2006年9月27日 (水)

電車最中と留井警部補

『電車最中』は島田荘司さんの最新作、『光る鶴』(光文社文庫)に所収された書き下ろし短編である。主役は『灰の迷宮』に登場した、鹿児島県警捜査一課の留井十兵衛警部補で、おなじみ吉敷竹史警部が脇に回っている。

留井十兵衛という名前は、往年のフランス映画の名脇役、ルイ・ジューベに想を得たと島田さん自身の口から聞いたことがある。

ルイ・ジューベ。『舞踏会の手帖』のベルレーヌを口ずさむキャバレー経営者、『旅路の果て』の自尊心の塊のようなエゴイスト、『犯罪河岸』の人間味あふれる刑事役などが直ちに思い浮かぶ、オールドファンには忘れられない名優だ。

島田さんは、恐らく『犯罪河岸』でのアントワーヌ警部の演技を観て、留井刑事のキャラクターをイメージしたものと推測する。独特の品格をたたえた風貌と、鋭くしかし淡々とした演技が、著者の創造力を刺激したのだろう。

去る一月に、今はなき“月曜ミステリー劇場”でオンエアされた『灰の迷宮』では、その留井刑事を温水洋一さんが演じていた。脱力系で知られる性格俳優、温水さんの芝居がルイ・ジューベのそれとシンクロしたかどうかは分からないが、放映後しばらく経って島田さんは再び留井刑事を活字の上で蘇らせてくれた。

この1作は、「電車最中」というのですが、「灰の迷宮」に出てきた鹿児島の留井警部補の、東京集団就職時の思い出話という側面もあるもので、(中略)自分としてはけっこう気にいっています。留井刑事を思い出したのも、鹿賀・吉敷のドラマの印象があったので、沸いて出たものと思っています。

と、さりげなく原作者からのメールの一節をペーストしたところで(笑)、さて、肝心の『吉敷竹史シリーズ』第3作の映像化はどうなっているのだろう。

ある人は、2Hサスペンスはすでに見限られたと言い、ある人は、視聴率15パーセント超の実績がない以上営業的に難しいと言い、またある人は、いや“窓際太郎”や“浅見光彦”だけが生き残るとは思えない、もう少し待てば必ずクオリティ重視の流れが出てくるから、臥薪嘗胆で想を練っていろと言う。

やるとなれば、第1作『寝台特急はやぶさ・1/60秒の壁』に登場した、牛越三郎警部補が活躍するあのシリーズ作になる予定なのだが、う~ん。( °~ °)

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2006年8月19日 (土)

山桃寺まえみちの下ネタ大好き美女

芦原すなおさんの旧作『山桃寺まえみち』に、高梨友江という女性編集者が登場する。

歳の頃なら二十七~八、三十デコボコ、バリバリのキャリアウーマンにして、道行く男どもが上気して振り返るほどのいい女。「油断へそ下、毛がボーボー。ああ、やり疲れだ」などと、酔うほどに口をつく猥談が絶品の女盛り。

このちょいワルお姐さんが、同業者とのドロドロの不倫に疲れ、ヒロインの女子大生・桑山ミラと酒を酌み交わしながら語り合う場面がいい。

「お互いこれっきりにしようって、一緒に飲んで、酔っぱらって、ラスト・ワルツに一発やって、バイバイしたのよ。だけど、私の方から電話して、次に会ったとき、また、ずるずるとやっちゃった。ジュンサイ・ナメコかけご飯」
「なんともはや。でも、高梨さん、とっても素敵だし、これから先、きっといい人とめぐりあって、幸せになれる人ですよ」
「私はこれまでいろんな人たちの幸せを壊してきたの。それが、生活を改めて、いい人とめぐりあって幸せになったりしたら、なんか、ものすごくひでーやつってことに」
「なりません。現に、とってもいい人が、高梨さんのこと、一途に思ってるし」
「樽木君(注:高梨に岡惚れしている童話作家志望の青年)のこと? いい子よ。よすぎるわ。あの一途さがたまんないのよ。言ってみりゃ、私は官能小説だけど、あの子はまさに童話でしょ。童話じゃ困る。官能小説で愛されないと。何より困ったことに」
「……?」
「何より困ったことに、私、内海(注:高梨の不倫相手)の馬鹿野郎が、好きなのよ」
あとは静かに涙をすする音。

てな概略の会話が、実際の小説ではもっとずっと濃密に展開されていく。十数年前、このじつに魅力あふれる妖艶なインテリ女性を、某宝塚出身の女優さんに演じてほしくて動いたことがあるが、例によって諸般の事情で実現出来なかった。

今でも心残りの、口惜しい企画である……。。・°°・(>_<)・°°・。

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2006年7月30日 (日)

桃源華洞(2)

奇本『桃源華洞』第4章は「異名と隠語」と題し、女性のあそこの呼び名を次の六種類に分類して、さまざまな考察を加えている。

(1)形状そのものをもっともプリミティブな語法で説明しているもの
(2)類似形の物の名を借りたもの
(3)比喩または洒落に属するもの
(4)位置を指示するもの
(5)愛称または敬称的な意味を持つもの
(6)その他

それぞれの項が圧巻で、著者の龍王山人はこの章だけでじつに120ページ余りを費やして、その博覧強記ぶりを遺憾なく発揮している。

  [恋口]、[落とし穴]、[十方諸仏出身の門]、[一切衆生迷惑の門]。
  [情けのかけ所]、[私処]、[お香箱]、[お茶壺]、[奥の院]。
  [瑠璃光如来]、[甘露台]、[毛殿堂]、[細工場]、[桃源華洞]……等々。

  元来口は有れど 言(もの)いわず
  百億の毛頭(けさき) 丸痕を擁(かこ)む
  一切の衆生が迷うところ
  十万の諸仏が生まれる門 (一休禅師の狂詩)

  豆といえども種蒔かず 貝なれども食べられず
  口あれども物言わず 表御門に錠がなし
  松茸がお好きでいながら 少し食べては加減をし
  くらやみ谷に住みながら 月を見る
  至って小さい穴なれど
  金銭そのほか 家蔵売り入れても埋まりゃせん (大津絵節)

うーん、すべてが大いに頷き、かつ考え込まさせられる絶妙な言い回しだ。本名は言うにおよばず、出自すら詳らかではないという著者。この昭和初期に現われたおたくの嚆矢、鑑のような碩学は一体どんな人物だったのだろう。。。( °O °;)

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2006年7月27日 (木)

罵詈雑言辞典

敬語過剰気味の日本、はたして、その実態は……?

●性格・品格・態度をののしる言葉●能力・思考・精神をののしる言葉●身体・動作・容貌をののしる言葉……等々、1200項目を収録●

奥山益朗編・東京堂出版のこの奇本が刊行されたのは、今から十年前のこと。私の手元にあるのは、当然のように初版本である。

さてその解説によれば、多くの外国で最悪の悪口雑言罵詈讒謗は、「お前のオフクロとヤルぞ!」という言語発祥以来のフレーズに尽きるという。

罵語の先進国ロシアでは、「イビー・トバユー・マーチ!」がそれに当たり、英語の「マザー・ファッカー!」同様、おいそれと人前で口に出す言葉ではない。

こう言ってののしる際には、左腕を腰にあてて三角形を作り、右腕をその三角形に出し入れする仕種を行うというから、握り拳に親指ニョロなど問題外。ビジュアル面の派手さも重なって、その悪意は半端ではない。

これに相当する日本の罵語が、「お前の母ちゃん(大)出べそ!」。w(゜o゜)w

性語ではあれほどの多様なボキャブラリーを誇る日本語に、これ一つしか母親をおとしめる言い回しがないというのは、一体どういう理由なのだろうか……??

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2006年2月 4日 (土)

夜市(強烈なネタばれあり)

初版から三カ月が経ったので、そろそろネタばれありで書いてもいいだろうとUP。

去年の“日本ホラー小説大賞”の受賞作、『夜市』(恒川光太郎著・角川書店刊)が素晴らしい。この賞は過去にも、貴志祐介の『黒い家』や、岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』などの傑作を生み出しているが、今回もそれらに伍す衝撃を与えてくれた。

大学生のいずみは、高校時代の同級生・裕司から「夜市」に行かないかと誘われた。裕司に連れられて出かけた岬の森では、妖怪たちがさまざまな品物を売る、この世ならぬ不思議な市場が開かれていた。

夜市では望むものが何でも手に入る。小学生のころ夜市に迷い込んだ裕司は、幼い弟と引き換えに「野球の才能」を買ったのだという。野球部のヒーローとして成長し、甲子園にも出場した裕司だが、弟を売ったことにずっと罪悪感を抱いていた。

そして今夜、弟を買い戻すために夜市を訪れたというのだが──。

全70ページの短編には、その原稿量の分もあってかほとんど隙というものがない。ぎりぎりに削がれた無駄のない文体が、著者のこれがデビュー作であるということを、読み始めた瞬間に忘れさせるほどである。

特に瞠目させられるのは、かつて売られた弟がその正体を現す中盤以降の展開だ。夜市に迷い込んだ者は、何かを買わなければ永遠にその異界から抜け出すことが出来ない。兄に売られたことを悟った弟は、次の瞬間に「自由」を買って夜市から抜け出していた。そうとは知らない兄は、数年にわたる煩悶の果てに、自分の命を対価に弟を救い出すことを胸に期し、再び夜市にまぎれ込んでいたのである。

「いつか必ず迎えに来る」そう言い残して弟を捨てた兄。「自由」を購う代価に「若さ」を売り、今は老人の身で現実の世界に暮らす弟。再び異界で相まみえる兄弟の、相剋の果ての悲劇に立ち会う女子大生……。

久しぶりにめぐり合った、怖いけれども哀しいホラーの余韻に思わず襟を正した。『容疑者Xの献身』以来の、胸に迫る終幕。いや、終幕ではなく始まりか。救いがないようでありながら、しかしある救済を予感させる重層的なラストが、ジャンル違いながら、同じ字を書くことを生業にしている者にとてつもない刺激を与えてくれた。

未読のごひいきさん方には、是非一読をお勧めする一編である。但し、ホラーという名の恐怖を期待する向きには、ちょっと物足りないかもしれないので悪しからず。V(^0^)

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2005年7月30日 (土)

ロシア幽霊軍艦事件

昨日はあまりの暑さにめげて、某企画の取材を兼ね、避暑がてらに芦ノ湖畔の“箱根関所跡資料館”へと足を延ばした。

俗に言う『入り鉄砲に出女』のうち、“出女”に関する資料群を子細に見聞した後、せっかく涼しいところへ来たのだからと、周り中の観光客が発する中国語・韓国語の波に呑まれながら、しばらく湖畔を散策してみた。

と、一陣の風が吹きわたり、それまでの晴天がにわかに曇天へと変わるや、濃い霧が湖面を覆い始める。次の瞬間、そのミルク色のカーテンを割るように、観光客を満載した遊覧船がヌッと目の前に姿を現す。

デジャヴ……この光景には記憶がある。

そう直感してよく考えてみたら、島田荘司さんの去年の作品、『ロシア幽霊軍艦事件』にそっくりの光景が出てきたことを思い出した。

豪雨が叩きつける芦ノ湖に、突如帝政ロシアの軍艦が浮かび上がる。そしてその軍艦は、軍人たちを桟橋に下ろした後、一夜にして再び濃霧の中へ姿を消す。

あり得ざる事件がはらむ謎を、御手洗と石岡のコンビが見事に解き明かすという、いつもながらに奇想天外なトリックが、読む者を唖然とさせる快作だった。

その島田さんに贈呈された最新作、『天に還る舟』(小島正樹氏と共著・南雲堂 SKK ノベルズ)を、昨夜からようやく読み始めた。島田さんには申し訳ないが、このところ諸事雑事に追われて、なかなかゆっくりと本を開く時間がなかったのだ。

バルザックの『人間喜劇』ばりに、今回はあの中村吉造刑事が探偵役を担っているこの作品。現在、『第三章・甌穴(おうけつ)、首なし死体』にかかっているところだが、早くも三つの死体が揃ってなお、話はまだ序盤の趣──。

久しぶりの謎が謎を呼ぶ展開に、島田さん、今度はどんな手で驚かせてくれるのかと、ワクワクしながら“本格ミステリー”の醍醐味を味わっている。

というわけで既読の方、しばらくネタバレのコメントはご容赦を……。(^^);;;;

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2005年6月 9日 (木)

ようこそ先輩

昨夜はお定まりのサッカー中継に熱狂したあと、クールダウンの意味も込めて『課外授業・北村薫』(NHK総合テレビ)の回を観た。

この人の書く小説が好きで、デビュー作の『空飛ぶ馬』以来、ほとんどの著作を読んでいる。現在の落語ブームをはるか以前に先取りした“円紫シリーズ”(特に『六の宮の姫君』は圧巻)、『スキップ』、『ターン』、『リセット』と続くファンタジー風SF、『謎のギャラリー』と名付けられた連作アンソロジー等々……。

どの分野も何より文章が美しく、登場人物のすべてに心優しい血が通っていて、爽やかながら深い余韻をたたえた読後感を残してくれる。

その何本かは映画・テレビで映像化されたが、ややスノッブなタッチに、視聴率稼ぎに鵜の目鷹の目のプロデューサー連には敬遠され気味な部分もあるようで、私自身何度か提案した企画は、「個人的には面白いと思いますが、一般受けするには難しい原作じゃないでしょうか」という理由で、まだ一度も日の目を見ていない。

『盤上の敵』、『街の灯』──どこかに、この知る人ぞ知る“本物の名作”を映像化しましょうという、気骨のある製作者はいないものだろうか?

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予告:笠原さんの後、いろいろと人選してみたのですが……時節柄、あのハギワラさんのことを書いてみようかなと思っています。それとも神代辰巳カントクのこと……?

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