人”までが、“ハイル・ヒンケル”とばかりに片手をあげているギャグなどは、チャップリン映画のギャグとしては、どちらかと言えば異質なものだった。

一方、キートンのギャグ名場面は、たとえば『恋愛三代記』での石器時代の殴り合い決闘、ローマ時代の戦車競争決闘、現代(と言っても1920年代後半、禁酒法の時代だが)のフットボール決闘。

『荒武者キートン』での汽車による旅路、大滝での大奮戦。

『海底王』での大海原の脅威。

『セブン・チャンス』での襲い来る大岩石と、恐るべき花嫁候補者の大群。

『ゴー・ウエスト!』での牛の大群をあやつる町中のシーン。

さらには、『探偵学入門』での信じがたいオートバイ行。

『機関車』での壮大な鉄道行。

『カレッジ・ライフ』での常軌を逸した大運動場。

『蒸気船』の凶暴な大暴風雨シーン等々……。

そのほとんどすべてが、外の空間でまったく物理的、アクロバティックな計算に裏打ちされて、壮大に連発される。

本論にはいる前に、くり返してまず結論から言えば、稀代の天才バスター・キートンの芸は、宇宙的スケールで展開される『宇宙ギャグ』なのである――。

以上<序論>・以下<本論>につづく。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2005年9月 7日 (水)

金曜時代劇は続く

NHKの『金曜時代劇』がなくなるという噂が、ひと頃このウェブログでも流れた。

しかし、ファンの方々にはご安心あれ。無事存続することが、この度正式に決まった。

それが証拠に、各製作プロダクションに来期企画の募集要項が届き、この私も今の仕事の決定稿が出来次第、某プロデューサーと組んで、アプリさんが映像化を熱望する『(あの小説!)』を企画書に起こすことになった。

各社が一斉に企画を提出することは確実で、競争率は限りなく高いが、かのNOMO軍団に倣って、『夢を諦めるな』のポジティブ志向で挑戦してみようと張り切っている。

その金曜時代劇、今やっている『秘太刀・馬の骨』は、主人公が五人の剣豪と渡り合うというお話の性格上、業界用語で言う『団子のくし刺し』的展開がやや気にかかる。

同じ味、同じ大きさの団子が、毎週一個ずつ串に刺さっている──。

むろん作り手はそれぞれがなみいるプロの手練たち、十分にその弱点をわきまえた上で、さまざまに違う味の団子を工夫しているのがほの見える。

その手練手管の数々を大いなる参考にして、私も今の仕事で陥っている、やや団子のくし刺し的展開の第一稿を、メリハリの効いた決定稿に仕上げるべく、気合いを入れた作業をまた今日から始めなければいけない。ヽ(´▽`)/

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月 2日 (金)

金庫破りの会

シナハンのサプライズ#3

以前にも書いたが、潰れたサーカスの芸人が肉体と頭脳を駆使して、難攻不落の金庫破りに挑戦するという映画のホンを書いたことがある。

訳あって、残念ながら未映像化のままに終わった作品だが、その際一週間ほどサーカスのテント小屋に住み込んで取材をするという、貴重な体験をした。

その時のサプライズについては、いつか稿を改めさせてもらうことにして、今日はもう一つのテーマ『金庫破り』のことについてである。

東京のある下町に、その名も『金庫破りの会』と名乗る団体がある。会長のSさんは老舗の金庫屋のご主人で、金庫のことに関してなら知らないことはないエキスパート。

現実の事件でも、あまりに見事でどうやって開けたのか分からない金庫破りが生じたときには、警視庁に呼ばれて手口の解明を依頼されるほどのオーソリティだという。

これはめぐりあいかもしれない。

そう直感して、早速S会長の元へレクチャーを乞いに訪れた。

と言っても、手ぶらのままでは、会長さんも何から講義を始めればいいのか戸惑うだろう。というわけで、こんな金庫を考えてみましたと、簡易的な設計図を持参した。

(1)金庫室に至るまでには、もう一つ手前にある部屋を通って行かなければならない。その部屋には(目に見えない)赤外線探知の警報装置がめぐらされている。

(2)そればかりではなく、床にはネズミの体重以上に反応する重量探知の警報装置が埋め込まれていて、うかつに足を踏み入れることは出来ない。

(3)何より、その部屋には24時間金庫室を監視するビデオカメラが設置されており、リアルタイムで屈強なガードマンたちがモニターしている。

(4)金庫室の前は鉄格子でさえぎられていて、壁にあるテンキーで四桁の暗証番号を正確に押さない限り、その鉄格子は開かない。しかも、主人公たちはその番号を知らないまま潜入せざるを得ないという、ドラマ上の枷がある。

(5)最もこの犯罪を不可能に思わせるのは、最終目標の金庫室に仕掛けられたセキュリティである。この金庫室のダイヤルは、正確に一回で、しかも三十秒以内に合わせなければ、以後24時間ロックがかかって、いっさい開かなくなるという絶対的な安全神話を持っている。

それが裏社会や秘密組織の高い信頼を得て、うなるようなブラックマネーが大量に庫内に預けられているのだ……。

そしてもちろん、(4)と同様主人公たちはそのダイヤル番号を知らないまま潜入する。

──その手書きの設計図をS会長に渡して、まずは挨拶代わりに見てもらった。

「こんな金庫なんですが、破れますかね?」

「破れますね」「(信じられない私)はい?」

ものの一分もかからない即答だった。

それから数十分をかけてレクチャーしてもらった、それぞれの手口のあまりの鮮やかさに、私はしばし開いた口がふさがらなかった。

さて、その芸術的とも思える突破口については、次回の稿で明らかにしたいと思うが、このブログにはチョー一流大学(院)卒業にして、アイドルおたくでもある工学博士や修士さまたちも訪れることだし、少し謎解きに挑戦してみませんか? o(^o^)o!

※(2)の重量探知のアラーム装置については、主人公たちがサーカス出身だという特技を活かして、“綱渡り”で突破することになります。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月 1日 (木)

石井輝男監督のこと

石井輝男さんが亡くなったというニュースは、新聞の訃報欄で知った。

つまり、誰からも知らせはなかったということだ。

まあ、一本も仕事はしていないのだから当然と言えば当然なのだが、新東宝時代から監督の作品を観続けてきた身としては、うたた荒寥の感慨ひとしおだった。

その石井さんの演出現場を、一度だけ見たことがある。

もうずいぶん昔のことになるが、高倉健さんが主演した『大脱獄』という東映映画の、真冬の北海道ロケ──。札幌郊外層雲峡の、山あいをさらに奥深く入った豪雪の高原で、その撮影は行われていた。

網走の刑務所を脱走した室田日出男さんが、吹き荒れる吹雪とあまりの寒さに発狂し、全裸になって雪原で息絶えるというシーン。

零下十度はゆうに超える極寒のなかで、室田さんは一糸まとわぬ裸になり、「ヨーイ、ハイ」の掛け声につれて、何のためらいもなく雪の上に倒れ伏した。

ちょうど角度が合ったのか、私が立っている位置からは、その室田さんの股間にあるものが、微妙な色合いで覗いている。

監督というのは非情なことをさせるもんだなと、寒さに震えながら見ている私の前で、石井さんは「OK」の一言をかけると、すかさず駆け寄った。

「アリガトウ、室ちゃん!」

一声叫んだ監督自らの手で、ねぎらいの毛布をかけられた室田さんの、何でもないことだという顔が、今でも鮮明に記憶に残っている。

そうか、この監督はこんな風に役者に気を遣いながら、あの『スーパージャイアンツ』や『網走番外地』のシリーズを撮ってきたのか。

そんな風に感動しながら、ベテラン監督の人心掌握術を学んだのであった。

その私を気遣う健さんが、このとき寒さしのぎのカイロをプレゼントしてくれて、舞い上がったエピソードもあるのだが、それはまた別の話として……。(~_~;)

そう言えば、石井さんに関しては先輩ライターから聞いた次のような逸話もあった。

その先輩が書いた第一稿を、目の前でじっくりと読み終わった監督、「面白い!」と熱狂を面にして叫んだ。

「特にこのラストが面白い。最高です。そこで提案なんですが、このラストシーンを一番頭に持って来れませんか」

「え?」と返す先輩ライターに、石井さんはシレッとした顔でこうのたまった。

「一番面白いところをファーストシーンに持ってくれば、あとの展開は必然的に、さらに面白くならざるを得ない。そうしましょうよ、××さん」

それって……ほとんど全否定ってことじゃないか。ムッと語る先輩の言葉に大笑いしたが、それもまた石井さん一流のスタッフ掌握術だったのか。

そんな石井監督の、後期の作品でもっとも印象に残っているのは、つげ義春さん原作の二本、『ゲンセンカン主人』と『ねじ式』である。

この二作品では、当HPでもおなじみの水木薫さん、つぐみちゃんの二人がそれぞれ忘れがたい強烈な演技を披露していた。

別に二人が大胆なヌードになっていたからという意味ではなく(^_^X)、魂が乗り移ったような“女”の演技を見て、私は↑の室田さんのエピソードを思い出した。

新東宝時代からすでに萌芽の見えていた、デカダン風(?)ディレッタンティズムが、あんな形で後年に実を結んだのを観たとき、「いつでも撮る どこでも撮る 何でも撮る」を標榜してしぶとく生き抜いてきた職人監督の、奥底に宿る不敵な活動屋魂を見せつけられた気がして、何故だか私は無性に嬉しかった──。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年8月31日 (水)

三輪ひとみさんの寄稿

tuguhito三輪ひとみさんは、『直子センセ……』で難病ギランバレー症候群に罹る少女を演じてくれた、三輪明日美ちゃんのお姉さんだ。

明日美ちゃんは今や一児の母で、あの頃の高校生の面影などほとんどないが、この稿はそんな彼女の姉であり、同じ女優でもあるひとみさんが、親友“つぐみ”ちゃんのことなどもまじえて語ってくれたものを、例によって“備忘録”風に再録したものです。φ(.. )

------------------------------------------------------------

『そうですね、つぐみの事とアスミの事を』

はじめましての方もいらっしゃるかと思いますのでまず自己紹介から、

三輪ひとみです。

「直子センセ」でさやかこと三輪明日美の姉&つぐみと「サイバー美少女テロメア」で共演なんかした者です。

あすみの成長期・・・・・

S57.3.12真っ赤赤なおサルさんとして誕生。

姉ひとみが幼稚園に行って居る間お昼ね。迎えに行く時間になると一緒にお迎え。(この時必ずひとみは一日2粒もらえる肝油ドロップを一つあげる)このために来ていたのだろうか??

・・・・あすみ幼稚園に入学・・・・

毎日毎日幼稚園バスに乗り込む時におお泣き。でも、幼稚園では皆に可愛がられていたらしい・・・。

帰ってくるとその日あった事を分けのわからないあすみ’S用語で一生懸命家族に話す。(この時ひとみは通訳)

小さい頃からおしゃべりだった明日美は、買い物などに行くと必ず居なくなって大騒ぎ!

どこに居るのかと思えばその辺に居るおばチャン達と仲良く立ち話。(私の記憶によると、たいがい明日美が一方的にあっちゃんね、あっちゃんね!とこれまたあすみ’S用語で喋りかけていた)

ひとみ小学校2年生ぐらいのある日の出来事・・・

ひとみ友達のお誕生日会にお呼ばれする。

明日美がお昼寝をしている時を見計らって、

ひとみ「(母に)プレゼント代500円ちょうだい!!」

お金を受け取り、そっとでかけようとすると・・・

あすみ「おねーチャンどこいくの?あすもいくー」

母「ヒトは今日は一人で呼ばれてるの、だからあっちゃんはお留守番ね」

あすみ「ヤダーーーーーーー!!(おお泣き・・・)」

なんだかかわいそうに思ったひとみは友達に電話、

ひとみ「今日ね妹もつれていっていい?」

そして仲良く二人でお誕生会に行きました・・・。

(この頃から私は親にお前はアスを甘やかし過ぎ!と怒られていた・・・。が、友達に妹かわいいね~。といわれるのが大好きだった・・・)

あすみも小学校に入学、相変わらずクラスでは皆に可愛がられていた。

先生の話ではテストの時などできない時は「あっちゃんできなーい。わかんなーい」といって皆に教えてもらっていたらしい。

2年生ぐらいまでは字もうまく書けなくて、暗号のような文字を書いていた・・・。

喋る言葉も思っている事を言葉にするのが苦手というか、言葉を知らないため通訳がまだ必要だった。

ひとみが中学2年生の頃反抗期だったようであすみはいつも泣かされていた。(でもあすみはずる賢いので、自分が悪い事をしても親に怒られそうになると私のせいにして嘘涙を流していた)

あすみ中学3年生頃

やっと他人に頼らずに自分から積極的に行動するようになってきた。

この頃、私達はエキストラの事務所に入ったのです。

負けん気が物凄く強くなって、お姉ちゃんができるなら私にもできる!!と言い出したのはこの頃から・・・あまり喧嘩も、しなくなったしネ・・・・

あすみ高校入学~

思えばこの頃に私とつぐみは出会ったんですね・・・~

高校に入ったぐらいから、あまり明日美に干渉しすぎないように接するようにしていた。

明日美の方から相談事や話したい事等があった時だけ・・・じっくり話していた。

どう接していいか解らないというのもあったし、わたしは私で自分の事で精一杯だった。

明日美は一つの作品をやるたびに目にみえて成長している。

特に、ラブ&ポップと「直子センセ・・」が凄かった。どちらの作品も役柄的には難しく、凄く重要な役だった。

同じ仕事をしている私にとっては、物凄くうらやましく、自分でもやってみたい役だった。

つい最近まで頭が真っ白状態だった妹は、色々な人に出会うたび多くの事を学び、どんどん成長していく・・・嬉しくもあり少しの恐怖が心に広がる。

~つぐみ~

皆さん、ご存知の方もいらしゃるかと思いますが、私三輪ひとみとつぐみはある番組で一緒に出演していました。

つぐみはホントに素敵な感性を持っていて、人一倍負けず嫌い!!(これはアスより上)はじめてみた時にびっくりしました、かわいくて!!

あんなにいいものばかり持っていて、なのにマイナス思考なんですよ!!

観ていて飽きないですよ。ホントに・・・良く泣くし・・・(アスに似てますよね)

三輪姉妹の過去とつぐみの人物ばらしでした。

長くなりましたが、これからも3人ともども応援よろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月30日 (火)

水木薫さんの寄稿#2

sinsatu2『デジタル放送のドラマ? なんじゃそれ?』

デジタル? あっ 新しく買ったテレビ・デジタル放送対応って・・・

マネージャー「・・・例えば8時からドラが始まって、それ見てて、8時15分まできた段階で、゛さぁ皆さんどうしますか?゛って 選択肢が3通りあって、視聴者が選ぶんです。」

主人公の気持ちで選ぶ? リモコンかなんか・・ボタンがあるの?

2通りの選択肢の結末、両方見せるドラマは色々あったよね。

「世にも奇妙な~」の枠でも。

あと映画の「スライディング・ドア」なんて最近の、その種だし。

マネージャー「そうなんですけど、そうじゃなくて、8時15分からは選んだ方向へ進むんです。」

同じ番組見てても そこからわかれるの? ゲームソフトみたいに?

しかも3通り? アルファチャンネルとベータちゃん?

ふぅーん 30分見たら また選択するって、選ばないとどうなるの?

****              ****           ****

私はとても電気屋さんが・・・それはもう本屋と同じくらい大好きで、よく大型店をウロウロしている。

で、普通のオバちゃんよりは AVに馴染んでるつもりだが、うーん 今後どうなっていくのか 見当がつかない。

・・・・・・詳しい人、色々聞かせてほしいです。・・・・・

****              ****           ****

マネージャー「・・・だから8時15分以降は 3通り撮るんです。3通り分かかってる役なんで・・・」

えっ? ねぇ台本何冊あるの? 3冊!

それで何本分・・・ (・・・のギャラ?って一瞬聞きたかったが、まだ20代の夢多きマネージャー相手にぐっとこらえて・・・)

おもしろそうだね。 よくわかんないけど。

それ 出来てもまだ見られないよね。

じゃあ 作品が完成したらテープくれるの?

あっ テープじゃないのか?

お皿かぁ?

マネージャー「実は私、呼ばれて話を聞きに行った時、 ゛おもしろそうですね゛って言ってしまったので水木さんが おもしろそうって 乗ると なんか ホッ。」

だってそれは 「未知との遭遇」に他ならないわけで・・・・

ところで どうやって撮るの?  全く同じ?

あぁー変わらないの・・・・

某月某日 朝7時 渋谷パンテオン出発。

なぁんだ、苦手な早起きが変わるわけじゃなし。

マネージャー「すいません。 ロケ、現場行かれないんで、よろしく・・・」

はぁーい。

うーん 時代は確実に動いているようだが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月29日 (月)

水木薫さんの寄稿#1

kyo1 水木薫さんは、『直子センセの診察日記』でベテラン看護師の教子さんを演じてくれた。

仕事をするのはその時が初めてだったが、ずっとそれ以前から知っていた演技派の女優さんである。

今回はその水木さん(最近は日曜朝の『遠くへ行きたい』によく出演)が、私のHPに寄稿してくれたコラムの、第一弾(備忘録風)再録です。

-------------------------------------------------------

『将来の夢・・・だと? そんなもん・・・・』

高校を卒業する時の希望は、゛遊び人゛になる事だった。

作文にも書いてる。

゛遊び人゛と言っても、それがいたって ま・と・も。

基本的には、「自分に経済力があること」が 絶対条件。

そもそも、それこそが、[自由の基] だと考えていた。

手に職があつて、なるべく短時間で割のいいバイトをして、多くの自由を得ようと・・・

馬鹿みたいかな?

でもさ、プラダのバックが欲しいから風俗とか援交に走る、今主流(?)の短絡的な馬鹿ねえちゃんとは、馬鹿は馬鹿でも大馬鹿違いョ。

だつて手に職なんて言う律儀さ。 努力は惜しまぬ馬鹿だもん。

ちょっとは 憎めない気がする・・・よね。

実はね、その原点には、

「年齢、体力故に現役引退を余儀なくされる仕事はよしなさい。」

という 親の方針みたいなのがあってね。

例えば、バレリーナでなく、ピアニストが良いとかね、そう言う考え。

(単純ですよね、まぁ個人的見解ですから。)

で 私はその応用で、゛風俗でなく 手に職゛って発想になるわけ。

ちょっと脱線。

なんかババァになってから自慢するみたいな感じって嫌だけど、

「君はこんな所で働いてるなんて、勿体無過ぎる、もっと真剣に仕事を選んだ方がいい。」って言われた事あるの。

私、高三の春で、横浜駅の地下街にあった大きなスーパーでレジのバイトしてた時、その裏の繁華街のソープ(当時はトルコ風呂という)の店長が、来るたびに、かなり執拗に私にそう のたまっていった。

まわりのパートのおばちゃんたちは、

゛よしなさいよ、゛ とか よってたかって。

もちろん私は、

゛一生出来ないこと、体の限界でやめなきゃいけない仕事はやらない方針の家なんです。 だから誘われても・・・。゛

って言ったけど。

ちなみに 親は絵描きだったから、年齢・体力での引退はない。

ところで普通、将来の夢とか希望って、職業を言うでしょ。

小さい頃は私も、ピアニストとか作家とか通訳とかありましたね、人並みに。それが生活体系にまとまってから後はあっと光陰矢の如し。(洒落じゃないわよ)

そう思うと、将来の希望 なんて 今かないっぱなしじゃんね。

私の゛遊び人゛なんてつまり、

好きなだけ映画を観たり、本読んだり、体鍛えたり、何か教わったり、絵や音楽・・・

学生みたいに、興味本位の時間が持てればOKなのよ。

役者って言う事が手に職とは思ってなかったから、翻訳とか家庭教師とかずっとやってる時期があって、大変なこともあったけど、今はほとんど仕事しかしてないし・・・・

もちろん 希望と言ったら「直子センセ」みたいな素敵な作品と出会いたいと・・・

それはそれは 常に思ってます。

出会ってる最中の私は ゛遊び人゛とは また 違う人。

愛せる作品は゛過酷な旅゛に出てるみたいな、それはまた別の充実だから。

それは 精一杯その旅を満喫してね、帰った後、゛遊び人゛に戻るわけよ。

これこそが、至福の時。

なんとなくわかってくれたりするよね、そういうの。

「直子センセ」のファンならきっと・・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月28日 (日)

大寳智子さんの寄稿#3

ame台風も去ったことですので、 『雨あがる』という映画について。(笑)

----------------------------------------------------

元々時代劇とはあまり縁がない私ですし、しかも十年ぶりくらいでしたから、最初の、カツラ合わせなんて、それだけでもおかしいくらい緊張してしまいまして。

でも準備万端な組な訳です、小泉(堯史監督)組は。

助監督さんが私の役作りの為に必要な本を用意しておいて下さっていたり、本番までにカメラテストだってリハーサルだって沢山機会がありますし。

衣装だって生活感がでるようにどんどん汚れていって。

自分でも調べ物したり、映画を観たり、参考になりそうなことなら何でもしましたし、ね。

そういう過程があるから、(突然ですがここでかいつまんで私の役柄設定の説明をしておきましょう。寺尾聡さん扮する三沢伊兵衛さんが宮崎美子さん扮する奥方と共に長雨で足止めを食って逗留している安宿に、訳あって同じく父親と逗留している百姓女です。ちなみに子持ち、です)そのうち日本髪の着物姿でその宿にいる方が、本当のように思えて、居心地良くなってきたりするんですよ。

現場に行って頭にカツラを乗せて衣装に着替える、というより、その行為は逆にどんどん元の自分に戻るような錯覚を起こすんです。

不思議ですよね。

ただそれだけ準備に時間や手間をかけても、カメラが回りだすと早いんですよねぇ。

和やかな楽しいムードの中、分量的にまとめて撮れてしまうということもありましたが、撮影自体は皮肉にも、あっという間に終わってしまいました。

そうなると、翌日も間違えて現場に行っちゃいそうな勢いでしたから(笑)寂しくて寂しくて。

黒澤明監督も仰っていました。

「見終って、晴々とした気持ちになる様な作品にすること」

実感していただけると思います。

スカパーなんかで時々やってます。機会があったら、是非ご覧下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月26日 (金)

大寳智子さんの寄稿#2

『正(まさ)・・か???』

私の夢には、行ったこともない場所や、会ったことがない人が出て来たりする。

正夢という存在を知ってはいたものの、初めて経験したのは、20歳を過ぎてからのことだった。

最初は朝起きて、すぐ忘れてしまうくらい短いものだったりしたので、その場になって、腑に落ちるようなことが多かった。

これまでで 一番印象的だった夢がある。

私は、川を見下ろして、土手に座っている。

暮れていく向こう岸を眺めながら、やっと暑かった一日が終わろうとしていると、ホッとしながら。

右手の川の側に、20人位の人の群れ。その中の何人かを見分けながら、今度は自分の背中に気配を感じて振り返る、と。そこには、

「あげちゃったからなくなっちゃった」

と笑いながら、しゃがみこむ仕事仲間の姿が。

なにを、と聞き返そうとしたその時、目が覚めてしまった。

ふとんの上に手をついて考え込んでも、わからない。

頭を抱えてのたうちまわっても わからない。

ここは、本人に聞いてみようと、仕事仲間にTELしてみたところで、「そんなこと、私が知る訳ない」との冷たい、ごもっともなお返事。

謎は解けないまま、時は過ぎ、そのうち、そんな夢をみたことすら、忘れていった。

その日は、フェーン現象とやらの影響で、木陰ですら、暑さから逃れられないような酷い暑さだった。

そうはいっても、それが何の言い訳になる訳でもない。

服を着たまま、シャワーを浴びたような姿になりながら、一つ一つ、こなして行った。

気が付けば、朝から、その川の側にいたのである。

いよいよ、日が傾いて来、ほんの少し、気休め程度の風も出てきて・・そう、とうとうその時が来たのである。

喉が乾いた私は、仕事仲間に冷たい飲み物を頼み、川を見下ろして草むらの上に腰をおろした。向こう岸は、夕日が一面を染め、美しい景色になっていた。

右手の川の側。ひとりも暑さにやられて、倒れるようなことがなくてよかったと、撮影隊を眺める私が思っていると、背中に気配が。

はやる気持ちを抑えて振り返ると、マネージャーが座りながら、あの言葉を。

「あげちゃったから、なくなっちゃった」

「なにをっ」勢い込む私。

「あなたに麦茶を持ってきたんだけど、途中で、お散歩中の犬に逢っちゃって。ハァハァ暑そうだったから、飲む?てさしだしたら、全部飲まれちゃった」

・・そうかぁああぁああぁ。

一日の暑さも疲れもフッとんだ一言であった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年8月24日 (水)

大寳智子さんの寄稿#1

naoko直子センセの診察日記』は、初めて昼帯というものを書いた、思い出深いドラマである。

その後作られた『Dr.コトー診療所』や『女医優・青空クリニック』などに先駆ける、クォリティの高いドラマだったと、今でも(一部の)人々に好意的な評価と、色あせない記憶を残しているのが有り難い。

以下は、そのヒロイン直子センセを演じた女優、大寶智子さんが以前私のHPに寄せてくれたコラムを、『備忘録』の名を借りて再録するものである。(^^ゞ

-----------------------------------------------------

『直子センセ』と私・・・

私にとって、初めて経験することが多い現場でしてね。

ON AIRを観る度、とても懐かしい気持ちになって、といえば、どれだけ集中して撮影にのぞんでいたかが、おわかりいただけるでしょうか。

その真剣さは私にかぎらずで、例えば台本がくると、覚えようと思っても泣いちゃって、仕事にならないとか、こんなにひとりひとり愛情をもって描かれているのがすごい、とか皆さんと話したものです。

そういう話が出来る現場、少ないかもしれないですね。

だからおのずと走りきれたのではと、思います。

個人的には、こんなに多くの可能性を秘めた女性を演じる機会を与えていただいたことが、大きな原動力だったと、思います。

直子センセはその人らしく、のびのび情熱的に生きてる人 とのイメージを持ちました。

だから私も、恐れずいける所までいこうと勝手に心を決めまして。

でもそういえば、「あのぅ、とりあえず、ヒロインなんで・・・」

なんてお言葉を受けたことも、たまに、ありましたねぇ。

内容の濃い台本、そして現場でしたから、そこまで、気が回らなかったかもしれない。

時間との闘い、でも実は、自分の力との闘いでしたから。

そんな中、無限に広がるバイタリティーを持つ直子センセは、私にとって、強力なリーダーみたいな存在でした。

違和感感じることって、一度もなかったですもの。当然そんなセンセを受け入れて下さった、現場の皆さんなしでは、語れないことですけど。

よるとさわると、誰々がいいこと言う、とか、自分はこの台詞が気に入ってるとか、あいつはうるさいとか、賑やかなの。

大家族みたいで、それは面白かった。

私も羨ましかった、シーンとか、台詞、沢山ありますけど、特に、と言われたら・・え? 言わないからいいって? あぁ、そう・・ナンチャッテ。

お父さんとさやかちゃんの浜辺でのシーン。

告知した翌日で、彼女が自分も子供を虐待するようになるのか、不安がるくだりがありましたね。そこでお父さんが言った言葉。

直子センセのお父さんが大丈夫だと太鼓判を押したんだ。

だから、私は何があっても大丈夫なんだって。

いいな、忘れるんじゃないぞ。約束だぞ。

状況がどうあれ、関係がどうあれ、こういう気持ちを人につなげられる人が沢山いたら、本当に、豊かなんじゃないかと。

・・普通は言う機会がないだけの話かもしれないけど。

随分長々書いてきてしまいました。

最後に、私にとっての、この素敵な大仕事は、知らない自分にも逢わせてくれた、大きな大きな経験でした──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月22日 (月)

まぼろしの企画#3(7)

谷村、栗原、斉藤(と、葉山)の四人は高揚して、夜更けの京都の街に繰り出す。心地良い風が酔いにほてった顔を撫でて行く。

と、通りかかった酔っぱらい集団が、葉山の骨壺を見て心ない一言をかけて行く。次の瞬間、三人は誰が言うともなくその集団に飛びかかっていった。

あの不完全燃焼に終わった青春が、誰の脳裏にも浮かんでいた。彼らは無意識のうちに、あの時の自分たちに落とし前をつけようとしていた。

結果は──惨敗だった。しかし、賀茂川の川べりに傷ついた身体を横たえながら、男たちの心は不思議に爽やかだった。

「栗原、お前借金抱えてるくせに、ベンツなんかに乗ってるんじゃねえよ」

「谷村に言われなくても、明日売り飛ばすつもりだったさ。俺は本気で会社を立て直すことに決めたんだ」

「俺を会計係に雇えよ」「いいのか斉藤、こんなヘボ社長でも」

「ヘボはお互いさまだ。俺もいつまでも婿養子だ愛人だじゃないからな」

「別れるのか、麻美って女と」

「馬鹿野郎、向こうが別れるって言ってきたんだ。文句あるか」

男たちの笑い声は、いつまでも収まる様子がなかった。

京都駅に谷村と栗原の姿がある。「斉藤はどこに行ったんだ」「寄り道があるから、先に行ってくれって言ってたけど」二人が階段を振り返ったとき、斉藤(と、葉山)に導かれた秀子とめぐみが、前触れもなく見送りに現れる。

シャイな斉藤(と、葉山)の、せめてもの思いやりだった。──と、秀子が谷村のさげているパソコンに気づいて顔色を変える。

この人が、あの風間裕介だったのか!

谷村の心の恋人、沢田麗とはこの山岡秀子のことだった。

秀子もまたあの日、三高の開業医と名乗る男を一目見たさに、ホテルのロビーをうろついていたのだった。29才、元ミス・キャンパスの社長秘書沢田麗の正体は、35才のハイミスOL、老いた父親と二人暮らしの秀子だったのだ。

二人はお互いの正体に、思わず腹を抱えて大笑いする。

一方のめぐみは嬉しさに表情を崩す栗原に歩み寄ると、屈託のない笑顔でこう言った。

「来年、修学旅行で東京に行くんやけど。その時、パパの家に泊めてくれへんやろか」

次の瞬間、栗原が柱にもたれながら、人目もはばからずにオイオイと泣いたことは言うまでもない。

谷村の母親のふさ子は、新幹線の中からかかって来た息子の電話を、涙をたたえながら聞いていた。

「お袋、俺結婚するかもしれねえぞ。そうなったら、今までみたいに面倒見てやれねえからな」ぶっきらぼうだが、母親に対する思いにあふれている口調が、痛いほどしみた。

普段は口うるさいふさ子だったが、そんな母親の面倒を一人で背負ってくれる谷村に、心の底ではすまないと思っていた。

早くいい嫁が見つかってくれればいいとも、願っていた。それが谷村自身の口から結婚という言葉が出てきた。

ふさ子は息子の好物でも作って待っていてやるかと、いそいそと台所へ立っていく。

そしてもう一人、葉山もまた再出発に向けて、心を新たにしていた。

「僕にはこんなに素晴らしい思い出を残してくれた、かけがえのない仲間たちがいる。僕は皆んなのおかげで、成仏できるんだ」

葉山の霊は旧友たちのこれからを見届けたように、何の憂いもない表情でひたすら上空へ向かって消えていった──。

この稿終わり。(不人気でしたが、読んでくれた方々には大感謝。m(_ _)m)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年8月21日 (日)

大寳智子さんのこと#2

top文化庁文化部長というピカピカのキャリアにして、日本映画の熱狂的なファン&評論家という肩書を持つ、畏友寺脇研氏。

ここ35年間の日本映画なら、一本残らず観ていると豪語する邦画フリークが、“大寳智子さん”の出演映画に則して、縦横無尽に語ってくれた寄稿の第1弾再録です。

【映画の中の大寳智子さん・その1】

映画の評論を書いているというと、「じゃあ、あの映画は……」と話しかけられるその99.9%は洋画であって「いや、その映画はちょっと……」と口ごもってしまい、この人ホントにそうなの? と疑られてしまう。

悪かったなあ、こっちは日本映画しか観ないんだ。

そのかわりここ三十年間の邦画のことなら何でも知ってるんだぜィ、と啖呵のひとつも切りたいところだが、まあそこは穏便にふるまってしまうんですね。

というわけで、大寳智子さんの出演した映画はもちろん全部観ている。

『オクトパス・アーミー シブヤで会いたい』だの『人間交差点・雨』だの、大寳ファンでも相当ディープな人でないと劇場封切り時には観ていそうもない作品だって、それが日本映画である以上、ちゃんと押さえている。

で、その立場から映画の中の彼女をどう見てきたか、これから何回かにわたって述べてみよう。

そうそう、映画評論家というと試写室でふんぞり返っていると思われがちだが、わたしの場合そうではない。

昼間別の仕事をしているせい(業界用試写は午後の時間帯)もあるが、何より映画館で映画を観るのが好きだからである。

したがって劇場公開の順序で接するから、女優大寳智子さんとスクリーン上で初めて出会ったのは、デビュー作『1999年の夏休み』(88年3月26日公開)より先に封切られた『ロックよ、静かに流れよ』(同年2月20日公開)なのである。

ロックバンドを組む高校生四人組のうち、事故で不慮の死を遂げる少年と淡い恋心を通わす少女の役であり、たいして多くない出番なのだが、短いけれど印象的な場面で強烈な第一印象を与えてくれた。

レコード店での万引き疑惑騒ぎで知り合った二人が互いに素朴な好意を抱きつつ見つめ合う。しばしの沈黙。

と、次の瞬間少年は唐突に言う。

「お前さあ……」続く言葉を「?」と待つところへ、「耳、でかいな」

虚をつかれると同時にぶっきらぼうな親愛の情を感じた少女が思わず微笑むところへ、
「ダンボ!」とからかう。

「何よ、サル!」と彼女が応じて、二人の間にはっきりとした気持ちが通じ合う。

ささやかだが、すてきなラブシーンだと思った。

然り。大寳智子さんの耳はチャーミングで大きい。

「ダンボ!」と呼ばれた新人女優のういういしさを、わたしはこのシーンによってしかと心に留めたのである──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月20日 (土)

まぼろしの企画#3(6)

宿に入った谷村に、またも定期便のふさ子からの電話が入ってくる。「お前みたいな貧乏息子にも、ダイレクトメールってやつが来るんだねえ」いつものイヤミが始まる。

「別荘のパンフレットが入ってたよ。別荘どころか、甲斐性なしの息子は家も建てられないでいるのにさ」たちまちいつもの大喧嘩が始まる。「勝手に人の手紙を開けるんじゃねえ」と怒鳴って、谷村は電話を切る。

次の瞬間、葉山が「ダイレクトメールだ!」と叫んでいた。と、呼応したように栗原と斉藤が同じ言葉を叫んでいる。

「もし由紀子が日本に帰ってきてるんなら、ダイレクトメールの会社が見逃すわけがない」「そうだよ。お前みたいな安月給のやつのところにも、DMが届く時代だ」四人は最後の頼みの綱のように、全国のダイレクトメールのリストに侵入していくのだった。

パソコンのディスプレーに、『塚原由紀子』という名前が浮かび上がっていた。名古屋の『太平殿』という結婚式場の、オーナーとして──。

ベンツで名古屋に急行した四人は、その結婚式場で、名古屋流のバカバカしいまでの華美な式典を、むきだしの尾張弁で指図する由紀子の姿に息を呑む。

そこには、彼らが覚えている病弱そうな美少女の面影はひとかけらもなく、たくましい女経営者の姿があるだけだった。

葉山たちは、そんな由紀子の姿に眩いような感動を覚える。あんなに可憐だった由紀子が、自分たちをはるかに凌いで一番したたかに生きている。葉山は生きている頃には考えもしなかったような高笑いで、そこら中を嬉しさで飛びはねている。

由紀子は覚えていた。葉山のことはもちろん、谷村も栗原も斉藤のことも。そして20年前、朽ちた教室で交わしたあの約束のことも。

由紀子は今まで随分探したという四人に、懐かしそうに微笑む。「変でしょう。離婚した私が、今は女の幸せを演出してるなんて」言った途端に今度は、愉快そうな豪傑笑いが出た。つられたように、谷村がおどける。

「今から京都に引き返して、修学旅行の最終日を五人で楽しもうや」斉藤が間髪を入れず続ける。「おお、夜は祇園で芸者総挙げで、パーッと派手に打ち上げだ」「それで葉山も成仏してくれるぜ。それぐらいの金は東京に帰ればあるよな」と栗原に同意を求めたとき、突然、栗原がガバッと土下座する。

「すまん。あの金は会社の借金の返済に使い果たしてしまったんだ」谷村、斉藤、唖然と声もない。「このヤロー!」と、由紀子が「祇園なら顔の利く所があるから、私に任せてよ」と、高らかに宣言している。

京都、修学旅行リターンマッチの最終日。

二条城、清水寺、平安神宮、金閣、銀閣、そして映画村……。

葉山の残したスケジュール表通りに史跡をめぐるうちに、誰の心にも20年前の童心がよみがえっていた。底抜けの笑顔で戯れる谷村、栗原、斉藤、由紀子の回りには、自由そのものを得た葉山の亡霊が、ふわふわと気持ちよさそうに浮かんでいる。

その夜、祇園の一流のお茶屋で、打ち上げのドンチャン騒ぎが繰り広げられる。由紀子、谷村、栗原、斉藤、そしてもちろん葉山も、生まれて(?)初めて踊るカッポレに熱中して笑いを弾けさせている。

その上、同じ席には何と大阪のソープランドで出会った梓嬢もいる。梓はアルバイトで祇園の舞妓をやっていて、偶然この席に呼ばれたのだ。「ソープのことは、内緒にしといてね」その梓が、またしても葉山の姿が見えると声を上げる。

今はもう、誰もその言葉に違和感を感じる者はいない。「葉山、お前ずっと俺たちと一緒に旅して来たんだよな」──。

と、由紀子がその葉山がいるという場所に向かって、突然しんみりと語り始める。

「あなたが私のことを好きでいてくれたのは知ってたわ……それを知っていながら相談相手があなたしかいなくて……それがどれだけあなたの心を傷つけたか……たった半年で離婚することになった時、あんなに骨を折ってくれたあなたには、とてもそんなこと言えなかった……私、意識して自分の生き方を変えようと思った、今まで随分無理をして来たような気がするわ……あなたがずっと独身でいたなんて……ごめんなさいなんてとても言えないけど……でも、やっぱりごめんなさい」

次の瞬間、梓がアッと声を上げる。葉山の声が聞こえたのだ。「いいんだ……僕は、君が元気そうな姿でいてくれただけで、それだけで成仏できる」その場にいる全員が、何か厳粛な、そして限りなく静謐な気持ちにとらわれて、目を潤ませている。

以下(7@最終回)に続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月18日 (木)

まぼろしの企画#3(5)

泣きわめく麻美を何とかなだめることに成功して、斉藤は安堵の吐息をもらす。

「愛してるのよ」さめざめと肩を震わせる麻美が愛しくて、吸い寄せられるように唇を合わせていた。奥さんと私とどっちが好きかなんて、優柔不断の俺には決められないよ。

法隆寺、奈良公園、東大寺……。予定のスケジュールもそこそこに、三人は本格的な由紀子探しに乗り出す。

手始めは、由紀子の実家のあった区役所の住民票調べだった。俺は戸籍係なんだから守秘義務があるんだと、栗原や斉藤の提案をかたくなに拒む谷村。

その傍らで、葉山が必死に頼み込む。「僕の一生の……と言ってももう死んでるんだけど。とにかく頼むよ」

三人は、この数日間を通じて、何か葉山がずっと一緒に旅をしているような奇妙な感覚にとらわれ始めている。「なあ、葉山も頼んでる気がするだろう」谷村は仕方なく、都内の区役所の住民票リストを係長特権を使って検索する。

だが、由紀子の住民票は十数年前に転出届けが出されたまま、抹消されていた。

栗原と斉藤がこれだけ探して見つからないということは、そういう性格の場所、つまり刑務所の中にいるとか、尼さんになっているとかしか考えられないと言い張る。

「谷村のパソコンで、そういう所のリストを調べられないのか」「彼女がそんな所にいるわけないだろう」気色ばむ葉山をよそに、尼さんのリストはともかくと、三人はパソコンで全国の受刑者リストにハッカー侵入していく。

そこに、安達由紀子の名があった!  色めきたつ三人。茫然となる葉山。しかしそのプロフィールは、68才、罪名は殺人──。

明らかに人違いだった。これでまた、ひとつ手がかりが消えた。

その時、谷村の元に定期便のふさ子からの電話が入ってくる。

谷村はいつもの喧嘩ごしの母親の声をかきわけて、「安達由紀子という女の実家の跡に行って、近所の連中に彼女がその後どうしてるか知らないか聞いてみてくれ」と、怒鳴っていた。「その女、誰なんだい」

相変わらず口うるさいふさ子に面倒になった谷村は、俺の昔の女だよと怒鳴って通話を切る。電話の向こうでは、ふさ子がもどかしく家を飛び出していた。

夜になってふさ子から重大な情報がもたらされる。由紀子の実家のあった場所には、今はマンションが建っていた。当時を知る近所の人を探しあてたふさ子は、十数年前、家屋敷を手放した由紀子の母親が、その直後に再婚したらしいことを知る。

名前までは知らないが、由紀子も恐らく姓が変わっているだろうと。

そして、土地を処分した金を分与された由紀子は再び東京を離れ、コンパニオンとして京都に行ったらしい、と……。

渋る麻美をなだめて東京に帰した斉藤以下四人は、さっそく京都へ向かう。いつの間にか、修学旅行の目的は消し飛んで、コンパニオン会社を手分けして、聞き込みすることに熱中している。

栗原と葉山は何軒目かに訪ねたビルで、ついに由紀子らしい女が勤めていた会社を探り出すことに成功する。谷村、斉藤も集合してきたその会社で、五人は由紀子が塚原と姓を変えていたことを知る。

しかし、十数年前、由紀子をその仕事に誘った本人である社長の口調は冷たかった。「彼女、もうとうに辞めはったんですわ」

元々きわめつけの秀才だった由紀子は、語学にも堪能で、考古学専攻の実績から京都の史跡にも詳しく、国際会議の多い京都にはまさにうってつけの人材だった。

だが、コンパニオンの枠を越えて、通訳兼コーディネーターとして活躍をはじめた由紀子は、京都という閉鎖的な土地のなかで次第に孤立していったようだった。

「優秀すぎて居辛くなったんやろうね。ま、もともと和を乱すお人やったさかい」皮肉っぽく、しかし慇懃無礼に言う社長を、葉山は殴ってやろうかと思うがままならない。骨壺を不気味に揺らして、社長を気味悪がらせるくらいしかない。

またひとつ手がかりが消えたと思ったとき、社長は由紀子と唯一親しかった、佳江(32)という女の名前を口にしていた。

修学旅行生で賑わう琵琶湖の湖畔で、四人は佳江に会って由紀子の消息を尋ねる。葉山たちが佳江から聞いた由紀子のその後は、次のようなものだった。

由紀子はコンパニオン会社に居辛くなったころ、ちょうど国際会議に来ていたユダヤ系のアメリカ人の男と知り合う。由紀子を一目見て気に入ったその男は、由紀子に情熱的にプロポーズする。会社を辞めて、ニューヨークへ一緒に来てくれないかと。

大して心を動かされる文句でもなかったが、離婚の痛手からまだ立ち直っていなかった由紀子には、何よりも孤独が怖かった。この男とやりなおしてみるのもいいかと決意して、思い切ってアメリカに飛んだ。

当地に着いてみると、何と男には妻子がいることが分かった。その上、株式ブローカーをやって穴を空けたというその男は、言葉巧みに由紀子を騙して、多額な借金まで肩代わりさせたのだった。由紀子はその借金を支払い、寂しく男と別れた。

佳江はそこまで話すと、パリから届いたという、由紀子からの最後の手紙を見せる。

そこには、「傷が癒えるまでしばらくヨーロッパを放浪しています、すべてが吹っ切れたら日本に帰るかも知れないけど、そうでなければこのままヨーロッパに留まっているつもりです」──か細い女文字で、そう書かれていた。

京都の町をさまよう四人の間に、深い挫折感がただよっていた。

由紀子の行方をたどる最後の糸が、プッツリと断ち切られたという思いだった。手紙の文面を読んだとき、葉山も谷村も栗原も斉藤も、もう諦めざるを得なかった。自分たちの青春そのものが、音を立てて崩れていくような、奇妙な悲しみに包まれた。

葉山は言葉もなく拳を握りしめ、じっと観光客の群れのなかにたたずんでいる。「チクショー、幽霊でも涙が出てくるのかよ」由紀子のあまりに不幸な人生を知って、その目には悔恨に光るものがあった。

「おい、葉山が泣いてるよ」骨壺からにじむ冷たいものに、三人が息を呑んでいる──。

以下(6)に続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月17日 (水)

大寳智子さんのこと#1

tomoko以下はこのブログの前身、『その後の直子センセの診察日記』というホームページを運営していたときに、主役の直子センセを演じた大寶智子さんのデビュー作、『1999年の夏休み』を演出した金子修介監督に、寄稿してもらった文章の再録です。

------------------------------------------------

【大寳智子さんについてのエッセイ】

僕が大寶智子を初めて見たのは『1999年の夏休み』のオーディションでのことである。

大勢の美少女アイドル予備群のなかでも一際目立って輝いており、彼女を選ぶことに於いては、本当に最初のこの一瞥で決まったと言える。ひと目惚れというやつに近い。

真剣な表情と笑った時の少女らしい清純な美しさとのギャップに、ハートを奪われた。

よっぽど芝居が下手でなければ落とさなかったであろう。だが、芝居もたいへん上手かった。だから確信した。

彼女でいけば映画が成功するだろうと。そして、この確信は僕だけではなく、この作品の関係者に共通する認識だったはずである。

『1999年の夏休み』は女の子に男の子を演じさせよう、という趣向で始まったのだが、僕は初めから女の子が男の子として完全に演じきれる、とは思っていなかったし、これが完璧に男の子に見えてしまっては逆につまらない。

女の子としても魅力的な少女たちが、自分は男の子であると信じて演じるところに不思議なエロティシズムが醸成してくるという作戦があったわけだが、これは出演者に読まれてしまっては不味い。

監督としては「君たちは男の子なんだからね」と言い続けなくてはならず、それに最も真摯に答え続けてくれたのが、大寶であった。

当時、彼女は体型がどんんどん女らしくなっていく時期で、衣装部はその体型を隠すのに苦労していた。

ハッキリ言って、締め上げていたのだ。ごめんね大寶。

4人の出演者のうち、大寶の和彦は、最も少年らしい──「異性的」存在でなければならなかった。

直感的に愛されている実感を表現したかったからだ。

そのため、彼女だけ男性の声に吹き替えている。

他の出演者は自分の声であったり、大人の女性が男性っぽく発声した声で吹き替えたりしている。

自分の声は深津絵里だけだが、彼女の則夫は最も実体を持った存在である必要があった。この物語は、孤独な則夫が遊ぶフィギュアが夏休みに繰り広げたイメージなのかも知れないからである。

もしかすると大寶としては、自分で声も出したかったであろう。

現場では充分、その力を感じさせた。

が、演出の狙いが、存在の実体を描かない、というところにあったことが、彼女の声を使わなかった理由である。

これは、監督としては苦しい決断だった。

彼女を売り出すためには、彼女の総ての魅力を引き出さなくてはいけない。

だが、彼女を売り出す前に自分を売り出そうとしていたのだった。ごめんね大寶。

でも、その後彼女は、日本を代表する巨匠にも見出され、その素質を存分に引き出され、こちらとしても嬉しく、ちょっとは責任が果たせたかな、と思う。

今、大人の大寶智子が、その存在感をぐんぐんと成長させ、12年前のオーディションの時から言っていた「倍賞美津子さんのよなう女優になりたい」という言葉の意味を、体当たりで証明しようとしている。

だが、大寶は大寶、誰にも近くない。2つの世紀をまたにかけた女優として、独自の輝きをいつまでも失わずにいて欲しいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年8月16日 (火)

まぼろしの企画#3(4)

谷村は約束したホテルのロビーで、身を隠すようにして麗らしき女を探していた。

何しろパソコンの中では高身長、高学歴、高収入の開業医で、学会で関西に来ていると大嘘をついている手前、出るに出られないのだ。おまけに名前も風間裕介と偽り、顔もキムタクが老けた感じだなどとホラを吹いている。

だが麗らしき女はなかなか現れない。一目だけでもミス・キャンパスをとキョロキョロしている時、葉山が現れる。「この女の人もフラれたみたいだ。友達になったらどうだい」葉山が傍らに立っている人待ち顔の女を指す。

麗のイメージとは程遠いブスだが、不安げにあたりを見回す表情が意外に可愛い。「どうやらお互いにスッポかされたようですね」谷村は葉山に影響されているとも知らず、気がつくとその女に声をかけていた。

陽子の経営するカフェバーで、栗原と陽子の元夫婦が低い声で話している。斉藤は離れた席で、楽しそうに声を挙げながらめぐみとテレビゲームに興じている。

もう男はこりごりだから再婚はしていないと言う元妻に、栗原は一瞬淡い幻想を抱く。だが、金輪際、娘の前には姿を現さないでくれと、ピシリと釘を刺される。

栗原は昼間から旅行客風の若者たちで賑わう店を、寂しく後にするしかない。それを見送るめぐみの視線が、じっと栗原の後ろ姿に注がれているのを、斉藤は痛いほどに感じている。

谷村はホテルで声をかけた女、山岡秀子(35)と徐々に打ち解けはじめていた。これも同行する葉山の霊力だろうか。

心斎橋、道頓堀、鶴橋のホルモン屋……。谷村はブスではあるが、結構面白い女だなと次第に秀子に好意を抱いてゆく。聞けば、秀子もまだ独身だと言う。

その道すがら、谷村は例の高校生のグループが、ナンパした女の子をめぐって他の高校生たちと喧嘩になっている現場を目撃する。すかさず加勢に入る。

途端にパンチを顎に食らっていた。「このヤロー!」カッとなって単身、相手に殴りかかってゆく。葉山がアタフタと回りをうろつく。「栗原、斉藤、大変だ!」葉山に導かれるように、ベンツで帰りかかった二人があわてて車を降りてくる。

いきりたつ高校生たちを、ようやく引き離したとき、谷村はボロボロに叩きのめされていた。「大丈夫ですか」秀子が半ベソで、介抱の手を差し延べる。「ブスが触るんじゃねえよ!」つい口をついて出た罵声は、栗原と斉藤に対する虚勢だったのか。秀子は愕然と走り去っていく。

20年前の暴走族たちとの喧嘩の際、実は谷村だけはひたすら逃げ回って、怪我をせずにすんでいた。立ち寄った先の呑み屋でベロベロに酔ってクダをまく谷村に、あんな無茶をしたのは、その時の負い目だったのかと三人は悟る。

谷村が、毎度のように酒を呑んでは痛めつけられてきたのは、あの事件の記憶が糸を引いていたのだった。「俺は卑怯な男なんかじゃねえぞ。チクショー、またブスに振られちまったじゃねえか!」葉山はそのすさみを何とか癒してやりたいと願いつつ、何もできない自分を歯痒く思っている。

翌日、一行は栗原のベンツで次の目的地、奈良へと向かう。

葉山が遺書で指定した奈良の旅館には、何と斉藤の愛人麻美が待っていた。驚きあわてる斉藤に、麻美は「全然、連絡が取れないから来ちゃった」と、平然と笑いかける。どうやらマンションで見たスケジュール表を覚えていて、追いかけてきたらしい。逆玉で悠々自適という斉藤の見栄も、そろそろメッキがはがれかけてきたようだ。

その旅館の女将の口から、三人は葉山のその後の側面を知ることになる。

葉山は遺跡の多いこの地域に来る度に、ここの旅館を常宿にしていた。発掘作業から帰ると、いつも部屋に閉じ籠もって研究に没頭していたと言う。特に楽しそうな様子はなかったこと、学者バカだった割には立派な業績も残していないこと、乏しい財産も研究旅行をするうちに使い果たしてしまったらしいこと……。

葉山はそんな風に聞くと、僕の人生は本当に詰まらないものだったんだなと、改めて寂しい思いにとらわれている。

「あいつ、女はいなかったのか」誰ともない問いに、女将が答える。「そう言えばある時、昔好きだった女の方がいたってポツンと。その方と同じ大学に行くために、必死で勉強してようやく二浪で合格したんだよって」「……?」

「その方が考古学を専攻してたから、自分も同じ学科を専攻したんだって。でもせっかく合格したのに、その女の方にはもう好きな男がいたらしくて」「……」

「僕は結局シラノ・ド・ベルジュラックにしかなれなくて、一生懸命二人を応援して一緒にさせてやったんだって。それで僕は、今でも独身なんだよって」

「その女、もしかして!」由紀子のことに間違いなかった。三人は初めて、葉山の遺書に込められた思いに突き当たる。安達由紀子を見つけ出して、積年の思いを伝えないことには、葉山は成仏できないのではないか。葉山は自分の死を予感していたからこそ、由紀子の居場所を探したり、あんな遺書を残したりしたのではないか。

あいつは、人生に思い残していたことに落とし前をつけたかったのだ……。

そんな話に感動したぶん、麻美が斉藤の不実をなじる。カッとなった斉藤は、心とは裏腹の買い言葉を投げつける。三人が前にいるのも忘れて、罵り合いの痴話喧嘩が始まる。麻美は涙を流しながら、表へ飛びだしていく。

斉藤は、あわててその後を追う。「あいつも苦労してるんだな」栗原たちが溜め息交じりに呟いて、葉山も頷いている──。

以下(5)に続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月15日 (月)

まぼろしの企画#3(3)

新幹線の中では、谷村が酒をチビチビとやりながらグチっている。口やかましい母親のこと、そのせいでいつまでも結婚できないでいること、最近はほとんど帰宅拒否症寸前とも言えそうな無為な生活を送っていること。

谷村は日頃自分を抑えている分酒癖が悪く、これまでにも度々暴力事件を起こしては痛めつけられ、自己嫌悪にとらわれる繰り返しの日々だった。

一方の斉藤は、逆玉で毎日遊んでいればいいんだから悠々自適の身だと、こちらはせいいっぱいの見栄を張りつづけている。

大阪に着いた谷村と斉藤を待っていたのは、栗原(と、葉山)だった。栗原は浜名湖から猛スピードでベンツを飛ばしてきて、ようやく間に合ったのだ。

「こっちで大きな仕事が入っててな。先回りして待ってたんだ」懲りずに見栄を張る栗原に、金はちゃんとおろして来たんだろうな、と谷村。「いけねえ、東京に通帳を忘れてきた!」栗原は役者顔負けの演技で、その場をつくろう。

「違うんだ、こいつは……」葉山が、谷村と斉藤に真相を教えようとするが、もちろん二人に聞こえるはずはない。それでも葉山は、何だかんだ言いながらも参加してくれた栗原に心の隅で感謝していた。

こうして一行の修学旅行のスタートが切って落とされた。

四人は、貸し切りタクシーを使って観光する高校生グループについて回る。「バスで回るんじゃないのか」自分たちの時代に比べ、今の修学旅行の様変わりに驚く三人。

大阪城、通天閣、天王寺動物園……。もちろんその間は禁酒、禁煙、一日の小遣いは五千円以内、母校の名前を汚す行為は厳禁と、厳しい規則が一行をしばっている。

昼食に入った食堂で、葉山の骨壺の分まで注文して店員に変な顔をされたり、現役の修学旅行生たちと無理やり一緒に写真を写って迷惑顔をされたりしながらも、一行はそれぞれの旅を楽しもうと張り切っている。

特に葉山は、考古学者としての閉ざされた一生を終えた今、生まれて(?)初めての自由を謳歌する思いで上機嫌だった。

待望の自由時間がやって来る。ここからは、積極的に規則を破る時間だ。一行は昼間知り合った現役高校生たちの後をつけて、街に繰り出す。

煙草を吸ったり酒を呑んだり、ストリップ劇場を覗いたり、果てはソープランドにまで入ったりと、若者たちの予想を超える過激な行動に苦笑しながら、その都度、一緒に移動して行く四人。

そのソープランドで梓と名乗るソープ嬢が「あら、四人さんだったのね」と、奇妙なことを口走る。梓には霊能力があって、葉山の姿が見えるのだ。

葉山は嬉しくなって懸命に語りかける。だが、さすがの梓にも声までは届かない。そんなこととは気づかない谷村たち三人は、命の洗濯、旅の恥はかき捨てとせっせと汗を流している。──だが、その後には奇妙な虚しさだけが残った。20年前、まだ若かった頃の興奮やときめきは、既にどこにもなかった。

それは、旅館に帰って女風呂を覗いたり枕投げをしても同じだった。20年前なら冗談ですませられたことが、今ではそういうわけにもいかない。何をやっても、期待していたほどには楽しめず、すぐに白けてしまう。

やがて話題が由紀子のことに移ったとき、葉山の表情がふと曇ってゆく。

命の灯火が消えて以来、他の連中のことは何でも良く見えるようになった。これが死ぬということなら、そんなに悪くはない。だが、どういうわけか由紀子の行方だけが、さっぱり見えてこないのだ。

半年前、自分がガンだと気づいたとき、葉山は懸命にやり残したことを思い浮かべた。そして、20年間ずっと思いつづけてきた由紀子の存在と、高校時代に旧友たちと交わした修学旅行の約束を思い出したのだった。

しかし由紀子の足取りは、嫁ぎ先の造り酒屋でプツリと途切れていた。これからその先の糸をたぐっていこうとした矢先に、身体が動かなくなってしまったのだった。

翌日、四人はとにかく由紀子の行方の手がかりをつかもうと、嫁ぎ先の灘の造り酒屋に出向く。だが既に再婚している夫と底意地の悪そうな姑は、別れて以来由紀子が何をしているのかも知らないし、行方も分からないとニベもなく四人を追い返しにかかる。

「離婚の原因は、あの姑だな」「あんなマザコン男、由紀子に振られて当然だぜ」四人が憮然と帰りかけたとき、年老いた使用人が後を追ってきた。

婚家で唯一、由紀子の味方だったというその老人は、ずいぶん前に彼女から手紙が来て、離婚したあと東京の実家に戻って編集の仕事をしていると伝えてきたのが、消息を知る最後だったと言う。

そしてその手紙は、半年前に葉山が訪ねてきた時に渡してしまったと。老人の口から、三人は葉山が大学時代、結婚を反対されて落ち込んでいる由紀子のために骨を折ってやり、さっきのフヌケの若社長と一緒にさせてやった経緯を知る。

「僕は、そうしてしまったことを後悔してるんだ。だから、君たちに彼女を……」

帰途、栗原が仕事があるから今日はここで別れると言う。が、一旦別れようとした谷村と斉藤をつかまえて、やっぱりついて来てくれと情けない顔で頼み込む。「じつは昔捨てた娘が、パパに会いたいってうるせえんだ」と、せいいっぱいの見栄を張る。

谷村は、きっぱりとそれを断る。谷村は昨夜のうちに、酔いに任せて例の心のマドンナ、沢田麗にパソコンで呼びかけてデートの約束を取りつけていたのである。

栗原と斉藤は、神戸市内の中学校へ向かう。そこは娘のめぐみが通う学校だった。

やがて、栗原の面影を宿した少女が校門を出てくる。ガラにもなく照れる栗原を、斉藤がソッと押し出す。しかし、10年ぶりに再会した娘の態度は意外なものだった。

「先生、誘拐犯です!」大きな悲鳴を上げながら逃げまどうめぐみに、学校中が大混乱になる。「違う、俺はお前の……!」言いかけたとき、視線の先に別れた妻の陽子がたたずんでいた──。

以下(4)に続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月14日 (日)

まぼろしの企画#3(2)

公務員宿舎に戻った谷村は、母親のふさ子(64)と喧嘩になる。毎度のことだった。

幼いころから母一人子一人で暮らしてきた谷村は、高校卒業と同時に今の区役所に就職し、一筋に地味な人生を生きてきた。低身長、低収入、低学歴の悪条件に加えて、母親との二人暮らしの境遇で、結婚したくてもできない屈折の毎日を送っている。

この日も、葉山への供養の為にも行ってやれと言うふさ子に、谷村は反発する。ふさ子にしてみれば、修学旅行に行けなかった息子に対しての思いがあったし、ヘソクリを小遣いとしても渡したい。しかし、谷村はかたくなに首を縦に振ろうとしない。

その時、谷村の側に降り立ったのは、何と葉山の亡霊(以下、葉山)だった。

葉山は期するものがある様子で、谷村をつつく。「修学旅行は関西なんだぞ。お前の会いたい人がいるじゃないか」もちろん、谷村にもふさ子にも、声が聞こえるどころか姿さえも見えない。しかし葉山の霊力が通じたのか、当時のスケジュール表に目をやった谷村は、ふとある女のことを思い浮かべる。

それは、谷村の唯一の趣味であるパソコン通信の相手で、29才の社長秘書と名乗る大阪在住の女性、沢田麗だった。むろん、谷村は声も聞いたことはない。だが、哀しいくらい女にモテない谷村にとって、165センチの元ミス・キャンパスだという麗の存在は、今や心の恋人と言えるほどになっていた。

そんな時、ふいに谷村を訪ねて栗原がやって来る。会社に帰って考えたんだが、ここはやはり葉山の遺志を酌んで、旅行に連れていってやろうじゃないか、と。栗原は打って変わった態度でそう提案する。

呆気に取られる谷村を尻目に、栗原はついては自分が金融関係に強いので、例の四百万円を有利なように換金しておこうと、葉山の残した通帳をなかば無理やりに奪い取っていく。不安そうな表情の葉山に見送られながら、栗原は他に遺産はないのかと、未練を残しながらその場を去っていった。

修学旅行リターンマッチの出発の日。谷村と斉藤(と、葉山)は東京駅で落ち合う。

斉藤が結局旅行に同行することに決めたのには、理由があった。卒業後、三流大学の商学部に進んだ斉藤は、在学中に知り合った美容院の娘、中原祥代(36)と結婚、逆玉の婿養子になって姓も変わっていた。

だが跡継ぎの男の子が出来てからは、その軽い性格が周囲に疎んじられ、名目上の経理を見るだけの希薄な存在に甘んじていた。

そんな頃、たまたま歯の治療に行った先で看護婦の麻美(23)と知り合い、一年あまりの不倫関係が続いている。最近浮気に気づいた妻から無能よばわりされ、愛人からは離婚を迫られと、うんざりしていたところへ降って湧いた話に、これ幸いとトンズラを決め込んだのだった。

その待ち合わせの場所に、由紀子の姿はない。

卒業生名簿でも消息が分からず、実家も転居していて、心当たりの同窓生に聞いてもようとして行方がつかめないままだった。分かっていることと言えば、大学卒業後すぐ、サークルの先輩の灘の造り酒屋の息子と結婚したが、わずか半年で離婚したらしいということだけだった。

同じ頃、栗原は浜名湖の湖畔にたたずんでいた。

栗原は若くして工務店の青年経営者に収まった、四人のなかでの一番の成功者だった。だが他の連中には内緒にしていたが、このところのバブル経済破綻の影響で、強引な商法のツケが回って、つい一週間前に会社が倒産してしまったのだ。

目の前にぶら下がった葉山の四百万円に食いついた栗原は、とりあえずの金利分として借金先にその金を叩きつけ、この期に及んでもまだ手放せないでいる愛車のベンツを駆って、衝動的に東京を逃げだしてきたのだった。

そうとは知らず、どうせ後から追いかけてくるだろうから、電車代を立て替えて先に行こうやと、谷村と斉藤は葉山の骨壺とともに、修学旅行に向かう高校生たちを乗せた新幹線に潜り込んでゆく。

「心配しなくても僕が栗原を連れてくるよ」そんな二人の後ろ姿を見送った葉山が、ふとコンコースから姿を消していく。

どこかで自殺でもするか。栗原は自嘲するように車のエンジンをONにする。

と、いつのまにかその助手席に葉山が座っている。「皆んなはもう出発したぞ。お前も関西に会いたい人間がいるだろう」むろんその声も姿も、栗原には届かない。だが、葉山の霊力が通じたのか、栗原の目に娘のめぐみ(14)の残像が飛び込んでくる。

栗原は事業全盛時代の女狂いのツケで、10年前に妻の陽子(34)と一人娘のめぐみに去られ、以来空虚な独身生活を送っていた。

二人は故郷の神戸に帰り、今は若者相手のカフェバーを開いていると人伝てに聞いている。そう、修学旅行先の関西方面だ。「死ぬのは、別れた娘に会ってからだ」──数分後、栗原はベンツのノーズを大阪へと向けていた。

以下(3)に続く。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年8月12日 (金)

まぼろしの企画#3(1)

以下はある著名作詞家の方に頼まれて、十数年前に書いた映画のプロットである。

まぼろしの企画とある通り、さまざまな事情が重なって映像化にはならなかった作品だが、かつてこんな映画が世に出ようとしかけたこともあったのだという意味で、何回かに分けてその全文を採録してみたい。

------------------------------------------------------------

<修学旅行>(仮題)

今、死出の旅につこうとしている一人の男がいた。男の名前は葉山勝利(38)。都内の三流大学の考古学講師を務める、しがない独身男だ。

彼は今、気管支系のガンに冒されながら、20年前のある光景を思い起こしていた。キラキラと眩いばかりに輝く、甘酸っぱいまでの青春。

葉山の枕元には、その思いが託された遺書が残されていた──。

都内のある区役所の戸籍係長、谷村和彦(38)が葉山の死亡届けを受け付けたのは、翌日のことだった。

どこかで聞いた名前だ。遠い日の思い出をたどる谷村は、ようやくその名前に思い当たる。葉山と谷村は都下にあった高校の同級生で、ある体験を共有した仲だった。

迷いながらも、誰一人泣く者のいない通夜に立ち寄った谷村は、そこで葉山の遺書の存在を知ることになる。

谷村は、自分と同じく遺書の宛名に名を連ねていた栗原孝太郎(38)と、斉藤信吉(38)の二人の同級生に、葉山の死を知らせるのだった。

葉山の遺書には、こう書かれていた。谷村、栗原、斉藤のいずれかがこの遺書を読んだら、その三人ともう一人の女性、安達由紀子という同級生を連れて、あの時僕たちが行けなかった修学旅行に連れていってくれと。

そして遺書に添えて、20年前の修学旅行の綿密なスケジュール表と、資金の足しにと四百万円の貯金通帳が残されていた。

20年前──葉山は転校生として、谷村たちのいる高校に移ってきた。高二の時に両親を交通事故で失い、天涯孤独の身となった葉山は、一人でいることが耐えられずに故郷を出て転校してきたのだった。

そして、修学旅行を目前に控えたある日、事件が起きた。

その日、恒例の校内マラソン大会で、体力がない為にビリを走っていた葉山が、通りかかった暴走族たちに囲まれたのだ。

その騒ぎを知って駆けつけてきたのが、当日記録係をしていた谷村と、海辺で寝ころんでサボっていた栗原と斉藤の三人だった。そして、葉山たち四人は乱闘に巻き込まれ、そのせいで修学旅行行きを禁じられたのだった。

クラスメイトが旅行に出かけている間、葉山らは自習登校を命じられる。そこには、ただ一人の女生徒も残っていた。それが由紀子だった。

由紀子は、隣のクラスにいたマドンナ的存在の、楚々とした美少女だった。由紀子は生まれつき身体が弱く、その為に旅行に参加できなかったのだ。

やがて、共通の時間を過ごすうちに、五人の間には連帯感にも似た感情が芽生えてくる。そして最終日、五人は盛り上がってある計画を誓い合う。「いつかこのメンバーで、修学旅行のリターンマッチをやろう」と。

葬儀に顔を覗かせた栗原も斉藤も、そして谷村自身も、葉山の遺書に書かれた申し出に乗り気ではなかった。何よりも四人は卒業後、顔を合わせたこともなかったし、そんな約束をしたことすら忘れていた。

葉山のことにしても、知っていることと言えば、二浪の末に由紀子と同じ名門大学の考古学科に入ったことぐらいで、その後どこで何をしていたのかなど、全く知らなかった。

「今更修学旅行なんてバカバカしくてやってられるか」「仕事が忙しくてそれどころじゃない」三人はそう口をそろえて右と左に別れていく──。

以下(2)に続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月11日 (木)

東京エロス千夜一夜

ふうちゃんサンへ私信風

ご質問への返事が遅くなりましたが、7日の日曜日にお茶の水女子大で山田耕大選手(当時の日活企画部員)に会って、真相を確かめました。

その映画、もともとは神代辰巳監督が演出する予定で進んでいたそうです。

が、併映作が(このブログにも名前が出てきた)田中登監督の『好色五人女』ということで、そんな芸術派二人の作品を並べても観客動員が見込めないという、営業部の鶴の一声で、エンタメ派西村昭五郎監督にタッチされたのだという……。

山田選手、そのくだりは『月刊シナリオ』に連載中の原稿に書いているのだがと笑っておりました。毎月シナリオ作家協会から送られてくる、この雑誌をほとんど開いたことのない私の不勉強でしたね。。。(>_<)

------------------------------------------------------

本業が佳境に入ってきて、しばらくはこれまでのような長文は書けないかもしれませんが、一日一文の誓いは当分続けようと思っています。

ごひいきの皆さん方には引き続き定期的に覗いていただいて、(もちろん一見さんにも)愉しいコメントなど寄せてくだされば、楼主幸甚です。(^^)v

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年8月 4日 (木)

美保純さんのこと

美保純さんとは、『ピンクのカーテン』シリーズ1・2・3、そして『OH!タカラヅカ』という四本のNIKKATSU ROMAN PORNO、それに1・5Hのテレビドラマ『紙の灰皿』の計五本で、一緒に仕事をした。

その彼女に初めて会ったのは、忘れもしない調布の日活撮影所、スタジオセットの中。セミヌードの眩しい姿で、「初めまして」と微笑んでくれた笑顔に、年甲斐もなく照れたことをよく憶えている。

渋谷と新宿、当時はお互いに住まいが近かったこともあり、その後何度かお茶を飲んだり、酒を呑んだり、カラオケをしたりと愉快な時間を過ごさせてもらった。

ディスコ・クイーンだった彼女の踊りは、何度見ても惚れ惚れとするものだったし(『ピンクのカーテン・3』の冒頭は、その彼女の踊りをフィーチャーしたものだ)、お得意のナンバー『東京ララバイ』のリズミカルな歌声は、今でも鮮やかに耳に残っている。

尤も、いつの場合も誰かが一緒にいて、二人きりでいいムード(死語?)という体験はないのが、残念なのだが……。(^^);;;;

そんな彼女と、数年ぶりに会って組んだのが、TBS系の水曜(一時間半枠)に放映された『紙の灰皿』というドラマだった。

私自身、もっとも多くの作品を脚色させてもらった連城三紀彦さんの原作。主演は弱冠二十歳の手塚理美さんと、大御所津川雅彦さん。演出は当時大竹しのぶさんのご主人だった服部晴治さん(この作品の後もう一本を撮って急逝)。

津川さんが演じた、熊田勝美という中年男の名前が示す通り、神代辰巳監督をモデルにした、年の差カップルの純愛ドラマである。

「ホン読みながら、私がこの子の役を演るんだと思ったら、震えるくらい泣けて……」。旧TBS内にあった喫茶店で、手塚さんに光栄な言葉をもらったこの作品、今でも心ある友人に、「あれはお前の隠れた代表作だな」と言われる自信作だ。

そのドラマの中で、美保純さんは津川さんのじつの娘の役を演じてくれた。無頼派の性癖から抜けきれず、こともあろうに、娘よりも年下の女子大生を愛人にする父親に屈託を持ちながら、どこかファザコンの囲いを抜けきれない女──。

そんな女性の役を的確な解釈で演じた美保さんに、(失礼ながら)ずいぶん上手くなったなと感心したものだ。その彼女が、放映後しばらくして会ったとき、開口一番恨めしそうな目で私にこう言った。

「あの女の子の役、私が演りたかったよお」

その頃はもう、『男はつらいよ』の準レギュラー役をつかみ、売れっ子女優として順風満帆の歩みを始めていた彼女だったが、その悔しそうな顔と物言いがNRP時代と少しも変わらず、やっぱりこの子のことが好きだと思った。

ライターとしてのキャリア、女優としてのキャリアにも、青春時代というものがあるのだとすれば、美保さんと私が一緒に組んでいた(八十年代の)あの頃は、お互いにまさしくその青春真っ只中にいたのだ思う。

それから何度かのニアミスを繰り返しながらも、縁が切れたように、彼女との仕事は途切れてしまった。機会があれば、年輪を経た彼女ともう一度仕事をしてみたい。私を見てにやりと笑った彼女が、次のように言ってくれることを期待して……。

「Tさん、若い頃より上手くなったんじゃない?」 (^^ゞ

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年7月31日 (日)

松竹的ということ

それを一言で表せば、「監督が一番エライ」ということになる。

この点に関しては、伝統の大船調メロドラマであろうが、前衛的ヌーベルバーグであろうが分野は関係ない。誰が何と言っても、一番偉いのはカントクなのだ。

それかあらぬか、この会社の演出家には自己韜晦の癖があって、「本当は新聞記者になりたかったんだけど、朝毎読にことごとく振られてね」とか、「小説家を志望してたんだけど、才能及ばずで……」などと、日常的に口にする人が多かった。

「恥ずかしながら、映画監督なんかやってます」というわけだ。

そして、まことしやかに囁かれたのが、「大船の監督はスーツにネクタイを締めて演出する」という、いかにもありそうに思える伝説だった。(残念ながら私には、実際にそんな姿で演出している監督を見たおぼえはないけれども……。(笑))

あ、断っておくが、悪意をもって揶揄しているわけでは決してない。

監督昇進のあかつきに、うまく現場を仕切るための修行として、助監督がスクリプター役を兼務するという、ある種帝王学的な習慣も併せ持つ会社である(他社ではすべてプロの記録さんが入る)。作家としての監督を大事にする社風なのだ。

とは言え、そんな風に自分をシャレのめす割りには、エライ分やっぱりプライドが高いというのも、この会社の監督が持つ共通点だった。

それだけ、映画は監督のものだという意識が強いのだろう。

以前、こんなことがあった。

松竹の中では異端といわれる道を歩んできた、M監督と一緒にホンを書いたときのこと(例によって、その作品は未映像化のまま終わったが……(笑))。

“悲しそうに笑う”と、森崎和江さんのコピーのようなト書きを書いた私の目の前で、Mさんはその“悲しそうに”という部分に、“悲しそうに”と棒線を引いた。

「どう笑うのかを絵にするのは、監督の仕事だ。ライターは“笑う”と書いてくれればいい。ホンの段階で演出の指定をするのは越権行為だ」

なるほどなと、汚れなき新米ライターはその教えを胸に刻んだ。それから数年は、心情無しの短いト書き、戯曲ふうのぶっきらぼうなホンを書くことに集中したものだ。

後年になって、その時の体験を某名匠に話したことがある。「それはちょっと違うと思う」と、やや意外な答えが返ってきて「?」と監督の顔を見た。

シナリオは不特定多数の読者が読む小説とは違う。ほとんどの読み手がそれぞれの道のプロである。カメラマンはカメラマンの、デザイナーはデザイナーの、照明部は照明部の、もちろん役者は役者の視点で、独特の偏狭な読み方をする。

そのすべてのスタッフ・キャストにイメージを与え、自分がその作品に関わる喜びを感じさせるのが、ホンの役割ではないかと言うのである。

「そのためには、どう笑うかを書くべきだとオレは思う。共感出来ればそう演出するし、違うと思えば違う芝居を付ける。演出家が一人で考えることには、所詮限界がある。いい知恵を誘うホンなら、思っていることは全部書くべきだ」

これまたなるほどなと感心し、自主性のないライターは、またもや“悲しそうに笑う”路線を復活し、それからはほぼその姿勢で今日まで来ている。(^^);;;;

むろん、これはどちらが正しいとか間違いだとかの話ではない。

両方の監督とも、私の人生を変えるような傑作を何本も撮っているし、それぞれの矜恃があっての演出姿勢なのだと評価する。ただ、純粋にシナリオライターとしての立場から言うと、後者の名匠の方がやりやすいということはあるが……。

強固なディレクターシステムの中で育ってきた、松竹という映画会社の監督には(今は大船の撮影所すらなくなったが)、よく言えば孤高の色、悪く言えば独善の風が漂っていて、私的にはちょっと苦手なタイプが多かったかもしれない。

と、ここまで書いてきてハタと気が付いた。

NIKKATSU ROMAN PORNOの名匠の誉れ高い後者の監督、よくよく考えてみれば、元は松竹京都出身のヒトだったではないか。う~ん……。(>_<)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月29日 (金)

東映的ということ

“東映的”とは何かを、突き詰めて一言で表せば、『叩きつけるようにメインタイトル』というト書きに行き着く時代があった。

さまざまなジャンルの作品を撮るようになった今は、さすがにそれほどでもないが、時代劇から任侠映画、そして実録映画へと変遷してきた歴史の中で、あのザブンと砕け散る大波にかぶる三角マークは、何よりも荒々しい社風を表していた。

「見せ場はどこや」

この会社で仕事をすると、しばしばプロデューサーからそんな質問が出た。

「こことココと此処です」「たった三つか。まあええ、そこを中心に考えていこか」

全部が全部とは言わないまでも、私自身複数のプロデューサーにそんな脅し文句(笑)をかまされた経験がある。何を誰にどう見せるのか。なみいる映画会社の中でも、その一点を追及する姿勢においては、東映という会社が最も突出していた。

ある時、こんなことがあった。

名物『トラック野郎シリーズ』が打ち切られてしばらく後、不入りに悩む全国の館主会から、もう一度あんな映画を作ってほしいという要望が寄せられた。

かといって、まったく同じものを踏襲するのも芸がない。そこで今度は、“ダンプの運転手”が主人公だというわけで、またもや私が呼び出された。(そのどこに芸があるのだと聞かれれば、企画を立てたのはオレじゃないと……。(笑))

第一回目の打合せの席で、主人公の人物設定について私は次のように提案した。

主人公は32万トンタンカーに乗船して、世界を股にかけていた元一等航海士。お定まりの船長とのトラブルで、海に嫌気が差して陸へ上がった男である。そして今は、11トンダンプのドライバーとして、風に吹かれるまま飄々と街道を流している。

「お前はバカか」。いきなりヘッドプロデューサーの罵声が飛んできて驚いた。

「この映画は誰が観るんや」「それはまあ……ダンプの運転手とその家族、トラック野郎のファンだったお客さん、それから一般の観客だと思いますけど……」

「そのお客が、そんな設定の主人公に思い入れすると思うんか」「はあ……」

「ええか、ダンプの運ちゃんたちが思い入れする主人公いうのはな……」。胸を張ったヘッドは、それから滔々と次のような人物設定を述べ立てた。

主人公は、少年時代を瀬戸内海の小島で過ごした男。幼いころに事故で両親を亡くし、姉と二人で苦労しながら歯を食いしばって生きてきた過去を持つ。

その少年にとってのあこがれは、対岸の岩国の街に輝く夜景の美しさだった。いつかあの光り輝く街へ渡って成功してやる。そして姉を本土に呼び寄せるのだ。

中学を卒業した日、少年はその計画を一人で実行する。だが、徒手空拳で本土へ渡った少年に、世間の風は冷たい。十年あまりの年月、さんざん辛酸をなめた末に、主人公はようやく一人前のダンプの運転手として独立し、故郷へ錦を飾る。

しかし、そこにはあれほど苦労をかけた姉の姿はない。少年が島を飛び出して間もなく、愛する姉は病に倒れてこの世を去っていたのだ。たくましい青年に成長した男は、薄幸だった姉の哀れと己の身勝手さを思い、墓の前でさめざめと涙に暮れる……。

私の案とヘッドの案、どちらが正しいのかは今もって分からない。しかし、少なくともその時の私には、「いくら何でも、その浪花節は古い」という感想しかなかった。

同時に、主人公に共感しているようでいながら、そういう設定こそじつは逆差別ではないかという思いも湧いた。だが、ヘッドは若造の意見に耳を貸そうとはしなかった。

「ここはパターンでええんや。パターンは優れとるから、パターンとして残ってきたんやないか。新しいやの古いやの、軽々しく口にするんは十年早い」

要するに、お前じゃなきゃということではないんだ。若くて早くて安いホン屋なら、誰でも良かったということなんだ……。その内心の屈折は、怖くて口には出せない(笑)。いいから言う通りに書けという命令に、憮然として従うしかない──。

現役の東映のプロデューサー、例えばKさんなどが聞いたら、「ボクらはそんなこと言いませんよ」と、(ムッとしながら)笑い飛ばす話かもしれない。

だが、つい一昔前まであの三角マークの会社には、そんなアクの強い個性派が何人もいて、さんざん若手を締め上げながら、良き反面教師ぶりを発揮していたのだと、ある種の懐かしさを込めて言っておきたいのである。。。(^^)v

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年7月28日 (木)

河内のオッサンの唄(2)

(承前)まずは新大阪駅に降り立ったその夜、私はS監督(共同脚本のみの参加)と企画プロデューサーのS・Aさんともども、ミス花子氏に会った。

もう三十年も前のことで、若い方にはチンプンカンプンだろうが、ミス花子といってもれっきとした男性である。一定の年令より上の方には、「やんけ やんけ やんけ そやんけワレ~♪」という、あの独特の歌声がよみがえることと思う。

続いて翌日は、河内松原から河内長野あたりにかけてのシナリオ・ハンティング。“河内音頭”業界の重鎮、もず唱平さんにさまざまなお話を伺った後、司直の目を逃れてひそかに催されていた闘鶏見物に出かける。

当初、そんな今東光の世界のような風習は、とっくに廃れていると笑い飛ばされたのだが、蛇の道は蛇で探り出した闘鶏場は、まさに今和尚の描く『悪名』の世界。タイムマシンで時代をスリップしたような、錯覚を覚えたほどだった。

「何じゃ、ワレ」、長髪にサングラスという度外れて場違いな若者に、“ザ・河内のオッサン”といった風情の強面おじさんが声をかけてきて、懸命に事情を説明する私に、「やったら早う言わんかい」といきなり打ち解けられたのも、懐かしい思い出だ。

そんなふうにして、きっちり二週間で書き上げられたシナリオは、あの神代辰巳さんの師匠筋にあたる斎藤武市監督(小林旭の『渡り鳥シリーズ』で有名。神代さんはその斎藤組のチーフ助監督を長く務めていた)の手で、これまた二週間の早撮りであっと言う間に完成し、驚くほどの大ヒットを記録した。

こうなると、すかさず二匹目のドジョウを狙うのが映画会社の常。公開初日に、すぐ二作目を作れという命令が出て、再び呼び出された。そして、シリーズ二作目『河内のオッサンの唄・よう来たのワレ』は、わずか一カ月半後に77年の正月映画として、あの“トラック野郎シリーズ”の#4『天下御免』と併映で公開されたのだった。

いくら二十代後期の、気力体力ともに充実していた時期とはいえ、今では考えられないようなハードスケジュールだ。(あの頃の二本立てプログラムピクチャー体制の元では、さほど珍しいことではなかったと、先輩ライターは言うが……)

さて、そんなさなかのある日、例によって川谷さんがふらりと我が家を訪れた。

「オレ、Tさんだけに言うけど、最初にホンを読んだときちょっとガッカリしたんですよ」

「ホントは、“六連発……”みたいなホンが上がってくるんだろうと楽しみにしてたんです。そしたら、“ヤクザ映画”のパロディみたいなホンで」

気持ちは分かるけど、川谷さんそれは無理ですよと返した。最後まで聞く迄もなく、川谷さんの頭の中には、彼が敬愛するマーロン・ブランドが若き日に演じた、『乱暴者(あばれもの)』のようなヒーロー像があることは確かだった。

しかし、『河内のオッサンの唄』という企画が持つ娯楽性、そして当時川谷さんに対して抱かれていた、“好人物”のキャラクターイメージからして、誰もそんなアナーキーな映画を観たいと望む観客はいなかったと思う。

ましてセカンドライターにすぎない若造が、一人突っ張っても到底意見が通るような世界ではなかった。何しろ、当時の企画部長究極のセリフが、「俺の言う通りに書かないと印刷しないぞ」という、それはもう苦しい仕事だったのだから……。(笑)

川谷さんは、私のような頭でっかちの“映画青年”なんかより、もっとずっと純粋な“映画小僧”だったのだと思う。子供の頃から好きで好きでたまらなかった映画界に飛び込んで、スターさんの付き人として大部屋暮らしを続けてきた。

このまま終わるのもいいかと思っていた矢先に、ひょんなきっかけから思いがけず有名になった。そうなれば、自分が好きだったあの映画・この映画の夢がふくらんで来る。昔ながらの、花も実もある銀幕スターとは違うという自覚を持っている分、その夢は性格俳優のアンチヒーロー像を狙って、変化球投手ふうに定まっていく。

いつかそんな映画が出来る日が来るといいよね。二人で愚痴めかして笑い合った日から、もう四半世紀以上が経つ。その川谷さんが、思いがけず早世して今年の暮れで十年だ。彼の最も良き伴走者であった、室田日出男さんも今はいない……。

同じ時期に東京を去って早や十年、西湘の地で半隠遁生活を送る身に、諸葛亮孔明の境地はほど遠く、ただ無為徒食の毎日に諸行無常を嘆くのみである。(^^ゞ

この稿終わり(クリックするとオマケ付き)。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年7月27日 (水)

河内のオッサンの唄(1)

川谷拓三さんとの初対面は、文字通りの出会い頭だった。

1975年の夏、お盆の真っ最中の東映京都太秦撮影所。何の用があってそんなところにいたのかは、もはや失念してしまったが、その制作部前の廊下を歩いているとき、ひょいと正面からやって来合わせたのが川谷さんだった。

その川谷さんが私を見て、一瞬であの人懐っこい笑顔に変わり、「Tさんですよね」と聞く。当時の私はこのブログの写真にもある大長髪で、キネ旬その他の雑誌に顔が載ることもあったから、それで分かったのだと思う。

「はい、川谷さんの映画はいつも観ています。『県警対組織暴力』、最高だったですよねえ」「アリガトウございます。『六連発愚連隊』、どうして映画にならないんですか」余計なあいさつなど不要とばかりに、いきなり立ち話の映画談義が始まる。

気がつくと、話は撮影所の食堂に移動していて、二人は一杯のコーヒーを間に挟んで、延々と古今東西の映画についてのうんちくを傾けていた。

とりわけ、川谷さんの興味は私とS監督が書いたチンピラ映画の脚本『六連発愚連隊』(このタイトルの名付け親は泉谷しげる選手だった)にあって、諸事情で映像化出来なかったその作品を、しきりに残念がっていたことを思い出す。

「Tさん、いつ東京に戻るんですか」「明日です」

「あ、ボクも明日東京に行く用があるんですよ」「じゃあ、一緒に行きましょう!」

汲めども尽きせぬ話に、すっかり意気投合した私たちは、折りからの帰省ラッシュのさなか、とうに指定席など売り切れている“ひかり”を避け、“こだま”に乗ってのんびり行こうと、翌日の京都駅での待ち合わせを約束して別れた。

その翌朝の京都駅で、川谷さんが手に提げてきた二つのものを見て驚いた。「どうせ座れないと思ったから、近所の店で買ってきました。これに腰掛けて話してれば、その内どこかの駅で座れるでしょう」。床几式の簡易椅子だった。

この人は苦労人だな……。そんな感慨が湧いて、理屈抜きにその思いやりが身に沁みた。案の定、新幹線は超満員状態で、自由席のデッキ部分に椅子を広げた二人は、そこでもまた飽きもしない映画談義を繰り返しながら、東京へと向かったのだった。

それを機会に、川谷さんは当時京王線の幡ヶ谷にあった私の住まいを、よく訪れるようになった。気を遣わないで欲しいというのに、必ず土産を持参してきて、ある時に貰ったカリブ海の波音だけを録音したという珍品のレコード(浅井慎平さんのプロデュース)などは、今でも大切に私のライブラリーに仕舞ってある。

あ、その時の簡易椅子もしばらく我が家の電話台になっていたような……。(笑)

さて、当時はもうマスコミにも取り上げられて、頭角を現していた川谷さんだったが、そんなさなかにもどんどんと売れっ子になっていった。何と言っても、同じ頃にテレビで放映されていた『前略おふくろ様』の影響が大きかったのだと思う。

そして、あの『ピラニヤ軍団』の結成が、脇役人生一筋だった川谷さんの人気を、決定的に高めた。そんな彼の人気を、東映という会社が見逃すはずがない。

拓ボン主演の映画を作れ。社長の命令一下、急遽選ばれた企画が、当時大ヒットしていたミス花子の曲『河内のオッサンの唄』の映像化。(『六連発……』はどうですかと、遠慮がちに提案して一蹴された苦い記憶もあるが。。。(>_<))

で、どういうわけか、京撮ではなく大泉の東撮で撮ることになったその作品に、これまたどういうわけか、私がライターのご指名を受けた。共同執筆は『六連発……』を一緒に書いたSさん。二週間の強行軍で書けという、目茶苦茶な命令である。

「いやあ、主演なんてヤバいっすよ。どうしたらいいか分からないっすよ。けど、気合い入れてやりますから、絶対いいホンお願いします」

こうして私は、すっかり身についた『前略……』の“利夫”さん口調で笑う、川谷さんに見送られて、何はともあれシナリオ・ハンティングだと、河内方面へ向かうべく再び新幹線で西へと下ったのであった──。(以下(2)へと続く)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年7月25日 (月)

隠し剣 鬼の爪

この映画、去年の東京映画祭のオープニング上映作品で、こんな僻地に半隠居する団塊のオヤジにも、文化庁などという剽軽なお役所から試写状が届いていた。

が、じつはそのころ軽度の鬱を伴う引きこもり症状に陥っていて、気力が湧かないまま欠席させてもらった。当日、会場の六本木ヒルズまで出かけていれば、小泉首相と一緒にあの新潟中越地震の揺れに遭遇していたのだが──。

と、被災者の方々にはやや不謹慎な書き出しになったことを反省しつつ……。

端正な映画である。

ポジティブにもネガティブにも、端正というその一言が最も良く似合う映画である。

同じ原作者の、『蝉しぐれ』『たそがれ清兵衛』といった作品より、さらに淡い端正さが、どこか水墨画を見るような静謐な味わいで心地よい。

と同時に、それを必要以上の淡白さと感じて、不満に思う観客もいることだろう。(このところ批評の類を読む習慣が失せたので、的外れかもしれないが)

それにしても、山田洋次という監督は本当に巧い。年輪を経てその手練ぶりは、いよいよ円熟の境地へ差しかかっているのではないだろうか。

各シーンにまったく手抜きの個所はなく、侍や農民たちの立ち居振る舞いはもちろんのこと、随所に挿入される鳥の声や咲く花にまで、細心の注意が払われている。

要所要所のレンズの選び方、人物のサイズ。時に俯瞰、時に虫瞰の使い分けと、アップと引きのメリハリ。感情の昂るシーンに多用される微速度のレール移動等々、美術も含めてまるで教科書を見るような精緻さに、しばしば唸らされた。

かつて、同じ松竹の監督でありながら、山田さんとは対極の作品を撮り続けてきた前田陽一さん(故人)が、その晩年近くに私にこう述懐したことがあった。

「最近、妙に洋ちゃんの映画が沁みるんだよ……」

私もまた、山田作品を『男はつらいよ』以前と以後に分け、前期の『馬鹿まるだし』『吹けば飛ぶよな男だが』『なつかしい風来坊』『馬鹿が戦車でやってくる』などに熱狂しつつ、「寅さんはちょっとね」と、粋がって背を向けてきた一人である。(浅丘ルリ子客演の『寅次郎忘れな草』は、文句なしの傑作だったが)

そんな身に、しみじみと敵わねえよなあと思わせるこの映画。自分も年を経て、前田さんの境地に近づいてきたということなのだろうか……。(^ ^);;;;

というところで、最後にやっぱり異議を一つ。(笑)

この映画には、主従の関係をテーマにすえた三つの重要なシーンがある。

一つ目は、侍と農民の娘が同居することを問題視された主人公が、その愛する娘に、内心の思いを抑えながら実家へ帰れと諭す場面。

「それは旦那さんの命令でがんすか」「んだ、命令だ……(意訳)」

松たか子演じる娘は、永瀬正敏演じる主人の命に従い涙を流しながら家を去る。

二つ目は、その主人公がかつて親友だった男を家老から斬れと命じられる場面。

「それは命令でがんすか……」「そうだ、藩の命令だ(意訳)」

かつて自分が愛する娘にした仕打ちを思い、男は苦渋の中で親友を斬ることを選択する。皮肉なパラドックスが、観る者の胸を打つ切ないシーンだ。

そして三つ目はラストシーン。親友を死なせ、その妻をも自害させた主人公は、刀を捨て蝦夷の地へ渡って商人に身をやつすことを決意する。

初めて恋心を打ち明けるそのシーンで、主人公は変わらず愛し続けてきた娘に、一緒に蝦夷へ行ってくれと誘う。女は驚きながら問う。

「それは旦那さんの命令でがんすか」「んだ、命令だ」

「へば、一緒に行くでがんす(意訳)」──頷く娘の目には清冽な涙が光っている。

巧みな伏線が一点に交わる、見事なシーンだと言いたいところだが、私にはかすかな違和感が残った。

「それは命令ですか」と聞く、娘の心情は痛いほど分かる。そのセリフでまったく問題ない。しかし、主人公が返す「そうだ、命令だ」という答えは疑問だ。

むしろ、「いや、命令ではない」と返す方が、より深い思いを表すことにならないか。

「俺はもう誰にも命令はしない。命令されもしない」

それが、自らの意思で娘のいる地平まで降りていった男(元サムライ)の、胸に宿る矜恃ではないかと思うのだが、どうだろう。

「俺はお前が好きだ。ずっと一緒に生きていきたい。それだけだ……」

細部はともかく、そんなニュアンスのセリフの方が、娘にとってはより深々と響くと信じるが、どうして前段と同じリフレインで締めくくってしまったのか。

それともこれは、原作も読まずに印象だけで語っている、不勉強な私の、考え至らない浅薄な感想にすぎないのだろうか?

どなたか原作を読んでいる方に、そのあたりをご教示願えればと……。m(_ _)m

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2005年7月24日 (日)

新・年下のひと(2)

(承23日稿)ラストシーンが警察署の表なのは、ストーリーの展開上それで仕方ないだろう。二人だけのシーンを無理やり作るために、不自然な場所へ持っていくよりは、よほど自然でいい。

その大団円とも言うべき、主人公二人の対面シーン。ここでヒロインは、十八年間塀の中で思い定めてきた、被害者家族(=男)への謝罪を敢行する。

「初めてお目にかかります。××(名前を失念)と申します……」と、彼女が肉体関係を結んだはずの男に、深々と頭を下げる出だしはぐっと来る。

『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンが、正気に戻って「初めまして」とグレゴリー・ペックに微笑む、あのシーンよりむしろセリフの重みは深い気がする。

だがその後、十八年間何度もイメージに描き、頭の中で繰り返してきた謝罪の言葉は、容易に彼女の口からこぼれないのではないかと思う。

緊張と恐れと、運命の皮肉への嘆きと絶望と、そんなあらゆる感情がないまぜになって、彼女の全身を、傍目にもはっきりと分かるほどの震えが襲う。

女は懸命にその震えを抑えようようとするが、息も乱れてしまうほどに緊張は増していく。彼女はそれでも途切れ途切れに、謝罪の短いフレーズを絞り出す。

「ごめんなさい…」、「許してもらえるとは(思っていません)…」、「でも…本当にごめんなさい」。ほとんど過呼吸寸前に陥りながら、女はそれでもさらに言葉を探す。

だが、何を言っても内心の苦衷を十全に表す言葉など、出てくるはずもない。女はついに発すべき言葉を失って、茫然とその場に立ち尽くす。残るのはとめどなく溢れる涙と、止めようとして止まらない身体の震えだけである。

男の胸には、女のその放心が激しく響き、痛いほどに突き刺さる。気がついたとき、男は思うよりも早く女の全身を抱きしめている。そして、その口からたった一言の思いの丈がこぼれ出る。「待っていてくれ……」。

瞬間、女の全身の震えが嘘のように止まる。

二人は、お互いの目の奥底に宿る魂を確かめるように、じっと見つめ合う。時が止まったような一刻が流れ、やがて女は静かに頷く。そして微かに笑うと、「ありがとう……」と呟く。後はただむせぶように嗚咽する声が続く。

男はそんな女の様子に、心底安堵して微笑む。その目にもまた、光るものがあるかもしれない。こうしてようやく許しと救いを得た二人は、右と左に別れていく──。

カンナもニスもかけていない、じつに粗っぽい素案で、内心忸怩たるものがあるが、私のつたない経験則から言えば、本当によく出来たドラマというのは、後半に至るほどほとんどセリフを必要としなくなるものである。

ラストシーンのカタルシスに向かって、巧妙に張りめぐらされた伏線が、計算通りにピタリと機能したとき、観客はただ「さよなら」の一言だけで滂沱の涙を流す。

それはテレビだとか映画だとか、小説だとか芝居だとかの領域を超えた、昔から変わることのない真理だと思うのだが……。(この稿終わり。疲れた…(^ ^ゞ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月23日 (土)

新・年下のひと(1)

(承21日稿)ヒロインは十八年前に殺人を犯した。不倫相手の男に裏切られて刺殺し、その自宅に火を放って、妻までも焼死させた修羅の過去を持つ。

判決は無期懲役。模範囚として、十八年の刑期を務めた後に仮釈放されるところから、物語は始まる。そして、時を隔てて出所した外の世界で“年下のひと”とめぐり合い、宿命をはらんだ孤独な愛が交わっていく。

と書くと、何やら斎藤耕一監督畢生の名作『約束』を思い出す。夫殺しで服役中の模範囚が、その夫の墓参に向かうため一日だけの外出を許された旅路で、軽薄ながら繊細な感性を持つ若者と同じ列車に乗り合わせ、束の間の愛の炎を燃え立たせる。萩原健一ファンの間では、今でも彼のベストワンに推す人が多い傑作だ。

もちろん似ているのは設定だけで、語られるストーリーはまったく別のものである。だが、残念ながらドラマはあそこまでのディープな淵へは沈んでいかないという意味で、『約束』の世界には及ばない出来になったと言わざるを得ない。

惜しい。悔しい……。もっとずっと感動的な、鋭いドラマに仕上がったはずなのにと、歯噛みしたというのが正直な感想である。

まず問題は、ヒロインが犯した殺人の底に横たわる情念。世間にキラ星のごとく存在する不倫のカップル、そのうち殺人にまで至る事件は今の世相でも稀有である。そんなどん詰まりまで行くには、どん詰まりまで行く固有の事情があるはずだ。

三上寛の名曲『太郎と花子の恋物語』の中に、「男にとってはどうでもいいことでも、女にとっては命懸けのときがある」という歌詞がある。

このフレーズは、「女にとってはどうでもいいことでも、男にとっては今まで思い続けてきたものが、全部壊れちまったよと思うときがある」と続くのだが、不倫をめぐる愛憎の終点は、そこに突き当たるのではないかと思う。

そのカップルにしか通用しない、“どうでもいいこと”をめぐる齟齬があり、それはその固有な関係の分、却って普遍を含んでいる。このドラマのカップル間では、はらんだ子供を陰湿な策略によって堕胎させられた、女の失意がそれにあたる。

夫にそれをあおった妻の存在も、殺意を増幅させる重大な要素である。ならばその夫、その妻にしか言えない固有のセリフがあるはずだ。

平凡なOLにすぎなかったヒロインの、殺意のボタンを押すのに十分な、憎悪と憤怒を含んだ、“地獄に堕ちる瞬間”のセリフ。ドラマの原点になるはずの肝心のシーンが、そこまでの洞察を経た感情に寄り添っているようには見えないから、主人公が男を刺殺し、自宅に火を放つ瞬間の哀れがいま一つ胸に沁みない──。

もう一つの問題は、言うまでもなく現在である。

ヒロインには現在と過去の間に、十八年間の空白がある。その長い年月の間、彼女は刑務所の房の中で、ひたすら己の罪を悔い、良心の呵責にさいなまれ、悔悟の念に身悶えするように生きてきた。

出所した彼女の望みは、被害者二人の墓へ詣で、ただ一人生き残った(見知らぬ)息子へ謝罪することしかない。つまり、彼女は過去の残滓の中に生きているのであり、決して今を生きてはいない。また生きようともしていない。

そんな彼女の孤独を見つめ、連帯する寡黙な青年がいる。二人はお互いに同じ寂しさを背負う人間の匂いを直感し、やがて磁石が引かれ合うように接近していく。

だが、前述の『約束』では二人のたたずまい、仕種、目の色といった(言葉ではない)要素で表現された愛も、ここでは「あんたを初めて見たとき寂しそうな女だと思った。あんたと俺は同じ匂いがする。だからあんたのことが好きになった(意訳)」と、身も蓋もない説明ゼリフで語られる。

暗闇の中で対する映画と違って、テレビのお客は明るい茶の間で、誰かと喋りながら、また時にかかってくる電話に応対したりしながらドラマを観る。そんな視聴者を物語に引き込むには、多少強引でも状況を説明する(分かりやすい)セリフが必要なのだ。と、ある昼帯のプロデューサーに諭されたことがある。

その意味では、手っとり早くセリフで心情を表すことが、テレビドラマの常道なのかもしれない。しかし、それでもやっぱり、事務長がヒロインの過去をパソコンの情報から探り当てる、説明がかったシークエンスには首をかしげてしまう。

こここそ、主人公の二人が初めて本格的に対する、重要なシーンになるはずだ。また、そうしなければこのドラマを作る意味はないとさえ思う。

例えば、以下のようなシーンが浮かぶ。

ストイックな関係に耐えきれなくなった男と女は、ついにお互いをむさぼるように肉体関係を結ぶ瞬間を迎える。卑俗な言い方で恐縮だが、女にとっては十八年ぶりのセックスである。抑えに抑えていた思いを一気に開放させたとき、女の身体の芯を貫くのは、かつて経験したこともないほどの悦楽だったはずだ。

だがひとときの歓びが去ると、その充足感が大きかった分、女は再び自閉の殻(と言うより恐れの増幅か)へ戻っていく。年下の男には、その複雑な内面がつかめない。男はさらに関係の深まりを求めて、ひたむきに女を愛そうと走り始める。

その純情に応えようとして応えられない女は、逡巡の果てに、切羽詰まって自分の過去を告白せざるを得ない。それは痛哭の懺悔であるはずだ。

殺人者である過去、放火犯である過去……。皮肉なことに、男にとってそれは、思いがけずも自分の両親を殺した犯人を知る瞬間である。むろん、女もまた目の前にいる男が、自分が死に追いやった夫婦の子供だとは知る由もない。

「私はそんな女なの。だからもう、これ以上あなたとは……(下手なセリフだ)」激しく混乱した男は、最後まで女の思いを聞く余裕もなく、その場を飛び出していく。

女は終わったと思う……。

しかし、男は混乱の果てに、やはりこの愛を貫くことを決意して女の元へ戻る。最大の悲劇はそこで起こる。横恋慕する事務長が、女の前科を脅迫の材料に、彼女の身体を凌辱しようとしていたのだ。そして、男による第二の殺人が──。

ここからは、基本的にオンエアされたドラマの流れで問題ないと思う。

「どうして戻ってきたの! これは私がしたことなの。だからあなたは逃げて!」男の罪をかばって、絶叫する女の激しさに男は言葉を失う。そして、自分の正体を告げることが出来ないまま再びその場を立ち去り、女には黙って自首をする。

その夜、刑事によって真実を知らされた女は、運命の皮肉に茫然となり、ただ悲嘆にくれる。そしてラストシーンは、翌日の警察署前である──。

と、ここまで書いてきて、またもや稿の長さに呆れ返る。だが、この肝心要のラストシーンについては、最も述べたいことがある。えらいものを書き始めてしまったなと、自分を嗤いながら、今日で終わろうと思っていた回は次稿へ続く。。。(>_<)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月21日 (木)

続・年下のひと

(承前)というわけで、逃げるのはヒキョーだとささやく心の声があって、ここはきちんと思うところを述べることにした。

と言っても、誰に恨みつらみがあるという稿では決してないので、私がこの作品の関係者だったとすれば、こんな風に考えただろうという要点を、以下に列記するにとどめたい。(何か、奥歯にものが挟まっていますが……(笑))

(1)1ロール目の冒頭、名取裕子の出所シーンは文字通りの出所風景から始まればいい。刑務所長の訓示は、主人公の背景を分かりやすく提示するという意図だろうが、それは二時間というドラマの流れの中で、有機的に浮かび上がってくる類のものだ。

ヒロインの過去を映す回想シーンが、文字通りの回想になっていて、この人はこんな人ですという説明の意図が透けて見え、感情的につながらないきらいがある。

刑務所の門から出てくる名取裕子と山下容莉江。それを迎える保護司の地井武男。二人を乗せて高速道路を走るワンボックスカー。18年のときを隔てた“社会”のあまりの変貌ぶりに恐れを抱くヒロイン。

それらの短いカットバックに、一見ヒロインの心情とは無関係に、18年前の過去のシーンがフラッシュ風に挿入されていけば、もう少しテンポが出るし、謎めいた展開を予感させる導入部にもなるのではないか。

※ちなみに塀の中の世界では“社会”とは言っても“シャバ”とは言わないし、十数年を刑務所で過ごした受刑者は、出所直後には青信号すら信じられないほどに“社会”と隔絶しているものだと、実際の受刑者だった人に聞いたことがある──。

(2)続くその夜の名取さんと山下さんのシーン。ここはいいシーンだったと思うが、もう一点、後の山下さんの行動を予見させる伏線が欲しかった。

例えばそこで、山下さんは先に刑務所をでた仲間の消息を語る。社会に出たものの、自活する能力を持たない人物が、かつてのムショ仲間を訪ね歩いては、前科をばらされたくなければ……と、金をせびっているという噂がある。

刑期を終えた解放感(もちろん恐れも含むが)も手伝って、「よくそんなことが出来るわよね」と軽侮で笑い飛ばした山下さんはしかし、後に男に捨てられ、窮したあげくにヒロインの元へその金をせびりに訪れる。

かつて軽蔑した行為に、自分を貶めることでしか生きる術を見いだせない皮肉。その一くだりを加えるだけで、恐喝する彼女の哀れさ、そしてゆすられるヒロインの切なさが、さらに際立ったはずだ。(教科書は小林正樹監督の旧作『切腹』か……)。

(3)言うまでもないことだが、脇役の人物たちにもそれぞれの人生がある。ヒロインが働くことになった運送会社の事務所での、同僚女性たちのあまりにもステレオタイプないじめはいただけない。(三人を一人に絞れば、もっと生活感が滲み出るのでは?)

いや、それより何より問題は、松沢一之さん(好きな役者さんで、一緒に仕事をしたこともある)が演じる事務長のキャラクター、セリフ、行動にわたる設定だ。

彼は家庭に問題を抱えている。そしてその屈折を、酒を飲むことで紛らわす。彼の不興はやがて、ヒロインの美貌への羨望(あるいは欲望)と、謎めいた雰囲気への猜疑へと移っていく。そのことによって自滅を迎える設定はそれでいい。

だが、物語の性格上、何らかの手段で彼がヒロインの過去を知ることは必要だとしても、夜中に事務所へ忍び込んで、パソコンの履歴書を盗み見るというシークエンスは巧くない。あのくだりは、ヒロインが一大決心の元に、もう一人の主人公・沢村一樹さんに告白すべきものである。(何故かについては後に敷衍して語るつもり)

そんな彼の屈折を、居酒屋でのクダ巻き芝居で語るのは間接芝居ではないか? 女房子供とのすさんだ私生活を、あまり暗くならない程度に(むしろ悲劇が極まれば喜劇になるのコンセプトで)描けば、よりダイレクトに憤懣を伝えられるはずだ。

その事務長は自分の行為が愚かなことを知っているのだと思う。知っていながらなお、ヒロインを脅し、彼女の肉体をむさぼることにしか救いを求められない。だから彼は、その自己嫌悪を忘れるために泥酔する。酔った果ての勢いで彼女を襲う。

みっともなさと抑えがたいリビドーと、それまでの彼の人生の断片を背負って、彼は女を凌辱する。彼もまた、山下さん同様の愚かで哀れな存在である。そして、その魔が差した一刻によって、取り返しのつかない末路をたどることになる。

裏を見せ 表を見せて 散るもみじ。それが、2Hサスペンスが営々と描いてきた人間の業、性(さが)というものではないかと思うのだが、さてどうだろう……。

(4)むろん、最も肝心なのはドラマの主役であるヒロインと、その彼女に絡む“年下のひと”沢村さんの二人をめぐる愛憎の物語である。

この本論とでもいうべき事柄について書き出すと、ここまでと同じくらいのスペースが必要になる。いつもの悪いくせで、またまた長くなってしまった稿に呆れつつ、そのことについてはじっくりと次回に書き記すことにしたいと思います。。。p(^^);;;;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月20日 (水)

年下のひと

今さら、火サスが終わるという感傷でもないだろうが、田中登という監督の名前にひかれて、久しぶりにこの時間枠の2Hを視聴した。

じつは、三・四日前に書いた“セリフが聞こえない”という稿、その最後に出てくる、「ボリュームをもっと上げてくれ!」とある映画館の映写室に駆け込んだ監督こそ、何を隠そう田中登さんご当人である。

若い頃は“ムッシュ”と呼ばれ、フランス映画ばりのスタイリッシュな演出を得意とした田中さんは、知る人ぞ知るNIKKATSU ROMAN PORNOの名匠だ。

『牝猫たちの夜』、『マル秘女郎責め地獄』、『マル秘色情めす市場』、『実録・阿部定』……知らない人はギョッと引いてしまうようなタイトルが並ぶが、どれもNRPが生んだ掛け値なしの傑作映画ばかりである。

それぞれの作品について語り出すと、たちまち際限が無くなるので、ここでは中でも突出した異形の作品『マル秘色情めす市場』についてだけ少し述べておきたい。

もともとこの映画は、『受胎告知』というタイトルで、ATG(日本アートシアターギルド)作品として作られる予定だった。どういう経緯をたどってかは知らないが、その企画が潰れ、結局は田中さんのフィールドである日活で撮ることになったものだと聞く。

『受胎告知』が『マル秘色情めす市場』というタイトルに変わるところが、当時の邦画状況をたくまずして表している気がして、今でも笑える。(そう言えば、私自身にも『赤い夜を走れ』と名付けられたNRP第一稿が、決定稿では『お嬢さんの股ぐら』に変わっていたという経験がありました。(^^);;;;;;;;)

しかし、フィールドがどこに変更されようがビクともしないのが、“ムッシュ”タナカの真骨頂。田中さんはこの映画を、全編モノクロ(一巻だけが意図的なカラー)で撮るという、商業映画の常識を外れた一大芸術作品に仕上げてしまったのだ。

主演は、当“備忘録”欄にも熱狂的な支持者を抱える芹明香。

ほかにも宮下順子、花柳幻舟、(ふうちゃんサン御用達の)萩原朔美などが出演して、それぞれに会心の演技を見せているのだが、何といっても釜ヶ崎の娼婦を演じる明香さんの存在感が、圧倒的に観る者の胸を突き刺してくる。

精神を病む弟に、近親相姦的愛情を注ぎ続ける姉。その姉の純真に回帰した弟は、ある日突然天王寺駅から大坂城を経て、通天閣を目指し歩き始めると、可愛がっていた鶏を脇に抱いたまま、ついにその鉄塔のてっぺんに到達する。

それまでのほとんどを、閉塞空間の中で語られていた物語は、ここに至っていきなり鮮やかなカラーに変わり、ロケーションの開けた絵にかぶる村田英雄の『王将』が、朗々とその解放感を彩って(フルコーラスで)響きわたる。

俯瞰で捉えられる、猥雑な大阪の街の全景。その通天閣のてっぺんから、精薄の弟は鶏を大空に解き放つ。だが、その飛翔願望が成就することはない。

再びモノクロームの画面に戻って、弟は自ら首を吊って縊死する。その死を静かに受け入れた姉は、「大阪はうちの街や。相性がええんや」と薄く笑い、自らの肉体をダッチワイフという名の商品だと定義して、しぶとく生きていく──。

じつはこの田中監督と、私も一本だけだが仕事をしたことがある。日活ならぬ東映映画の、『安藤昇の我が逃亡とSEXの記録』──。

昭和33年、当時渋谷の街を縄張りにしていた安藤組は、債権取り立てのトラブルから、東洋郵船の社長だった横井英樹氏(後にあのホテルニュージャパンの社長になる)を拳銃で狙撃する事件を起こす。

その約一カ月後に湘南の某所で逮捕されるまでの、安藤さんの(複数の愛人を渡り歩く)逃避行を追った、ドキュメンタリーPORNO風の映画である。

そのホンを西荻窪の“木村館”という旅館で書いている間、田中さんは早くもいろいろな場所へロケハンに出かけ、膨大な写真を撮ってきては、「こんないい場所が見つかったよ。ここ使いたいから、この場所に合わせたホンを書いてよね」と、イメージ先行の注文を繰り返して、正直なところ結構戸惑った記憶がある。

そうか、この監督はこんな風にして自分の“イマージュ”を、絵にすることに拘ってきたのだな、ライターの思想は二の次だったのだなと、再三に渡って苦笑させられたことを思い出す。音楽を担当した泉谷しげるさんが、「お前がエイトビートで書いたホンを、監督はフォービートで撮っちゃったな」と(他意なく)笑ったのが、この演出家の資質を何よりもよく表している気がするがどうだろう。

え、肝心の『年下のひと』はどうだったんだって?

もちろん、それをメインに真摯に批評するつもりだったのだが、う~ん、ここは紙数が尽きたと逃げておくことにしておきたい。。。。(>_<)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月19日 (火)

NIKKATSU ROMAN PORNO(2)

のっけからやや皮肉めかすと、かつてNRP(わけあって今日からはこの略称を使います・笑)が“市民権”を得た、象徴的な出来事があった。

1972年の8月だったと記憶するが、朝日新聞の映画批評欄がマスコミで初めてNRP作品を取り上げ、当事者たちが赤面するほどに褒め称えたのだ。

藤田敏八監督が敢然とPORNOに挑んだ『八月はエロスの匂い』──。前年の同監督作品『八月の濡れた砂』に続く“8月シリーズ”第二弾だった。

このヌーベルPORNOとでも名付けるべき鋭角的な作品は、続いて桃井かおり、伊佐山ひろ子の両女優が体当たりの演技を繰り広げた、翌年の『エロスは甘き香り』へと引き継がれ、NRPの第一次黄金期とでもいうべき時代を作っていく。

その『八月はエロスの匂い』と併映されていたのが、神代辰巳監督の『恋人たちは濡れた』──。映画マニアなら誰でも涎を垂らしそうな、その豪華二作品を私は、百軒店を右に折れた突き当たりの渋谷日活(今はとっくに無い)で公開初日に観た。

いかにも朝日新聞が好みそうな、60年世代のアプレゲール風アナーキズムを感じさせる、藤田作品も興味深かったが、神代さんの『恋人たちは濡れた』が予想をはるかに超えた傑作で、文字通り感動に打ち震えた逸品だった。

「こんにちはこんにちは 世界の国から~」、「さようならさようなら 元気でいてね~」主人公の青年の心情を彩る流行り歌のフレーズ。

映画館のフィルム運びで糊口をしのぐその青年が、「七つ 泣いてする別れのボンボよ~」と口ずさむ春歌。「お客さまは神様です」と、ステージでおどける白けた仕種。その映画館の女房(絵沢萠子さん!)が首を吊るシーンに、唐突に鳴り響く軍歌。

そして名シーンの誉れ高い、浜辺での全裸の馬跳びごっこ(中川梨絵の股間を舞うチラチラぼかしは、カメラマン姫田真佐久さんの手作りによる労作だった・笑)。

後年の神代節のエッセンスがすべて込められたこの作品は、私が本気で映画の世界に入りたいと決意する契機の一本になった。こんな映画を作りたい、こんな映画に携わりたい、頼むからオレもこの中に混ぜてくれ──。

数年後、その神代さんと組んでホンを書いているとき、私は初めて『恋人たちは濡れた』にかける思いを直接本人に語った。

「ボクは数ある神代作品の中で、じつはあの映画が一番好きなんです」

神代さんは私が指摘するまでもなく、『恋人たち……』におけるゴダールの影響を素直に認め、PORNOに名を借りたヌーベルバーグを目指した、確信犯的な作品であることを告白してくれた。そして照れたように笑いながら、最後にこう付け加えたのである。

「白状するとな、オレもあの映画が一番好きなんだ……」

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年7月18日 (月)

大統領の理髪師

李承晩は今でこそ“イ・スンマン”とハングル流に読まれるが、私が子供の頃には“リ・ショウバン”の呼び名で通っていた。

この李朝の末裔である韓国初代大統領は、その名を冠した“李承晩ライン”の設置者としてあまねく知られ、当時玄界灘沿いに住んでいた少年にとっては、友人の親族が拿捕される事件なども手伝って、子供心に恐怖の存在だった。

映画『大統領の理髪師』は、その李承晩が大統領選挙の不正によって失脚し、韓国にかりそめの民主政権が樹立された1960年から始まる。

そして、朴正煕(パク・チョンヒ=ボク・セイキ)の軍事クーデターを経、同じ軍人出身の全斗煥(チョン・ドファン=ゼン・トカン)が権力を掌握するまでの、韓国の激動の十数年史を、大統領付きの理髪師だった男の視点から鮮烈に描ききっている。

朴正煕側近の情報室長と警護室長の対立、後の文世光事件を予言する監視のエピソード、北朝鮮工作員のソウル侵攻未遂(後の『シルミド』につながっていく事件)等々…。

いくつかの史実に基づいた逸話が背景に据えられながらも、あくまで主眼は一庶民の主人公(ソン・ガンホが絶品!)であり、その家族であり、彼らの周辺に生きた無辜の民をめぐる、寓話風の物語である。

映画の前半、ノンポリを絵に描いたような主人公ソン・ハンモは、なかば強引に関係を結んだ助手のキム・ミンジャ(ムン・ソリ好演!)との間に、男の子をもうけて結婚する。物語はその少年ナガンのナレーションとともに、後半へ至るに従って、次第にトラジディの淵に沈む異様な展開を見せ始めていく。

体制に従順に生きてきた民衆は、軍事独裁政権の手によって“マルクス病”のレッテルを貼られ、問答無用で死刑場の露と消えていく。やがてその魔の手はナガン少年にもおよび、彼は電気ショックによる拷問の果てに、歩行に支障をきたす身障者となる。

無垢な少年が身体に電気を通されるたびに、声を上げて笑い、それに反比例するように精神を病んでいくシーンの描写あたりから、私はほとんど涙が止まらなくなった。

バンドネオンが奏でる切々たるメロディに乗せ、足腰の萎えた息子を背負った父親は、病を癒してくれる名医を求めて、まるで自らを罰するように韓国中をさまよい歩く。

すべての治療に失敗した(?)その父子が、初めて見る海辺に立ち、「家に帰ろう」と決意した後、己の悲運を嘆くこともなく明るく笑い合うシーンは、そのトドメである。

やがて深山幽谷に住まう老鍼灸師(じつは神の化身?)が予言したごとく、竜と化した大蛇が凶弾テロに斃れて死亡し、その予言通りに家族に奇跡が訪れる日がやって来る。(これ以上のネタバレは慎みますが…。(^^);;;;)

トラジディの極限にまで落とされながら、あくまで飄々淡々とした生きざまを貫いた庶民の魂は、誇り高い勝利を得て、今も普遍の輝きを放っているのだろうか?

この映画が終わって後、韓国の歴史は全斗煥から盧泰愚(ノ・テウ)政権へと移り、金泳三(キム・ヨンサム)政権を経て1998年に至り、日本にも大いに関係の深い人物であった金大中(キム・デジュン=キン・ダイチュウ)の政権が成立する。

その金大中大統領は、当時韓国内を覆っていた未曽有の不況を脱するべく、国際的に通用する映画作りを目指して、斯界の振興策を国策の一貫として打ち出した。

『大統領の理髪師』は、脚本・監督のイム・チャンサンをはじめ、その国立映画アカデミーから輩出された人材によって作られた、一つの幸福な結果である。

私自身は、国策で映画を作ることには、やや抵抗を感じてしまう(刷り込み)世代だが(笑)、三十代なかばにして、こういう悠揚迫らざる傑作をものする監督に接すると、ものを作るということに理解のある国が、正直うらやましい気がしてならない……。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2005年7月16日 (土)

セリフが聞こえない

一昨夜、テレビ版の『電車男』#2を、先週の#1(後半のみ視聴)に続いて観た。

やたらに早口の台詞回しと、カットバックというよりフラッシュバックに近い、目まぐるしいほどのカット割りが、#1にも増して目を引く。それはまあ、私のようなオヤジ世代など初めから視野に入っていない演出としてやり過ごせるのだが、とにかくセリフが聞き取れないのは何とかならないか。

階下で寝ている義父を気遣いながら、テレビのボリュームを上げ、耳を澄まして集中してみるが、半分以上のセリフがやはり聞き取れない。CNNのニュースに対する感覚に似て、おおざっぱなところのニュアンスは掴めるが、ディテールがさっぱりと言えば少しは理解してもらえるだろうか。

これはヒアリングの試験かい……。

などとブー垂れていたら、昨日の毎日新聞夕刊『てれび指南帳』欄が、我が意を得たりのご意見番ぶりを発揮していた。以下にその一部を引用する。

-------------------------------------------------------

熊「(前略)……この頃はひでえ。どのドラマ見てもセリフが聞きづらい。何言ってんのか会話部分がサッパリだ」

幸兵衛「若いのは発音がなってないもの」

熊「じゃなく伴奏音楽のレベルがヤケに高いから、せっかくのセリフが潜ってらあ。ロック調の伴奏音楽が多いからなおさらだ」

幸「ロクにホンも読めねえ連中には、劇伴がボロ隠しになって助かるわな」

隠居「編集の段階では高感度な機材で音入れだ。副調整室では聞き分けられても、茶の間のテレビではモゴモゴになってしまう。昔のミキサーはそれを計算していた。コンピューター編集ではそのあたりの気配りが無いからさ」

--------------------------------------------------------

シナリオライターという人種にとっては、当然のことながら、セリフは最も大事なドラマ要素である。“てにをは”はもちろんのこと、語尾を“だよ”にするか“だわ”にするかに拘って、何度となく推敲の手を入れるホン屋を、私は何人も知っている。

時には胸がつまって、登場人物の哀れに涙しながら書くセリフもある。

そんな連中にとって、あのモゴモゴ感は心底耐えがたいものだと思う。

「映像ドラマとは交響曲のようなものだ」とは、ある先人ライターの至言である。まさにその通りで、一定時間のドラマの流れのなかには、アンダンテの楽章もあればアレグロの楽章もある。フォルテッシモで表現される感情もあれば、ピアニッシモで表される思いもある。時にはその場の高ぶりのままに、カデンツァで貫かれる小節もある。

そこが、一定のレベルで原稿が読まれるニュース番組とは、決定的に違うところだ。

そのニュースですら、もはやすっかり定着してしまった、あの“字幕”で表すことに馴れてしまった現場の若手スタッフにとっては、高低、濃淡、軽重、長短、干満……と、あらゆる要素がからまって、うねるように展開する映像ドラマの、裏の裏に込められたニュアンスを表現することなど、もはや関心の外なのか。

いや、そもそもそんな繊細さなど、とっくの昔に視聴者(観客)は要求しなくなっているということなのかもしれない。

と、何年か前に、自分が演出した作品を某上映館で観た際、あまりの音声レベルの低さにイラついた某監督が、「もっとボリュームを上げてくれ!」と、映写室に怒鳴り込んだ光景を、何故か唐突に思い出してしまったのであった……。(>_<)

| | コメント (6) | トラックバック (4)

2005年7月15日 (金)

火サスが消える…

“土ワイ”と並んで老舗の暖簾を誇る2H、『火曜サスペンス劇場』がこの九月で二十四年の歴史に終止符を打つという話を聞いた。

80年代の初頭、あの衝撃的な“火のオープニング”と、名曲“聖母たちのララバイ”をエンディングテーマに引っさげて、ブラウン管に『火サス』が登場したとき、今日の2Hサスペンスの原型は確立したといっていい。

かなり粗っぽいくくりだが、テレ朝の土曜がパッケージを造り、日テレの火曜がその函に中身を入れたというところだろうか。一時代を画したシリーズ番組が、世の趨勢とはいえ消え去っていくのには、月並みながらやや感傷的にならざるを得ない。

私が初めてその“火サス”を書いたのは、(ネット検索によれば・笑)1983年のことだから、ずいぶん初期の頃から関わっていたのだなと、今更ながらに感心する。

『狙われた美人キャスター』(制作:シネマハウト) 主演:沢田亜矢子、江波杏子、峰岸徹、監督:小谷承請。日テレの局プロが知る人ぞ知る山口剛さんで、これがその剛さんと組んだ初めてのドラマだったはずだ。

二百四十枚きっちりで書いたシナリオの、尺が足りなくなりそうだとロケ現場に呼び出され、初台だか参宮橋だかのマンションの一室で、小谷監督に急遽シーンを書き加えさせられたことを、昨日のことのように懐かしく思い出す。

以下もはや前後関係は記憶の彼方だが、頭に浮かぶままに列記すると……。

『危険な乗客』(制作:東宝) 主演:国生さゆり、沢向要士、監督:木下亮 (敬愛する田中収プロデューサーが東宝のPを担当)

『星座伝説殺人事件』(制作:メリエス) 主演:原田美枝子、朝加真由美、監督:斎藤信幸  (若き日の永瀬正敏さんが刑事役で珍しく単発に出てくれた)

『十周年記念企画・殺意の団欒』(制作:メリエス) 主演:倍賞美津子、蟹江敬三、西岡徳馬、監督:神代辰巳 (傑作の誉れ高いが視聴率は低かった。(>_<))

『六月の花嫁・スイートホーム殺人事件』(制作:メリエス) 主演:鈴木京香、田中実、監督:片岡修二 (私もCM監督役で鈴木京香さんと共演している。(^^);;;;;)

『六月の花嫁・偽りの結婚指輪』(制作:テレパック) 主演:田中美奈子、筧利夫、原日出子、監督:大室清 (後に昼帯で組む中原丈雄さんが犯人役)

『夜の事情』(制作:テレパック) 主演:芦田伸介、佐野史郎、竹内力、金久美子、監督:大室清 (連城三紀彦さん原作のミステリーで、私自身好きな一本)

ほかにもあったかもしれないが、何しろ曜日の区別が定かではなくなっている作品が多々あって(笑)、直ちに思い出せるのはそんなところか。

2Hサスペンスは、シナリオライターにとっての基本のようなものだと思う。

ミステリー&サスペンスという企画性から、必然的に論理に基づいた計算を求められ、構成力を養うのにこれほど適したドラマはない。さらに言えば、その上に人間の喜怒哀楽に根ざした感情、それも人一人を殺すまでに至る極限の芝居を描くわけだから(時には数人を殺すこともあるが…(^^);;;;;)、いやでも力がついてくる道理である。

かつて、斯界の大先輩笠原和夫さんは私に、「シナリオライターとは論理と構成と芝居を売る商売だ」と教えてくれた。その“論理”も“構成”も“芝居”もない、のっぺらぼうのドラマが横溢している昨今、さまざまな意味で若手ライターの修行の場だった番組が、また一つ消えていくのは重ね重ね寂しいことだと嘆きつつ、後番組はやっぱりバラエティ系に流れていくのだろうかと、ひそかに恐れている……。

| | コメント (5) | トラックバック (2)

2005年7月10日 (日)

まぼろしの企画(2)

今はそういうことはなくなったが、ひと頃2Hサスペンスの世界では、刑事、探偵、弁護士、新聞記者といった定番の話はもう飽きた、何か目新しい職業の主人公はいないかと、どこの局でも新機軸を求められた時代があった。

その折りに提出したのだが、ほとんど一顧だにされなかった企画がある。

自分的にはいけていたと、今でも残念でならない気がするので、以下にその企画意図だけをペーストすることにする。但し、面白いと思うか思わないかは受け取り手次第なので、そのあたりは悪しからず……。(^^);;;;

------------------------------------------------------

『ストリートパフォーマー・大道芸人(だいどうげいと)のチンドン殺人ファイル』

九州博多の繁華街、中州の一角にオフィスを構える“オアシス芸能社”。

ストリートパフォーマー・大道芸人(だいどうげいと)が主宰する、いわゆるチンドン屋さんの小さな事務所である。

但し、一口にチンドン屋とは言ってもこの事務所、昔の笛や太鼓でピーヒャラドンドンという、あの古っぽいイメージとは少し違う。

早い話が、主宰者の大道は某名門音楽大学の元助教授であり、同時に中央交響楽団の首席トランペッターだった過去を持つ。

さらに言えば、その下に集う社員(パフォーマー)たちも、彼の教え子をはじめとする訳ありの個性豊かな面々ばかりである。

その“オアシス芸能社”の面々は、北は北海道から南は沖縄まで、求められるままに出向き、地元の商店街振興や自治体主催イベントの広告宣伝のための、垢抜けたチンドンパフォーマンスを繰り広げながらそれぞれの夢を追っている。

ところがこの一団、揃いもそろって波瀾万丈の星の下に生まれ落ちているようで、どういうわけか行く先々で大事件に遭遇してしまう。

ご当地の路地には、人の喜怒哀楽を満載したさまざまな事件が転がっていて、連中が練り歩いてくるのを待っているかのようなのである。

そのたびに、彼らは持ち前の体力と頭脳の限りを尽くして、事件の解決に奔走する。

幸いにも、彼らの日常をかけ離れたド派手な扮装は、チンドン屋という隠れ蓑があるぶん、逆に怪しまれにくいという利点を持つ。

ある時にはピエロ、ある時には鳥追女、そしてある時には名探偵金田一耕助や御手洗潔その人に扮するお遊びを交え、大道らは事件の核心に迫っていく。

このドラマは、そんな彼らの特異なキャラクターを縦糸に、訪れた地方で起こるさまざまな事件を鮮やかに解決するカタルシスを横糸に織り込んで、コメディサスペンスの笑いと涙+濃密な人間ドラマの感動を併せ持つパロディ風新シリーズである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年7月 4日 (月)

監督タイトル

映画のラストにクレジットされるスタッフ・キャスト名が、せり上がりのローリングタイトルに変わったのは、おそらく70年代のごく初期の頃だと思う。

最近ではさすがにそういうことは少なくなったが、一昔前まではそのエンディングタイトルが流れだすと、観客はぞろぞろと席を立ち、劇場側もスクリーンのカーテンを閉じ始めるのが常だった。

すると、次の上映を待ちかねた観客がぞろぞろと入り込んでくる。まだ映画は終わってねえんだよ。ムッとしながら、意地のようにシートに座り続けていたことを思い出す。

で、ある時ふと興味深い事実に気がついた。

ローリングタイトルのラストは、ほぼ例外なく監督の名前で締めくくられる。その監督名が流れるようにロールして消えていくケースと、スクリーン中央でピタリとストップされる二つのケースがある。で、私が好きだと思う監督ほどさらりとクレジットを流し去り、詰まらない映画だなと思う監督に限って、名前を止めたがるのである。

その法則を発見して以来、この監督は“流し派”か“止め派”かと、最後までしっかり目を見開いて確かめるのが、元映画萌えの密かな愉しみになってしまった。

例えばいつも引き合いに出る神代辰巳監督、この人は絶対的に“流し派”である。その含羞の人柄を知る者として、神代さんが最後に自分の名前をストップして、スクリーン上に誇示することなど考えられない。

もっと古い例では、今村昌平監督が『人間蒸発』のクレジットを、スタッフ・キャスト取り混ぜてあいうえお順の一枚列記タイトルで表していた。

その対極に位置する、“止め派”の代表格が黒澤明監督である。誤解のないように断っておくが、私は70年代初めまでのこの監督を深く尊敬している。だが橋本忍、菊島隆三、井手俊郎、小国英雄といった気骨あるライターたちが相次いで彼の元を去った後、この監督の作品は急速に独善の色合いを濃くしていく。

どの作品のラストも、監督の名前はピタリと中央でストップし、しかも他のどのスタッフ・キャストより一回り大きなフォントで、どうだと客席を見下している。

『影武者』だったか『乱』だったか、ある武将が「人間は愚かだ」と、あまりにも生硬なセリフを吐くシーンにのけぞったことがある。ええ、確かに人間は愚かです。でも映画を作るということは、その愚かさが好きだという裏返しなのではないですか?

いや、ちょっと本筋から離れてしまった……。(^^);;; ところで、じつは一人だけこの“流し”と“止め”の法則に当てはまらない監督がいる。黒澤さんとは真逆の意味で“人間の愚かさ”に連帯し、同じ地平に立って対象を凝視する是枝裕和さんだ。

彼の去年の作品『誰も知らない』を、私は大げさでなく戦後日本映画が生んだ十指の傑作に入ると評価している。ペシミズムとオプティミズムのあわいを、あれほど軽々と往還してみせた映画を、私は近年他にほとんど知らない。

その本物が何故ローリングのラストで、自分の名前をストップして終わったのか。

彼の意志というより、製作母体であり彼の出身母体でもある『テレビマン・ユニオン』という会社の、映画に対するある種の屈折がなさしめた主張なのかもしれない。などと裏読みするのは、いかにもうがち過ぎの見方だろうか……。(^^);;;;

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年7月 3日 (日)

原作とシナリオ

明日の〆に向かって、ケツに点いた火が今を盛りと燃え上がっている。で、今日もやっぱり過去に書いた稿のペーストでお茶を濁すことにする。

五年ほど前の原稿なので、その後の情勢と合わない部分もあるが、そこはごひいきさん方の聡明な頭脳で補完していただければと……。m(_ _)m

-------------------------------------------------------

『レディ・ジョーカー』の映像化が揉めているという噂を聞いた。

私が敬愛する先輩ライター、T・Yさんが脚色したホンを原作者が気に入らず、(伝聞では)ダメだしを繰り返しているらしい。

かつて『マークスの山』が映画化されたとき、この原作者はスクリーン上で展開される、自身の小説とは似て非なるドラマに失望し、それが抜きがたい邦画界への不信となって、今回の事態へとつながってしまったようだ。

じつは、こういうトラブルは日本映画に限った話ではない。

有名なところでは、小説界の巨匠スティーブン・キングが、こちらは映画界の巨匠スタンリー・キューブリックと、『シャイニング』の映像化にあたって、決闘寸前にまで至る大喧嘩を繰り広げた派手なエピソードがある。

出来上がったものに関しては、私自身、原作も映画も双方大いに堪能した記憶があるが、巨匠同士のぶつかり合いの中では、どうやらことはそう簡単には運ばなかったようだ。そこには殆ど宿命と呼んでもいいほどの、作家同士の“業”の軋轢が含まれていたのだと思う。

つまりこの点に関してだけは、日本映画だから云々という単純な次元の話ではないというのが、私の見解である。誤解を恐れずに言えば、シナリオライターは本能的に、原作を否定するところから出発する。

この原作はかなり良い、しかし自分ならこう書く。

そして、それは恐らく出来のいいシナリオを受け取った監督にも引き継がれていく、同じ“業”のようなものだ。

このシナリオはかなり良い、しかしオレはこの通りには撮らない。

厄介なのは作家魂だと言わざるをえない。

私も古くはジョージ・秋山さんから始まり、赤川次郎さん、連城三紀彦さん、五木寛之さん、村松友視さん、浅田次郎さん、夏樹静子さん、弘兼憲史さん、手塚治虫さん等々、硬軟とりまぜて数多くの原作者の作品を脚色してきた。

幸か不幸かまだ大きなトラブルに出会った体験はないが、それはたまたまのことに過ぎなかったのだといつも自戒している。

現に連城さんから、かつて次のような言葉を送られたことがある。当時連城作品を交互に脚色していた畏友A・Hと、私の脚色姿勢を比較して言われた一言だ。

『Aさんは原作を無視したふりをして、原作を生かした脚色をする。Tさんは原作を生かしたふりをして、まったく違うドラマに脚色する』

言われた当時はどちらに対しても好意を示した批評であると、勝手に決めつけて悦に入っていたのだが、今回のような事態を聞くと、あれはひょっとして連城さん一流の痛烈な皮肉だったのかも知れないと、遅まきながら胸を衝かれた気がする。

ただ一点だけ自己弁護させてもらうなら、どんな原作に対したときも、原作者が最も大切にしているであろう“思いの丈”については外した覚えはない。

それに乗れないケースでは、きっぱりと仕事を断っている。(いや、時々は食うために引き受けることもありますが……。(>_<))

エゴの塊のような作家同士がもし連帯できるとすれば、そこを置いて他にない。そしてごく稀にではあるが、原作を超えたシナリオができ、シナリオを超えた映画ができる幸福な瞬間が訪れる。

その巡り合いの一刻を求めて、落伍者たちはそれでも映画を作り続ける。

じつはかく言う私にも、一本だけ原作者としてクレジットされた作品がある。宇崎竜童監督の『魚からダイオキシン』──。

その初号試写に対したときの心境を正直に告白すると、セリフも設定も確かに原作者の意図にそって演出されているのだが、終始奇妙な違和感を拭えなかった。

自分の思い入れとは別の次元で、遠く手を離れてしまった恋人を見つめていると言えば、少しは感じが分かってもらえるだろうか。

『レディ・ジョーカー』が幸福な映画としてスクリーンに定着することを、原作者ファンの一人として、また映画関係者の一人として、痛切に祈っています──。

-------------------------------------------------------

※その後、別の陣容で映画は製作され、2004年の秋に公開された。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年7月 2日 (土)

にんげんドキュメント

昨夜は“人妻倶楽部”なる頓狂なページからトラックバックを貼られ、こんなマイナーなブログをどうやって見つけ出したのだと、苦笑しながら即削除したところ、今度は“酔生夢死浪人”と名乗る、粋狂なHNの方からリンクをいただいた。

さっそく覗いてみたのだが、この方のページ滅法面白い。

ジプシー⇒ロマのレクチャーに続いて、トニー・ガトリフ、アンジェイ・ワイダ、エミール・クストリツァ等、私の好きな監督の名前が列記されているのが何より嬉しい。

酔生…さんが指摘するように、映画『アンダーグラウンド』にもじつに効果的にロマ音楽が使われていた。冒頭間もなくの動物園の爆撃シーン、そしてラスト近く、悪党の主人公夫妻が焼死する、凄まじいまでの残酷美に貫かれたシーン。

この二つの名シーンに接するたび、滂沱の涙はもちろんのこと、込み上げそうになる嗚咽を抑えるのに、私はいつも必死になる。(^^);;;;

どうやら、この後『VENGO』についての一文を書かれる積もりのようだから、その折りにはまた洞察に満ちた稿に接することが出来ると期待している。

ところで、酔生夢死といえば昨夜のNHK『にんげんドキュメント』の再放送。

棋聖藤沢秀行とその妻の日常を、ただ淡々とスケッチしただけの小品なのだが、最後の無頼派と呼ばれた名人の存在感が、ひたすら圧倒的に迫ってきた。

「ババア、まだ生きてたのか」と毒づく同じ口で、その妻を「藤沢秀行に一生惚れ抜かせたただ一人の女じゃねえか」と、さらりと言ってのける。

「こんなにくたびれてるのに、ションベンだけは出やがるんだから、どうしようもねえや」と、己を嗤って畳を這いずる師は、最後に「夢は今よりもちっとはマシになることだ」と喝破しながら、酩酊の果てに飄然と眠りに就く。

眼光紙背に徹するその眼力は、数々の修羅場をくぐり抜けてきた勝負師の過去を映して、老いてなお相手がたじろぐほどの光を帯びている──。

まさに“酔生夢死”の生きざまに、大いに刮目させられた佳品ではあった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年7月 1日 (金)

まぼろしの企画(1)

今日は『NIKKATSU ROMAN PORNO(2)』と題した稿を書こうかと思っていたのだが、そろそろ本業のシメキリのケツに火がついてきた。

かと言って一日一文の誓いを破るのも業腹で、過去に書いた文章で個人的に捨てがたい稿をペーストして、お茶を濁すことにします。

何しろ、このブログのタイトルは“備忘録”ですから……。(^^);;;;

----------------------------------------------------

立てた企画のすべてが通るわけじゃない。

書いたシナリオの全部が映像化になるわけでもない。

映画・テレビの世界も営利企業である以上、上の方針が変わるのはあたりまえで、一度浮上した話が壊れるのは、それほど珍しい出来事じゃない。

むしろ、壮絶に討ち死にして、ついにまぼろしのままに終わった作品群が、巨大な墓碑銘を刻んでいるのがこの世界だといってもいい。

で、当然のように私にもそんな作品がある。そして、なまじ映像になっていない分、その作品は私のなかで傑作であり続けている。

≪さよならキャンディーズ≫

おっと、いきなりタイムスリップしてゴメン。

でもまあ、20数年前のその昔、駆け出しの若造ライターが企画したまぼろしの“キャンディーズ”引退記念映画は、次のような作品になるはずだったのです。

光り輝く銀河系の一角に、オリオンの三つ星にそっくりの、ラン星、スー星、ミキ星という三連星がありました。

ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃんの三人はそれぞれ、その星の女王様になる運命をもって生まれてきた、王家の子孫たちでした。

そして、“キャンディーズ”というグループ名で地球へ留学し、アイドルの日々を送っていた彼女たちに、それぞれの星へ帰って女王様の地位に就く日が迫ってきます。

三人は別れを惜しみ、各地で引退コンサートを催しながら日本を縦断していきます。

しかし、彼女たちはまだ知らなかったのです。

ラン、スー、ミキの三つ星は、いまや悪の帝王が支配する植民星として、暴政と貧苦にあえぎ続ける惨状に陥っているということを。

その悪の帝王が、国民的人気を誇る三人の帰還をジャマしようと、次々に地球上へ刺客を送り込んできます。

例えばそれは、偽キャンディーズの派遣です。

「♪もうすぐ春ですね~」と、男の子たちを誘う彼女らは、ハメルンの笛吹きのように、ぞろぞろとついてくるファンの男の子たちを、海に沈めて全滅させてしまいます。

ラン、スー、ミキの三人は、そんな悪者たちをものの見事に退治しながら、クライマックスの後楽園ラストコンサートへ向けて疾走していきます。

映画のラストは、五万人の観客たちに撮影への協力をお願いして、彼らがいっせいに夜空へ向けて手を振るなかでの、三人の旅立ちです。

そこに当時の昭和天皇やニクソン大統領、果ては独裁者アミンまでもが手を振るありとあらゆる記録フィルムが、延々とモンタージュされ、文字どおり世界中が“さよならキャンディーズ”と別れを惜しむなかを、このひとつの時代の終わりを告げるドラマは、異様な感動とともにエンディングを迎えるのです。

ちょっとした映画好きの人なら、すぐにビートルズの『ヤア!ヤア!ヤア!』や『HELP』を連想することと思う。

そう、この作品は“キャンディーズ”の引退コンサートを追いながら、随所にフィクションをはさむ手法を駆使して、日本映画にスラップスティック・コメディの革命を起こしてやろうという気概にあふれた、けっこうマジな企画だったのだ。

監督は松竹出身でありながら、もっとも大船調メロドラマの線から遠い作品を作り続け、アンチ男はつらいよ派の根強い支持を獲得していた前田陽一さん。

大学を出たばかりの若造がホラ半分に提案した企画に、その監督が即座に大乗りして、じつを言うとこの話はけっこう実現間近まで進んだのだ。

だが、映像化されていれば、おそらくは日本の喜劇映画のエポックになったであろうこの企画は、ホンにかかろうかという直前、「アイドルものは当たらない」という、上層部の信じられない一言でボツになった。

そして、そう言い放った当人のいる松竹はその後大ピンチに陥り、配給部門の松竹富士はついに解散の憂き目をみた。

アイドルものが当たらないんじゃなくて、外れていたのはあなた方……の、と、今ごろ言ってもイタチのなんとかみたいなもんか。

グチはみっともないと重々承知の上で、やっぱりむなしい──。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月30日 (木)

赤い疑惑#3

この世界に入った初めの頃、なみいる先輩たちに散々たたき込まれた、シナリオ作法のタブー数カ条がある。

(1)登場人物に演説をさせるな。生硬なセリフでテーマを語るのは、物作りとして愚の骨頂だ。無意識にお客を見下す視点にもつながってそっぽを向かれる。

(2)説明のセリフを書くな。理屈ではなく感情のセリフで思いを伝えろ。お客は決して理屈で泣いたり笑ったりはしてくれない。

(3)ナレーションを書くな。ナレーションはシーン間をつなぐ敷居のようなもので、省略と飛躍を旨とする映像ドラマの世界では無用の長物だ。ナレーションが必要だと思ったときには、ひるがえってそれを映像で表現する手段を考えろ。

(4)安易に回想シーンを書くな。回想は時として、作り手の説明と言い訳の手段につながる。最も重要なのは“現在”であり、(時代背景がいつであれ)リアルタイムでの登場人物の心情に寄り添うことを常に忘れるな。

等々……他にもいくつかの奥義があるのだが、それはまあ企業秘密として(笑)。

第一話から第三話まで、このドラマには全編を通じてそのタブーが満載されていた。

もちろん、上のタブーは劇場用映画についての法則であり、連続ドラマの体裁を取るテレビの世界では必ずしも当てはまらない。現に、私自身何本かの昼帯に関わり合って、そのタブーを犯すことこそがテレビドラマの原則だと痛感したものだ。

毎日、あるいは毎週そのドラマに接するわけではない、気まぐれな視聴者に対しては、これでもかとばかりに“反復”と“説明”を繰り返して、自分がいま何を見ているのかを、片時も忘れさせないようにしなければならない。

そういう意味ではこのドラマ、テレビドラマの古式にのっとった、じつに堂々たる王道を行く作りだったのかもしれない。だが昼帯ならともかく、それはあの企画・あの時間帯の視聴者たちには受け入れがたいアナクロニズムだった。

作り手たちが何故それを見抜けなかったのか。ラストのワンロール、延々と続く陣内クンの目を剥いた演説にへきえきしながら、無残だなと次第に気持ちが冷えていく自分を感じて、後味は決していいものではなかった。

これでもう、今秋の第二弾はスルーだなと思ったが、演出があの『火消し屋小町』、そして拙作『はやぶさ……』のKさんだと聞いて、今回の反省を梃子にどう捲土重来を期すのか、さらには、その撮影が終わった後にY・Tシリーズ第二弾で再び一緒に組むことになる以上、そうそう他人事だと言ってばかりはいられないと思い直し、やっぱり次のシリーズも観なければいけないんだろうなと……。(^^);;;;;

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005年6月28日 (火)

NIKKATSU ROMAN PORNO(1)

1970年代の初期、未曽有の不入りに悩む大映と日活が、窮余の一策で『ダイニチ映配』という会社を共同で作り、それぞれの作品を上映していたことがあった。

しかし、加速度的な観客の減少には歯止めがかからず、わずか一年足らずでそのジョイント方式は消滅した。その最後の一本が、藤田敏八監督の名作『八月の濡れた砂』だったことを知る人は、今ではもう少なくなってしまったが……。

それから三カ月後の71年10月に、日活は低予算の成人映画、その名も“NIKKATSU ROMAN PORNO”路線を打ち出して、起死回生の生き残り勝負をかけた。

当時の予算で750万円。その半分弱の制作費で、“パートカラー”と称する作品群(セックスシーンのみがカラーになる)を量産していた『ピンク映画』に抗して、全編カラーの豪華成人映画を作って、観客を呼び込むという目論見だった。

この路線は当然のように半ば以上のスタッフの反発を買い、数多くの人材が日活を去ることになった。有体に言えば、恥ずかしくてPORNO映画なんか作ることはできないという、職人たちの矜恃がなさしめた結果である。

だがそこで、“どっこい生きてる”と踏ん張ったスタッフは皆根性が座っていた。巨匠、名匠と呼ばれた監督たちの多くが去ったなかで、藤田敏八、神代辰巳、沢田幸弘といった演出家は日活に残ることを選び、若手の助監督たちが監督昇進(あるいはプロデューサーへの転身)をかけて、PORNO映画のなかに己の思いを託す道を選んだ。

田中登、小沼勝、伊地知啓、三浦朗、岡田裕、根岸吉太郎、池田敏春、中原俊、金子修介、崔洋一……といった、後の日本映画を支えることになるそうそうたるメンバーが、このカテゴリーから輩出することになったのは周知の事実である。

これはシナリオライターについても同じことで、今や昼帯の大家の感がある中島丈博さんや、最新作『透光の樹』が話題を呼んだ田中陽造さん、映芸編集長の荒井晴彦、他にも佐伯俊道、伴一彦、竹山洋、岸田理生(故人)、斎藤博(故人)等々……といった実力派がずらりと顔を揃え、数々の傑作映画を生み出している。

その梁山泊のような日々については、いつかゆっくりと語りたいと思っているが、最近は若手のスタッフに「え、TさんってPORNO映画を書いてたんですか。あれってストーリーなんかないでしょう。(そして、サイテーといったニュアンスで笑う)」などと言われて愕然とすることも多く、NIKKATSU ROMAN PORNO出身ですと胸を張っても、以前のように羨望の眼差しで見られることは滅多になくなった。これも時代の流れというやつか……。(>_<)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年6月27日 (月)

ピンクのカーテン

来月のスカパーガイドが届いて、さっそくラインナップをチェック。

おお、PPVで『大統領の理髪師』をやる。畏友植草信和氏や寺脇研氏がこぞって絶賛する韓国映画だ。1,050円とちと高いが、これはぜひ観なければ。

と、ページをめくっていたところ、同じPPV136チャンネルで拙作のROMAN PORNO『ピンクのカーテン』が上映されることを発見。

先頃、著作権管理を委託しているシナリオ作家協会から、『ピンクのカーテン』シリーズ三本がCSに購入されたとの報告とともに、雀の涙のような金額の印税が振り込まれてきていたが、これだったのかと納得。

あの橋本治原作の『桃尻娘』と二本立てで450円は、『大統領の……』に比べればいかにも格安。美保純ちゃんはどうも、ROMAN PORNOに出演していたという過去をあまり語りたがらないようだが、未見の方には彼女の若く眩しい肢体とともに、きちんとストーリーのある18禁映画というものを観てもらいたい気がする。(^^);;;;;

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年6月26日 (日)

灰の迷宮

訳あって、昨日から島田荘司さんの旧作『灰の迷宮』をつぶさに読み返している。

実尺93分という枠に、どうメリハリをつけてこの複雑なドラマを織り込むか。前作に続いて、原作には出て来ない通子という存在を、どう自然に絡ませるか。

課題は多いが、また愉しい時間が始まる。しばらくはこのドラマにかかりきりになるが、長短にかかわらず、一日一文の誓いは当分の間続けようと思っている。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2005年6月25日 (土)

林美雄さんのこと(5)

じつはイベント当日のことは、あまりよく憶えていない。目が回るという形容も生ぬるいほどの、常軌を逸した忙しさで、本番をほとんど観ることができなかったのだ。

今になってみれば、もう少し上手くやれたのにと反省も出来るが、当時の私たちはすべてにおいて素人だった。イベントの運営、会場の運営、キャストやスタッフへの気遣い、その悉くに要領を得ず、相次ぐトラブルにひたすら右往左往していた記憶がある。

リハーサル中に起きた最大のトラブルは、某役者さんによるROMAN PORNO女優陣差別発言だった。こんな連中と一緒にやるのか……。不用意に口をついたその一言が、ROMAN PORNO関係者たちの癇に触って、その場で引き上げるという騒動が勃発したのだ。

林さんをはじめ、メンバー一同が懸命に説得して、最後は何とか予定通りの出演にこぎ着けたのだが、自身もROMAN PORNOにかかわっていた身としては、今でもその役者さん(=ポスターのランクにクレームをつけた同一のお方)の顔を見ると複雑な心境になる、一種のトラウマである。

さて、そんなこんなの騒ぎに疲労困憊しながらも、ダフ屋まで出たイベントは、全席売り切れという満席状態で、何とか幕を開けた。

冒頭、林さんのMCに続いて、全キャストがセリに乗って登場し、会場が熱狂的な拍手と歓声に包まれた瞬間、一瞬だけだがそれまでの苦労が吹き飛んだ気がした。だが、それからも出番を控えた役者さんへの連絡や、まだ煮詰まり切っていない事項を確認する作業の連続で、ろくに舞台を観ることができない。

ほとんど唯一憶えているのは、第二部へつなぐ休憩時間が終わって、『八月の濡れた砂』のラストシーン上映とともに、石川セリさんが登場して生歌を歌ったシーン。続いて彼女にインタビューする、林さんの誇らしそうな表情と、トリで登場した渡哲也さんが、会場の女性とデュエットで歌った『くちなしの花』の、文字通り花のようだった舞台である。

こうしてすべての舞台が終わり、いぬいさんのMCとともに、さしもの満席だった会場も空になったとき、やったという充実感よりも、ひたすら疲れた……という虚脱感の方がはるかに強く、メンバー全員でその場にへたりこみそうになった。

この夜、映画ファンのための打ち上げ花火は、多少くすぶりながらも華々しく打ち上げられ、そして跡形もなく煙となって消え失せたのだった。

後年になって聞いたことだが、その客席には風間杜夫さんが座っていて、どうしてオレはあそこにいないのだと歯噛みしていたという。また、当時はまだ早稲田の学生だった内藤剛志さんも、一人の映画ファンとして目を輝かせていたのだと聞く。

すごいメンバーでしたよね。あんなイベント、もう二度と出来ないですよね。横田さんやいぬいさんが後に仕事で組んだ折り、彼らは懐かしそうにそう語ったというが、残念ながら私はその話に加わっていない。

ところで、じつはその一夜限りのお祭りは密かにビデオに収められて現存している。

ホールの映写室から、たった一台のビデオカメラで撮っただけのフィックス映像だが、その熱狂的なお祭りの雰囲気だけは、十分に味わえるという。

現在は林さんの奥さんが手許に持っているという話で、“映画スターファン倶楽部”次回の会合(中川梨絵さんが経営する四谷の呑み屋さんで行うことが決まっている)には、その模様をDVDに落とした映像を全員で鑑賞する段取りになっている。

私自身は未見のその映像を、三十年ぶりのときを隔てて観たとき、初めて私の中の『歌う銀幕スター・夢の狂宴』は完結するのかもしれない──。

-------------------------------------------------

「これって、プロジェクトXだよね」、「うん、確かに……」

前回、皆で呑んだ折り、誰からともなくそんな話が出た。

島田荘司さんが描いたポスターも、手許に残っている。写真もたくさんある。その上、映像も記録されているとなればもっけの幸いだ。「冒頭はこの五人が、林さんの墓参りをしている絵からだね」などと、なかば冗談、なかば本気でNHKに売り込んでみようかと話しながら、先日の林美雄追悼の同窓会は終わったのだった……。

この稿終わり。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年6月24日 (金)

林美雄さんのこと(4)

(1)~(3)の稿とダブる部分も多いのですが、三年前に書いたこんな一文からたどって、『歌う銀幕スター・夢の狂宴』の構成台本が読めます。

今日は長い文章を書いている時間的余裕がありませんので、それを読んで当日の様子など想像してくださればと……。

ダフ屋まで出た、祭りのドキュメントは、明日か明後日にでも書くつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月23日 (木)

赤い疑惑#2

明日、このドラマの局P氏と某シリーズ二作目の打合せをする予定になっている。

だから、下手なことが書けない。(^^);;;

一話目の視聴率は16・5%だったと聞く。通常ならば十分合格点の数字なのだろうが、あれだけ大々的なプレゼンを展開し、鳴り物入りでオンエアした側としては、正直もう少し行くと期待していたのではないだろうか。

一話目にも増してダイジェストの色合いを帯びてきた昨夜の回、やっぱり自分との接点は薄かったが、果たして数字は伸びたのか落ちたのか、日頃はそんなことなど気にも止めたことのない身が、何故だか妙に気にかかる。

初めての昼帯を書くにあたって、私に貴重な昼ドラ論を教授してくれた故鴨井達比古さんが、原作者にクレジットされている。昔書いた映画で、白血病の女性を演じた高橋恵子さんが、同じ病気の娘を持つ母親を演じている。その病で夭折した夏目雅子さんの夫、伊集院静氏と云々のスーちゃんが、戸籍上の母親を演じている。

本筋とは離れたそんな部分に、不思議な感慨を抱きながら、そのドラマを担当した局P氏と新しい仕事をするというのも、何かの縁なのかと思いつつ……。(笑)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年6月22日 (水)

林美雄さんのこと(3)

島田荘司さんとの出会いは、林さんと同じ“スポニチ”の『キャンバスNOW』というコラムを通じてだった。当時、私はそのコラムの二代目下請け編集長をしており、島田さんはその記事に挿絵を描くイラストレーターとして参加してきたのだ。

その島田さんが、出演者全員の似顔絵をベースにしたポスターを描いてくれ、本当にこのお祭りをやるのだなあと実感がわいてきた頃、まず最初の大トラブルが私たちを見舞った。「長い間役者をやって来たが、○○より下に名前が載せられたのは初めてだ」、某役者さんから、怒りの抗議が発せられたのである。

俳優のランク、そのあたりの事情についてはまったく無知な素人集団である。私たちは自らのファン度に鑑みて、渡哲也さんをトップに、そしてシメに菅原文太さんの名前を配し、後は有体に言って好きな俳優さんの順に、ポスター面を並べていた。これがキャリアを誇る某役者さんのプライドを痛く傷つけたのだった。

ポスターの刷り直しをしない限り、出演は辞退させてもらう。強硬な要求に、私たちは頭を抱えた。はっきり言ってそんな予算はない。入場料収入だけを当てに、原則イベント終了後の支払いという虫のいい条件を呑んで、各方面に請け負ってもらっている仕事である。どうしよう……。

「自分が言い出したことだから、自分の力で何とかする。このお金はぼくの貯金から出すよ」、林さんがそう言って払った代金は、当時の彼の給料の半月分くらいに相当していたと思う。貧乏人ぞろいで申し訳ない。そう頭を垂れるしかなく、ともかくも私たちは全ポスター刷り直しという決断で、何とか第一の危機を乗り越えた。

第二の危機は、菅原文太さんから発せられた。「自分はこのイベント出演を、映画ファンのお祭りだと思って引き受けた。ところが数千円の入場料を取って、営利を目的にしているフシがある。それでは賛同できないので、降ろさせてもらう」。あわてて、六人のメンバー全員で文太さんのところに飛んだ。

断じて営利目的ではありません。入場料を取るのは、最低限のイベントにかかる費用を捻出するためです。出演してもらう役者さんや監督さんにも、信じられないような低額ですが、お礼をしなければと思っています。ホールの借り賃、仕事として参加するスタッフへの報酬等々、それらを計算すると、どうしてもこれだけの入場料を設定しなければいけないんです。もちろん、我々は一銭のもうけも考えていません。

じつはこのイベントに関しては、林さんの元にいくつかのスポンサーから資金提供の打診があり、テレビ放映の申し込みもあったと聞く。だが、私たちのツッパリはそれを許さなかった。あくまで一夜限りの、泡と消える祭りがやりたかったのである。

文太さんは、そんな我々の説明にすぐに事情を了解してくれた。「そういうことなら、私のギャラは要らないから、バックを務めるバンドにその謝礼を回してください」、良かった。そう安堵したのも束の間、またもや同じクレームが今度は渡さんサイドから届くことになるのだが、こちらも誠意を尽くした説明に、気持ちよく翻意してもらった。

「初めからギャラを貰おうなんて考えてもいませんでしたから、私の分は他のことに役立ててください」──そのお金は手弁当で参加してくれた、緑ブタパック・リスナーたちの打ち上げに回り、ささやかながら彼らの酒食に当ててもらうことになったのは、瓢箪から駒の出来事だった。

私が今でも渡さんと文太さんのファンであり続けるのには、そんな理由がある。本物のスターとはそういうものだと、こうして書いてみて改めて思う。

第三のトラブルは、猥歌『なかなかづくし』を歌う高橋明さんの後ろで、太鼓を叩くことになっていた某俳優さんが、ある事件に巻き込まれて出演不能になったことであった。日活大部屋の大ベテランとして、名前は知らないまでも、その元祖“悪役商会”を思わせる怖い顔には誰でも見覚えがある。太鼓の名手としても知られる、その大部屋さんがいないのでは、せっかくの高橋さんの喉が際立たない。どうしてこうも次々と……。

萎える私たちを救ってくれたのは、数々のROMAN PORNOで好演を見せ、同時に舞台の世界では一人芝居の名手として鳴らしていた、坂本長利さんだった。去年TBS系の月ミスで放映した、島田荘司さん原作の2Hサスペンス『寝台特急はやぶさ・1/60秒の壁』で、その坂本さんが事件の核心をなす写真を撮る、重要人物として出演してくれたのも何かの縁だったか……。

むろん、このほかにもあのことこのことと、数限りないトラブルが私たちを襲ってきたのだが、紙数が尽きた。ともかくも、こうして快く太鼓叩きの代役を引き受けてくれた坂本さんの参加を得て、私たちはほとんど過労死寸前の疲労困憊状態に陥りながら、ついに本番の1月19日を迎えることになったのだった──。

以下、本番の日の(4)に続く。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年6月21日 (火)

林美雄さんのこと(2)

『映画スターファン倶楽部』という呼称はいつ決まったのだろう?

“現代の眼”という当時の左翼系雑誌で、「理解できない」と評論家のMさんに苦笑された名前だが、まあ変に凝るよりはと、軽い気持ちで付けた覚えが微かにある。

その六人のメンバーは先ず、林さんの肝入りで、伊豆にあったTBSの保養施設に集合して一泊し、ああでもないこうでもないとイベントにかける夢を語り合った。

渡哲也、菅原文太両スターの出演は不可欠である。他にも“パック……”にゲスト出演しては、弾き語りで絶品の『プカプカ』を披露していた原田芳雄さん、『任侠花一輪』のヒットを飛ばしていた藤竜也さん、日活ニューアクションの傑作『反逆のメロディ』の劇中で『百舌が枯れ木で』を歌う佐藤蛾次郎さん、『六本木心中』の桃井かおりさん。

ROMAN PORNOからは宮下順子、中川梨絵、芹明香、丘奈保美、山科ゆり、ひろみ摩耶といった奇麗どころ。もちろん、名作『濡れた欲情』劇中の猥歌、『なかなかづくし』を歌う高橋明さんの存在も欠かせない。

監督にも出てもらいたいよね。鈴木清順さん、深作欣二さん。ああ、『八月の濡れた砂』の主題歌を歌う石川セリさんには、ぜひ生で歌ってもらいたい。緑魔子さん、宍戸錠さん、出来ればハギワラさんにも……と、夢は際限なくふくらんでいく。

考えてみれば、その頃の私たちは顔を合わせるたびに映画の話、それも日本映画のことばかりを語り合っていた。今ならさしずめ“邦画萌え”とでも呼ばれて、半ば好奇の目、半ば軽侮の目で見つめられる存在だったことだろう。

『歌う銀幕スター・夢の狂宴』、やっぱりシャレがきついイベントの名前も決まり、邨野氏が企画書を書き上げたところで、六人は何はともあれと渡哲也さんを訪ねた。

じつはその頃、渡さんは胸の病を患って熱海の国立病院に入院しており、見舞いも兼ねての出演交渉になった。その見舞い客用の応接スペースで、恐る恐る企画書を差し出した私たちに、渡さんは拍子抜けするほどあっさりと頷いた。

「林さんがおやりになることなら、喜んで協力させてもらいます」

その帰りに六人で食った、熱海駅近くの店のラーメンの美味かったこと。

菅原文太さんには、私のツテで東映の宣伝部に間に入ってもらい、やはり快諾を得た。余談だが、このブログのプロフィール写真、左に写っているのはその文太さん、右に写っているのは“仁義なき戦い”の原作者M氏。太秦の撮影所で、“仁義……”シリーズの何作目かを撮っている合間をぬって、写してもらったものである。(^^);;;

芳雄さん、藤竜也さん、蛾次郎さん、かおりさん、セリさん、清順さん、サクさん……残る人たちも皆、(ちょっと考えさせてくれという萩原さんを除いて・笑)「乗った!」という承諾のレスポンスを、驚くほどの素早さで寄越してくれた。そして、その誰もに共通して添えられてくるコメントがあった。

「林さんがやることなら、喜んで協力させてもらいます」

林美雄という人物に寄せられる、映画人の絶大な信頼を、私たちはそのたびに思い知らされることになった。これは当時のニューミュージック系、ロック系の音楽屋さんたちにも共通して言えることで、その後何人のミューシャンから、林さんへの賛辞を聞かされたか数えきれないほどである。

さて、やや独断と偏見に満ちたキャスティングが固まったところで、今度はスタッフの人選である。何しろ素人が手弁当で催すイベントで、圧倒的に軍資金がない。すべてをお祭り当日の入場料収入でまかなわなければならず(スポンサーは付けないというのが私たちのツッパリだった)、となればあまり名の知れた人を使うわけにはいかない。

ここで八面六臂の活躍を見せたのが、いぬいさんだった。文化放送アナウンサーという立場をフルに活用して、何と“小野満とスイングビーバーズ”という超一流のビッグバンドを、雀の涙ほどのギャランティで口説き落としてくれたのだ。しかも、編曲には高見弘さんという大御所中の大御所が加わってくれるという。

そして、肝心要の人選、演出を誰に頼むかという最大の課題が残った。

そのミーティングの席で、私は長谷川和彦氏に頼んでみたらどうだと提案した。私の記憶が確かなら、彼はまだデビュー作『青春の殺人者』を撮る前で、身分的には日活の契約助監督だったはずだが、当時からそのビッグマウスぶりと存在感は圧倒的で、日活撮影所内を我が物顔で闊歩していた。

間違いなく将来の大器と噂されるその男に、映画デビュー前に一本演出してもらおうではないか。彼の人となりを聞き知るメンバーたちも「オレたちらしくていいと思う」と賛成し、長谷川氏も「よう分からんが、やってみるか」と首を縦に振ってくれた。

こうして、すべてのスタッフ・キャストの陣容が揃うまでに、約二カ月近くを要した。その間に会場となる新宿厚生年金会館大ホールの予約を済ませ、当時はまだ東急ハンズなど影も形もなかった渋谷の町外れに、激安の木賃事務所を借り、林さんの“パック”に集う熱狂的なリスナーたちの、ボランティア応援を得、『歌う銀幕スター・夢の狂宴』は、皆の夢の実現に向かって順調にスタートした……かに見えたのだが。(謎)

以下、当時はイラストレーターだった島田荘司さんのポスター参加や、これでもかとばかりに襲いかかるトラブルの数々については、(3)に続くということで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月20日 (月)

VENGO et MONDO

“ジプシー”という呼称は、いつの間にか差別用語ということになって、最近では“ロマ族”と呼ぶのがマスコミその他の習慣になった。

中学のときに、サラサーテの名曲『ツィゴイネルワイゼン』(バイオリン演奏はハイフェッツだった)にめぐり合って以来、“ジプシー音楽”は私が最も好きな音楽のカテゴリーとして、現在に至るまでずっと心惹かれ続けている。

その耳慣れた響きを、いきなり差別用語だと言われても、それじゃあの名曲『ジプシー・クイーン』はどうするのだと、半畳の一つも入れたくなるが、日本人を“ジャップ”と呼ぶのと同じニュアンスなのだと諭されれば、私が無知でしたと改めるしかない。

そのロマ族の出身である、トニー・ガトリフ監督の作品『MONDO』と『VENGO』を、続けざまに二本立てで鑑賞した。

幻なのか現なのか、見ようによっては、この世の者ならぬ存在にも見えるロマ族の少年と、ニースの街に住む人々との交情を描いた、『MONDO』も印象的だったが、何より『VENGO』の圧倒的な芸術ぶりに、手もなく打ちのめされた。

90分あまりの映画中、ロマの登場人物たちは、敵味方、老若男女、健常者身障者にかかわらず、すべての人々がただ歌い、奏で、踊り続ける。胸底から発せられる叫びと、魂の咆哮を体現する官能の舞踏が、これでもかとばかりに繰り広げられる。

なるほどこの流浪の民は、こんな風にして、その喜怒哀楽のすべてを歌と演奏と踊りに託し、長い時代をさすらい続けてきたのかと、今更ながらに思い知らされ、肌があわ立つほど感動した。まさに心臓を鷲掴みにされたというべきか。

二十歳の頃に、初めて生で観たグラン・アントニオ舞踊団のフラメンコ。数年前にやはり生で接した、タンゴ・アルゼンチーノの洗練され尽くした舞い。その間隙を埋める原始のロマ音楽に、文字通り瞠目させられた至福の時間だった。

『僕のスゥイング』、この監督にはもう一本傑作があると聞く。十年前からガトリフ監督には注目していたよというコアなファンには、今頃何をと笑われることを覚悟で、一周遅れのランナーは、何としてもこの映画を観てみようと期している──。

| | コメント (8) | トラックバック (1)

2005年6月19日 (日)

林美雄さんのこと(1)

二カ月ほど前の某日、新宿の『鼎』という居酒屋(映画屋や芝居屋さんがよく集まることで有名な店)に、懐かしいメンバーが集結した。

映画評論家の植草信和(元キネマ旬報編集長)、フリーライターの邨野継雄(元週刊朝日記者)、元文化放送アナウンサーのいぬいみずえ、CM制作会社を経営するプロデューサーの横田栄三、それに私の五人。

ここに元TBSアナウンサーの林美雄さんが加われば、その名もシャレのめした『映画スターファン倶楽部』の勢ぞろいである。

だが、残念ながらその林さんの姿はない。早すぎた彼の死から、もうすぐ丸三年が経とうとしている夜の、それはささやかな追悼飲み会だった。

1975年、今から三十年前の1月19日、場所は新宿厚生年金会館大ホール。そこでこの六人のメンバーは、『歌う銀幕スター・夢の狂宴』と銘打った、たった一夜かぎりの祭りの花火を打ち上げた。これは、当時まだ二十代の若者だった映画ファンたちが、愛する銀幕スターに捧げたオマージュの、汗と涙の物語である。

と、田口トモロヲ氏風にパロってみたところで……。(笑)

林美雄さんに初めて会ったのは、前記の笠原さん同様、当時レギュラーで執筆していたスポニチのコラム、『キャンバスNOW』の取材でだった。

その頃、日本映画への偏愛を方々に書き散らしていた私に、一番気にかかる存在が林美雄という人物だった。TBSの深夜放送、『パック・イン・ミュージック』で、藤田敏八監督の『八月の濡れた砂』を絶賛し、『無頼シリーズ』の渡哲也に心酔し、『野良猫ロックシリーズ』の原田芳雄に熱狂する彼の趣味嗜好が、私の好みと見事に一致していたからである。

赤坂一つ木通りの、旧TBS前にあった喫茶店で待ち合わせた林さんは、嬉しいことに私の書いたものを逐一読んでくれていた。彼もまた、同じような独断と偏見に満ちたヤツがいるものだと呆れ、いつか会いたいと願っていたというのである。

たちまち意気投合して、数時間におよんだ映画談義の最後に、その林さんが思いがけないことを口にした。毎月一度、彼が担当する『パック……』に出演して、映画についてのあれこれを喋ってくれないかというのだ。ギャラは只なのが申し訳ないが、送りのタクシーだけは出すようにするからという条件に、一も二もなく頷いた。

九州の片田舎で、大学受験のための不毛な勉強を続けている頃から、同世代者の多くがそうであったように、深夜放送は私の心の糧だった。オールナイト・ニッポンの亀渕昭信、斎藤安広氏に始まり、TBSの那智チャコパックに笑い転げ、無事上京してからも、セイヤングというよりは“走れ歌謡曲”の落合恵子、いぬいみずえさんといった局アナたちのDJに聴き入り、そして林さんの“緑ブタパック”に到達した。

余談だが、敬愛する先輩のかぜ耕士さんや、WAHAHA本舗の喰始さんは、同じ頃“走れ歌謡曲”でレコード回しのアシスタントをやっていたのだが、これはまた別の話として。その林さんとマイクを挟んで喋れるのだ、何の異存があるだろうか……。

月一の水曜日(だったと思う)の深夜、TBSのラジオ局舎に顔を出した私は、まず名物コーナーの“下落合緑ブタ本舗”提供のパロディCM録音に駆り出された。もはや記憶は遠いが、“タマ下駄”、“仁義なき肩たたき”等、抱腹絶倒のリスナー投稿作品に、大乗りでCMナレーションを務めた光景がよみがえる。

後年になって、その時の放送を聴いていたという業界の後輩に何人も出会い、面はゆい思いをしたのも、今となっては誇らしいような恥じ入るような、若き日の一コマだ。

その林さんがある日、帰り際の私を引き止めて話があると言う。

「渡哲也さんとか菅原文太さんとか、好きな役者さんたちに出演をお願いして、歌を歌ってもらうイベントをやりたいんだけど、Tさん手伝ってくれないかな」

それが伝説の一夜かぎりの祭り、『歌う銀幕スター・夢の狂宴』の始まりになった(笑)。1974年の初夏の早暁だったと記憶している……。

以下2に続く。

| | コメント (12) | トラックバック (3)

2005年6月18日 (土)

橋の上の娘

パトリス・ルコント監督の映画を初めて観たのは、ご存じ『髪結いの亭主』だった。

そのいかにもラテンの血を感じさせる、猥雑な哄笑タッチとともに、フランス人は床屋でも理屈を言い合って議論しているのだなと、いや日本にも“床屋政談”という言葉があるくらいだから、これは東洋も西洋もないのかななどと、埒もないことを考えながら観終わった記憶がある。

で、不勉強の身が、『橋の上の娘』を公開数年目にして初めてスカパーで鑑賞。

モノクローム、フランス映画、ロードムービー、手持ちカメラの多用、特徴的なBGMの選曲等が、私のようなおやじ世代には、たちどころにヌーベルバーグ作品、とりわけ『勝手にしやがれ』や『気狂いピエロ』などのゴダール映画を想起させる。

セーヌ河にかかる橋の上でめぐり合った男と女。その二人が別れと出会いを繰り返しながら、南イタリアからトルコへと長い漂泊の旅を続けていく。そしてラスト、幾度ものすれ違いの末に、遠くボスポラス海峡を望む橋の上で再びめぐり合う。

ナイフ投げの芸人を演じる、ダニエル・オートゥイユの顔がJ・ポール・ベルモンドに、その的になる自殺志願の恋人・ヴァネッサ・パラディの顔がジーン・セバーグやアンナ・カリーナにダブる瞬間が何度もあって、こんな観方は邪道だと自分を反省した。(^^);;;

それにしても面白い。好みだ……。

と、我ながらこのところの例えの古さに呆れ返るが、西鉄ライオンズ、古今亭志ん生、小津安二郎……古いものはどれも本物だったと居直りつつ、これでも最新事情に興味を持って、日夜研鑽を積んでいるのですと言い訳しておきたい。(笑)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年6月17日 (金)

ハギワラさんのこと(5)

ハギワラさんをめぐるこのところの騒動について、いろいろと語ってくれないかという私信メールが届いた。

確かに、ハギワラさんがあの映画にかかわっている期間中、私は何度か彼からの電話をもらった。そのたびに一時間~二時間におよぶ長話の中で、世間には語られていない彼の愚痴や本音を聞いた。

しかし、一方の当事者である岡田さんは、拙作『闇に抱かれて』(共同脚本)のプロデューサーであり、監督の根岸選手とは某角川映画で組んだ仲である。スクリプターのあかねさんとは何本も一緒に仕事をしているし、ある意味での犠牲者である永島選手も、連城さん原作のテレビドラマ『紅き唇』で、主役を演じてくれた得難い知己である。

二月に開かれた『神代辰巳を偲ぶ会』で、私はそちらサイドの人の意見も聞いた。

両者にはそれぞれの言い分がある。つまり、軽々にものを言うのには抵抗があり、この件に関しては中立を守りたいというのが、私の立場である。

ただ一点、ハギワラさんが田中陽造さんのホンに、いたく感激していたことだけは強調しておきたい。男と女の修羅を極限まで描き尽くしたホンに圧倒され、ハギワラさんは体当たりの演技を覚悟した。その頭に浮かんfだのは、『ラストタンゴ・イン・パリ』のマーロン・ブランドの姿だったという。

『ラストタンゴ……』の映画中で、M・ブランドは全裸のビール腹をさらし、薄くなった後頭部をカメラに向けながら、マリア・シュナイダーの若々しい肉体を相手に、情痴の限りを尽くした演技を展開して見せた。

ハギワラさんは、あれをやりたかったのだ。五十男の衰えた肉体をさらし、相手の女を狂わせるほどの極限の芝居を演じたかった。むろん、全裸になることなど厭わない。場合によっては本番を演じることも、彼の演技プランにはあったはずだ。

だが、このテンションの高さは、他のスタッフが立てたコンセプトとは、大きな隔たりがあった。『ラストタンゴ……』でもなく『愛のコリーダ』でもなく、ひたすら大人の純愛映画を作りたかったスタッフと、彼のテンションは初めから相容れないものだった。誤解を恐れずに言えば、何よりも相手の女優さんとの演技プランの齟齬が大きかった。

不幸の芽は、初めから内包されていたという気がしてならない……。

----------------------------------------------------

と、奥歯に物が挟まったところで(笑)、そろそろ皆さんも飽きてきた頃だろうし、彼との他の作品、『離婚しない女』や『JOKER』をめぐるあれこれについては、いつか他の回にでもさりげない形で触れることにして。最後に、彼が語ってくれたいかにもスターさんらしい逸話を記して、この稿のオチにしたいと思います。

ハギワラさんが、ある敬愛する芸術家の自宅へ遊びに行ったときのこと──。

練習室にこもったまま、延々とリハーサルを繰り返すその芸術家氏に待たされているうちに、彼はふと空腹を覚えた。そして、出前でもとるかと傍らの電話帳を開いた。と、次の瞬間はたと気がついた。電話帳の引き方が分からないのである。

「オレ、ガキの頃からマネージャーがそばにいて、何でも全部やってくれたんだ。考えてみたら、電話帳を開いたの生まれて初めてだったんだよ。分からねえ、どうやって鰻屋を探したらいいのか分からねえの。サイテーだろう、アハハ」

そう、若き日のハギワラさんは、あの伝説のグループサウンズ、『テンプターズ』のリードボーカルでもあったのだ……。(この稿終わり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月16日 (木)

赤い疑惑#1

月ミスの次回作、某シリーズの第二作目打ち合わせが延びに延びている。

聞けば、『赤い疑惑』のプレゼンに忙殺される局プロ氏が、申し訳ありません、もうしばらくお待ちくださいと恐縮しているとのこと。よくよく待たされる仕事だなと、内心腐りつつ、ではその鳴り物入りの話題作を(虚心坦懐に)観てみようかと視聴した。

30年前のオリジナル作は、残念ながら未見である。有体に言って、自分には接点のない、埒外の作品だと敬遠していたからだ。にもかかわらず、今回の作品は志あるリメイクというよりは、レプリカに近いというのが率直な第一印象だった。

飛躍的に白血病の治療法が進歩した今、さすがにあの設定を現在に持ってくることは出来ず、舞台は1977年になっている。そのことに異議を唱えるつもりは毛頭ないが、今なぜこのドラマなのかという、そこはかとない疑問はやはり残る。

純愛ブームの今、韓流ブームの今、その原点はここにあったのですよと、胸を張りたい気持ちはよく分かる。プラス大々的な宣伝を展開して、数字を稼げれば言うことなしというわけだ。しかし、それをやるならオリジナルの再放送をすればいい理屈で(何しろ主演はあの山口百恵チャンなのだから)、2005年にリメイクするには、そうするなりのコンセプトがあってしかるべきではないだろうか……。

そんな小難しいことを言ってないで、単純にあのジェットコースターを楽しめばいいんだよと、揶揄する声は承知の上で、以下あえて野暮を一つ。

物語の冒頭は、やはり現在であるべきだろう。寡聞にして、オリジナルでの主役二人の結末を知らず、今回のラストがどう収まっているのかも把握していないが、例えば藤原竜也クンは、生きて順調に行けば一人前の医者になっているはずだ。あるいは、白血病治療の権威にすら昇り詰めているかもしれない。

そんな藤原クンが、病魔に冒されたある少女を完治させる。その少女が、家族にともなわれて退院していく姿を見送りながら、彼は三十年前の青春の一こまを回想する。ダサい手だなと気恥ずかしくはあるが、そんなエピソードを加えるだけでも、時代を生きてきた男の矜恃、幸薄かった妹への哀惜、そして悔い多い自分の青春への自責などがたちまち顕れて、ドラマはより重層的なふくらみを持つと思う。

『アトランティスのこころ』や『グリーンマイル』に見られる、スティーブン・キング原作の映画によくある手法だと言えば、お里が知れるか……。

もしかすると、スタッフはそんなことなど先刻承知で、まあ二作目・三作目を観てくださいと、満を持した仕掛けを用意しているのかもしれない。その時にはごめんなさいと素直に謝るつもりでの、とりあえずの感想文である。

それにしても、30年前ならまず拒絶反応が先に立ったドラマを、名にし負う東海テレビの昼帯で鍛えられた今では、存外に愉しく観ることができ、ずいぶんとレンジが広がったものだと自分に驚いた。このあまりにも濃い物語がどんな結末を迎えるのか。怖いもの見たさで、来週も再来週もきっと観てしまうのだろうなと笑いつつ、こっちの打ち合わせも早くしてくださいと、局プロのWさんにはお願いしておきたい。m(_ _)m

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年6月15日 (水)

ハギワラさんのこと(4)

『恋文』という映画は、コアな神代辰巳ファンには決して評価の高い作品ではない。

神代節の熱烈な信奉者にとっては、やや情緒に流れる作りが、例えば『もどり川』のような鋭角性、『青春の蹉跌』のような虚無性、『濡れた欲情』、『恋人たちは濡れた』等のROMAN PORNOに漂う官能性のような、最も神代辰巳らしい戯作者ぶりとは一線を画すポピュリズムに、らしくない匂いを感じさせるからだと思う。

何より、ほかならぬ私自身がそう思うのだから間違いない。(笑)

じつは当時のスタッフ、その衆目の一致するところは、「あの写真はオールラッシュのときが最も感動的だった」というものである。

オールラッシュとは、音楽打ち合わせと映倫審査を兼ねて、セリフのみが入った映像を実際の尺に編集して回す、いわばプレ完成品の上映である。日活撮影所の映写室で行われたそのラッシュが終わった途端、音楽担当の井上堯之さんが拍手とともに立ち上がると、隣の席にいた神代さんをいきなりハグして叫んだ。

「カントク、この映画に音楽は要らないですよ。このままで十分。余計な音楽をつけて、無駄に分かりやすくするのはやめましょう」

堯之さんがそう感激するのも頷ける、静謐な緊張感に貫かれたラッシュだった。その映像には、神代節の最も良質な部分が凝縮しているように思われた。だが一人、神代さんだけは微苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「この作品はヒットさせたいんです。甘いメロドラマでいいんです。今回はこっちからお客のところに下りていきましょう。いっぱい音楽をつけてください」──。

そんな戦略が功を奏したのか、映画はその年の邦画ヒット作にランクされ、ハギワラさんの妻を演じたBさん(何故か今回だけはイニシャル表示です)をはじめ、幾人かのスタッフ・キャストが各映画賞を受けることになった。そしてBさんを筆頭に、堯之さんや編集の鈴木さん、撮影の山崎さんなどが日本アカデミー賞を受賞した記念に、六本木の某レストランで祝賀のパーティが開かれることになった。

久しぶりに一堂に会したスタッフ・キャストに混じって、その席にはBさんのご主人・Aさんの姿があった。当時を知る人にはピンと来るかもしれないが、ハギワラさんとBさんはその頃芸能ジャーナリズムの標的になっており、鵜の目鷹の目のハゲタカ連中に動向を探られていた。そんなさなかのAさんの同席に、和気あいあいとした雰囲気ながらも、どこかにかすかな緊張をともなう座が繰り広げられていく。

その会食がたけなわになった頃、Aさんが笑顔で話を切り出した。

「あらゆるスポーツにはルールがあって、反則は厳しく禁じられています。ただ、一つだけ反則行為を許されているスポーツがある。それがプロレスです」

「プロレスの世界では、相手の首を絞めようが凶器を振るおうが、4カウントまでは反則が許される。レフェリーが1、2、3、4とカウントする間は、反則を続けても構わない。ただし、5カウントまでにやめないと、その場で反則負けになってしまいます」

「ぼくは男と女の仲も同じだと思うんですよ。4カウントまでは許される反則も、5カウントまで続ければルール違反になる。そうですよね、ハギワラさん」──。

引きつった爆笑に包まれながら、その場にいた誰もがAさんの機知に舌を巻いた。同時にそんな“大人(たいじん)”を夫にするBさんの“女”に共感し、そのBさんを愛するハギワラさんの“男”に連帯した。本物の、セクシーな大人たちがそこにいた。

そんな叙事詩とは無縁の地平にとぐろをまき、芸能ジャーナリズムというやつは、今日もお為ごかしの下品な面相でハギワラさんにたかり、相撲兄弟の確執を煽り立てている。語るに落ちたとはこのことかと、敢えて暴露話寸前を書いて連中を挑発してみた次第です。関係各位、もしこの稿を読むようなことがあったら、5カウントまではいっていない反則だと、笑って許してやってください。(^^);;;

あ、そうそう、そう言えばこんな茶番もありましたっけ……。

以下5に続く。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年6月14日 (火)

モノクロームの反転

横山秀夫サスペンスは、このところTBS系“月ミス”の顔になった感がある。つい二カ月ほど前に、『真相』をオンエアしたばかりなのに、早くも次作の放映だ。

去年まで局編成のチーフだったKさんが配転で外れ、その残した遺産とでも言うべきストックを、早く消化するためのローテーションなのだろう。それにしても矢継ぎ早の放出だなと、いささか戸惑いながら昨夜は『モノクロームの反転』に対した。

月ミスの横山シリーズには、2時間サスペンスの王道をいく、強い自負が込められていて、出来不出来はありながらも、毎回注目すべき作品がそろっている。前回の『真相』も、あまりにペシミスティックなテーマに気持ちは暗くなったが、さすがに故相米慎二のチーフ助監を務めた、榎戸耕史選手の演出だと感心した覚えがある。

で、『モノクローム……』もなかなかの佳品で、最後まで興味深く観終わった。

捜査一課の強行班同士の対立は、高村薫の“合田シリーズ”でもよく描かれるが、かつてサツ回りの新聞記者だったという横山さんの筆致は、現場を踏んだ者でなければ知り得ない、鋭角的なリアリティにあふれていて、読むたびに刺激させられる。

映像の方も、段田安則演じる楠見班長と伊武雅刀の村瀬班長が、いつもながらの乗り乗り演技を展開していて、丁々発止のやりとりに心地よい緊張感が漂う。その他のレギュラー陣のキャラクターにも、適度な目配りがなされていて、真犯人は誰かという謎解きへの興味とともに、九十数分という実尺を飽きさせることなく走りきった。

ただ惜しむらくは、ラストの五分。

橋爪功捜査一課長と寺田農刑事部長による、事件総括の板付き芝居は言わずもがなで、いきなりの説明くささに蛇足の感が先に立つ。

続く主役二人の友情確認芝居も、屋上屋を重ねる饒舌でいただけない。

例えは目茶苦茶古いが、『さらば友よ』のC・ブロンソンとアラン・ドロンのように、最後はただ無言のまま廊下をすれ違う(このご時世煙草に火をつけてやるのは流行らないだろうが…)だけで、十分に二人の心情は粒立ったと思う。撮っているうちに気分が乗って、気持ちよく演説しないではいられなかったのかな?

とはいえ、同じ横山原作を映像化しても、フジの“軽チャー路線”にかかると、仲間由紀江チャンが無残だった『顔』のような凡作に仕上がってしまう。

シリーズ生みの親のKさんはチーフを去ったが、“横山秀夫サスペンス”は依然として月ミスの砦企画である。編成体制が替わったいま、いろいろと内部事情はあるだろうが、横山氏の最新作『ルパンの消息』も発刊されたばかりだし、一ファンとして、この先も変わらずに映像化を続けていって欲しいと願っている──。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年6月13日 (月)

ハギワラさんのこと(3)

さて、映画の方の『恋文』である。

その第一稿が出来上がって、私と神代さんは当時中野にあった“福屋”という旅館に籠もって、決定稿作りのための長い逗留生活に入った。

昼頃にもぞもぞと起き出して、深夜まで各シーンに沿った直しの討議が続くなか、ハギワラさんは差し入れを携えて、頻繁に私たちの元を訪れるようになった。時にはそこに桃井かおり、芹明香、奥田英二、あるいは連城三紀彦さんといったメンバーも混じって、さながら役者&作家さんの梁山泊のような日々が過ぎていく。

と言っても、ハギワラさんはもちろんただ遊びにきていたわけではない。

「いまどのシーンの話してるの?」

人懐っこい表情で聞いたあと、彼は決まって、そのシーンを読んで思い出した自分の来し方のエピソードを語るのが常だった。そんないくつかは、今でも芸能ジャーナリズムが涎を垂らしそうな、信じがたい打ち明け話だったが、ハギワラさんの名誉のためにも、安易にその秘密に触れるわけにはいかない。(笑)

ただ一点……。『恋文』の冒頭間もなく、ハギワラさん演じる主人公が、倍賞美津子さん演じる妻の赤いネグリジェ姿を見て、「辛子明太子がヨガやってるのかと思った」と口走って枕を投げつけられるシーン。

そしてラスト近く、泥酔の果てに暴力事件を起こして留置場に入れられたハギワラさんが、工藤栄一監督演じる同房の男に、「(指の関節皺を見ながら)線路だよ……どこに行くのか分からねえよ」と語りかけられる不思議なシーン。

この二つは、紛れもないハギワラさんの実体験に基づく話を、一稿の構成に合わせてアレンジし、決定稿に付け加えたものだと告白しておく──。

そんな間も、神代さんの「何かないか」、「もっとないか」攻撃は毎日続き、微に入り細をうがつ作業が延々と展開されたあげく、足掛け三カ月を経て、ようやく『恋文』の決定稿は完成した。(その濃密な日々にはいずれ稿を改めて触れようと思う)

さあ、これでライターはお役御免。あとは時々現場を覗いて、楽しく遊んでいればいい。いつもの伝で晴々とそう思ったのが、大きな間違いだった。

深夜の二時ごろ、自宅へ戻って床に就いている私の枕元で、けたたましい電話の呼び出し音が鳴る。「Tさん?」、のっけから激しく興奮した声が、「今、立って動きつけながらセリフの練習してたんだけど、分かんねえとこが出てきた」と、ワンオクターブ上がった調子で飛び込んでくる。

何時間もかけて、演技プランを練っていたに違いない。そのテンションのまま、ハギワラさんが時間も都合もお構いなくかけてくる電話の、それが最初になった。

寝入りばなで朦朧とした私の頭は、すぐには働き出さず、焦れったい応答がしばらく続く。何がどう分からないのかを理解するまで、独特のハギワラ語の解読には時間がかかるのだ。と、耐えきれなくなったハギワラさんは、受話器の向こうで一言叫ぶ。

「会いてえ~!」

奥底から絞り出すような叫び声が、思いがけない鋭さで耳に刺さる。まるで身悶えするように、ひたすら「いまこの瞬間に会いたい」という本気の響き。

男の私ですらクラッと来て、じゃあすぐに行こうという気になるくらいだから、これをやられた女性はさぞたまらないことだろう。(笑)

ハギワラさんという俳優の肉体には、クランイン前からアップまでの全期間、彼が演じる登場人物の人格が憑依する。その間の異常なテンションの昂りを、正面から受け止められるか、あるいは軽いフットワークでかわすことが出来るかは、ひとえに監督の器量と共演者の技量にかかっている。

それが、うまくいったときにはとてつもない傑作が出来、駄目だったときには、目も当てられないほどすべった作品になる所以だと思う──。

「ねえ、分かる? オレの話使える?」、秘密の打ち明け話を開陳したあと、窺うようにこちらの目を覗き込むハギワラさんに、神代さんは笑みを含んであいまいに頷く。

「ダメか。そうやって喋らせるだけ喋らせて、おいしいとこだけ持っていくんだよな」

冗談めかして笑うハギワラさんの目はしかし、たじろぐほどの強い光を帯びている。残念ながら、このところのハギワラさんの出演作で、そんな眼差しを見た覚えがない。神代さんに続いて、工藤監督、蔵原監督という良き理解者までも失った彼の落胆は、周囲が思う以上に深いものなのかもしれない……。

以下4に続く。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年6月12日 (日)

ラストプレゼント

去年放映された、テレビ版『恋文』の脚本家が書いた物語ということで、興味深く視聴。

『恋文』は渡部篤郎、水野美紀の夫婦がずいぶん子供っぽく描かれていて驚いた記憶があるが、今回の堂本剛、菅野美穂の夫婦もかなりの幼さだった。

最近の純愛ブームでは、大人の恋愛を描くことはダサいと評されるのだろうか?

ちょっと言葉はきついが、ここまで韓国ドラマのエピゴーネンをやられると、本家(と敢えて言う)の矜恃はどこへ消えてしまったのだと悲しくなる。

モンタージュ主体の映像は、もどかしいほどに登場人物たちの内面に入っていかず、大時代的なBGMが、四六時中「さあ泣いてください」と感傷をあおる。

妻の死病に長く気づかなかった亭主という設定は、それでいい。それでいいのだが、なぜ気づかなかったのかという、彼の自堕落な日常の側面がネグられているから、いざ妻の死期を知ってからとの落差が際立たない。

夫には病気のことを知らせないでくれと言われた女医の設定も、それでいい。いいのだが、いわば時間をかけた自殺を望む患者に、彼女は医者としてどう対処しようとしたのか。その真摯さが見えないから、せっかく余貴美子という名優を得ながら、患者をほったらかしにしたひでえ医者だなと、ほとんど感情移入が出来ないまま終わる。

菅野美穂(好演)が救急車で病院に運ばれたシーン、その場面で夫と妻はほとんど初めて本音で相対する。 このまま入院しろという夫の言葉を、妻は家に帰るとしゃにむに拒絶する。そしてドアに向かって突進する妻を、夫は必死の思いで止める。

このシーンで、カメラは一瞬病室の壁を映したまま動かない。それからおもむろに、ドアの前で愁嘆場を演じる二人にパンしていく。それをして哀しい余韻だと意図したのなら、この演出は間違っていると思う。この肝心要の場面こそ、カメラは二人の激情に寄り添い、その内面を凝視し続けなければいけないシークエンスだ。

もっと深く、もっと普遍を。そうすれば、あざとい作為など弄さなくても自然に泣ける。

最近あるイベントで、「頭が痛くなるほど泣ける映画を観たい」という女性と食事をした。その女性の颯爽とした大人ぶりから類推して、このドラマを観たとは思えないが、仮に視聴していたなら、彼女は果たして頭が痛くなるほど泣いただろうか?

-------------------------------------------------------

同じお笑い系をテーマにすえた物語では、去年読んだ『笑う招き猫』(山本幸久著・集英社刊)という小説が出色でした。未読の方にはお薦めです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年6月11日 (土)

ハギワラさんのこと(2)

ハギワラさんのことを、役者として初めて認識したのは、1973年の公開当時に新宿松竹で観た、『約束』(斎藤耕一監督)という映画でだった。

夫殺しの罪で服役する岸恵子さんが、その夫への供養のために、一日だけの許可を得て仮出所し、新潟へ向かう車中──。

偶然同じボックスに乗り合わせた、チンピラ役のハギワラさんが、軽薄にかつ深刻に彼女を愛していく物語が、あまりにも切ないラストシーンまで私の目を釘付けにし、ほとんど瞠目し続けた一時間半だった。

そして翌年、今度はあの名作『青春の蹉跌』にめぐり合うことになった。

東宝本社の試写室で観た、その神代辰巳作品の中で、ハギワラさんは『約束』とは真逆のインテリ青年のニヒリズムを、「えんやーとっと、えんやーとっと」というしらけた鼻唄に乗せて、下手に触れると返り血を浴びそうな鋭い感性で演じきっていた。

さらに翌年には、同じ神代監督で『アフリカの光』、蔵原惟繕監督の『雨のアムステルダム』が続けざまに公開され、以後ハギワラさんという役者は、それまでの日本映画における演技の常識を覆した、稀有の俳優として高く評価されることになった。

いかに、彼の役者としての天性が優れていたかについては、後年神代さんから聞いた次のようなエピソードがある。

『青春の蹉跌』の劇中に、ハギワラさんがただあてもなく道を歩くというシーンがある。この場面は望遠レンズで隠し撮りされたため、彼はスタッフからずっと遠い場所を一人で歩いていく段取りになった。

ヨーイ、ハイがかかって、そのハギワラさんがふらりと歩き始める。と、何を思ったか、彼は道沿いの民家の庭に面した鉄柵を、カランカランと右手でたどっていく。打ち合わせにはなかった動きに、神代さんは「いいぞ」と内心で呟いた。

すると、何も知らない通行人の老人が、ちょうど対面から来あわせる。どうする? と見ていると、ハギワラさんはひょいと左によけ、道を譲ってすれ違う。そして何事もなかったように塀際に戻ると、また鉄柵をカランカランとたどっていく。

次の一瞬、そのハギワラさんの歩みがピタリと止まる。そして、老人とすれ違った場所まで引き返していく。それから彼は、おもむろに数メートル分の空白になった鉄柵をたどり直しながら、再び飄々とした足どりで歩いていった……。

「この役者、ただ者じゃない」、神代さんがそう感嘆した瞬間だったという。

さて、そんな具合に他社で大きな作品を撮る一方で、神代さんは本来のフィールドである日活でも、数々のROMAN PORNOの傑作をものしていた。『赤線玉ノ井・抜けられます』、『赤い髪の女』、『嗚呼! おんなたち 猥歌』……どの作品も、濃密な官能と戯作の精神に満ちあふれた、身震いするほどの傑作ぞろいだった。

その神代さんのROMAN PORNO作品のプロデュースを、一手に引き受けていたのが、日活演出部出身で元々神代組の助監督を務めていた、故三浦朗さんである。

と言ってもむろん、その頃の量産態勢の元では、神代作品だけを制作していたわけではなく、他にもさまざまな監督作品を手がけていて、見どころのありそうな若いライターを見つけてきては、何本か書かせた末に「そろそろクマとやってみるか」と、神代組のホンを書かせるのが常の実力者だった。

その三浦プロデューサーの口から、内心待ち焦がれていた「そろそろクマと……」のフレーズが飛び出したのは、氏と組んで美保純主演のロマンポルノ、『ピンクのカーテン』シリーズを三本立て続けに書いた直後のことだった。

原作は神代・ハギワラコンビの第三作として作られた、『もどり川』(畏友Aの脚本)に続き、同じ連城三紀彦さんの直木賞受賞作である『恋文』。主演は言わずと知れたハギワラさん、共演には倍賞美津子さんという芸達者が内定している。

こうして私は、憧れの的だった名匠神代辰巳と、敬愛してやまない天才俳優のハギワラさんという、夢のようなコンビと仕事をすることになった。時代はいつの間にか1980年代に移っていて、角川映画の台頭とともに、長く続いた日本映画のプログラムピクチャー態勢が崩壊する兆しを見せていた、端境期ともいうべき時節だった──。

以下3に続く。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年6月10日 (金)

ハギワラさんのこと(1)

ハギワラさんの本名を漢字四文字で記すこと、あるいはそのあまりに有名なニックネームで呼ぶことは、この時節、悪意に裏打ちされた検索にこのブログが引っかかかる可能性を秘めている。そんなストレスを抱えるのは本意ではないので、この稿では彼のことを単にハギワラさんと記すことにする。

そのハギワラさんと最後に仕事をしたのは、(今のところ)『JOKER/厄病神』という映画である。じつはその後も、フジテレビの金曜エンタで『コキーユ・海の響きを懐かしむ』という2Hをやりかけ、ホンも出来上がっているのだが、よくある“諸般の事情”というやつで中止の憂き目を見ている。それが今に至るも痛恨事なのではあるが、その事情に触れることは今回の稿の目的ではないので、パスすることにして……。

『JOKER』の脚本が出来上がって、一週間後にクランクインという頃、ハギワラさんから電話がかかってきた。

「インの前にクマさんの墓参りに行きたいんだ。オレ、クマさんの墓の場所知らないし。Tさん知ってるんだろう、連れて行ってくれよ」

クマさんとは言うまでもなく神代(くましろ)辰巳監督。ハギワラさんとは『青春の蹉跌』、『アフリカの光』、『もどり川』、『恋文』、『離婚しない女』などの映画で組んだ名伯楽である。どういうわけか、その神代さんの墓と私の父親の墓が同じ霊園にあって、私がすでに何度か墓参りをしていることを知っていての申し出だった。

さっそく翌日、東名高速の厚木インター出口で待ち合わせ、車で三十分ほどの山あいにあるSメモリアルパークへ向かった。

ハギワラさんは案内された神代さんの墓の前に立つと、線香を上げる間もなく、やおら持参した桶の水で墓石をていねいに洗い始めた。

「クマさんが生きてりゃ、この映画も撮ってもらったんだけどな。工藤さん(工藤栄一監督)もクラさん(蔵原惟繕監督)も元気ねえし、どうしようもねえよ」

自分を嗤うように独りごちながら、墓石をきれいに磨いていくハギワラさんの背中を見ながら、私は神代さんの葬儀のことを思い浮かべていた。

持病の肺炎を悪化させ、まだ60代という若さで早世した神代さん、その葬儀で弔辞を読んだのは、映画界入り以来の強力なライバルであり親友であった蔵原監督、女優の桃井かおりさん、そしてハギワラさんの三人だった。

生前“女の達人”と呼ばれた神代さんが、どんな手管を使って女優を口説いたのか。桃井さんの一種暴露話に似た弔辞に笑った後、祭壇の前に立ったハギワラさんは、以下のような趣旨の送る言葉を述べた。

「師匠と初めて映画で組んだのは、『青春の蹉跌』という作品でした。その撮影現場で、何度テストを繰り返しても、師匠はなかなかOKを出しませんでした。“何かないか”、“もっとないか”そう繰り返すだけで、どこが不満なのかには一切触れず、たばこの脂で汚れた歯を見せながら、テストを繰り返すばかりでした」

「何度テストをしても気に入らない様子で、“ねえ、ハギワラさん、もっと何かないの”、ティッシュで靴を磨きながらうそぶく師匠に、私はついにキレました。“靴ばっかり磨いてねえで、歯も磨けよ”、思わず切り返した私に、師匠はニコリともせずに言いました」

『よし、良くなってきた。じゃあ、本番行こう』

そんな胸に沁みる弔辞の最後を、ハギワラさんは次の肩書で結んだ。

『神代学校落第生・ハギワラ××××』──。

同じく神代学校の落第生だった私は、その後『恋文』の第一稿を棺に入れ、その上を四国遍路の折りに着たハギワラさんの衣装が覆った。そして私たちは、他の神代さんを慕う人々と一緒に師匠の棺を担ぎ、火葬場に並んで骨を拾った。

『JOKER』は、そんな私たちには与り知らないスタッフが作った映画で、さまざまな要因も重なり、残念ながら思い描いたグレードには届かない作品に仕上がった。「もっと何かないのか」、時々よみがえる神代さんの口癖を耳に、もう一本、せめてもう一本心底から納得のいく作品を、ハギワラさんと手がけてみたいと望んでいるのだが……。

以下2に続く。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年6月 8日 (水)

火サス・六月の花嫁

十年ぶりに『火曜サスペンス劇場・六月の花嫁』シリーズが復活ということで、昨夜はその第一回目がオンエアされた。

じつは、私もその十年前の第一期に二本の『六月の花嫁』を手がけたことがある。

一本はテレパックと組んで書いた、田中美奈子、筧利夫両俳優の主演作。もう一本が、当時私が所属していた事務所・メリエスの制作した鈴木京香、田中実主演の作品。

それぞれに若き日のヒロインが美しく、ラストのウエディングドレス姿にうっとりと見入った記憶も鮮明な、懐かしい2Hだ。

報道によると、今回の復活にあたっては約40本の企画が日テレの編成部に寄せられ、その中から4本の作品が選ばれたらしい。

十倍の競争率を勝ち抜いた作品群というわけだが、以前のそれはさらにもっと厳しい数字だった気がする。

各制作プロに『六月の花嫁』企画募集の告知が来るのが、年の初め。で、各社がこぞってこれこそはと提出する企画書が60あまり。オンエア4本の年なら15倍、5本の年でも12倍という、団塊の世代の大学受験並みの高い競争率の戦いになる。

そして開かれる選抜会議の第一回目。各プロダクションは、担当の編成局プロから結果を知らせる電話が入ってくるのをひたすら待つ。

「今日、60本を30本に絞りました。残ってます。来週の会議でまた半分の15本に絞ります。結果が出たら連絡します」

一週間後──。

「いま会議が終わりました。15本に絞りました。残ってます。来週さらに絞ります」

二週間後──。

「8本になりました。次の会議で最終的な4本を決めます。競争率2倍です。ここまで来たら、編成担当としても絶対に通すように頑張ります」

三週間後──。

「決まりました。良かったです。さっそくホンの打ち合わせと、キャスティングの詰めをやりたいので、すぐにでも会いましょう」

こうして、勝ち組になるにしろ負け組になるにしろ、各下請け関係者たちは約一カ月間をまな板の上の鯉、蛇の生殺し状態で過ごすことになる。

その緊張の分、運良く企画が通った瞬間にはすっかり気が抜けてしまって、本番はこれからというのに、半ば燃えつき症候群のような症状を呈している始末だ。

そのあたりが、高い競争率を勝ち抜いて作られた割りに、出来上がった作品は多くが拍子抜けするほど緩いサスペンスになっている、そんな印象を与える遠因かもと分析するのだが、さて十年を経て再開された今回のシリーズのクオリティは……?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年6月 7日 (火)

笠原和夫さんのこと(5)

笠原さんとは三回の忘れられない邂逅があると書いた。

一度目は(1)で書いた一対一の至福のシナリオ講座、二度目は(4)で書いた荻窪駅での出会い。

そして三度目が、これから書く新宿ピカデリーでの邂逅である。

その日、私は話題の『ラストエンペラー』という映画をその劇場で鑑賞した。

宣統帝溥儀を演じたジョン・ローンの好演とともに、紅衛兵の叫ぶ“造反有理”のスローガンを耳に残して映画が終わり、トイレに立ち寄ったところ、左隣の朝顔に並びかける巨体に奇妙な既視感がある。

さりげなく横目で窺うと、案の定久しぶりに出会う笠原さんだった。

「妙なところで……。ご無沙汰しています」

「おお、どうしたんだ、すっかり油が抜けて。女でも出来たのか」

辺りをはばからぬ磊落な大声に、思わず「いや、まあ……」と口ごもる。じつはその日、さる女性と二人連れだったのである。

偶然にも、その女性『仁義なき戦い』シリーズの大ファンであり、あの三島由紀夫が絶賛したことで知られる任侠映画の名作、『バクチ打ち・総長賭博』を何度観てもさめざめと泣くという笠原和夫おたくで、初めて会ったナマ笠原さんに狂喜乱舞している。

で、話は自然な流れでお茶でも一服ということになる。

その席での笠原さんの博覧強記ぶりには、いつものことながらただ感嘆の一言だった。

話題は溥儀の祖母西太后の愛人話から、弟溥傑の人となり、東洋のマタハリと呼ばれた従妹の川島芳子の最期をめぐる謎……エトセトラ・エトセトラと縦横無尽に駆け回り、ついには紫禁城の内部構造にまで及んで果てることを知らない。

じつは笠原さん、その頃『226』という映画の脚本を準備していて、満州国のことについては誰よりもよく調べ尽くしていたというオチがつくのだが、それにしても徹底的に取材を重ねる執筆姿勢には、何度会っても刺激を受ける貴重な体験だった。

「『ラストエンペラー』はペケな映画だったが、良識派(?)の評論家連中がまたやけに褒めている。あの連中、『226』が出来上がったら例によっていろいろと難癖をつけるんだろうな。でもT君、『二百三高地』にしろ『大日本帝国』にしろ、『日本海大海戦』にしろ、本当の戦争映画を書けるライターはオレしかいないと思うよ」

別れ際に不敵な笑みを浮かべて喝破した、笠原さんの笑顔が今でも脳裏に蘇る。

------------------------------------------------------

というわけで、その時の女性とのてんまつはスルー、ただ人の世は有為転変とだけ言っておくことにして(謎笑)……。長々と書きつらねてきた最後に、(1)で書いたエピソードにリンクする後日談を述べて、とりあえずこの項を終わりにしたいと思う。

いつ頃のことだったか、もはや記憶が定かではないが、笠原さんが病に倒れ、胃を全摘して東大病院に入院しているという知らせが、私の元に飛び込んできた。

とるものもとりあえず、見舞いに駆けつけた病室には、百キロの体重が60キロになったと笑う笠原さんがベッドに横たわっていた。

そして、その傍らにこれまたどこの組の大幹部かと、思わず引きそうになる貫祿たっぷりの偉丈夫が、先客で見舞いに訪れている。

初対面の先輩ライター・下飯坂菊馬さんに、笠原さんは次のように私を紹介した。

「こいつはな、オレが弟子になれというのを、イヤだと断ったヤツなんだ」

「エッ、それはないですよ。オレはお前を食わせられないから弟子にはしない。そう言って、押しかけ弟子志願を追い返したのは、笠原さんの方じゃないですか」

思わず気色ばむ私に、笠原さんは冗談めかしながらもさらに強弁する。

「いや、違う。お前はせっかく弟子にしてやるというオレの好意を無にした、とんでもない恩知らずだ」

笑顔のその裏に、「バカ、どうしてあの時にもう一押しして来なかった」と叱責する笠原さんの内心をかいま見た気がして、ハッと口をつぐんだ瞬間だった。

そうだったのか……。

------------------------------------------------------

笠原和夫:反骨を貫きその生みだす作品のようにアウトローであり続けた稀代の脚本家。平成14年12月12日病没。享年76才。合掌……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年6月 6日 (月)

シルミド

去年、文化庁の寺脇研文化部長が中心になって、日本映画を十数本携えて韓国で上映会を開くという交流イベントがあった。

その折り上映したNIKKATSU ROMAN PORNO作品が、不道徳きわまると長老映画人たちの激怒を買い、日本側として謝罪を考えるまでにエスカレートする事態が起こった。

そんな騒動の渦中で、敢然とROMAN PORNO擁護を繰り広げたのが、『シルミド』の脚本を書いた女性シナリオライターだったという。

私はこんなに自由な作品を作れる、日本の映画界をうらやましいと思います。

会場に同席していた知人のS女史の証言によれば、この女性ライター、紛うかたなきチョー美人で、同性の目から見ても惚れ惚れするほどの凛とした女ぶりだったらしい。

てな具合の裏話に惹かれて、見逃していた『シルミド』を昨夜、民放地上波・CM入り・日本語吹き替え・大幅カット版というバージョンながら、ようやく鑑賞した。

オリジナル140分の映画を、恐らくは三十分以上カットしてのオンエアで、それを元に論評するなどルール違反以外の何物でもないのだが……。

登場人物たちの描き方が、どれもステレオタイプの域を脱しておらず、どのシーンにも隔靴掻痒、掘り下げ不足の歯がゆさを感じてしまったのは、根本的なところで“恨”の文化を理解していない、私の勉強不足なのだろうか?

いや、やはり一つの作品をズタズタに切ってオンエアするという、局の姿勢にこそ問題がある。これは機会を見てきちんとノーカット、原語版のバージョンを見直さなければ、下手なことは言えないぞと、また民放地上波で映画を見るのはやっぱり止めるべきだと、自らを戒めた二時間あまりではあった。

とはいえ、同じ民族の悲劇を扱った映画なら、ユーゴスラビアの『アンダーグラウンド』、トルコ(クルド族)の『路』、もっと古くはブラジルの『アントニオ・ダスモルテス』といった傑作群が思い浮かび、それらの作品の完成度に比べれば、やはり見劣りする作品というのが正直なところだったと、ここは敢えて言っておくことにする──。

| | コメント (3) | トラックバック (0)